鎮痛薬 (pain killer) は人類にとって非常に重要な物質カテゴリーである。苦痛である痛みを取り除くのは、多くの人にとって重要なだけではなく、生きていくのに必要でさえある。
抗菌薬(抗生物質)がそうであるように、鎮痛薬は人類のもつ非常に強力な武器である。ただ、抗菌薬が多剤耐性菌を生んだように、鎮痛薬も無欠点ではない。痛みとともに私たちは何を失ったのか、最近の研究をもとに、鎮痛薬の不都合な事実を弱オピオイドとアセトアミノフェン(パラセタモール)を中心に読み解く。
これは、innovaTopia からの独自記事です。
トランプ政権のオピオイド戦争
アメリカ合衆国ではここ数十年、オピオイド系鎮痛薬をめぐる深刻な危機が続いています。元々は慢性的な痛みや手術後の痛みを和らげるために医師によって処方されていたオピオイドですが、処方の拡大とともに依存や過量摂取が増え、「オピオイド危機(opioid crisis)」と呼ばれる状況が生まれました。この問題によって、アメリカ国内では 数十万人にのぼる関連死が報告されているとされています。1
こうした状況に対して、トランプ政権(第一期)は就任後間もなくオピオイド危機を国家的な問題として位置づけました。2017年10月には米国政府がオピオイド危機を 公衆衛生上の緊急事態(public health emergency) と宣言し、政府一丸となって対応する方針を打ち出しました。2
その後、第二期トランプ政権でも政策は続き、2025年にはオピオイド対策を強化する一連の動きが見られました。たとえばフェンタニルなどの合成オピオイドを 「大量破壊兵器(weapon of mass destruction)」に指定する大統領令が出され、麻薬流入や組織犯罪に対して法執行機関や軍を含む広範な対応が可能になるような措置が講じられました。3
また下院では、2025年6月にフェンタニル関連物質を最も危険なスケジュールⅠ薬物として恒久的に位置づける法案が可決されました。4
一方で、この「オピオイド戦争」とも言える政策には批判もあります。治療やリハビリへの予算削減や、刑罰の強化に偏重する対応は、ハームリダクション(薬物の社会に対する害の軽減という視点)から依存に本当に困っている人を何も助けていないのではないかと批評されています。外交・国境政策とも結びついた強硬な手法は、国際的な協力関係を損ねるリスクも指摘されています。5
鎮痛薬の分類
では、鎮痛薬とはどのようなものなのでしょうか。いわゆる汎用的な鎮痛薬には、以下のような分類(クラス)があります。
- NSAIDs (非ステロイド系抗炎症薬)──炎症反応の鍵である、シクロオキシゲナーゼ1/2 (COX-1/COX-2) を阻害する。頭痛薬や感冒薬などに多く含まれる。1899年3月6日、アスピリンの誕生とともに始まったその歴史は、フェルビナク、イブプロフェン、ロキソプロフェン、ジクロフェナクなど、多様な物質のファミリーを形成している。
- アスピリンは少し特殊な用途で現代では広く使われる。アスピリンは鎮痛・解熱・抗炎症薬として広く使われてきたが、高用量では胃腸障害や出血リスクが増える一方、低用量では血小板凝集を抑える抗血栓作用が前面に出るという「アスピリン・ジレンマ」が知られている。そのため現代の医療では、痛み止めとしてよりも、心筋梗塞や脳梗塞の再発予防を目的とした低用量アスピリン=抗血小板薬 (機序は COX-1 阻害)として使われることが主流になっている。
- 外用・内用ともに使われるが、胃腸障害や「アスピリン喘息」などの注意が必要である。高齢者の胃潰瘍の大きな原因となっている。
- 選択的COX-2阻害薬は、新しいNSAIDsのカテゴリーである。胃腸障害を引き起こすCOX-1阻害をほぼ起こさないため、期待されているが、有意に心血管イベントを引き起こすなどの報告があり、広く使われるには至っていない。
- アセトアミノフェン(英米名 paracetamol パラセタモール)──中枢性の機序で体温セットポイントを下げ、また鎮痛作用を示す。近年の論文では、中枢でのみ働く選択的COX-2阻害薬としての作用が示されている。末梢にほぼ働かないため、胃腸障害などを起こさないとされているが、日本の添付文書においては、アスピリン喘息の既往には注意とされている。高用量で重篤な肝障害を起こすため、医療用500mg製剤は日本において劇薬指定されている。多くの市販の鎮痛薬に含まれ、患者による安易な過量服薬が救急現場を圧迫している。
