スマートフォンという概念そのものを書き換えた2007年の初代iPhone、指紋認証で「鍵」の概念を変えたTouch ID、顔認証へ移行したFace IDと全画面デザイン——Appleは10年に一度ほどの周期で、iPhoneの根本的な前提を塗り替えてきました。そして2027年、iPhoneは20周年を迎えます。節目に合わせたかのように、「Glasswing(グラスウィング)」という内部コードネームを持つ全面ガラス・ボタンレスiPhoneの噂が浮上しています。これは単なるデザイン変更なのか、それともまた一つの「前提の書き換え」なのでしょうか。
2026年5月、Bloombergのマーク・ガーマンが自身のPower OnニュースレターのQ&Aで、iPhone 20の全面刷新計画が社内で「Glasswing」と呼ばれていることを明かした。グラスウィング蝶の透明な羽にちなんだこの名称が示すように、四辺すべてでガラスエッジがディスプレイへと滑らかに湾曲する構造が検討されているという。
あわせてガーマンは、AppleのLiquid Glassインターフェースがこのハードウェア設計の方向性に沿って開発されており、ソフトウェアが筐体のガラス素材に視覚的に溶け込む設計を目指していると述べた。デバイスとOSを一体として体験させるという思想の表れだ。
ボタンレス化については、2025年10月に中国のリーカー「Instant Digital」がWeiboで先行して言及していた。電源・音量・アクション・カメラコントロールの全ボタンが局所的な振動フィードバックを持つソリッドステートコントロールに移行する計画が、量産準備段階まで進んでいるとされる。同リーカーはiPhone 18での段階的移行開始も示唆した。なお、ソリッドステートボタンはミンチー・クオがiPhone 15 Pro向けに報告していたが、技術的・製造上の問題から棚上げとなった経緯がある。
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Apple’s iPhone 20 may finally ditch the design we’ve known for years
【編集部解説】
Appleが物理的な操作子を削り続けてきた歴史は、iPhoneの歴史そのものと重なります。
「物理を消す」——Appleの20年来の設計方針
2007年、初代iPhoneは当時の標準だったフルキーボードをひとつのホームボタンとタッチスクリーンに置き換えました。スティーブ・ジョブズは2007年のプレゼンで、既存スマートフォンの物理キーボードを「必要な時も不要な時も常にそこにある」と批判しました。この方針転換は当初懐疑的に受け止められましたが、その判断が正しかったことを市場はすぐに証明しました。
2016年、iPhone 7でホームボタンが変わりました。押し込んでも物理的に沈まない「感圧式」ボタンです。Taptic Engineが生み出す振動で「押した感覚」を再現するこの設計は、当時賛否を呼びました。しかし今となっては、2007年の判断と同じ文脈で読むことができます——Appleが「触覚の錯覚」で物理を代替することに踏み切った最初の大きな一歩です。
2017年、iPhone Xでホームボタンそのものが消えました。Touch IDはFace IDに代わり、画面下端のスワイプジェスチャが「ホームに戻る」動作を担うようになりました。物理ボタンの廃止がもたらした代償——学習コストとジェスチャ操作への移行——をユーザーは受け入れ、その結果、画面サイズは大きく拡張されました。
2023年、iPhone 15 Proでミュートスイッチがアクションボタンに置き換えられました。カスタマイズ可能な多機能ボタンへの転換です。同じiPhone 15 Proの開発過程で同時に検討されていたのが「電源・音量ボタンのソリッドステート化」でした。しかしこの計画は直前で棚上げになりました。その理由は、技術的・製造上の問題が解決できなかったことにあります。Cirrus Logic——ハプティックドライバーのサプライヤー——が株主向け書簡でこの計画の中止を事実上認めたことで、棚上げは複数のルートから裏付けられました。
2024年、iPhone 16でCamera Controlが追加されました。サファイアクリスタル表面、静電容量センサ、感圧センサ、Taptic Engineを組み合わせたこのボタンは、実質的に「ソリッドステートボタンの実証実験」と読み解くことができます。3年間の使用データと製造経験がAppleに「この技術は量産レベルで機能する」という確信をもたらした可能性があります。
