EU・テキサスの「修理する権利」、日本にあるのは消尽理論だけ

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自分のスマートフォンやノートパソコンを、誰の手でどう直すか。それを最終的に決めているのは、多くの場合、持ち主ではなくメーカーです。この構図に法律で歯止めをかける動きが、2026年9月、EUとテキサス州でほぼ同時に節目を迎えました。EU指令は7月末に移行期限を、テキサス州法は9月1日に施行日を迎えています。ただ、線引きの中身を見ていくと、単純な「消費者の勝利」の物語では終わりません。


EUの修理する権利指令(Directive (EU) 2024/1799)は、2026年7月31日に加盟27カ国での国内法移行期限を迎えた。同指令は2024年6月13日に採択され、同年7月10日に官報公布されている。対象は洗濯機・食洗機・冷蔵庫・テレビ・掃除機・サーバー・スマートフォン・タブレット等に限定される。ドイツの国内法「Reparaturgesetz」は期限のわずか5週間前にあたる2026年6月26日に可決された。

一方、米テキサス州では2025年6月20日にAbbott知事が署名した消費者電子機器の修理する権利法「HB 2963」が、2026年9月1日に施行された。同法は下院で130対0、上院で31対0の賛成多数で可決されている。対象は卸売価格50ドル以上のデジタル電子機器で、ビデオゲーム機・医療機器・自動車・農業機器等は対象外となる。米国では2022年のニューヨーク州法を皮切りに、カリフォルニア・ミネソタ・オレゴン・コロラド・ワシントン・コネチカット・テキサスの各州が消費者電子機器を対象とする修理する権利法を制定している(メイン州にも同種の法案があるが、2026年に一度不成立となり、直近で再提出された段階にとどまるため本稿の集計には含めていない)。

From: 文献リンクDirective (EU) 2024/1799 on common rules promoting the repair of goods

From: 文献リンクTexas HB 2963 — Bill Analysis, C.S.H.B. 2963

【編集部解説】

同じ9月に重なった、二つの「発効」

純正部品でなければ機能を制限するソフトウェア、非公開の修理マニュアル、正規店以外での修理を事実上難しくする設計——「所有しているのに、扱いは借り物に近い」という感覚を、一度は味わったことがある方も多いのではないでしょうか。今回取り上げるEUの修理する権利指令とテキサス州法は、この構図に法律で歯止めをかけようとする動きです。

両者が同じ月に節目を迎えたのは、狙って揃えられたものではありません。EU指令は2024年6月に採択され、加盟国に2年間の移行猶予を与えた結果として2026年7月末が期限になっただけですし、テキサス州法も2025年6月の知事署名から1年強の準備期間を経て9月1日に施行日を迎えたに過ぎません。それぞれ独立に進んできた法制化プロセスが、たまたま同じ暦月で「発効」というフェーズに入った、というのが正確なところです。

ただ、この偶然の重なりには意味があります。両者とも「制度としては存在するが、これから実効性が試される」という同じ段階に、同時に足を踏み入れたからです。制度ができたことと、それが機能することの間には、まだ距離があります。その距離の中身を見ていきます。

EUの「抜け穴」——対象範囲という線引き

EU指令が定める修理義務は、すべての製品に及ぶわけではありません。対象はAnnex IIに列挙された品目に限られ、洗濯機・乾燥機・食洗機・冷蔵庫・テレビ・溶接機・掃除機・サーバー・スマートフォン・タブレットなどが該当します(電動自転車・スクーターのバッテリーも対象品目に加わる予定ですが、2027年2月からとする情報源と、時期の限定なく現行対象とする情報源が併存しており、確定的には言えません。Annex IIへの掲載自体と、参照先のEcodesign規則に実質的な修理可能性要件が伴うかは別問題である可能性があります)。逆に言えば、この列挙にない製品には修理義務そのものが発生しません。

iFixitのThomas Opsomer氏(Repair Policy Engineer)は、この限定列挙こそが指令の弱点だと指摘しています。EU市場に溢れる大多数の短命な製品はそもそも対象範囲に含まれておらず、資源利用や電子廃棄物の削減に「見込めるほどの効果は期待しにくい」という趣旨の発言をしています。Cybernewsが2026年4月に報じた記事でも、専門家がメーカー側になお主導権が残る余地を指摘しており、「消費者の勝利」という単純な物語では片づけられない構造が見えてきます。