- 海外においては、弱オピオイドとの合剤が娯楽用途で使われ、肝障害で死亡する事例が報告されている。日本においては、ブロムバレリル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素(世界の多くの国で規制されている薬物であるが、日本では市販薬に多く含まれている)との合剤での過量服薬が多い。
- 弱オピオイド──強オピオイドに比べ、一般に力価が低く、どんなに多量に使用しても「天井効果」により一定以上の鎮痛作用を示さないため、「弱」オピオイドと呼ばれる。強オピオイドほど依存性がないとされ、娯楽使用した場合の快感の強さも低いとされるが、作用機序はオピオイドで共通であり(μ/κ受容体など)、小児での呼吸抑制での死亡例などもある。非麻薬性鎮痛薬などと呼ばれて指されることもある。
- 強オピオイド──いわゆるほぼ「狭義の麻薬」に相当する。オキシコドン、モルヒネ、フェンタニルなど、がん性疼痛や緩和医療など、医療用に広く使われるが、ヘロインなど、もっぱら違法薬物であって医療用としてはほぼ使われないものもある。メサドンは海外ではハームリダクションや依存症患者の治療に使われる。
- その他──神経障害性疼痛に用いられるプレガバリンや、抗うつ薬、抗てんかん薬など。汎用性は劣るが、特定の疼痛には特異的な効果を示すことがある。
- 慢性頭痛などには、トリプタン系の薬物が使われることもあるほか、新薬も数多い。
弱オピオイドは何が「弱」で、何が弱でないのか
弱オピオイドとは、一般的に 強力な鎮痛作用を持つ強オピオイド(モルヒネやフェンタニルなど)と比べて、作用が比較的穏やかであるオピオイド系鎮痛薬 を指します。弱オピオイドの代表としてはコデインなどがあり、これらは脳内のμオピオイド受容体に対する作用が弱いか部分的であることから「弱」と分類されています。加えて、tramadol hydrochloride のように ノルアドレナリンやセロトニンの再取り込みを阻害する作用も併せ持つ薬剤 もあります。これは疼痛伝達の抑制に寄与しますが、従来イメージされる典型的なオピオイド作用とは異なる側面です。
しかしながら、「弱」という名前にもかかわらず、依存や耐性、長期使用に伴う身体的・精神的な影響から完全に免れられるわけではありません。慢性疼痛に弱オピオイドを用いた場合、特に長期処方や高用量投与を避けるべきというガイドラインの指摘があり、依存や副作用に注意を払う必要があるとされています。
さらに、臨床研究ではある弱オピオイドの単独使用後でも、長期的なオピオイド使用に移行するリスクが他の短時間作用オピオイドと同等かそれ以上である可能性が示された例もあります。これは「弱」とされる作用の印象とは必ずしも一致しない事実であり、処方や使用期間には慎重な判断が求められます。6
つまり、弱オピオイドも、鎮痛作用の強さでは比較的穏やかである一方で、依存性や長期使用によるリスクは軽視できず、強オピオイドと類似した注意深い管理が必要であるということです。
慢性疼痛は「痛み止め」だけでは解決しないことがある
慢性疼痛(chronic pain)は、原因が炎症(inflammation)だけとは限らず、神経そのものの障害・過敏が関与する神経障害性疼痛(neuropathic pain)などでは、いわゆる鎮痛薬(analgesics)が第一選択にならない(効きにくい/十分でない)ことがあります。神経障害性疼痛では、薬物療法として抗うつ薬(antidepressants:例・デュロキセチン duloxetine、アミトリプチリン amitriptyline)や、抗てんかん薬(antiepileptics:例・プレガバリン pregabalin、ガバペンチン gabapentin)が初期治療の選択肢として推奨される、という整理がガイドラインに明記されています。7
さらに近年の試験やレビューでは、これら「第一選択薬(first-line drugs)」を単剤・併用でどう最適化するか(例:糖尿病性末梢神経障害性疼痛における組み合わせ)の議論も進んでいます。8
また、慢性頭痛(chronic headache)、とくに片頭痛(migraine)の領域でも「痛み止め万能」では語れません。発作時治療(acute treatment)の主役は長くトリプタン系(triptans)で、たとえばスマトリプタン(sumatriptan)が第一選択として扱われる、といった実務的整理がされています。9