この系譜を並べてみると、Glasswingのボタンレス計画は突然の変心ではなく、20年かけて積み重ねられた「物理を消す」方針の延長線上に位置していることが見えてきます。
一度諦めた技術が、なぜ今戻ってくるのか
iPhone 15 Proでのソリッドステートボタン計画の棚上げと今回の再浮上の差を生んだのは何か。その答えのひとつが、Camera Controlだと考えられます。
物理ボタンの触感を振動で再現するためには、「振動のタイミング」「振動の強度」「振動のパターン」を極めて精密にコントロールする必要があります。さらに、4つの異なる位置にあるボタンがそれぞれ異なる感触を再現しなければならない。2023年時点では、この制御精度を量産レベルで安定的に実現することができなかったとされています。
Camera Controlはより単純な一点のソリッドステート構造ですが、Appleが量産規模でこの技術を展開したことは、エンジニアリングとサプライチェーンの両面で知見の蓄積をもたらしたはずです。2027年——つまり設計確定まで少なくとも1〜2年の猶予がある時点で——Appleが4ボタン全てのソリッドステート化を改めて計画しているとすれば、その自信はCamera Controlで得た実績に基づくものと見るのが自然です。
EU規制の文脈も無視できません。USB-Cの義務化はiPhone 15で実現しましたが、将来的に完全ワイヤレス化を目指すためには、物理ポートと物理ボタンの両方を排除する必要があります。20周年という節目は、この「完全シール化」への布石として設計上の意味を持ちます(ただしこの因果関係はあくまで推測であり、Appleが公式に述べていることではありません)。
ハードウェアとソフトウェアの一体化——Liquid Glassとの接続
もうひとつ見落とせないのが、iOS 26で発表されたLiquid Glassとの関係です。
Liquid Glassは、ガラスのような透明感と光の屈折を模したUIデザイン言語です。発表当時は「美的な刷新」として報じられましたが、Gurmanの今回の発言はその読み方を変えます——Liquid GlassはGlasswingというハードウェア構想を前提に設計されていた可能性が高い、ということです。
Appleが「ハードウェアとソフトウェアを同時に設計する」ことは、競合他社との最大の差別化要因のひとつです。Android端末メーカーはGoogleのOSを使うため、ハードウェアの変更とOSの対応は常に時間差が生じます。対してAppleはiOSとiPhoneを同一の設計体制で開発でき、「このUIはこのガラスに溶け込む」という一体感をゼロから作ることができる。
Liquid GlassがGlasswingのために存在するとすれば、iOS 26のユーザーは今日すでに、2027年のiPhoneのために設計されたUIを使っていることになります。
「ボタンを消す」ことのトレードオフ
Appleの歴史において、物理を取り除くことには常に代償が伴ってきました。
iPhone 7でジャックが消えた際、AppleのPhil Schillerは「Courage(勇気)」という言葉を使いました。しかしユーザーが手放したのはアナログオーディオジャックだけではありませんでした。既存のイヤフォンの互換性、Lightning変換アダプタの常時携帯、そして新しいワイヤレスイヤフォン(AirPods)への出費です。一部の報道ではAirPodsの年間売上は180〜220億ドル規模ともされ、一部の国の製造業付加価値に匹敵するほどの事業に成長しています。
ホームボタンの廃止は、画面サイズの拡大とFace IDという新しい認証体験を可能にしましたが、同時に画面修理のコストを大きく引き上げ、ジェスチャ操作という学習コストをユーザーに課しました。
ボタンの完全廃止が実現すれば、何が起こりうるでしょうか。物理的な突起や開口部がなくなれば、防水・防塵性能は理論上向上します。一方で、視覚障害を持つユーザーにとって、物理ボタンは手触りだけで端末の向きや状態を確認できる「空間のランドマーク」でもあります。振動で代替できても、その感触が全盲のユーザーにとって同等のナビゲーション手段となるかどうかは、アクセシビリティの観点から慎重に評価が必要です(現時点では推測的考察の域を出ません)。
