ゲーミングモニターのリフレッシュレート競争が、ひとつの象徴的な数字に到達した。1フレームが1ミリ秒以下で更新される「1000Hz」という領域は、つい数年前まで技術デモの世界の話でした。それが今日、コンシューマー向け製品として現実になりました。競技シーンはこの新基準をどう受け取るのか、そして「人間が知覚できる限界」という問いはどこへ向かうのでしょうか——本記事で読み解いていきましょう。
2026年5月19日、LGエレクトロニクスはネイティブ1000Hzリフレッシュレートを備えた世界初のFHD(1,920×1,080)ゲーミングモニター「LG UltraGear 25G590B」を発表した。コンシューマー向け電子機器ブランドによるネイティブ1000Hz FHDゲーミングモニターの製品化は、これが初めてとなる。
25G590Bは24.5インチのディスプレイを採用。eスポーツ競技環境で標準的に採用されるサイズで、FPS(ファースト・パーソン・シューター)タイトルでの使用を主眼に設計されている。デュアルモード方式のモニターが最高リフレッシュレートに達するために解像度や画面サイズの変更を求めるのとは異なり、本製品はFHD解像度のままデフォルトでネイティブ1000Hzを発揮する。
映像技術面では、高速移動するオブジェクトの残像を低減するLG独自の「Motion Blur Reduction Pro」、高性能IPSパネル、低反射フィルムを搭載。AI機能として、ゲームジャンルに応じて映像設定を自動調整する「AI Scene Optimization」と空間オーディオを最適化する「AI Sound」も備える。発売は2026年下半期に一部市場を皮切りに順次展開される予定だ。
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LG Electronics Introduces World’s First Native 1000Hz Full HD Gaming Monitor
【編集部解説】
1000Hzという数字が意味するもの
リフレッシュレートとは、ディスプレイが1秒間に画面を書き換える回数のことです。60Hzなら1秒間に60回、つまり約16.7ミリ秒に1フレーム。1000Hzでは1ミリ秒に1フレームという計算になります。25G590Bが達成したのは、この1ミリ秒という時間粒度を、解像度や画面サイズを切り替えることなく、デフォルトの動作モードで実現したことです。
「ネイティブ」という言葉が強調されているのには理由があります。これまで市場に出ていた「1000Hz対応」を謳う製品の多くは、デュアルモード方式と呼ばれる仕組みでした。たとえば4K解像度のときは240Hzで動作し、ボタンひとつでFHDに切り替えると480Hzや720Hzに跳ね上がる、というものです。便利な反面、競技中にモードを切り替えるという発想が前提に組み込まれており、トレーニング環境と本番環境の視覚条件を一致させたいプロ層からすると微妙な摩擦が残ります。25G590BはFHD解像度のまま1000Hzで動き続けるため、その摩擦がありません。
約10年で60Hzから1000Hzへ——加速する数値競争
リフレッシュレート競争の現在地を、少し時間軸を引いて眺めてみます。一般消費者向けPCディスプレイは長らく60Hzが標準でした。ゲーミング用途で144Hzが登場し、240Hzが「eスポーツの標準」と呼ばれるようになり、2020年にASUS ROG Swift PG259QNが360Hzを商品化、2023年にはASUS ROG Swiftが540Hzを商品化、2025年にはSamsungが500Hz OLEDのOdyssey OLED G6を投入しました。そして2026年、LGが1000Hzに踏み込んだ——わずか10年あまりで、リフレッシュレートは約17倍になっています。
人間の目はどこまで知覚できるのか
「人間にそんな違いが分かるのか」という問いは自然に湧きます。知覚の改善はリフレッシュレートに対して対数的に減衰するため、60Hzから120Hzへの跳躍は誰でも体感できる一方、240Hzを超えるあたりから得られる改善は徐々に小さくなっていきます。明確な「頭打ちの数値」はいまだ定まっておらず、研究者とプロゲーマーの間でも議論が続いています。ただ、「差が小さい」ことと「意味がない」ことは別です。
Blur Busters(高リフレッシュレート技術の研究で知られるグループ)は、1000fps、1000Hz以上の領域に踏み込んで初めて、ストロボ効果やブラックフレーム挿入なしに残像のない表示が実現する——つまり1000Hzは「現実の動きの連続性に漸近する」入り口だと論じています。
加えて、競技現場には心理的な側面もあります。「自分の機材が最速である」という確信は集中力と自信に直結し、大会会場で採用されるモニターが選手の練習環境を引っ張る——この力学が、数値競争をここまで動かしてきました。