27カ国、バラバラの実装

加えて、指令はあくまで「指令(Directive)」であり、27の加盟国がそれぞれ自国の国内法として実装する必要があります。罰則や手続き、修理業者向けプラットフォームの要件は国ごとにばらばらです。ドイツの国内法「Reparaturgesetz」は、移行期限のわずか5週間前にあたる2026年6月26日にようやく可決されました。「7月31日から権利が生まれる」という報じ方の裏で、実装の足並みはこの時点でもまだ揃っていなかったことになります。

遡及適用という設計

一方で、EU指令には評価すべき点もあります。修理義務は施行日より前に販売された製品にも遡って適用されるため、すでに手元にある冷蔵庫やスマートフォンも対象になり得ます。この遡及適用という設計は、後述するテキサス州法との対比で重要な違いになります。

賛成多数で可決されたテキサス州法

テキサス州法HB 2963は、共和党主導州として初めて消費者電子機器の修理する権利を法制化した点で注目を集めました。下院は第3読会で130対0、上院は31対0で可決しています(最終的な両院協議会報告の採決では下院132対6でした)。反対はごく少数にとどまり、この論点が党派を超えて広く支持されていることを示しています。

しかし、EU指令と並べてみると、テキサス州法にはEUにない弱点が三つあります。

弱点①:遡及適用されない

対象となるのは2026年9月1日以降に「テキサス州で初めて販売された」卸売価格50ドル以上のデジタル電子機器に限られます。つまり、いま引き出しの中に眠っている古いスマートフォンや、去年買ったノートパソコンは、この法律の対象外です。EU指令が既存の製品にも修理義務を適用するのとは対照的な設計です。

弱点②:部品ペアリングは対象外

部品ペアリングとは、メーカーが交換部品にソフトウェア的な識別情報を紐づけ、非純正部品を検出すると機能を制限したり警告を出したりする仕組みを指します。Consumer Reportsは、テキサス州法の審議段階からこの規定の欠如を明確に指摘していました。部品や修理マニュアルへのアクセスが確保されても、ソフトウェアの側で機能を制限されてしまえば、修理の実効性は半減します。

弱点③:その他の除外規定と執行権限

対象範囲についても、ビデオゲーム機・医療機器・自動車・農業機器・大型産業機器などが除外されており、執行権限はテキサス州司法長官のみに与えられていて、消費者個人がメーカーを訴える権利は定められていません。

米国8州、線引きの位置取りゲーム

テキサスは、消費者電子機器を対象とする修理する権利法を制定した米国では8番目の州にあたります(メディアによっては、審議中のメイン州の法案を含めて「9番目」と数える場合もあります)。2022年のニューヨーク州法を皮切りに、各州の法律は微妙に異なる線引きを採用してきました。

主な法律施行日部品ペアリング禁止
ニューヨークDigital Fair Repair Act2023年12月28日規定なし
カリフォルニアSB 2442024年7月1日SB244自体には規定なし(後続法で部分対応)
ミネソタDigital Fair Repair Act2024年7月1日規定なし(除外規定が中心)
オレゴンSB 15962025年1月1日あり(米国初。ただし執行開始は2027年)
コロラドHB24-11212026年1月1日あり
ワシントンHB 14832026年1月1日あり
コネチカットHB 5142(Senate Bill 3として言及される場合あり)2026年7月1日あり
テキサスHB 29632026年9月1日なし

※メイン州(LD 1908)は消費者電子機器全般を対象とする法案が2026年に一度不成立となり、直近で再提出された段階のため、この表からは除外しています。

同じ企業が、州によって態度を変える

この表から見えてくるのは、「修理する権利」が一枚岩の運動ではなく、各州がそれぞれの落としどころを探ってきた線引きの積み重ねだということです。象徴的なのがオレゴン州の事例です。Appleは2023年のカリフォルニア州法(SB 244)には公に支持を表明した一方、翌年のオレゴン州法については「大部分には同意する」としつつ、部品ペアリング禁止の適用範囲が生体認証センサーにまで及ぶことには安全性を理由に異議を唱えました。同じ会社が、線引きの位置によって態度を変える。これは「修理する権利」という言葉の中に、実は幅のある複数の要求が同居していることを示しています。ゲーム機・医療機器・農業機器が多くの州で共通して除外されているのも、業界ロビイングが法案の輪郭をどう削ってきたかを物語る痕跡と言えるでしょう。

日本にない「修理する権利」

ここまで見てきたEUと米国の動きに対して、日本には「修理する権利」を積極的に保障する法律が存在しません。この事実そのものは、対比の軸として押さえておく必要があります。

