東京の街を、運転席に誰もいないタクシーが走る。そんな光景が、早ければ来年にも現実になろうとしています。米国や中国ではすでに数千台規模のロボタクシーが日常の足になりつつあり、この数年で急に「実装の時代」が訪れたようにも見えます。しかし、その背後には20年以上にわたる試行錯誤と、いくつかの転換点がありました。なぜいま、ロボタクシーは街に出始めたのか。そして日本はどこに立っているのか。直近のニュースを、ロボタクシー実現という長い流れの中に置き直してみます。
2026年9月15日に明らかになったGO・Waymo・日本交通の合意は、2027年中に東京でレベル4の完全無人タクシーの商用運行を始め、段階的に100台規模へ拡大するという内容だ。3社は2025年から都内7区で試験走行を続けてきた。米国ではWaymoが14都市圏で約4,000台を運行し、有償乗車は週約50万回に達している。テスラのテキサス州での登録台数は、5月末の42台から8月27日時点で270台に増えた。中国では百度(バイドゥ)のApollo Goが2025年に1,000万回超の完全無人乗車を提供し、展開都市は2026年2月時点で26に広がった。国内のレベル4許可は2026年5月時点で延べ12件で、政府は同年3月に選定した13の先行的事業化地域で2027年度を目途に事業化を目指している。
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GO、Waymo、日本交通が東京における自動運転タクシーの商用化に向けた戦略的パートナーシップに合意
【編集部解説】
ロボタクシーが「急に」見える理由――20年の助走
ロボタクシーの歴史は、ここ数年で始まったものではありません。米国防高等研究計画局(DARPA)が無人車の競技会を開いたのは2004年から2007年にかけてのことでした。その流れを受けてGoogleが自動運転プロジェクトを立ち上げたのが2009年です。同社は2015年末までに11億ドルをこの開発に投じていました。
プロジェクトは2016年にWaymoとして独立し、2018年にフェニックスで配車サービスを始めます。セーフティドライバー(保安要員)を乗せない有償乗車を一般に提供したのは2020年のことでした。
その後の道のりは平坦ではありません。2022年にはフォードとフォルクスワーゲンが、事業化には時間がかかりすぎるとして共同出資先のArgo AIを解散しました。2023年10月には、別の車にはねられた歩行者をGM傘下Cruiseの車両が約6メートル引きずる事故が起き、その映像の一部を当局に示していなかったこともあって、カリフォルニア州が同社の無人運行許可を停止しています。GMは2024年12月、Cruiseのロボタクシー開発から撤退すると発表しました。
いま目にしている急拡大は、この淘汰の後に起きています。Waymoの有償乗車は、2024年5月の週5万回から2026年3月には週50万回へと、2年で10倍になりました。長い助走と一度の挫折を経て、生き残った事業者が規模を広げる局面に入った。新しい技術が過熱と幻滅を経て普及に向かう、繰り返されてきたパターンの一つと見ることもできます。
なぜ、いまなのか――技術・コスト・データの転換
一つ目は技術です。デジタル庁の「モビリティ・ロードマップ2026」は、自動運転の方式を「ルールベース型」「モジュール型AI」「E2E型」の三つに整理しています。認識から判断までを単一のAIで処理するE2E型は、整備に費用と時間のかかる高精度3次元地図を必要とせず、新しい地域へ比較的安価に展開できるとされます。テスラはこの方式を採っています。
ただし、E2Eだけが答えではありません。先頭を走るWaymoは、高精度地図とLiDARに多くを頼る方式で規模を広げてきました。方式の優劣というより、複数の方式が「商用に耐える水準」を越えたことの方が、転換点としては大きいのかもしれません。
二つ目はコストです。百度(バイドゥ)の李彦宏(ロビン・リー)CEOは、専用車両RT6の原価が3万ドルを下回り、武漢では車両単位の採算(ユニットエコノミクス)が損益分岐に達したとしています。あくまで経営陣の説明で、会社全体の黒字を意味するものではありません。
ゴールドマン・サックスは、遠隔で監視する人員1人あたりの車両数が現在の6台から2035年には26台に増え、1マイル(約1.6km)あたりのコストを押し下げると分析しています。ロボタクシーの採算は、車両の値段だけでなく「1人で何台を見守れるか」(いわゆる1対N)にかかっています。
三つ目は、データと信頼の循環です。走る台数が増えれば走行データが増え、データが性能を高め、実績が規制当局や利用者の信頼を得て、走れる場所がさらに広がる。Waymoは、この循環をいち早く回してきた事業者と言えます。
2026年7月に米国道路安全保険協会(IIHS)が公表した、2021〜2024年のデータに基づく研究では、Waymoの車両は人間のドライバーに比べ、警察に届け出る水準の事故が走行距離あたり68%少なく、負傷事故は81%少ないという結果でした。Waymo自身は、2026年3月までの無人走行2億2,060万マイル(約3億5,500万km)を対象に、重傷以上の事故が94%少ないとするデータを公開しています。自社の数字に、控えめながら独立した検証が加わったことの意味は小さくありません。
この循環には資本も要ります。Waymoは2026年2月、評価額1,260億ドルで160億ドルを調達しています。
日本の現在地――「遅れ」と言い切る前に
日本の状況を「遅れている」とまとめるのは簡単です。国内の特定自動運行(レベル4相当)の許可は、2026年5月時点で延べ12件です。政府目標の「2025年度目途に50か所程度」とは数え方が異なるものの、政府自身が「あくまで実証の域を出ておらず、本格的な事業化への見通しは未だ開けていない」と記しています。