「ボタンを消す」という意思決定は、Apple単独では完結しません。10億台規模で出荷されるiPhoneのデザイン変更は、サプライチェーン、アクセサリ業界、修理業界、そしてユーザーの所有物の互換性に同時に作用します。Camera Controlがそうであったように、ケースメーカーは新しい構造に対応するための投資を強いられるでしょう。Appleがおそらく20周年という節目を選んでこの変更を仕掛けようとしているとすれば、その節目には設計上の意図が込められている可能性があります。
噂段階の情報として読むべき注意
ここまで述べてきたことは、いずれも現時点では公式に確認されていない計画に基づく考察です。マーク・ガーマンは過去のApple関連報道で高い的中率を持つ記者であり、Bloombergのバックアップを受けた取材体制を持ちますが、「Glasswing」が発表された製品ではないことは強調しておく必要があります。
Instant DigitalのWeiboリークについては、過去に的中させた事例がある一方で、外れた予想もあります。「機能検証完了」「量産準備段階」といった表現の解像度は粗く、Appleの社内開発フェーズで言うどの段階に相当するかは明確ではありません。iPhone 15 Proのときと同様、量産直前で計画が変更される可能性は現時点でも残されています。
それでもこのニュースを取り扱った理由は、「Glasswing」を巡る一連の動きが単発のリークではなく、iOS 26のLiquid Glass、iPhone 16のCamera Control、そしてGurmanのここ数年にわたる継続的な報道といった複数の事象と整合的に並んでいるからです。個別の噂の真偽はともかく、Appleが20周年に向けて「物理を消し切る」方向へ歩みを進めていること自体は、いま起きている事実から十分に読み取れます。
iPhone 20が実際にどんな姿で登場するかは、2027年9月の発表まで待つしかありません。ただ、その日が来たとき、私たちが何を失い、何を得たのかを問い直すための補助線は、いまから引き始めることができます。
【用語解説】
Glasswing(グラスウィング)
iPhone 20の全面刷新計画に対してApple社内で使われているとされる内部コードネーム。グラスウィング蝶(Greta oto)の透明な羽にちなんだこの命名で、オールガラス筐体と「目に見えない(透明な)」デザインの思想を反映している。Bloombergの記者マーク・ガーマンが2026年5月のPower OnニュースレターのQ&Aで言及した。
Liquid Glass
iOS 26で導入されたAppleの新しいビジュアルデザイン言語。ガラスのような透明感と光の屈折・反射を取り入れたUIで、ウィンドウやコントロール要素がデバイスの背景色や素材に溶け込む視覚効果を持つ。ガーマンによればGlasswingのハードウェア構想を前提に設計されており、ソフトウェアが物理的なガラス筐体の一部であるかのように見える体験を目指す。
ソリッドステートボタン
物理的に可動する部品を持たず、押し込んでも実際には動かないボタン機構。感圧センサが圧力を検知し、Taptic Engineが振動フィードバックを生成することで「押した感覚」を再現する。iPhone 7のホームボタン(感圧式)がその先例。ボタンが可動しないため、防水・防塵性能の向上と部品耐久性の改善が期待される。iPhone 15 Pro向けに計画されたが2023年に棚上げ、今回のGlasswingで再浮上したとされる。
Taptic Engine
Appleが開発した触覚フィードバックシステム。リニア共振アクチュエーターを使い、微細かつ精密な振動をミリ秒単位で制御する。iPhone 6s(3D Touch対応)で初めてiPhoneに搭載。現在はiPhone 7のホームボタン感圧化、バイブレーション、通知フィードバック、各種触覚表現に使われており、ソリッドステートボタン実現の核心技術。
Camera Control
iPhone 16シリーズで追加されたサファイアクリスタル製のカメラ操作ボタン。静電容量センサ(スワイプ操作に対応)と感圧センサを組み合わせ、Taptic Engineで触感を提供する。静電容量・感圧センサと物理タクタイルスイッチを組み合わせたハイブリッド構造を量産規模で実装した事実上の実証実験として、Glasswingのソリッドステートボタン計画の技術的前提となっている。
Action Button(アクションボタン)
iPhone 15 Proで従来のミュートスイッチを置き換えて導入されたカスタマイズ可能なボタン。消音・カメラ起動・ショートカット実行など、ユーザーが任意の機能を割り当てられる。物理ボタンの廃止に向けた段階的移行の一環として位置づけられる。
