私たちの多くは、日本語版のSiri AIが10月にやってくるのを、まだ指をくわえて待っている段階です。けれど英語圏では、すでに数日にわたって実際にこの新しいSiriが動いています。その短い時間のうちに、華やかな基調講演の発表だけでは見えてこなかった実態が、いくつも表面化してきました。Siri AIとは、結局のところ何を約束し、何を届けているのでしょうか。英語圏で先に起きていることを、少し覗いてみたいと思います。
Appleは2026年9月14日(現地時間、日本時間では9月15日)、iOS 27などの新OSとともに刷新版アシスタント「Siri AI」の提供を開始した。対応言語はまず英語のみで、日本語を含むフランス語・韓国語・ポルトガル語・スペイン語は10月に追加される予定。対応機種はiPhone 15 Pro以降に限られる。一方、EUではデジタル市場法(DMA)を巡る規制当局との対立を理由に、iPhone・iPad・Apple Watchでの提供が見送られた。他のAIモデルに切り替えられる「Extensions」機能や「メッセージ内の提案」など複数の機能も、初回リリースからは除外されている。
【編集部解説】
実際に使ってみた人たちの、割れた反応
Appleの基調講演からまだ数日ですが、英語版Siri AIにはすでに実際の使用者の声が集まり始めています。その反応は、驚くほどきれいに二つに分かれています。
そもそもApple自身が、今回のリリースを完成品の発表ではなく「ロールアウト」の始まりだと位置づけています。配信開始から2日が経った9月16日の時点でも、待機リストや利用制限は解消されておらず、どれだけの計算資源が必要になるか、Apple自身にもまだ見通しが立っていないと報じられています。「発表した」その日に「届いた」わけではない、という状態が、今もそのまま続いているのです。
MacRumorsのフォーラムには、長らくSiriに見切りをつけていたユーザーからの驚きの声が並んでいます。「テキストメッセージの送信くらいにしか使っていなかったが、今は本当に使える」「昨夜アクセスできたが、かなり感心している」といった具合です。一方で、複数のリクエストを重ねるとバッテリー消費と発熱が気になるという指摘や、サードパーティアプリとの連携がまだ不安定だという報告も同じスレッドに並んでいます。
プロのレビュアーの間でも評価は割れました。あるMacworldのライターは「iPhoneの使い方が本当に変わりそうだ」と評価した一方、同じ媒体の同僚は同じ日に「あまり新しさを感じない」と書いています。PhoneArenaのハンズオンは「脳移植を受けたようだ」という表現で好意的に評価しつつも、すでにChatGPTやGeminiを使い慣れている読者には物足りないかもしれないと留保をつけました。興味深いのは、Apple株が月曜の寄り付きで最高値をつけた後、基調講演でSiri AIのセグメントが流れた直後に値を下げたという報道です。投資家の反応もまた、この分裂を映し出しているように見えます。
この分裂は、単に「良いか悪いか」の話ではありません。長らくSiriに失望してきた人にとっては、会話が成立するだけで十分な進化です。しかし、すでに日常的に高度な対話型AIを使いこなしている人にとって、Siri AIが越えるべきハードルは、もっと高い場所にあります。同じ製品が、立っている場所によってまったく違って見える。これは今回に限った話ではなく、AIアシスタントという分野そのものが抱える構造的な難しさなのかもしれません。
その「頭脳」は、どこから来たのか
もう一つ、見過ごせない論点があります。Siri AIの中身についてです。
Appleは公式に、新しいSiri AIの基盤について「GoogleおよびそのGeminiモデルとの協業によってカスタム構築した」と説明しています。Gemini社名は報道による推測ではなく、Apple自身が公式ページで明記している事実です。それでもAppleは、自社でより優れたモデルを一から構築したとは述べていません。Googleの技術を土台として採用した、と自ら公言しているのです。
