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「ファラオの呪い」が医学的恩恵に|菌類由来RiPPs化合物で創薬革命

「ファラオの呪い」が医学的恩恵に|菌類由来RiPPs化合物で創薬革命 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-07-04 07:26 by admin

ペンシルベニア大学主導の国際研究チームが、ツタンカーメンの墓の「呪い」の原因とされるカビ「アスペルギルス・フラバス」からがん治療化合物を発見した。

研究チームは12種類のアスペルギルス株を調査し、RiPPs(リボソーム合成・翻訳後修飾ペプチド)と呼ばれる4つの化合物を特定してアスペリギマイシンと命名した。実験室での試験において、4つの化合物のうち2つが白血病細胞に対して高い効力を示したが、乳がん、肝がん、肺がん細胞には効果がなかった。研究者が1つのRiPPに脂質を追加して修飾したところ、複数の白血病細胞株と乳がん細胞株に対して強化された抗がん活性を示し、FDA承認の化学療法薬シタラビンとダウノルビシンと同等の性能を発揮した。

アスペルギルス・フラバスは1970年代にポーランド王の墓を開けた科学者らが相次いで亡くなった事件で、原因として後にその存在が確認され、20世紀初頭のツタンカーメン墓発掘関係者の死因として推測されていた。

From: 文献リンク‘Curse of Tutankhamun’ Could Hide a Secret Cancer-Fighting Compound

【編集部解説】

今回のペンシルベニア大学主導の国際研究は、単なる新薬発見の域を超えて、創薬研究のパラダイムシフトを示唆する重要な成果といえるでしょう。

従来の創薬研究では、植物や細菌由来の天然化合物が主流でしたが、菌類由来のRiPPs(リボソーム合成・翻訳後修飾ペプチド)は構造の複雑さから見落とされがちでした。研究チームが用いた代謝情報と遺伝情報を組み合わせた手法は、これまで「発見困難」とされていた菌類RiPPsの体系的な探索の可能性を示しています。

特筆すべきは、アスペリギマイシンの一種に脂質を付加することで、FDA承認薬と同等の効果を実現した点です。この脂質修飾技術は、薬物の細胞膜透過性を向上させる汎用的な手法として、他の難治性疾患治療薬の開発にも応用できる可能性があります。

一方で、現段階では実験室レベルでの白血病細胞に対する効果確認に留まっており、動物実験や臨床試験での安全性・有効性検証が必要です。また、効果が白血病に特化しており、他の固形がんには効果が認められなかった点も注目すべきでしょう。

アスペルギルス・フラバス自体が毒性を持つ菌類であることから、副作用や長期的な影響についても慎重な評価が求められます。

この研究が示すより大きな意義は、「有害な微生物から有益な薬剤を創出する」という発想の転換にあります。研究チームが他の菌類でも類似の遺伝子クラスターを確認していることから、菌類由来RiPPsは未開拓の創薬資源として膨大な可能性を秘めているといえるでしょう。

規制面では、菌類由来の新規化合物として既存の承認プロセスに新たな評価基準が必要になる可能性があります。また、知的財産権の観点からも、天然物由来化合物の特許戦略に影響を与える可能性があります。

長期的には、AI創薬技術との組み合わせにより、菌類RiPPsの構造予測や最適化が加速し、個別化医療への応用も期待されます。「呪い」から「治療」への転換は、自然界に眠る未知の医薬資源への新たな扉を開いたといえるでしょう。

【用語解説】

RiPPs(リボソーム合成・翻訳後修飾ペプチド)
リボソームによって合成され、その後酵素による修飾を受けるペプチド化合物の総称。20以上のクラスに分類され、植物や細菌では多く発見されているが、菌類由来のものは珍しく研究が進んでいない。遺伝情報から化学構造を予測しやすいため、新薬開発のターゲットとして注目されている。

アスペルギルス・フラバス(Aspergillus flavus)
黄緑色の胞子を持つ菌類で、世界中の腐敗した有機物質に存在する。農作物や哺乳類の肺に感染し、ヒトではアスペルギルス症を引き起こす可能性がある。アフラトキシンという強力な発がん物質を産生することでも知られている。

アスペリギマイシン
今回の研究でアスペルギルス・フラバスから発見された4つの化合物群。菌類由来RiPPsの一種で、白血病細胞に対して強い抗がん活性を示すが、乳がん、肝がん、肺がん細胞には効果がない。脂質修飾により細胞膜透過性が向上し、FDA承認薬と同等の効果を発揮する。

シタラビン・ダウノルビシン
白血病治療に使用されるFDA承認の化学療法薬。シタラビンは核酸合成阻害剤、ダウノルビシンはアントラサイクリン系抗がん剤で、今回発見されたアスペリギマイシンはこれらと同等の効果を示した。

【参考リンク】

ペンシルベニア大学化学・生体分子工学科(外部)
今回の研究を主導したQiuyue Nie氏らが所属する大学工学部の学科

Nature Chemical Biology(外部)
化学生物学分野の国際的な月刊学術誌で今回の研究成果を掲載

【参考記事】

真菌から抗癌活性を有するリボソーム翻訳系翻訳後修飾ペプチドを発見(外部)
日本語による研究解説記事でアスペリギマイシンの化学構造と抗がん活性を詳述

Toxic fungus from King Tutankhamun’s tomb yields cancer-fighting compounds(外部)
The Conversationによる詳細な解説記事。ツタンカーメンの墓とアスペルギルス・フラバスの歴史的関連性、1970年代のポーランド王墓での事件について詳述している。

【編集部後記】

今回の研究は、私たちが「有害」と考えていたものが実は「有益」な可能性を秘めているという、科学の面白さを改めて教えてくれました。特に白血病に特化した効果という点も興味深いですね。身の回りにも、まだ発見されていない医薬品の原料が眠っているかもしれません。みなさんは、どんな意外な組み合わせから次のブレイクスルーが生まれると思いますか?

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TaTsu
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