それも万能ではなく、使用が禁忌とされる患者のために、あるいはそもそも毎回対象療法をすると、薬物乱用頭痛(medication-overuse headache, MOH)に移行してしまう患者も少なくないため10、予防 (prevention) の観点が大切になってきます。このような立場から、近年では抗CGRP/抗CGRP受容体モノクローナル抗体(抗体医薬)などが着目され、日米のガイドラインにも組み込まれてきます11。
不思議な薬:アセトアミノフェン(パラセタモール)
アセトアミノフェン(acetaminophen, 英米名 paracetamol)は、世界中で最も広く使われている 解熱鎮痛薬(analgesic/antipyretic) の一つです。日常的には軽度〜中程度の痛みや発熱の緩和に用いられ、とくに胃腸への負担が少ないという特徴から、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)とは異なるポジションを占めています。
薬理作用(mechanism of action)はいまだ完全に解明されているわけではありませんが、一般的な炎症抑制作用が強いNSAIDsとは異なり、主に中枢神経(central nervous system)に働きかけることで痛みと体温の制御に影響を与えると考えられています。たとえば、脳内でプロスタグランジン合成を抑制することで痛みと発熱を抑える作用が示唆されているほか、代謝物の AM404 が脊髄や末梢の感覚伝達路に作用し、痛み信号の伝達を調節する可能性が指摘されています。1213
アセトアミノフェンの作用の正確な部位や機序は完全には解明されていないが、作用機序としては、中枢神経系に作用し、プロスタグランジン合成、カンナビノイド受容体系又はセロトニン作動系などに影響を及ぼすと考えられている。
カロナール錠200mg/300mg/500mg添付文書(あゆみ製薬)、2023年10月改訂(第 4 版)
このように 中枢性作用(central action) が主役である点が、アセトアミノフェンを「不思議な薬」とする根拠でもあります。他の鎮痛薬と比べて抗炎症作用がほとんどなく、それでいて痛みや熱を抑えるという特性は、痛みのメカニズムや神経回路の複雑さを示唆しています。
アセトアミノフェンが奪うもの
アセトアミノフェン(acetaminophen / paracetamol)は、痛みや発熱を和らげる「安全な薬」として、長く信頼されてきました。消化管への負担が少なく、小児から高齢者まで幅広く使われている薬でもあります。しかし近年、この薬が痛みだけでなく、人の「感じ方」そのものに影響している可能性が、心理学や神経科学の分野から静かに示され始めています。
2010年代以降の一連の研究では、アセトアミノフェンが身体的な痛み(physical pain)だけでなく、社会的・感情的な痛み(social or emotional pain)にも影響を与えることが報告されました。たとえば、社会的拒絶や疎外を想起させる課題において、アセトアミノフェンを服用した被験者は、そうした体験を「それほどつらくない」と評価する傾向を示したとされています。これは、身体的な痛みと社会的な痛みが、脳内で部分的に共通する神経基盤を持つという仮説と整合的です。14
さらに注目されているのが、他者の痛みへの共感(empathy)への影響です。機能的MRI(fMRI)を用いた研究では、アセトアミノフェン服用後、他人が苦痛を受けている場面を見た際の脳活動が低下することが示されました。主観的な評価だけでなく、神経活動のレベルでも「反応が鈍くなる」可能性が示唆されています。15
心理学的な実験でも同様の傾向が報告されています。アセトアミノフェンを摂取した被験者は、他者の苦痛に対する評価が低くなるだけでなく、ポジティブ・ネガティブを問わず感情全体の振れ幅(emotional reactivity)が小さくなる傾向を示したという結果があります。16
重要なのは、これらの研究が「アセトアミノフェンは危険だ」「使うべきではない」と結論づけているわけではない、という点です。観察されている効果は微妙で、日常生活で明確に自覚されるものではない場合も多いでしょう。それでも、痛みを和らげることと引き換えに、他者の痛みへの感受性や、感情の鋭さの一部が鈍っている可能性があるとすれば、それは無視できない問いを投げかけます。
痛みは、確かに苦痛です。しかし同時に、私たちが他者の苦しみを理解し、共感し、社会を形づくるための重要なシグナルでもあります。
アセトアミノフェンは、その痛みを静かに消してくれる薬です。