ただし、ここには丁寧な切り分けもあります。Siri AIは一般知識に関する質問に答える際、Google検索やGoogleのナレッジグラフではなく、Apple独自のナレッジグラフを参照しているとされています。「土台のモデルはGoogle由来だが、その上で何を検索し、何を参照するかはAppleが握っている」という二層構造だと理解すると、Appleの説明の意図が見えてきます。
この裏側の構造は、思いのほか身近なところにも顔を出しています。あるMacRumorsフォーラムのユーザーは、ある質問への回答について「これは単なるWeb検索だったのか、Siriを構成する5つのモデルのどれかだったのか、判断がつかない」とこぼしていました。技術的な内訳を追いかけていた私たちでさえ整理に苦労したこの構造が、何も知らずに使い始めた一般ユーザーの手元でも、すでに小さな戸惑いとして表れている。これは、Appleが「Siri」というブランドの内側に、他社の技術を静かに組み込んだことの、ささやかだけれど確かな痕跡だと思います。
華々しい発表の後ろで、静かに消えていった機能
Siri AIを支えるはずだった仕組みの中には、今回のリリースに間に合わなかったものもあります。
6月のWWDC基調講演の時点で、すでに一つの機能が姿を消していました。ChatGPT・Claude・Geminiへと自由に切り替えられる「Extensions」という仕組みです。Macworldの報道によれば、これはカスタマイズ可能なカメラアプリのインターフェースと並んで、期待されていたにもかかわらず基調講演での発表から漏れていました。Bloomberg記者のMark Gurman氏によれば、Apple社内ではなお開発が続いているといいます。Macworldの記者Jason Cross氏はさらに踏み込み、実際に登場するとすればiOS 27.3か27.4、つまり来年春になるのではないかと予測しています。
さらに、正式リリースのわずか2日前となる9月12日、Appleは自社サイトを静かに更新し、「メッセージ内の提案」とパスワードの自動変更機能という、もう二つの機能も初回リリースには含めないと明らかにしました。どちらも夏のベータ版では実際に試せた機能でした。
一つひとつは、ソフトウェア開発ではよくある話に見えるかもしれません。しかし積み重ねてみると、違う姿が見えてきます。基調講演で見せた完成形の約束と、実際にユーザーの手元に届くものとの間には、思っていたよりも大きな隙間がある。そしてその隙間は、発表の日から縮まっていくのではなく、リリース直前まで削られ続けていた。これは「壮大な計画の一部が遅れた」という単発の出来事ではなく、Appleが今、AIという領域でどれほど手探りの状態にあるかを示す、一つの兆候として読むこともできるように思います。
「Appleの判断」なのか、「規制の壁」なのか
四つ目の論点は、EUを巡る対立です。ここでは、当事者同士の言い分が真っ向からぶつかっています。
Appleの公式な立場はこうです。デジタル市場法(DMA)が求める相互運用性の要件を満たそうとすると、競合する音声アシスタントにもSiri AIと同レベルの深いシステムアクセスを与えなければならず、それは利用者を守るための「本質的な保護」を損なう。ソフトウェアエンジニアリング担当のクレイグ・フェデリギ氏は、「規制当局がプライバシーとセキュリティを守る解決策について建設的に関わることを拒んでいる」として、EUでの提供時期は「現時点では見通しが立っていない」と述べました。
これに対し、EU委員会の報道官トーマス・レニエ氏は、まったく異なる説明をしています。「EUでSiri AIを展開しないという決定は、Apple自身が下したものだ。DMAはAppleが新製品をEUに導入することを何ら禁じていない」。さらに、Appleは相互運用性に対応する具体的な技術的解決策を提出する代わりに、18ヶ月間の一括適用除外を求め、それが拒否されただけだという経緯まで明らかにしています。
レニエ氏の解釈はさらに踏み込んでいます。Appleが提案した「Trusted System Agent」という仕組みも、実際にはプライバシー保護のための審査期間ではなく、Siri AIが18ヶ月間、他社のAIアシスタントより先にEU市場で優位に立つための猶予期間を求めたものだったと述べているのです。「それは選択肢にならない。なぜなら、Siri AI以外に——ちなみにGoogleの技術で動いている——他のAIエージェントが、iPhoneユーザーに選ばれる平等な機会を持てなくなるからだ」。ここでも「Googleの技術で動いている」という一言が、あえて挟み込まれています。レニエ氏はさらに、「EU法に交渉の余地はない。警察官が制限速度の順守をドライバーに免除しないのと同じように、委員会も適用除外を認めない」とも述べました。
