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Apple研究論文「The Illusion of Thinking」が波紋 推論AIの「思考」能力に疑問符

Apple研究論文「The Illusion of Thinking」が波紋 推論AIの「思考」能力に疑問符 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-06-20 16:27 by admin

Apple機械学習グループが2025年5月28日に発表した研究論文「The Illusion of Thinking」について、同年6月13日にVentureBeatのCarl Franzen記者が報じた。

この53ページの論文は、OpenAIの「o」シリーズやGoogle Gemini-2.5 Pro、Flash Thinking、Claude 3.7 Sonnet Thinkingなどの大規模推論モデル(LRM)が実際には独立した「思考」や「推論」を行っていないと主張している。

Apple研究チームは、ハノイの塔、ブロックワールド、川渡りパズル、チェッカージャンプの4つの古典的計画問題を使用して実験を実施した。複雑度が増すにつれて、複数の主要推論モデルの精度が一貫して低下し、8ディスク以上の複雑なタスクでは性能がゼロまで急落した。モデルの内部推論トレースの長さも短縮し、研究チームはモデルが困難なタスクで問題解決を放棄していると解釈した。

これに対し、非営利団体Open Philanthropy所属の独立研究者Alex LawsenとAnthropic社のClaude Opus 4が共同執筆した反論論文「The Illusion of The Illusion of Thinking」が6月10日にarXivで発表された。この論文は、Apple研究の実験設計に根本的欠陥があると批判している。特に、ハノイの塔で15ディスクの場合32,000手以上必要となるため、トークン制限により出力が制約されることを指摘した。また、川渡りパズルの一部が数学的に解決不可能な設定になっていることも明らかにした。

機械学習コミュニティでは激しい議論が展開されており、評価手法の設計が重要な争点となっている。

From: 文献リンクDo reasoning models really “think” or not? Apple research sparks lively debate, response

【編集部解説】

今回のApple研究論文「The Illusion of Thinking」は、AI業界における推論能力の評価方法そのものに根本的な問題提起を行った重要な研究です。しかし、この論文が引き起こした論争は、単なる学術的議論を超えて、AI開発の方向性や評価基準に関する深刻な課題を浮き彫りにしています。

Apple研究チームが指摘した「推論モデルの性能崩壊」は、確かに観測された現象ですが、その原因解釈については大きな議論が分かれています。特に注目すべきは、ハノイの塔で15ディスクの場合に必要な32,000手以上という膨大な出力量が、現在のLLMのトークン制限を大幅に超えることです。これは技術的制約であり、推論能力の本質的限界とは区別して考える必要があります。

反論論文「The Illusion of The Illusion of Thinking」で示された圧縮形式での解答実験は、評価方法の設計が結果に決定的な影響を与えることを証明しました。モデルにLua関数での回答を許可した途端、性能崩壊が完全に解消されたという事実は、従来の評価手法の妥当性に重大な疑問を投げかけています。

この論争の背景には、Apple Intelligence の現状も影響している可能性があります。Appleは生成AI競争で後れを取っており、Siriの性能も他社のAIアシスタントに劣っているのが現実です。そうした状況下での研究発表は、技術的な意義とは別に、競合他社の技術に対する牽制という側面も指摘されています。

企業のAI導入戦略に与える影響は計り知れません。現在多くの企業が推論LLMを活用したコパイロットシステムや意思決定支援ツールの導入を検討していますが、評価基準の不備により実際の能力を見誤るリスクが明らかになりました。

技術的観点から見ると、コンテキストウィンドウの制限、出力バジェット、タスクの定式化方法といった実装上の制約が、モデルの真の能力発揮を阻害している可能性が高いことが判明しています。これは開発者にとって、外部メモリの活用、推論ステップの分割、圧縮出力形式の採用といったハイブリッドソリューションの重要性を示唆しています。

長期的視点では、この論争はAGI(汎用人工知能)への道筋に関する根本的な問いを提起しています。現在の推論モデルが真の「思考」を行っているかという哲学的問題と、実用的なAIシステム構築における技術的課題を明確に分離して議論する必要性が浮き彫りになりました。

規制面では、AI能力の評価基準に関する国際的な標準化の必要性が高まっています。不適切な評価手法により能力を過小評価したり過大評価したりすることは、適切な規制策定を困難にする要因となります。

この事案は、AI研究における「評価の評価」という新たな研究領域の重要性を示しています。技術の進歩と同様に、その能力を正確に測定する手法の開発も同等に重要であることが明確になりました。

【用語解説】

大規模推論モデル(LRM)
Large Reasoning Modelsの略。従来のLLMに推論機能を強化したAIモデルで、複雑な問題を段階的に解決する能力を持つとされる。

Chain-of-Thought(CoT)プロンプティング
AIモデルに段階的な思考過程を示させる手法。問題解決の各ステップを明示的に出力させることで推論能力を向上させる技術。

ハノイの塔
3本の棒と異なるサイズの円盤を使った数学パズル。円盤を一度に1枚ずつ移動し、小さい円盤の上に大きい円盤を置いてはいけないルールで全ての円盤を別の棒に移す。

トークン制限
AIモデルが一度に処理・出力できる文字数や単語数の上限。この制限により長い回答が途中で切れる現象が発生する。

AGI(汎用人工知能)
Artificial General Intelligenceの略。人間と同等かそれ以上の知的能力を持つAIシステムを指す。

Apple Intelligence
Apple社が開発するAI機能群。Siriの改良やデバイス内でのAI処理を特徴とするが、現在は他社のAIアシスタントに性能面で劣っている。

【参考リンク】

Apple Machine Learning Research(外部)
Apple社の機械学習研究部門の公式サイト。最新の研究論文や技術的進歩について詳細な情報を提供している。

OpenAI(外部)
ChatGPTやGPTシリーズを開発するAI研究企業。推論モデル「o」シリーズの開発元として今回の研究対象となった。

Anthropic(外部)
Claude AIシリーズを開発するAI安全性研究企業。元OpenAI研究者らが2021年に設立し、安全で責任あるAI開発を目指している。

Google AI(外部)
Geminiシリーズを開発するGoogle社のAI部門。Gemini 2.5 ProやFlash Thinkingなどの推論モデルを提供している。

Open Philanthropy(外部)
効果的利他主義の原則に基づく慈善活動を行う非営利団体。AI安全性研究への資金提供も行っている。

【参考動画】

【参考記事】

The Illusion of Thinking: Understanding the Strengths and Limitations of Reasoning Models(外部)
Apple機械学習研究チームによる原著論文の公式ページ。研究の背景、手法、結果について詳細な技術情報を提供している。

Comment on The Illusion of Thinking(外部)
Alex LawsenとClaude Opus 4による反論論文。Apple研究の実験設計の問題点を詳細に指摘している。

‘The illusion of thinking’: Apple research finds AI models collapse”(外部)
Apple研究の発見について一般読者向けに分かりやすく解説したMashableの記事。

【編集部後記】

今回のApple研究論文をめぐる論争は、私たちがAIの「賢さ」をどう測るべきかという根本的な問題を提起しています。普段お使いのChatGPTやClaude、Geminiなどの推論AIが本当に「考えて」いるのか、それとも高度なパターンマッチングなのか。この議論について、みなさんはどう感じられますか?

また、実際に業務でAIを活用される際、どのような場面でAIの限界を感じることがありますか?ぜひSNSで、みなさんの体験や考えをお聞かせください。

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TaTsu
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