だとすれば、私たちは痛みとともに、何を手放しているのか――その問いは、まだ完全には答えられていません。
【参考リンク】
脚注
数が多いため、列挙するに留める。
- https://www.forbes.com/sites/mollybohannon/2023/06/07/opioid-deaths-could-hit-165000-annually-without-intervention-biden-official-warns/ ↩︎
- https://trumpwhitehouse.archives.gov/opioids/ ↩︎
- https://www.theguardian.com/us-news/2025/dec/15/trump-fentanyl-weapon-of-mass-destruction-drug-war ↩︎
- https://apnews.com/article/accc52b76dbdfc569928423de174fb5f ↩︎
- https://www.reuters.com/world/americas/trumps-foreign-aid-freeze-stops-anti-fentanyl-work-mexico-2025-02-13/ ↩︎
- https://www.bmj.com/content/365/bmj.l1849 ↩︎
- https://www.nice.org.uk/guidance/cg173/chapter/1-recommendations ↩︎
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0755498224000101 ↩︎
- https://cks.nice.org.uk/topics/migraine/prescribing-information/drugs-for-acute-migraine/ ↩︎
- https://ichd-3.org/8-headache-attributed-to-a-substance-or-its-withdrawal/8-2-medication-overuse-headache-moh/8-2-2-triptan-overuse-headache/ ↩︎
- https://headachejournal.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1111/head.14692 ↩︎
- https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1111/j.1460-9592.2008.02764.x ↩︎
- https://www.frontiersin.org/journals/pharmacology/articles/10.3389/fphar.2020.580289/full ↩︎
- https://doi.org/10.1177/0956797610374741 ↩︎
- https://doi.org/10.1093/scan/nsw057 ↩︎
- https://doi.org/10.3389/fpsyg.2019.00538 ↩︎
免責事項
本記事は、医学・薬理学・心理学に関する一般的な知識を提供することを目的としたものであり、特定の治療や服薬についての助言を行うものではありません。ご自身やご家族の健康に関する判断については医師に、処方箋医薬品については医師または薬剤師にご相談ください。
【編集部後記】
NSAIDsやアセトアミノフェンの痛み止めを乱用する人がいます。日本にも、そのような人はたくさんいます。医学界や医療現場では、それを今まで「ただの思慮のない行為」であるとして片づけ、あるいは合剤に含まれる他の成分を求めての行動である、などとしてきました。
しかし、今回紹介した事実を踏まえると、NSAIDs/アセトアミノフェンが心理的な苦痛に影響し、依存性とまではいかなくとも、一部の患者がそれを求めるようになるのも不自然ではないのではないかという気もします。
薬理とは本当に未知がたくさんある世界です。この記事では(あまりにも専門的になりすぎるため)触れられなかったことがたくさんあります。アセトアミノフェンは、代表的な、一般的に使われるが機序が良く分かっていない薬のひとつです。
この記事を通し、この不思議さについて一緒に考えてくれる人が増えれば幸いです。