【参考リンク】
Apple iPhone(公式)(外部)
iPhoneの製造・販売元。現行ラインアップのスペック、Camera Control、アクションボタンの機能詳細を確認できる。
Apple – iOS 26 / Liquid Glass(Apple Newsroom)(外部)
Liquid Glassを発表したAppleの公式プレスリリース。ハードウェアとソフトウェアの深い統合という設計思想の公式表明。
MacRumors Buyer’s Guide(外部)
各iPhoneモデルのリリースサイクルと次世代の情報を整理。購入タイミングの参考になる。
iFixit iPhone 分解レポート(外部)
Taptic Engine、Camera Control、各種物理ボタンの内部構造を写真つきで解説。ソリッドステートボタンの仕組みを理解するための参考資料。
【参考記事】
New iPhone redesign is coming next year, inspired by Liquid Glass: report(9to5Mac)(2026年5月4日)
Liquid Glassのデザイン言語と融合する形で、iPhoneの20周年にあわせた全面デザイン刷新が来年に控えているとする先行報道。翌日公開の「Glasswing」詳報に先立つ報道として位置づけられる。
Kuo: iPhone 15 Pro Solid-State Buttons Abandoned Due to Unresolved Technical Issues(MacRumors)(2023年4月11日)
Ming-Chi Kuoが報じたiPhone 15 Pro向けソリッドステートボタン計画の撤回。今回の噂との連続性を理解するための必読記事。
iPhone 15 Pro Solid-State Button Cancellation Confirmed by Cirrus Logic(MacRumors)(2023年5月5日)
Cirrus Logicの株主向け書簡を通じてサプライヤー側から計画撤回を裏付けた報道。
iPhone 16 has a new Camera Control button — here’s everything it can do(AppleInsider)(2024年9月10日)
Camera Controlの内部構造(サファイア結晶+静電容量センサ+感圧センサ+Taptic Engine)を詳述。ソリッドステートボタンへの技術的布石として読める。
Apple introduces a delightful and elegant new software design(Apple Newsroom)(2025年6月)
Liquid Glassを発表したApple公式プレスリリース。「ハードウェアとソフトウェアの深い統合」という設計思想の公式表明として参照。
Inside the iPhone 7: Apple’s Taptic Engine explained(AppleInsider)(2016年9月27日)
iPhone 7の感圧式ホームボタン移行を支えたTaptic Engineの仕組みを解説。ソリッドステートボタン計画の技術的前史として有用。
【編集部後記】
机の上のiPhoneを手に取るとき、私たちは画面を見る前に、指先で電源ボタンの位置を探しています。暗闇の中で、目を閉じたまま、布越しに——その小さな突起の手触りは、20年かけて積み重なった「身体の記憶」とも言えるものです。
2007年、スティーブ・ジョブズがポケットからあの小さな板を取り出した瞬間、世界は決定的に変わりました。あれから20年。私たちの指はガラスを撫でることを覚え、顔で鍵を開けることを覚え、カメラを「押す」のではなく「触れる」ことを覚えました。Appleはその一つひとつの変化を、恐る恐るではなく、確信を持って仕掛けてきました。
「Glasswing」という名前を聞いたとき、胸が高鳴りました。グラスウィング蝶の透明な羽——見えているのに、そこにある感触がない。その矛盾した美しさをiPhoneに重ねるとは、なんという詩的な命名でしょう。ボタンが消え、継ぎ目が消え、ガラスだけが残る。それはもはや「道具」ではなく、手の中の「体験」そのものになろうとしているのかもしれません。
2027年、iPhoneは20周年を迎えます。どんな姿で現れるのか、いまから楽しみです。