ただし、日本に何もないわけではありません。角度の異なるところに、関連する法理が存在します。それが特許権の消尽理論です。

消尽理論という日本の法理——キヤノン・インクカートリッジ事件

消尽理論とは、特許権者が適法に製品を市場に流通させた後は、その製品の使用や転売、そして一定範囲内の修理には特許権の効力が及ばない、という考え方です。日本ではキヤノンのインクカートリッジをめぐる知財高裁大合議判決(平成18年1月31日、最高裁平成19年11月8日で上告棄却・確定)が、この「一定範囲内」の線引きを具体化しました。判決は、①特許製品が本来の耐用期間を経過して効用を終えた後に再使用・再生利用された場合、②第三者が特許発明の本質的部分を構成する部材の全部または一部を加工・交換した場合——この二つの類型に該当すると「新たな生産」とみなし、消尽の効力は及ばない、つまり特許権侵害になり得ると整理しています。

実際にこの事件で争われたリサイクル品は、使用済みカートリッジの圧接部にインクを再充填し、機能を回復させる加工を施したものでした。知財高裁はこれを②の類型(本質的部分の加工・交換)に該当すると判断し、消尽を認めず、キヤノンの特許権侵害を認定しています。リサイクル業者は輸入販売の差し止めと製品廃棄を命じられ、最高裁もこの判断を支持しました。つまりこの事件は、「単純な再充填なら合法」という緩やかな基準を示したのではなく、むしろ「加工の程度によっては消尽が認められない」という厳格な線引きを確立した判決だったことになります。

なお、日本の消尽理論にはもう一つ著名な判例があります。BBS事件最高裁判決(平成9年)は、ドイツで販売されたアルミホイールの並行輸入という、国境を越えた消尽が争点になったもので、今回の「修理か新たな生産か」という論点とは別の問題を扱っています。両者を並べて「日本の消尽理論の基本判例」と呼ぶことはできますが、①②の類型自体はキヤノン事件に固有のものです。

能動的な義務と、受動的な境界線

ここで浮かび上がるのは、EU指令・米国州法と日本の消尽理論が、構造的にまったく違う方向を向いているという点です。EU指令や米国州法は、メーカーに対して「部品を提供せよ」「情報を開示せよ」「価格を適正に保て」と義務を課す、能動的な規制です。対して日本の消尽理論は、「どこまでなら第三者が無許諾で修理・再生してよいか」という境界線を、判例の積み重ねによって受動的に示しているに過ぎません。メーカーに部品や修理マニュアルを渡させる制度は、消尽理論のどこにも存在しないのです。「修理していいかどうか」の答えはあっても、「修理するための手段を確保させる」仕組みが日本にはない——これが、対比から見えてくる空白の輪郭です。

特許庁報告書が語っていたこと

もう一点、正直に書いておかなければならないことがあります。今回、この論点を調べる過程で特許庁の令和3年度報告書「標準必須特許と消尽に関する調査研究(消尽編)」(令和4年3月公表)を確認しました。当初、この報告書は「修理する権利」を直接論じたものだと想定していましたが、実際の主題はIoT・サブスクリプション化が進む中での標準必須特許のライセンス料をサプライチェーンでどう分担するか、という別の論点でした。背景には、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会が令和2年7月の中間取りまとめで「消尽に関する考え方の整理を含めて検討を進めていくことが適当」としたことがあります。報告書の結論も「現時点で消尽を制度的に見直すことは難しい」という慎重なものです。つまり、日本の政策的な議論の焦点は「消費者が自分の持ち物を直せるか」ではなく、「企業間でライセンス収益をどう分けるか」に向いていた、ということになります。同じ「消尽」という言葉を使いながら、議論の宛先が誰なのかが、日米欧で微妙にずれている。

まだ分かっていないこと

この記事で確認できたのは、あくまでEU指令・テキサス州法・日本の消尽理論という、それぞれの制度の輪郭までです。日本国内で「修理する権利」を政策課題として位置づける議論が消費者庁や経済産業省でどこまで進んでいるかは、今回の調査では確認できませんでした。また、日本の家電メーカーやスマートフォンメーカーが、EU指令や米国州法にどう対応しようとしているか(海外向け仕様と国内向け仕様を分けるのか、それとも国内にも同水準の対応を及ぼすのか)も、今回の記事の射程には入っていません。この空白をどう埋めるかは、私たちにとってもこれからの宿題です。