どちらの言い分が正しいのか、私たちには判断がつきません。Appleの言う「プライバシー保護のための線引き」は、規制によってイノベーションが妨げられているという意味では説得力があります。一方でEU側の「これは義務ではなく選択だ」という指摘も、Appleが実際に提出したのが技術的な妥協案ではなく一括の適用除外要求だったという事実を踏まえると、簡単には退けられません。はっきりしているのは、この対立の陰で、約4億5000万人とされるEUのiPhone・iPadユーザーが、Siri AIを使えないまま取り残されているという事実です。
この四つの糸をたどってみると
受け止め方の分裂、Google由来という裏側の構造、リリース直前まで削られ続けた機能、そしてEUとの終わらない対立。これらは一見ばらばらな四つの出来事に見えますが、どれも同じ一つの問いに行き着きます。「Appleの新しいAI」という看板が指し示しているものと、実際に私たちの手元に届いているものの間には、どれほどの距離があるのか、という問いです。
この距離は、批判されるべき欠陥というよりも、AIという新しい領域にAppleが本気で足を踏み入れたことの、正直な副作用のようにも見えます。日本語版が届く10月、私たちが目にするのは、今回明らかになった隙間が埋まった製品なのか、それとも同じ隙間を抱えたまま少し遅れてやってきた製品なのか。それは、まだ誰にも分かりません。
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Siri×Gemini×NVIDIA|Apple「プライバシーの約束」を守るための三社連合の実態
Siri AIがなぜGoogleのクラウドに一部処理を委ねているのか、その技術的な舞台裏を掘り下げた記事です。
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EUのDMAだけでなく、日本のスマホソフトウェア競争促進法もSiriの独占的地位に影響を与えてきました。今回のEUを巡る対立と並行する、日本側の規制動向です。
【編集部後記】
10月、私たちの元にもようやくSiri AIが届きます。そのとき受け取るのは、今回明らかになった隙間が埋まった製品なのか、それとも同じ隙間を抱えたまま少し遅れて届くだけの製品なのか。今はまだ分かりません。それまでの間、私たちの手元にあるのは、相変わらず「すみません、よくわかりません」と繰り返す、あの旧いSiriです。
【参考リンク】
【用語解説】
Apple Intelligence
Appleが2024年に発表した、iPhone・iPad・Mac横断のAI機能群の総称。Siri AIはこの基盤の上に構築されている。
Apple Foundation Models
Apple Intelligenceを支える基盤モデル群。今回、その一部にGoogleの技術が採用されたことが明らかになっている。
デジタル市場法(DMA)
EUが巨大デジタル企業(ゲートキーパー)に競争促進上の義務を課す規制。Apple・Google・Amazon・Meta等が対象。
Extensions
iOS 27の後続アップデート(27.3か27.4、来年春との予測)で導入が見込まれる仕組み。ChatGPT・Claude・Gemini等の外部AIをSiriの受け口として選べるようにする機能。今回のリリースには含まれていない。
Trusted System Agent
AppleがEU向けに提案した、競合の音声アシスタントにもSiri AI相当の機能を安全に提供するための仲介の仕組み。EU委員会はこの提案を含むApple側の提案をすべて拒否した。
ナレッジグラフ
固有名詞や事実関係を構造化して保持するデータベース。AIアシスタントが一般知識の質問に答える際の参照元となる。
