技術的ボトルネック——1000Hzを「使い切る」ことの難しさ
仕様としての1000Hzと、実環境で1000Hzを発揮することの間には、いくつかのハードルがあります。
まず伝送帯域の面では、FHD×1000HzはDisplayPort 2.1(最大80Gbps)の範囲内に収まりますが、これを4Kに拡張しようとすると一般的な試算で約248Gbps(10bit/ch・非圧縮の概算値)が必要となり、現行規格では単独ケーブルで伝送できません。25G590BがFHDに留まっているのは競技ユーザーへのターゲティングであると同時に、ケーブル規格という物理的な壁でもあります。
次にGPUの問題があり、モニターが1000Hzで動くことと、ゲームが1000fpsで描画されることは別の話です。Counter-Strike 2やValorantのような軽量タイトルでは、ハイエンドのX3D系CPU+上位GPUで1000fps台に届く例も報告されていますが、設定やシーン次第で変動は大きく、グラフィックスの重いAAAタイトルでは現状ほぼ届きません。25G590Bはあくまで「軽いタイトルを徹底的に速く動かす」用途に最適化された製品です。
そしてOS側も動いており、Windows 11の最近のInsiderビルドではリフレッシュレートの上限が5000Hzまで引き上げられました。プラットフォームがすでに1000Hz超の世界を前提に枠を広げている——その事実が、この競争の行き先をよく表しています。
FHDという選択——「画質より速度」の戦略的意味
25G590BはFHD解像度に固定された製品です。一般的なトレンドが4K・QHDへと向かうなか、あえてFHDを採用したことには戦略があります。
FPS競技においては、敵を視認するスピードと、撃つ判断の速さが勝敗を分けます。高解像度の精細な描画よりも、低解像度でも遅延なく更新される画面の方が、競技優位性につながりやすい——これが、24.5インチFHDというサイズと解像度が、長年eスポーツ大会の標準として残ってきた理由でもあります。25G590Bはその伝統に乗りつつ、リフレッシュレートだけを極端に押し上げた製品です。Samsung Odyssey OLED G6が500Hz・QHD・OLEDという「画質と速度のバランス」を狙うのとは、対照的なアプローチといえます。
私たちは何を見ているのか——「速度」が産業を動かす
25G590Bを単独のガジェットとして見ると、「またリフレッシュレートが上がった」というニュースに見えます。しかしこれを長い時間軸の中に置くと、別の輪郭が見えてきます。
ディスプレイ産業は、解像度(SD→HD→4K→8K)、色域(NTSC→sRGB→DCI-P3→BT.2020)、応答時間、コントラストといった複数の軸で進化してきました。リフレッシュレートはそのなかでも、ここ10年で最も急激に伸びた軸です。背景には、eスポーツの産業化、配信文化の浸透、競技人口の拡大、そして「1ミリ秒の優位を金で買える」消費者層の出現があります。技術が需要を生んだのではなく、需要が技術を引っ張ってきた——25G590Bは、その因果関係の現在地に建てられた一本の旗です。
そして人間の目が知覚できる限界、伝送規格の物理的限界、GPUの処理能力の限界が、ほぼ同時期に重なりつつあります。これから先、リフレッシュレートはどこまで伸びるのか。2030年に2000Hzが出てくるという業界予測もあれば、Windowsが5000Hzまで枠を空けたことに象徴されるように、上限はまだ見えていません。ただ、ここから先の「+500Hz」がもたらす知覚上の利得は、おそらく60→120Hzの跳躍とは比べものになりません。25G590Bは、競技性能の最後のフロンティアに到達した製品であると同時に、リフレッシュレート競争の「成熟期」の始まりを告げる製品でもあります。
私たちが画面越しに見ているのは、1ミリ秒の世界です。その1ミリ秒が、誰のために、何のために必要なのか——技術の数字を追うのと並んで、この問いも忘れたくない論点です。
【用語解説】
リフレッシュレート(Refresh Rate)
ディスプレイが1秒間に画面を更新する回数。単位はHz(ヘルツ)。数値が高いほど映像の更新頻度が上がり、高速な動きの再現に有利。60Hz=毎秒60回更新(1フレームあたり約16.7ミリ秒)、1000Hz=毎秒1000回更新(1フレームあたり1ミリ秒)。
ネイティブ1000Hz
モード切り替えや解像度変更なしに、初期状態でそのまま1000Hzで動作すること。「デュアルモード方式」と対をなす概念。
デュアルモード(Dual-Mode)
同一パネルが複数の動作モードを持ち、ユーザーが手動で切り替えて使う方式。高解像度+低リフレッシュレートと、低解像度+高リフレッシュレートを選択できるが、競技中にモードを変更する必要がある。
サンプル&ホールド(Sample-and-Hold)
