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MIT研究 – 麻酔のメカニズムを解明:ケタミンとデクスメデトミジンが脳波位相シフトで意識消失を誘発

MIT研究 - 麻酔のメカニズムを解明:ケタミンとデクスメデトミジンが脳波位相シフトで意識消失を誘発 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-06-07 16:17 by admin

MITのThe Picower Institute for Learning and MemoryのEarl K. Miller教授らの研究チームが、ケタミンとデクスメデトミジンという分子レベルで異なるメカニズムを持つ麻酔薬が、脳波位相シフトという共通現象で意識消失を引き起こすことを発見した。

研究は大学院生Alexandra Bardonが主導し、麻酔科医でもあるEmery N. Brown教授(Edward Hood Taplin Professor of Computational Neuroscience and Medical Engineering)らが共著者として参加した。

実験では動物を対象に脳波の位相変化を詳細に測定した結果、両薬物とも前頭前皮質の背外側と腹外側領域間で脳波位相が完全にずれる現象が確認された。同時に半球間では逆に位相がより整列することも判明した。

この発見により、薬剤の種類に関係なく脳波位相整列が意識消失の普遍的マーカーとなる可能性が示され、将来的な自動麻酔調整システム開発への道筋が開かれた。

From:
文献リンクDifferent anesthetics, same result: unconsciousness by shifting brainwave phase

【編集部解説】

この研究が画期的である理由は、従来の麻酔学の常識を覆す発見にあります。ケタミンはNMDA受容体を阻害し、デクスメデトミジンはα2アドレナリン受容体を刺激するという全く異なる分子メカニズムを持ちながら、最終的には脳波の位相を完全にずらすという同一の現象を引き起こすことが実証されました。

位相とは脳波の山と谷のタイミングのことで、これが揃うことで神経細胞間の情報共有が可能になります。意識状態では前頭前皮質内の異なる領域間で位相が揃っているため、注意力、知覚、推論といった高次認知機能が発現します。しかし麻酔下では、近接した領域間で脳波位相が顕著にずれ、局所的なコミュニケーションが遮断されるのです。

この技術の実用化により、麻酔科医は使用薬剤に関係なく脳波位相の測定だけで患者の意識レベルを正確に把握できるようになります。共著者のBrown教授が日本で実施した臨床試験では、従来の脳波パワー信号をモニタリングすることでセボフルランの使用量を大幅削減し、小児患者の術後せん妄を減少させることに成功しています。

将来的には、脳波位相を基準とした完全自動化システムの開発が期待されます。AIが患者の脳波をリアルタイムで解析し、最適な麻酔深度を維持するための薬剤投与を自動調整するクローズドループシステムが実現すれば、麻酔事故のリスクを大幅に軽減できるでしょう。

一方で、意識の境界線を数値化できることは新たな倫理的課題も提起します。この技術が軍事利用や尋問技術に転用される可能性、また植物状態患者の意識レベル判定における法的責任の所在など、慎重な議論が必要な領域も存在します。

さらに興味深いのは、この発見が意識そのもののメカニズム解明につながる可能性です。2022年の研究では、プロポフォールが皮質全体を横切る強力な低周波移動波を誘発することが示されており、今回の位相シフト現象との関連性が注目されます。睡眠と麻酔による意識消失の違いを位相の観点から説明できれば、認知科学における根本的な問いに科学的な答えを提供することになるかもしれません。

【用語解説】

脳波位相(Brain Wave Phase)
脳波の山と谷のタイミングを表す概念。位相が揃うと神経細胞間の情報共有が可能になり、意識的認知機能が発現する。位相がずれると局所的なコミュニケーションが崩壊し、意識消失に至る。

位相ロッキング(Phase Locking)
脳波の位相の相対的差異が安定して保たれる現象。麻酔下では特に低周波数帯で顕著に増加し、意識消失の指標となる。

前頭前皮質(Prefrontal Cortex, PFC)
前頭葉の前側領域で、注意、知覚、推論などの高次認知機能を司る。背外側(dorsolateral)と腹外側(ventrolateral)の領域に分かれ、麻酔時にはこれらの間で脳波位相の不整列が生じる。

ケタミン
NMDA受容体拮抗薬として作用する解離性麻酔薬。日本では「ケタラール」として知られ、呼吸抑制が少ないという特徴を持つ。2007年より麻薬及び向精神薬取締法により麻薬指定されている。

デクスメデトミジン
α2アドレナリン受容体作動薬として作用する鎮静薬。商品名「プレセデックス」として知られ、他の鎮静薬と比較して呼吸抑制が少なく、持続投与により細かな調整が可能。

クローズドループシステム
患者の生体信号をリアルタイムで監視し、AIが自動的に薬剤投与量を調整するフィードバック制御システム。麻酔の精密制御を目指す次世代医療技術。

移動波(Traveling Wave)
脳皮質を一定方向に伝播する脳波パターン。2022年の研究でプロポフォールが強力な低周波移動波を誘発することが判明し、今回の位相シフト現象との関連が注目されている。

【参考リンク】

The Picower Institute for Learning and Memory(外部)
MITの学習・記憶研究所。神経科学、学習、記憶、認知、知覚、意識、精神疾患、神経学的疾患の研究を行う世界最高峰の研究機関

Cell Reports(外部)
Cell Pressが発行するオープンアクセス学術誌。生命科学全般の高品質な研究論文を掲載し、新たな生物学的洞察を重視する国際的な査読付き学術誌

MIT Department of Brain and Cognitive Sciences(外部)
MITの脳認知科学部。計算神経科学、認知科学、システム神経科学の分野で世界をリードする研究教育機関として知られている

【参考動画】

【参考記事】

Profile of Emery N. Brown | PNAS(外部)
本研究の共著者Emery N. Brown教授の業績を紹介。麻酔の神経生理学的メカニズム研究の第一人者であり、本研究の背景理解に不可欠

Modulatory dynamics mark the transition between anesthetic states …(外部)
麻酔状態の移行におけるα波と徐波の変調プロセスを報告。本研究の脳波位相シフトという概念を補強する専門性の高い研究論文

Researchers Identify States of Unconsciousness with EEG Data(外部)
2013年のMIT Technology Review記事。Brown教授らがEEGデータで麻酔下の意識不明状態を特定した先行研究で、今回の成果に至る経緯を理解する上で重要

【編集部後記】

意識とは何か――この根源的な問いに、脳波の位相という新たな切り口から光が当てられました。私たちが当たり前に感じている「意識がある状態」が、実は神経細胞の電気活動のタイミングによって決まっているとしたら、どのように感じられるでしょうか?この発見は医療現場を変えるだけでなく、AIの意識や睡眠のメカニズム解明にもつながる可能性を秘めています。皆さんは、意識の境界線が数値化できる未来をどのように想像されますか?

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TaTsu
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