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【編集部後記】

EUとテキサスの動きを追いながら気づいたのは、「修理する権利」という言葉が指すものの幅の広さでした。部品を渡せという要求、遡って適用しろという要求、ソフトウェアの制限を外せという要求——それぞれ別の交渉であり、別の勝敗があります。日本の消尽理論は、そのどれにも直接は答えていません。この空白をどう埋めていけるのか、私たちもまだ答えを持てていません。手元の壊れたものを前に、一緒に考え続けたいと思っています。

【用語解説】

修理する権利(Right to Repair)
消費者や独立系の修理業者が、メーカーの許可を経ずに製品を修理できるよう、部品・工具・修理情報へのアクセスを法的に保障しようとする考え方。米国では自動車修理業界を発端とし、近年は消費者電子機器へと対象が広がっている。

部品ペアリング(parts pairing)
メーカーが交換部品にソフトウェア的な識別情報を紐づけ、純正部品以外を検出すると機能を制限したり警告を表示したりする仕組み。修理する権利をめぐる立法で、部品へのアクセスとは別次元の争点になっている。

指令(EU Directive)
EU加盟国に政策目標の達成を義務づけつつ、実現手段の具体化は各国の国内法制定に委ねるEU法の形式。全加盟国に直接効力が及ぶ「規則(Regulation)」とは異なり、国内法化のタイミングや内容に国ごとの幅が生じる。

Annex II
EU指令が修理義務の対象品目を列挙する附属書。既存のEcodesign規則ですでに修理可能性要件が定められている品目のみが記載されており、この列挙にない製品には修理義務そのものが生じない。

消尽理論(特許権の消尽)
特許権者が適法に製品を市場に流通させた後は、その製品の使用・転売・一定範囲内の修理には特許権の効力が及ばないとする考え方。どこまでが「消尽の範囲内」かは、各国の判例や制度によって線引きが異なる。

BBS事件
並行輸入されたアルミホイールをめぐり、特許権の消尽が国境を越えて及ぶかが争われた日本の最高裁判決(平成9年)。日本における特許権消尽理論の基本判例のひとつ。

キヤノンインクカートリッジ事件
使用済みインクカートリッジへの再充填行為が特許権侵害にあたるかが争われた知財高裁大合議判決(平成18年1月31日、最高裁平成19年11月8日で確定)。「消尽の範囲内の修理」と「新たな生産」を区別する判断枠組みを確立し、本件では消尽が認められずキヤノンの特許権侵害が確定した。

【参考リンク】

欧州委員会「修理する権利指令」公式解説ページ(外部)
指令の目的・対象・制度趣旨を欧州委員会自身がまとめた一次情報。

EUR-Lex(Directive (EU) 2024/1799 原文)(外部)
条文そのものにあたりたい読者向け。

テキサス州議会 HB 2963 法案分析資料(外部)
立法趣旨・条文の一次情報。

特許庁「標準必須特許と消尽に関する調査研究(消尽編)」(外部)
日本の消尽理論に関する一次報告書。

iFixit(外部)
世界最大級の修理ガイド・分解レポートを提供するサイト。自分の手で修理を試したい読者向け。

Repair.org(The Repair Association)(外部)
米国で修理する権利の法制化を推進する非営利団体。法案への働きかけに参加できる窓口を持つ。

【参考記事】

Directive (EU) 2024/1799 原文 — EUR-Lex(外部)
指令の採択日・発効日・移行期限・対象品目(Annex II)を確認した一次情報。

The EU’s Take On “Right to Repair” Has Finally Been Approved — iFixit(外部)
Repair Policy Engineer Thomas Opsomer氏による、対象範囲の限定性への批判を確認。

The EU’s Right to Repair Directive applies from 31 July — cleolabs(外部)
ドイツ国内法(Reparaturgesetz)が期限5週間前に可決された経緯を確認。

Bill Analysis, C.S.H.B. 2963 — テキサス州議会(外部)
立法趣旨、電子廃棄物削減という政策意図の一次情報。

Starting September 1, Texans have the right to repair their electronics — PIRG(外部)
施行日、下院130対0・上院31対0の議決数値を確認。

Consumer Reports applauds Texas Legislature for passing Right to Repair bill(外部)
テキサス州法に部品ペアリング禁止規定がない旨の指摘を確認。

Which States Have Right-to-Repair Laws? — Collectons(外部)
米国の州別施行日・除外規定の比較データを確認。

インクカートリッジ訴訟、キヤノンが逆転勝訴 — ITmedia(外部)
キヤノン・インクカートリッジ事件(知財高裁大合議判決)の結論を確認。

Maine bill would protect the right to repair your own devices — mainebeacon.com(外部)
メイン州の消費者電子機器right to repair法案が一度不成立となり再提出された経緯を確認。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。

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