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MIT発AI生成マスクが絵画修復を革命化 – 従来の66倍高速、3.5時間で完了する可逆性修復技術

MIT発AI生成マスクが絵画修復を革命化 - 従来の66倍高速、3.5時間で完了する可逆性修復技術 - innovaTopia - (イノベトピア)

MITの機械工学大学院生アレックス・カチキンが、AI生成マスクを使用した絵画修復技術を開発し、2025年6月11日にNature誌で発表した。

この手法は薄いポリマーフィルムにデジタル修復画像を印刷したマスクを原画に貼付するもので、必要に応じて除去可能である。

実証実験では15世紀の油彩画に適用し、5,612の損傷領域を57,314色で自動識別・修復し、全工程が3.5時間で完了した。

従来の手作業による修復と比較して約66倍高速である。マスクは二層構造で、第一層にカラー、第二層に白色を印刷し、高精度商用インクジェットで製作する。

従来のニスで接着し、保存修復グレードの溶液で除去可能である。デジタルファイルとして修復記録を永続保存でき、将来の保存修復家が修復内容を正確に把握できる。

研究はジョン・O・およびキャサリン・A・ルッツ記念基金の支援を受け、MIT.Nano、MITマイクロシステム技術研究所、MIT機械工学科、MIT図書館が協力した。

From: 文献リンクHave a damaged painting? Restore it in just hours with an AI-generated “mask”

【編集部解説】

この技術の最も革新的な点は、デジタル修復と物理的修復の境界を初めて打ち破ったことにあります。従来のAI修復技術は画面上での仮想的な復元に留まっていましたが、カチキン氏の手法は薄いポリマーフィルムという物理的媒体を通じて、デジタル処理結果を実際の絵画に直接適用することを可能にしました。

二層構造のマスク設計は特に巧妙で、カラー層と白色層を重ねることで完全な色彩再現を実現しています。人間の色彩知覚に基づいた計算ツールの開発により、位置合わせの精度も大幅に向上させています。

美術館業界への波及効果

この技術が与える影響は美術館運営の根本的変革につながる可能性があります。カチキン氏が指摘するように、現在多くの美術館では収蔵品の大部分が損傷により倉庫に保管されており、一般公開されていません。従来の修復費用は一作品あたり数百万円から数千万円に及ぶため、価値の高い作品のみが修復対象となってきました。

66倍の高速化により、これまで修復予算の制約で展示できなかった作品群が一般公開される道筋が見えてきます。特に地方美術館や私立コレクションにとって、この技術は収蔵品活用の新たな選択肢となるでしょう。

可逆性がもたらすパラダイムシフト

従来の修復は不可逆的な処理であり、後世の技術進歩や新たな知見により修復方針が変更される場合でも、元の状態に戻すことは困難でした。保存修復グレードの溶液で除去可能なマスク方式は、この根本的な問題を解決しています。

デジタルファイルとしての修復記録保存により、100年後の修復者が正確に修復内容を把握できる点も画期的です。これは美術史研究や真贋判定にも新たな可能性をもたらします。

倫理的考慮と将来への課題

カチキン氏自身が言及している通り、修復の適切性に関する倫理的判断は依然として人間の専門家に委ねられるべき領域です。特に文化的・宗教的価値を持つ作品については、技術的可能性と文化的適切性のバランスが重要になります。

また、オスロ大学のクッツケ教授が指摘するように、マスクと絵画の間に形成される微小環境での湿度変化や化学物質の蒸発が、長期的に作品に悪影響を与える可能性も否定できません。

長期的展望

この技術は美術修復分野を超えて、考古学的遺物や歴史的建造物の装飾修復への応用も期待されます。カチキン氏は「さらなる手法を開発するためのフレームワークを設定している」と述べており、より精密な手法の開発が進むことが予想されます。

また、AI技術の進歩により、将来的には作家の筆致や技法をより精密に再現できるようになる可能性があり、失われた名画の復元という夢の実現に一歩近づいたと言えるでしょう。

【用語解説】

AI生成マスク
薄いポリマーフィルムに印刷された二層構造の修復用フィルム。第一層にカラー、第二層に白色を印刷し、完全な色彩再現を実現する。

クラクレ(craquelure)
絵画表面に生じる細かいひび割れ模様。経年変化や温度変化により絵具層が収縮・膨張することで発生する。

インフィル(infill)
絵画修復において、欠損した絵具部分を新しい絵具で埋める作業。従来は手作業で一箇所ずつ行われていた。

保存修復グレード溶液
文化財の保存修復に使用される、作品に害を与えない安全性が確認された化学溶液。

可逆性修復
後に除去や変更が可能な修復手法。文化財保護の原則として、将来の技術進歩に対応できる修復方法が推奨される。

コンピュータビジョン
コンピュータが画像や映像を解析・理解する技術分野。パターン認識、物体検出、色彩分析などを含む。

オーバーペインティング
既存の絵画の上に後から描き加えられた絵具層。過去の修復作業で施されることが多く、原作を見るためには除去が必要。

【参考リンク】

MIT News(外部)
マサチューセッツ工科大学の公式ニュースサイト。最新の研究成果や技術開発情報を発信している。

MIT Microsystems Technology Laboratories(外部)
MITのナノスケール科学技術研究を推進する学際的研究所。集積回路、MEMS、バイオMEMSなどの研究を行う。

Nature Journal(外部)
世界最高峰の科学雑誌。カチキン氏の研究論文が2025年6月11日号に掲載された。

【参考記事】

New AI-driven approach restores damaged paintings in just hours(外部)
オーストラリアの科学雑誌による解説記事。オスロ大学クッツケ教授のコメントを含む第三者視点からの分析。

Put the paintbrush down – AI can restore artworks quicker and better(外部)
英国テレグラフ紙による報道。従来の手作業修復との比較と美術館業界への影響を中心に解説。

Restore Your Damaged Paintings in Hours with AI-Generated Masks!(外部)
バイオエンジニアリング専門サイトによる技術解説。修復プロセスの各段階と可逆性の重要性を詳述。

【編集部後記】

美術館で「修復中のため展示を見合わせています」という札を見かけたことはありませんか?

実は多くの美術館では収蔵品の大部分が損傷により倉庫に眠っているのが現実です。今回のAI修復技術により、これまで見ることのできなかった名画たちが私たちの前に姿を現すかもしれません。

一方で、AIが判断した「復元」が本当に作家の意図を反映しているのか、という根本的な問いも生まれます。みなさんは、AIによって蘇った古典絵画をどのような気持ちで鑑賞されるでしょうか?

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TaTsu
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