機密データをクラウドに預けることへの不安が、企業のAI活用を阻んできた。その壁を崩す「国産×ソブリン」という新しい答えが、いよいよ動き出す。
ソフトバンク株式会社は、オラクル・コーポレーションおよびSB Intuitions株式会社との協業により、「Oracle Alloy」を採用したクラウドサービス「Cloud PF Type A」上で、国産LLM「Sarashina」を活用した生成AIサービスの提供を2026年6月から順次開始すると4月16日発表した。「Cloud PF Type A」は2026年4月に東日本のデータセンターで提供を開始しており、西日本のデータセンターでは2026年10月に提供開始予定だ。
同サービスはOCIの200種類以上のAIおよびクラウドサービスを利用可能な「Oracle Alloy」を活用し、ソフトバンクが日本国内のデータセンターで管理・運用することでデータ主権(ソブリン性)を確保する。
提供するサービスには、文章校正、リポートの自動生成、プログラミング支援、AIエージェント、マルチエージェントシステムの構築が含まれる。企業・官公庁・自治体における機密データを扱う生成AI活用のニーズへの対応を目的とする。
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国産LLM「Sarashina」を活用した生成AIサービスを2026年6月から提供開始 | ソフトバンク
【編集部解説】
今回の発表は、単なるクラウドサービスの拡充ではありません。日本のAI産業が「外資依存」から「国産自立」へ向かう、構造的な転換点を示す動きです。
「Sarashina」は、ソフトバンクの子会社であるSB Intuitionsが開発する国産LLMです。7B・13B・65Bなど複数のパラメーター規模でモデルを公開しており、テキストだけでなく画像も扱える視覚言語モデル「Sarashina2-Vision」も2025年3月に公開されています。日本語に特化した設計で、日本特有の文化・慣習・表現への対応力が強みであり、英語ベースのグローバルモデルとは異なるアプローチをとっています。
今回の基盤となる「Oracle Alloy」は、Oracleがパートナー企業に対しOCIのフルスタックを丸ごと提供できる仕組みです。ソフトバンクはこれを自社のデータセンターに展開し、自社で管理・運用することで、データが物理的に日本国内に留まることを保証します。これが「データ主権(ソブリン性)」の核心です。米国のクラウド事業者のサーバーに直接データが渡るリスクを低減する構造です。
なぜ今、この設計が求められるのでしょうか。背景には、国内企業・官公庁が直面するジレンマがあります。AIを活用したいが、顧客情報・営業秘密・個人情報などの機密データは外部に出せない、という課題です。欧州ではGDPR、日本でも個人情報保護法の強化が進む中、データを国内完結で処理できる環境の整備は、今や競争力の問題ではなくコンプライアンスの問題でもあります。
マルチエージェントシステムの構築支援も注目点です。これは単一のAIが質問に答えるレベルを超え、複数のAIが役割分担しながら複雑な業務を自律的に処理する次世代の仕組みです。例えば、法務AIと財務AIが連携して契約書のリスク評価と収益影響を同時に分析する、といった活用が視野に入ります。
一方でリスクも存在します。国産LLMとはいえ、その性能が英語ベースの最先端モデルと肩を並べられるかは依然として未知数です。また、「ソブリン性」を売りにしたサービスが乱立することで、かえってクラウド環境の断片化(フラグメンテーション)が進み、システム間の連携コストが増大する懸念もあります。
東日本DCは2026年4月に稼働済み、西日本DCは2026年10月に提供予定という段階的な展開も見逃せません。国内の冗長性を確保しながらサービスを拡大するこの戦略は、災害大国・日本における事業継続性(BCP)への配慮とも読み取れます。
日本のAI政策の観点からも、本件は重要な意味を持ちます。政府が推進する「AIセーフティ」や「デジタル主権」の文脈において、民間主導でソブリンAIインフラが整備されることは、国家戦略との整合性が高い動きです。今後、同様の取り組みが他の通信キャリアや国内IT大手にも広がる可能性は十分にあります。
【用語解説】
LLM(大規模言語モデル)
Large Language Modelの略。膨大なテキストデータを学習した、人間の言語を理解・生成するAIモデルの総称だ。ChatGPTやGeminiもLLMの一種である。パラメーター数が多いほど高い表現力を持つ傾向がある。
データ主権(ソブリン性)
データが特定の国の法律・管轄下に置かれ、その国の外に持ち出されないことを保証する概念だ。企業や政府機関が機密情報を外国のクラウドに預けることなく、国内で完結させたいというニーズから重視されるようになった。
マルチエージェントシステム
複数のAIエージェントがそれぞれ役割を分担し、協調しながら一つの課題を解決する仕組みだ。単体のAIでは対応が難しい複雑なタスクを、複数のAIが連携して処理することで、業務自動化の幅が大きく広がる。
OCI(Oracle Cloud Infrastructure)
Oracleが提供するクラウドコンピューティング基盤だ。200種類以上のAI・クラウドサービスを含み、高いセキュリティーとパフォーマンスが特徴である。
【参考リンク】
ソフトバンク株式会社(外部)
日本の大手通信会社。法人向けクラウド・AI事業を積極展開しており、「Cloud PF Type A」の管理・運用主体である。
SB Intuitions株式会社(外部)
ソフトバンクの子会社として国産LLM「Sarashina」の研究・開発を手がける企業。日本語処理性能の向上と安全性技術の確立を目指している。
Oracle Alloy(Oracleパートナー向けソブリンクラウド)(外部)
OCIのフルスタックをパートナー企業が自社DCで展開・運用できるプラットフォーム。200種類以上のOCIサービスをソブリン環境で提供可能だ。
OCI Enterprise AI(外部)
Oracleが提供するエンタープライズ向け生成AIプラットフォーム。AIエージェントの構築・デプロイのための統合基盤で、2026年3月に正式提供が発表された。
【参考記事】
SoftBank Corp. Accelerates Japan’s AI and Sovereign Cloud Future with Oracle Alloy(外部)
2025年10月発表の英語公式プレスリリース。Cloud PF Type Aの基盤設計とOCIのソブリンクラウド戦略が詳しく説明されている。
Oracle Alloy Enables du to Offer Sovereign Cloud Capabilities at Scale(外部)
UAEの通信会社duによるOracle Alloy採用事例。200種類以上のOCIサービスをソブリン環境で提供できる点が具体的に示されている。
SB Intuitions, Building Unique Japanese LLM — Released Japanese LLM with 7B, 13B, and 65B Parameters(外部)
Sarashina2を7B・13B・65Bパラメーターで公開した際の英語公式プレスリリース。LLMの規模感と公開方針の背景を把握できる。
OCI Enterprise AI(Oracle公式サービスページ)(外部)
AIエージェントの構築・デプロイの仕組みやガバナンス機能が詳述されており、マルチエージェントシステムの解説の参考とした。
Enabling Public Sector Unity — How Oracle Alloy Could Power a Government Cloud(cloud13.ch)(外部)
Oracle Alloyのソブリン性とオープン性の両立を分析した第三者記事。ソブリンクラウドの断片化リスクを論じており、リスク分析の参考とした。
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【編集部後記】
「AIを使いたいけれど、機密データは外に出せない」——そんなジレンマを抱えている方は、きっと多いのではないでしょうか。
国産LLMとソブリンクラウドの組み合わせは、その壁を崩す一つの答えかもしれません。あなたの職場や組織では、どんな業務にAIを使ってみたいですか?ぜひ一緒に考えていけたらと思っています。











