IBMは2023年1月に全社で約3,900人(全従業員の約1.5%)を解雇し、CEOアルビンド・クリシュナは2023年5月に『今後5年間で約7,800人の職種(主に人事など事務管理部門)がAIに置き換わる可能性がある』と予測を発表した。
理由は「AskHR」と呼ばれる人工知能システムが給与管理、休暇申請、従業員文書管理といった定型業務を代替するためである。
IBMはこの自動化により70以上の職種で35億ドルの生産性向上を達成した。AskHRはHR関連タスクの94%を処理可能で、2024年には1,150万件のやり取りを処理した。顧客満足度を示すネット・プロモーター・スコアは-35から+74に改善した。
しかし解雇から数ヶ月後、IBMの総従業員数は減少しなかった。CEOのアルビンド・クリシュナは自動化による節約分をソフトウェアエンジニアリング、営業、マーケティング分野での熟練労働者雇用に充てたと説明した。
同氏はウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで「総雇用数は実際に増加している。AIが他分野への投資資金を提供するからだ」と述べた。IBMは創造的思考、問題解決、人間同士の相互作用を必要とする高付加価値業務での雇用を拡大した。
From: IBM Lays Off 8,000 Employees for AI Automation, Only to Rehire Just as Many Soon After Because Of…
【編集部解説】
IBMの事例は、AI導入における「雇用の質的転換」という現象を如実に示しています。単純な人員削減ではなく、労働力の再配置が起きている点が注目すべきポイントです。
AskHRシステムがHR関連タスクの94%を処理できたという数値は印象的ですが、残り6%のタスクで人間の介入が必要だったことも重要な示唆を与えています。これは完全自動化の限界を表しており、AIと人間の協働モデルの必要性を裏付けています。
特筆すべきは、IBMが自動化で得た35億ドルの生産性向上分を、創造性や戦略的思考を要する職種への投資に回した点です。これは従来の「コスト削減のためのAI導入」とは異なる、「価値創造のためのAI活用」モデルを示しています。
この事例が示すポジティブな側面として、AIが人間の仕事を奪うのではなく、より高付加価値な業務への転換を促進する可能性があります。ソフトウェアエンジニアリング、営業、マーケティングといった創造性を要する分野での雇用拡大は、労働者のスキルアップを促進する効果も期待できるでしょう。
一方で潜在的なリスクも存在します。定型業務から高度な専門業務への転換には相応のスキル習得期間が必要であり、すべての従業員がスムーズに移行できるとは限りません。また、この成功モデルが他の企業や業界に適用可能かは慎重な検証が必要です。
GoogleやSpotifyなど他の大手テック企業も同様にAI導入による人員削減を進めている中で、IBMの再雇用戦略は業界内でも注目される異例のアプローチと言えます。
NPSスコアが-35から+74へと劇的に改善した点は、AI導入による顧客体験向上の可能性を示していますが、同時に人間のサポートが完全に不要になったわけではないことも明確になっています。
長期的な視点では、この事例は「AI時代の人材戦略」の新たなベンチマークとなる可能性があります。企業がAI導入時に単純な人員削減ではなく、人材の質的転換を図ることで、競争優位性を維持できることを実証したからです。
ただし、この成功には十分な資金力と戦略的な人材配置が前提となっており、すべての企業が同様のアプローチを取れるわけではない点は留意が必要でしょう。
【用語解説】
AskHR
IBMが開発したAI搭載の人事業務支援システム。給与管理、休暇申請、従業員文書管理などの定型業務を自動化し、HR関連タスクの94%を処理可能。2024年には1,150万件のやり取りを処理した。
ネット・プロモーター・スコア(NPS)
顧客満足度を測定する指標の一つ。-100から+100の範囲で表され、顧客がそのサービスを他者に推奨する可能性を数値化したもの。IBMのAskHRは-35から+74へと劇的に改善した。
アルビンド・クリシュナ
IBMの最高経営責任者(CEO)。2020年4月に就任し、同社のAI戦略とハイブリッドクラウド事業を主導している。今回のAI導入による雇用戦略転換について説明した。
【参考リンク】
【参考記事】
【編集部後記】
IBMの事例を見て、皆さんの職場ではAI導入についてどのような議論が交わされているでしょうか。「AIに仕事を奪われる」という不安と「AIで効率化を図りたい」という期待が混在している方も多いのではないでしょうか。今回のIBMのケースは、AI導入が必ずしも雇用削減に直結しないことを示していますが、一方で求められるスキルの変化は避けられません。皆さんが今後身につけたいスキルや、AIとの協働について考えていることがあれば、ぜひSNSで共有していただけませんか。同じような状況に直面している読者の方々にとって、きっと参考になるはずです。
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