Last Updated on 2025-05-21 23:53 by admin
2025年5月、Nature誌に発表された研究によると、科学者たちは地球のマントル深部に古代の惑星物質が存在する証拠を発見した。カリフォルニア工科大学(Caltech)の研究チームが主導したこの研究では、アフリカと太平洋の下に2つの巨大な高密度構造を特定した。これらの構造は「大規模低速度領域(LLVPs)」と呼ばれ、約45億年前に地球と衝突したとされる火星サイズの惑星「テイア」の残骸である可能性が高いことが示された。
LLVPsは地球の下部マントルと外核の境界付近に位置し、数千キロメートルにわたって広がっている。これらの領域は地震波を減速させる特性を持ち、周囲のマントルとは異なる組成を持つことが示唆されている。研究によると、LLVPsはマントルよりも2〜3.5%ほど密度が高く、この特性が核の近くに固定されている理由だという。
研究チームの一員である銭元(Qian Yuan)氏は、2019年の巨大衝突仮説に関する講義をきっかけに、LLVPsがテイアの残骸ではないかという仮説を立て、調査を開始した。研究チームは高度なコンピューターシミュレーションを用いて巨大衝突イベントとその後のテイアのマントル物質の分布をモデル化した。シミュレーションの結果、テイアの鉄分が豊富な高密度の断片は、衝突エネルギーをあまり吸収しなかった冷却下部マントルによって保護され、核-マントル境界付近に沈み、蓄積したことが示された。
この発見は、月の形成に関する「巨大衝突仮説」を裏付けるものである。この仮説では、テイアと呼ばれる惑星が初期の地球と衝突し、その破片が月を形成したとされている。今回の研究は、テイアの一部が地球内部に残り、数十億年にわたって保存されてきたことを示唆している。
この研究成果は、惑星の形成と進化に関する理解を深め、地球内部の構造と地質学的プロセスについての新たな洞察を提供するものである。
References:
Scientists Discovered a Lost Planet Hidden Deep Inside Earth’s Mantle
【編集部解説】
今回の研究は、私たちの地球が形成された太古の歴史に新たな光を当てるものです。地球深部に存在するLLVP(大規模低速度領域)が、かつて地球と衝突した惑星「テイア」の残骸である可能性が高まりました。この発見は、惑星形成のプロセスや地球内部構造の理解に大きな転換をもたらす可能性があります。
カリフォルニア工科大学(Caltech)の研究チームによって主導されたこの研究は、2025年5月にNature誌に発表されました。研究の中心人物である銭元(Qian Yuan)氏は、2019年の巨大衝突仮説に関する講義をきっかけに、LLVPsがテイアの残骸ではないかという仮説を立て、調査を開始しました。
LLVPsは地震波の速度が遅くなる特異な領域として知られていましたが、その起源については長年議論が続いていました。従来は古代の沈み込んだテクトニックプレートか、地球形成時の原始物質と考えられていましたが、今回の研究はそれらとは全く異なる説明を提示しています。
特に興味深いのは、なぜテイアの物質が地球のマントル全体に均一に混ざらず、2つの巨大な塊として残ったのかという点です。研究チームのシミュレーションによると、衝突時のエネルギーの大部分は地球の上部マントルに集中し、下部マントルは比較的冷たい状態を保っていたため、テイアの鉄分が豊富な物質が核-マントル境界付近で塊として残ることができたのです。これは、スイッチを切ったラバランプの中の溶けていない塊に例えられています。
この発見が示唆するのは、私たちの地球が実は「二つの惑星の混合体」であるという驚くべき事実です。地球の内部には、別の惑星の一部が45億年もの間保存されてきたことになります。これは惑星科学における従来の常識を覆す発見と言えるでしょう。
また、この研究はLLVPsの性質についても新たな知見をもたらしています。LLVPsは周囲のマントルよりも2〜3.5%ほど密度が高く、この余分な重さが核の近くに固定されている理由だとされています。
この発見が持つ意義は地球科学の枠を超えています。もし地球内部にテイアの残骸が存在するなら、同様の巨大衝突を経験した他の惑星や衛星の内部にも類似の不均質構造が存在する可能性があります。これは太陽系や系外惑星の形成と進化の理解に新たな視点をもたらすでしょう。
さらに、LLVPsが地球の地質学的・地球力学的プロセスに与えてきた影響も再評価する必要があります。これらの構造がプレートテクトニクス、大陸の形成、地球の磁場生成にどのように影響してきたのかを理解することで、地球の進化の全体像がより明確になるかもしれません。
この研究は、地球深部の謎に迫るだけでなく、私たちの惑星の起源と進化についての理解を根本から変える可能性を秘めています。宇宙の衝突が惑星をどのように形作るのかという壮大な物語の一部として、今後さらなる研究の進展が期待されます。
【用語解説】
LLVP(大規模低速度領域):
地球のマントル最下部に存在する大規模な構造で、地震波の速度が周囲より遅くなる特徴を持つ。アフリカと太平洋の下に存在し、コア-マントル境界から最大1,000kmの高さがある。地球の体積の約6%を占める。月の約2倍の大きさに相当する。
テイア:
ギリシャ神話の月の女神セレネの母の名に由来する仮説上の惑星。約45億年前に原始地球と衝突したとされる火星サイズ(直径約6,794km)の天体。この衝突によって月が形成されたとする「ジャイアント・インパクト説」の中心的存在。
ジャイアント・インパクト説:
月の起源に関する最有力説。原始地球にテイアが衝突し、その破片が地球の周りを回る円盤を形成、それが集まって月になったとする説。アポロ計画で持ち帰られた月の岩石サンプル(約400kg)の分析により支持されている。
【参考リンク】
カリフォルニア工科大学(Caltech)(外部)
世界トップクラスの科学・工学研究機関。今回の研究を主導した銭元氏らが所属する大学。
Nature(外部)
今回の研究成果が掲載された世界的な科学学術誌。
【参考動画】
【編集部後記】
皆さん、地球の足元に眠る「もう一つの惑星」の痕跡について、どう感じられましたか?私たちが日々立っている地面の遥か下に、45億年前の宇宙の衝突の証拠が保存されているとは驚きですね。もし他の惑星でも同様の構造が見つかれば、惑星形成の理解はどう変わるでしょうか?また、この発見は地球の磁場や火山活動との関連も示唆しています。皆さんの周りの「当たり前」と思っている現象も、実は太古の宇宙の出来事と繋がっているかもしれません。そんな視点で地球を見てみると、どんな発見があるでしょうか?