Last Updated on 2025-06-03 07:29 by admin
武田薬品工業とProtagonist Therapeuticsは2025年6月1日、シカゴで開催された第61回ASCO年次総会のプレナリーセッションで、希少血液疾患治療薬rusfertideの第3相VERIFY試験の32週間完全結果を発表した。
真性多血症患者293人を対象とした無作為化プラセボ対照試験で、rusfertide群の77%が治療20週停止後12週間で瀉血処置を必要としなかったのに対し、プラセボ群は33%だった。
新たに発表されたエンドポイントでは、rusfertide併用群の62.6%がヘマトクリット値45%未満を維持したが、標準治療のみの群では14.4%だった。統計学的有意性はp<0.0001である。
FDAは2021年にマウスでの皮膚腫瘍発症により臨床試験を中止していたが、今回の試験ではrusfertide群でがん事象1例、対照群で7例だった。
武田薬品は年間売上高10億ドルから20億ドルを予測し、ピーク到達まで3年から7年を見込む。米国の真性多血症患者数は推定155,000人である。
From: Takeda, Protagonist unveil plenary data for potential blockbuster rare blood disease drug
【編集部解説】
今回のrusfertideの臨床試験結果は、希少疾患治療における画期的な成果として注目に値します。
真性多血症という疾患について、まず理解を深める必要があります。この病気は赤血球が過剰に産生される希少血液疾患で、血液の粘度が高まることで血栓症のリスクが著しく増加します。現在の標準治療では定期的な瀉血(採血)が必要ですが、これは患者にとって身体的・精神的負担が大きく、生活の質を著しく低下させる要因となっています。
rusfertideの革新性は、全く新しいアプローチにあります。従来の化学療法薬やJAK阻害剤とは異なる作用機序により、体内の鉄代謝を調節することで赤血球の産生をコントロールします。これにより、従来治療とは大きく異なる副作用プロファイルが期待されています。
特筆すべきは、2021年のFDA臨床試験中止から約4年での復活劇です。動物実験での皮膚腫瘍発症という深刻な安全性懸念を乗り越え、今回の試験では対照群よりもがん事象が少ないという結果を示しました。これは薬剤開発における安全性評価の複雑さを物語っています。
市場への影響も無視できません。武田薬品が予測する年間10億〜20億ドルの売上は、希少疾患治療薬としては極めて大きな規模です。これは真性多血症の潜在的な市場規模の大きさと、現在の治療法の限界を示しています。
一方で、課題も存在します。医師の治療パラダイム変更には時間を要し、武田薬品も売上ピークまで3〜7年を見込んでいます。また、注射による投与方法は、経口薬に慣れた患者にとって新たな負担となる可能性があります。
長期的な視点では、この技術は他の血液疾患への応用も期待されます。Protagonistの時価総額目標50億〜100億ドルという野心的な数字は、この技術プラットフォームの将来性への期待を反映しているといえるでしょう。
【用語解説】
真性多血症(Polycythemia Vera, PV)
骨髄で赤血球が過剰に産生される希少血液疾患。血液の粘度が高まり、血栓症や心臓発作、脳卒中のリスクが増加する。JAK2遺伝子変異が原因となることが多い。
ヘマトクリット値
血液中に占める赤血球の割合を示す数値。真性多血症患者では45%以下に維持することが治療目標とされている。正常値は男性で約40-50%、女性で約35-45%。
瀉血(しゃけつ)
治療目的で血液を体外に取り出す医療処置。真性多血症では過剰な赤血球を除去するため定期的に実施されるが、患者にとって身体的・精神的負担が大きい。
ASCO(米国臨床腫瘍学会)
世界最大規模のがん専門医学会。年次総会では最新の臨床試験結果や治療法が発表される。
プレナリーセッション
学会における最も重要な発表セッション。特に注目度の高い研究成果が選ばれて発表される。
第3相試験
新薬承認前の最終段階の臨床試験。有効性と安全性を確認し、規制当局への申請データとして使用される。
【参考リンク】
武田薬品工業株式会社(外部)
日本を代表するグローバル製薬企業。研究開発型バイオ医薬品のリーディングカンパニー
Protagonist Therapeutics(外部)
カリフォルニア州に本社を置くバイオ医薬品企業。ペプチド技術プラットフォームを専門とする
ASCO(米国臨床腫瘍学会)(外部)
世界最大のがん専門医学会。年次総会では4万人以上の医療従事者が参加
【参考記事】
Hepcidin Mimetics in Polycythemia Vera: Resolving the Irony of Iron(外部)
真性多血症におけるヘプシジン模倣薬の作用機序と前臨床データを詳細に解説した学術論文
Pharmacokinetics and Pharmacodynamics of Rusfertide(外部)
rusfertideの薬物動態と薬力学的特性を健康成人で評価した臨床試験結果
Rusfertide Shows Superior Efficacy in Phase 3 Polycythemia Vera Trial(外部)
VERIFY試験の詳細な結果分析と臨床的意義について専門医の視点から解説
【編集部後記】
希少疾患治療の分野では、患者数の少なさから製薬企業の投資回収が困難とされてきました。しかし、rusfertideのような革新的な治療法は、そうした常識を覆す可能性を秘めています。皆さんは、AI創薬や個別化医療の進歩により、今後どのような希少疾患に光が当たると思われますか?また、新しい作用機序を持つ治療薬が、がんや自己免疫疾患などの他の領域にどう応用されていくのか、一緒に注目していきませんか?