Last Updated on 2025-07-11 12:50 by admin
英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)は減量薬Wegovy(セマグルチド)およびMounjaro(チルゼパチド)を使用する生殖年齢女性に対するガイダンスを発表した。同庁は減量薬使用女性による意図しない妊娠報告を40件受けた後、この措置を講じた。
2024年の研究では、チルゼパチドが経口避妊薬の成分エチニルエストラジオールの血中濃度を20%減少させ、完全吸収までの時間を2〜4時間延長させることが判明した。これらの薬物は天然ホルモンGLP-1を模倣し食欲を抑制するが、チルゼパチドはGIPシステムにも作用する。両薬剤とも胃の排出速度を遅くするため経口避妊薬の吸収を阻害する。
チルゼパチド服用患者のそれぞれ12%と23%が嘔吐と下痢の副作用を経験し、これらも経口薬物の吸収を妨げる可能性がある。肥満と生殖能力低下の関連性から、減量による生殖能力向上も妊娠率上昇の要因とされる。
MHRAはセマグルチドやチルゼパチド開始後4週間は追加の非経口避妊法(コンドームなど)の併用を推奨している。
From:‘Ozempic Babies’: Here’s Why Oral Contraceptives Might Be Failing
【編集部解説】
今回のMHRAによる警告は、GLP-1受容体作動薬という新世代の医薬品が持つ予期せぬ副作用を浮き彫りにした重要な事例です。これらの薬剤は元々糖尿病治療薬として開発されましたが、強力な食欲抑制効果により減量薬として急速に普及しました。
特に注目すべきは、チルゼパチド(Mounjaro)が経口避妊薬の血中濃度を20%も低下させるという具体的なデータです。これは単なる理論上の懸念ではなく、実際の薬物動態学的相互作用として確認されています。興味深いことに、同じGLP-1薬でもセマグルチド(Ozempic/Wegovy)では同様の相互作用の程度は軽微でした。
この差異は、チルゼパチドがGLP-1とGIPという2つのホルモン受容体に作用する「デュアル作用薬」である点に起因すると考えられています。従来のGLP-1単独作用薬と比較して、胃排出遅延効果がより長時間持続するため、経口薬の吸収パターンに大きな影響を与えるのです。
現在、世界中で「オゼンピック・ベビー」と呼ばれる現象がソーシャルメディア上で報告されており、この現象は単なる偶然ではなく、薬理学的メカニズムに基づく現実的なリスクであることが明らかになりました。実際、イーライリリーのMounjaroなどは、製品ラベルに「経口避妊薬の効果の低下と妊娠リスクの可能性がある」と明記しています。
さらに深刻な問題は、これらの薬剤の妊娠中の安全性データが不足していることです。減量薬使用中に妊娠した女性は、妊娠中のこれらの薬物の安全性に関する証拠が不足しているため、代替薬について医師に相談することが推奨されています。胎児への影響を理解するためのデータ収集は長期的なデータ収集が必要と予想されます。
この事案は、革新的な医薬品の普及において、予期せぬ相互作用や副作用の発見がいかに重要かを示しています。特に生殖年齢の女性にとって、薬剤選択時の十分な情報提供と継続的なモニタリングの必要性が浮き彫りになりました。
今後は、新薬承認プロセスにおいて、より包括的な薬物相互作用試験の実施が求められる可能性があります。また、AI技術を活用した薬物相互作用予測システムの開発も加速するでしょう。この事例は、テクノロジーの進歩と安全性確保のバランスを取る重要性を改めて示しています。
【用語解説】
GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)
食事摂取後に小腸から分泌される天然ホルモンで、インスリン分泌促進、グルカゴン分泌抑制、胃排出遅延、食欲抑制などの作用を持つ。1983年に同定された消化管ホルモンである。
GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)
GLP-1と同様にインクレチンと呼ばれるホルモンで、食事摂取により分泌されインスリン分泌を促進する。チルゼパチドはこの受容体にも作用する。
エチニルエストラジオール
エストロゲンの合成形態で、プロゲスチンと組み合わせて経口避妊薬として広く使用されている。天然エストロゲンのエストラジオールと比較して経口投与時の生物学的利用能が向上している。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
妊娠可能年代の女性の約5〜8%に発症する疾患で、月経不順、卵巣の多数の小嚢胞、男性ホルモン高値が特徴。肥満により症状が悪化し、不妊の原因となることもある。
オゼンピック・ベビー
GLP-1減量薬で最も人気のオゼンピック(OZEMPIC)などを服用することによって妊娠数が増えた結果生まれる子供たちのことを指す。
胃排出遅延
胃の内容物が小腸に送られる速度が遅くなる現象。GLP-1薬の主要な作用機序の一つで、満腹感の持続と食後血糖値上昇の抑制に寄与する。
薬物動態学的相互作用
薬物の吸収、分布、代謝、排泄の過程で他の薬物が影響を与える現象。今回の場合、チルゼパチドが経口避妊薬の吸収を阻害することを指す。
デュアル作用薬
チルゼパチドのように、GLP-1とGIPという2つの異なるホルモン受容体に同時に作用する薬剤。単一受容体作動薬と比較してより強力な効果を示すことが多い。
【参考リンク】
ノボ ノルディスク ファーマ株式会社(外部)
セマグルチド(Wegovy、Ozempic、リベルサス)を開発・製造するデンマークの製薬会社の日本法人
日本イーライリリー株式会社(外部)
チルゼパチド(Mounjaro、ゼップバウンド)を開発・製造するアメリカの製薬会社の日本法人
英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)(外部)
英国の医薬品規制当局で、今回のガイダンスを発表した機関
日本内分泌学会(外部)
内分泌疾患に関する学術団体で、多嚢胞性卵巣症候群などの疾患情報を提供
アングリア・ラスキン大学(外部)
今回の記事著者サイモン・コーク氏が生理学上級講師を務める英国の大学
【参考記事】
What are ‘Ozempic babies’? Can the drug really increase your chance of pregnancy?(外部)
オーストラリアの研究者による「オゼンピック・ベビー」現象の科学的解説記事
Women on Weight-Loss Drugs Warned of Surprise ‘Ozempic Babies’(外部)
2025年6月のMHRA警告と専門家コメントを詳細に報じたニューズウィーク記事
Ozempic Babies: Weight Loss Drugs, Pregnancy Risks, Fertility(外部)
NBC Todayによる減量薬と妊娠リスクに関する医師へのインタビュー記事
‘Ozempic babies’ show woeful state of U.S. women’s healthcare(外部)
米国女性医療制度の問題点を「オゼンピック・ベビー」現象から分析したLA Times記事
【編集部後記】
今回の「オゼンピック・ベビー」現象は、革新的な医薬品が私たちの生活に予期せぬ影響をもたらす可能性を示しています。GLP-1薬の普及により、医療の選択肢が広がる一方で、薬物相互作用という新たな課題も浮上しました。皆さんは、テクノロジーの進歩と安全性のバランスについてどのようにお考えでしょうか。また、AI技術を活用した薬物相互作用の予測システムが実用化されれば、こうした問題を事前に防げるかもしれません。未来の医療において、どのような技術革新が最も重要だと思われますか。