ラズパイ、RAM固定ファームウェアを公式に認める|好決算と同じ週に露呈した”改造できない”現実

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Raspberry Piは、基板むき出しのまま自由に改造できる「ハッカーの相棒」として長く愛されてきました。ところが今週、そのイメージを揺さぶる二つのニュースが重なっています。一つは、産業向け需要の拡大を追い風にした好決算。もう一つは、ファームウェアがRAM容量を工場出荷時のまま固定し、無断の改造や増設をブロックしていたと公式に認めた一件です。同じ週に届いたこの二つの報せは、ラズパイという製品の”性格”そのものが変わりつつあることを示しているのかもしれません。


9月22日、Raspberry Piのファームウェアがボードのメモリ容量を工場出荷時の設定に固定していることが明らかになった。同社エンジニアでフォーラムモデレーターのPhilE氏が、Compute Module 5のRAM交換を試みたユーザーへの回答でこれを確認したものだ。同容量のチップへの交換でも、記録された他のデバイス属性によって失敗する場合があるという。同社は、低容量ボードを高容量チップに交換して転売する行為への対策と説明している。2日後の9月24日には2026年上半期決算が発表され、売上高は前年同期比90%増の2億5,690万ドル、調整後EBITDAは108%増の4,030万ドルとなった。産業向け需要は推定エンドマーケットの75%を占めるまで拡大したという。

From: 文献リンクRaspberry Pi Firmware Now Locks Boards to Their Original RAM Capacity

From: 文献リンクRaspberry Pi H1 2026 slides: profit doubles on industrial demand

【編集部解説】

表面的な符合の奥にあるもの

同じ一週間に飛び込んできた二つのニュースを、単なる偶然として片づけるのは簡単です。しかし、産業向け需要が業績を牽引する構造へと移行しつつある同社が、まさにそのタイミングで「ボードの来歴を固定する」仕組みを明確に認めたという事実は、示唆的です。

「転売対策」だけでは説明しきれない理由

Raspberry Pi自身が挙げる理由は、低容量ボードを高容量チップに交換して転売する詐欺的行為への対策です。この説明自体は筋が通っています。しかし、決算説明会で語られたとされる「production-scale technology partner」としての立ち位置や、航空宇宙防衛分野のOEMとの協議を踏まえると、別の見方もできます。産業向けの顧客にとって、出荷後にボードの部品構成が不明な形で変わりうるという状態そのものが、サプライチェーンの信頼性リスクになるからです。ハードウェアの来歴を固定する仕組みは、転売詐欺対策であると同時に、産業顧客が求める「予測可能性」を担保する機能でもある、と捉え直すことができます。

ホビイストの自由と、顧客構成の変化

同社のミッション文言は今も「enthusiasts and engineers(愛好家とエンジニア)」の両方を掲げており、ホビイスト市場を公式に切り捨てたわけではありません。産業向けの比率は拡大しているものの、なお四分の一程度は愛好家・教育向けの市場が占めているとされます。それでも今回明らかになったのは、これまで黙認されてきたグレーな改造行為に、初めて明確な線引きがなされたという事実です。ラズパイの原点にあった「基板をいじり倒す自由」は、産業製品としての信頼性要求と、静かに緊張関係を築きつつあるように見えます。

「修理する権利」という文脈での位置づけ

EUの移行期限や米国州法のような法規制起点の「修理する権利」問題とは性質が異なり、今回はあくまで企業自身が任意に下したファームウェア設計判断です。それでも、正規の同容量チップ交換ですら失敗しうるという点は、転売対策という説明の範囲を超えて、所有者が自分のハードウェアをどこまで制御できるのかという、より普遍的な問いに触れています。

ここから先の問い

この制限が今後、より新しいボードやより広い範囲に拡張されていくのか。同容量交換ですら失敗しうるという不確実性が、長年ラズパイを支えてきたDIYコミュニティの信頼にどう影響するのか。中古RAM市場や自己修理の実践は、この先どう変化していくのか。現時点で確かな答えはありません。

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【編集部後記】

手のひらに乗るコンピュータを、自分の手で開けて、確かめて、作り替える。ラズパイが体現してきたその自由と、産業インフラとしての信頼性は、簡単には両立しないのかもしれません。私たちが「自分のものを自分で直す」ことにどこまでこだわるべきか、あるいはどこかで折り合いをつけるべきか。今回の一件は、その線引きを考える小さなきっかけになりそうです。

【参考リンク】

Raspberry Pi 公式サイト(外部)
製品ラインナップ・ドキュメント・ニュースを掲載する公式サイト。

Compute Module 5 製品ページ(外部)
今回話題となったCM5の仕様・価格・購入ページ。

Raspberry Pi Forums(外部)
PhilE氏の回答が投稿された公式コミュニティフォーラム。開発者との直接のやり取りが読めるフォーラム。

Raspberry Pi Holdings 投資家情報(外部)
決算資料・IR開示を掲載する投資家向け公式ページ。

The Repair Association(外部)
部品・ツール・ドキュメントへのアクセス制限を継続的に追跡する、修理する権利を推進する米国の業界団体。

iFixit「Secure Your Right to Repair」(外部)
修理する権利の法制化を求め、地域ごとの取り組みを確認できる行動喚起ページ。

【用語解説】

Compute Module 5(CM5)
産業・組み込み機器向けのSoM(システムオンモジュール)。一般消費者向けの単体ボードと異なり、OEMが自社製品に組み込むことを想定した形状・仕様。

ファームウェア
ハードウェアを直接制御する基盤ソフトウェア。OSより下位の層で動作し、起動時のハードウェア構成チェックなどを担う。

調整後EBITDA
利払い・税金・減価償却・償却前利益から、一時的な特殊要因を除いた収益指標。企業の本業の収益力を測る際に用いられる。

OEM(相手先ブランド製造)
自社製品を他社ブランドとして供給する、あるいは自社部品を他社製品に組み込ませる取引形態。産業向けラズパイの主要な販路。

【参考記事】

Raspberry Pi is intentionally blocking RAM capacity upgrades — NotebookCheck(外部)
PhilE氏による転売対策の説明を報じた記事。

Raspberry Pi Firmware Now Locks Boards to Their Original RAM Capacity — DigitalCitizen(外部)
同容量チップ交換でも失敗しうる仕様を整理した記事。

Raspberry Pi Disallows RAM Upgrades to Fight Fraud, Does it Make Sense? — It’s FOSS(外部)
Pi 5の起動拒否挙動と2024-09-23ファームウェアへの遡及を報じたオピニオン記事。

Raspberry Pi H1 2026 slides: profit doubles on industrial demand — Investing.com(外部)
H1 2026決算・産業向けシフトを報じた記事。

Raspberry Pi Holdings RNS(Stockopedia転載)(外部)
公式ミッション文言(enthusiasts and engineers)の一次確認に使用。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。

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