現代のLCDやOLEDが採用する表示方式。各フレームを一定時間「保持」して表示し続けるため、高速に動くオブジェクトが残像として見える現象(モーションブラー)が生じやすい。リフレッシュレートを上げることで1フレームあたりの保持時間を短縮でき、残像が減少する。
DisplayPort 2.1
映像・音声の転送規格の一つ。最大80Gbpsの帯域幅を持ち、現時点でFHD×1000Hzの転送は可能だが、4K×1000Hz(約248Gbps・非圧縮概算)には対応できない。
IPS(In-Plane Switching)パネル
液晶ディスプレイのパネル方式の一種。広視野角と正確な色再現を特長とする。競技向けの超高リフレッシュレートモデルでは以前TN方式が主流だったが、IPS技術の進化により1000HzもIPSで実現可能になった。
Motion Blur Reduction Pro
LGが独自開発した残像低減技術。高速移動するオブジェクトのブレ(モーションブラー)を抑え、視認性を向上させる。
FPS(First-Person Shooter)
プレイヤー視点でキャラクターを操作するシューティングゲームのジャンル。Counter-Strike 2、Valorantなどが代表例。高リフレッシュレートによる恩恵が最も大きいジャンルとされる。
【参考リンク】
LG UltraGear 25G590B 公式ニュースルーム(外部)
LGエレクトロニクスによる公式発表。製品の特徴、設計思想、AI機能の詳細を確認できる。
LG UltraGear ゲーミングモニター 公式サイト(外部)
LGのゲーミングモニターラインナップ。25G590Bの発売後、製品ページと購入情報がここに追加される予定。
Blur Busters — 高リフレッシュレート技術の研究(外部)
1000Hzを含む超高リフレッシュレート表示技術の原理を深く研究するグループ。サンプル&ホールド理論や知覚限界に関する技術論考が充実している。
VESA DisplayPort 2.1仕様(外部)
現行の映像転送規格の上限帯域幅を規定する業界標準文書。リフレッシュレートの物理的限界を理解するための一次情報。
【参考記事】
LG Electronics Introduces World’s First Native 1000Hz Full HD Gaming Monitor(外部)
LG Global Newsroom(2026年5月19日)。25G590Bの公式プレスリリース。製品コンセプト、AI機能の詳細、発売時期など基本情報の一次情報源。
LG unveils ‘world’s first’ native 1000 Hz refresh rate at 1080p(外部)
Tom’s Hardware(2026年5月19日)。IPS採用の意義、デュアルモード方式との違い、他社(Acer Predator XB273U F6)との比較を含む詳細な技術解説。
LG UltraGear 25G590B Debuts as World’s First Native 1000Hz 1080p Gaming Monitor(外部)
HotHardware(2026年5月19日)。IPS採用の経緯、AI機能、競合(BenQ Zowie・ASUS ROG)との市場ポジションを分析。価格未公表の点も言及。
Pushing the Limits: Are 1000Hz Monitors the Next Frontier in Esports?(外部)
KTC Play(2026年5月1日)。サンプル&ホールドブラーの物理原理、DP 2.1の帯域限界、リフレッシュレートの知覚改善が対数的に減衰することを詳しく解説。
LG Announces UltraGear 25G590B Native 1000Hz Full HD Gaming Monitor(外部)
Guru3D(2026年5月19日)。スタンドのキャリブレーション指標など、競技環境設定を支援する物理設計の詳細を報告。
LG Shatters The 1000 Hz Barrier With UltraGear 25G590B(外部)
WCCFtech(2026年5月19日)。AntGamer・Acer・AOCなど他社の1000Hzモニター(いずれも720p止まり)との差異を整理。
【編集部後記】
1000Hzという数字を前に、私たちはどこか既視感を覚えます。かつて「60Hzで十分」と言われ、144Hzが「人間には過剰」と言われ、そのたびに実際に使ってみた人たちが「違う」と言い続けてきた。今回もまた同じ問いが繰り返されています。知覚できる限界はどこか、そしてその限界は本当に固定されているのか。機材が問いを立て、人間がその問いに身体で答えていく——このサイクルが、ディスプレイ技術をここまで連れてきました。1ミリ秒の世界が、私たちの感覚をどう書き換えていくのでしょうか。












