Last Updated on 2025-05-22 08:55 by admin
米国テネシー州を拠点とするスタートアップ企業Type One Energyは、核融合エネルギーが次の10年以内に電力を生産できることを証明したと主張している。同社はステラレーター型の核融合炉技術を用いて、熱を生成し、水を沸騰させ、蒸気を作り、タービンを回して電力網に供給する仕組みを開発している。
Type One Energyは2025年2月、テネシー川流域開発公社(TVA)との協力協定を締結し、「Infinity Two(インフィニティー・ツー)」と名付けられた350MWeの核融合パイロット発電所の共同開発を進めている。この発電所は早ければ2030年代中頃に稼働し、テネシー川流域でのベースロード発電の補完的な供給源となる見込みである。
同社はまた2025年3月28日には、実用的な核融合パイロット発電所のための包括的かつ自己整合的な物理基盤を発表した。この基盤は学術誌「Journal of Plasma Physics」の特別号に7本の査読付き科学論文として公開されている。
Type One Energyの最高経営責任者クリストファー・モウリー氏によれば、AIの発展によって核融合エネルギー開発が加速しており、「この5〜6年で物事は驚くほど加速した」と述べている。スーパーコンピュータにより、大規模な科学機器の開発とテストが可能になったという。
同社はTDK Ventures、Breakthrough Energy Ventures、Centaurus Capital、GD1、Foxglove Capital、SeaX Venturesなどから支援を受け、総額8240万ドル(約123億円)を調達している。日本からは日本ゼオンが2024年11月に投資を行っている。
核融合エネルギーは従来の原子力発電と異なり、原子力事故のリスクがなく、長期的な放射性廃棄物もなく、兵器化もできないとされている。特にAIデータセンターの急増する電力需要に対応するための重要な解決策となる可能性がある。
国際エネルギー機関(IEA)によると、世界のデータセンター電力需要は2022年の約460TWh(世界電力消費の1.5%)から2030年には1,050TWh以上(3.1%超)へと約2.3倍に急増すると予測されている。米国エネルギー省のレポートでは、米国のデータセンター電力消費量が2023年の176TWh(米国の総電力消費量の4.4%)から2028年には325TWh~580TWh(6.7%~12.0%)に増加すると推計されている。
References:
Here’s how fusion energy could power your home or an AI data center
【編集部解説】
核融合エネルギーは長年「実用化まであと30年」と言われ続けてきた技術ですが、ここ数年で状況が大きく変化しています。Type One Energyの取り組みは、核融合エネルギーの商業化に向けた重要な一歩と言えるでしょう。
同社が採用しているステラレーター方式は、一般的なトカマク方式とは異なるアプローチです。トカマクが均一なドーナツ型であるのに対し、ステラレーターは8の字型にねじれた形状をしており、この構造により、プラズマを閉じ込める磁場の安定性が向上し、連続運転が可能になるという利点があります。
注目すべきは、Type One Energyがテネシー川流域開発公社(TVA)と協力協定を結び、実際の発電所建設に向けて動き出していることです。これは単なる研究段階を超え、実用化に向けた具体的なステップと言えます。特に、既存の化石燃料発電所のインフラを再利用する計画は、コスト削減と環境負荷軽減の両面で意義があります。
しかし、核融合エネルギーの実用化には依然として技術的課題が残されています。プラズマの安定的な閉じ込めや、中性子による材料の劣化問題などが解決すべき課題として挙げられます。また、2030年代中頃という稼働予定は、技術開発が順調に進んだ場合の最も楽観的なシナリオと考えるべきでしょう。
AIデータセンターの電力需要増加は、核融合エネルギー開発を加速させる重要な要因となっています。IEAの最新レポートによれば、世界のデータセンター電力需要は2022年の約460TWhから2030年には1,050TWh以上へと約2.3倍に急増すると予測されています。特に生成系AIでは、単一モデル(GPT-4クラス)のトレーニングだけで数百MWhの電力を消費し、推論フェーズでも高い継続的負荷が発生します。
興味深いのは、AIが核融合エネルギー開発自体を加速させている点です。スーパーコンピュータによる複雑なシミュレーションが可能になったことで、プラズマ物理学の理解が深まり、より効率的な装置設計が実現しています。これはAIと核融合の間に生まれた好循環と言えるでしょう。
核融合エネルギー市場は今後急速に成長すると予測されています。日本政府も2025年5月に「2030年代に実証」を目指す国家戦略を打ち出し、工程表作成に着手しています。
核融合エネルギーの最大の魅力は、燃料が豊富で、二酸化炭素を排出せず、従来の原子力発電のような長期的な放射性廃棄物の問題もないことです。さらに、モウリー氏が指摘するように、兵器化のリスクも低いとされています。
しかし、実用化に向けては資金調達や規制の枠組み作りなど、技術以外の課題も残されています。核融合は法的には原子力発電と同じカテゴリーに分類される可能性がありますが、その安全性の高さを考慮すると、より柔軟な規制枠組みが適切かもしれません。
私たちinnovaTopiaの編集部は、核融合エネルギーの進展を今後も注視していきます。この技術が実用化されれば、エネルギー問題の解決だけでなく、AIやその他の計算集約型技術の発展を加速させ、人類の進化に大きく貢献する可能性を秘めています。
【用語解説】
核融合反応:
2つの軽い原子核(主に水素の同位体である重水素と三重水素)が高温・高圧下で結合し、より重い原子核(ヘリウム)を形成する反応。この過程で大量のエネルギーが放出される。
ステラレーター:
核融合炉の一種で、プラズマを閉じ込めるために主に外部磁石を使用する装置。1951年にプリンストン大学のライマン・スピッツァーによって発明された。トカマク型(ドーナツ型)と異なり、8の字型にねじれた形状をしており、プラズマの安定性が高いという特徴がある。
Type One Energy:
テネシー州を拠点とする核融合エネルギー開発企業。2019年に設立され、ステラレーター型核融合炉の商業化を目指している。ウィスコンシン大学マディソン校やドイツのマックスプランク研究所など、世界一流のステラレーター専門家によって創設された。
TVA(テネシー川流域開発公社):
1933年にアメリカのニューディール政策の一環として設立された公営企業体。テネシー川流域の総合開発を目的としており、現在は電力供給を主な事業としている。本部はテネシー州ノックスビルにある。
【参考リンク】
Type One Energy(外部)
核融合エネルギーの商業化を目指すスタートアップ企業。持続可能で手頃な価格の核融合発電を世界に提供することをミッションとしている。
テネシー川流域開発公社(TVA)(外部)
アメリカ南東部の7州に電力を供給する連邦公社。再生可能エネルギーや新技術の開発にも積極的に取り組んでいる。
TDK Ventures(外部)
TDKのコーポレートベンチャーキャピタル部門。Type One Energyに投資し、核融合エネルギーの商業化を支援している。
【参考動画】
【編集部後記】
AIデータセンターの電力需要が急増する中、核融合エネルギーという新たな可能性が見えてきました。太陽と同じ原理で発電する技術が、私たちの暮らしをどう変えるでしょうか? クリーンで無尽蔵なエネルギー源が実現すれば、エネルギー問題だけでなく、AIやロボティクスなど様々な技術革新も加速するかもしれません。皆さんは核融合エネルギーの未来についてどう思いますか? ぜひSNSで意見を聞かせてください。