ただ、比較の前提をそろえると、見え方は少し変わります。日本では二つの流れが並走しているからです。
一つは、地方の移動手段を守るための流れです。ロードマップは、バスやタクシーの運転手不足で路線の廃止・縮小が増えていることを背景に挙げています。3月に選ばれた13の先行的事業化地域では、難所での手動介入、遠隔監視のための通信環境、そして手動運行よりコストが高いという採算性が課題とされました。
米中のロボタクシーは、都市の配車市場で稼ぐ事業です。こちらは、もともと採算の取りにくい公共交通を維持するための導入です。同じ物差しで台数を並べると、比較そのものを誤る恐れがあります。
もう一つが、都市型ロボタクシーの流れです。9月15日のGO・Waymo・日本交通の合意に加え、日産は2027年度に3〜4市町村で数十台規模のサービス開始を目指しています。トヨタはWaymoと提携し、中国ではPony.aiなどとロボタクシーを量産する計画を2023年に打ち出しました。
ここで、ロードマップが認めるもう一つの課題が浮かびます。E2E型の性能向上には大量の走行データが必要ですが、日本は小規模な実証が多く、データの量と多様性をどう高めるかが課題だと明記されています。
安全を確かめながら段階的に広げる日本の設計は、公共交通の文脈では合理的です。一方で、規模がデータを生み、データが性能を生む競争では、その慎重さが循環に加わる機会を遠ざけるかもしれません。
さらに、ロードマップは自動運転技術の主導権を海外企業に握られることを、経済安全保障やデータ流出の観点から懸念しています。9月に合意された東京の完全無人タクシーも、米国企業の技術によるものです。実装を早める選択と、技術の主権を守りたいという要請は、どちらかを正解と決められる関係にはなさそうです。
これから――見えている焦点と、まだ見えないこと
数字の上では、拡大は始まったばかりです。ゴールドマン・サックスは、世界の商用ロボタクシーが2025年の約7,000台から2030年に約100万台、2035年に約600万台へ増えると予測しています。Pony.aiは6月末時点の1,975台を年末に3,500台超へ増やす計画で、Uberとは欧州での2,000台超の配備で合意しています。
国内では、第3次交通政策基本計画が、2025年時点で11台だった自動運転サービス車両を2030年度に1万台へ増やすという目標を掲げました。2027年から2027年度にかけて、東京のロボタクシー、日産のサービス、13地域の事業化目標が重なります。
一方で、答えの出ていない問いも残ります。
まず採算です。Pony.aiは2026年4〜6月期に5,980万ドルの純損失(同社株主帰属)を計上しました。急成長と黒字化は、まだ別の話です。
次に、安全性の測り方です。IIHSは、事業者に走行距離の報告義務がなく、自主的に開示しているのはWaymoだけのため、他社の事故率は算出できないと指摘しました。現行のデータ収集体制は、大規模な展開を継続的に監視するには不十分だとも述べています。
そのWaymoも、2026年5月下旬に高速道路での運行を一時止め、7月末から段階的に再開しています。中国では2026年春、武漢でApollo Goの車両100台超が走行中に一斉に停止する障害が起き、当局が4月末に新規のロボタクシー免許の発行を凍結したとBloombergが報じました。台数が増えるほど、問われるのは車の性能より、社会がその安全を確かめる仕組みの方なのかもしれません。
そして、人の仕事です。ゴールドマン・サックスは、米国だけで運転手の賃金や車両販売を含め約4,400億ドル規模の経済活動が影響を受けうると試算しています。日本では、少なくとも地方において、同じ問いが逆向きに現れます。担い手が足りないからこそ、自動運転が求められているのです。
同じ技術が、ある社会では仕事を奪う懸念として、別の社会では失われつつある移動を支える手段として語られる。その違いは、日本がどのような「実装」を目指すのかを考えるうえで、一つの手がかりになりそうです。
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【編集部後記】
運転席に誰もいない車に、私たちはいつ、何を根拠に乗り込むのでしょうか。事故率の数字でしょうか。家族や友人が乗ってみたという話でしょうか。それとも、ほかに移動の手段がないからでしょうか。その答えは、東京と地方とでまったく違うものになるのかもしれません。2027年には、ロボタクシーがまず一部の街に姿を現す見通しです。そのとき私たちは何を確かめたいのか。乗る側の問いを、いまから少しずつ言葉にしておきたいと思います。
【参考リンク】
【用語解説】
ロボタクシー
運転手が乗らず、自動運転システムが運転を担うタクシー・配車サービス。遠隔の監視・支援を組み合わせて運行する形が一般的。
自動運転レベル4(特定自動運行)
限定された条件(地域・道路・天候など)のもとで、システムがすべての運転操作を担い、条件外でも車両側で安全を確保する段階。日本では2023年4月施行の改正道路交通法で「特定自動運行」として許可制度が始まった。
ルールベース型/モジュール型AI/E2E型
自動運転ソフトウェアの方式の整理。ルールベース型は人がプログラムした交通ルールで制御し、モジュール型AIは予測・経路判断などの部分にAIを用いる。E2E(エンドツーエンド)型は認識から制御までを単一のAIモデルで処理し、高精度3次元地図を必須としない。
高精度3次元地図
車線や標識、路面の形状などをセンチメートル単位で記録した自動運転用の地図。精度は高いが、整備と更新に費用と時間がかかる。
LiDAR(ライダー)
レーザー光を照射し、反射までの時間から周囲の物体の距離や形状を測るセンサー。
遠隔監視(1対N)
監視員1人が複数台(N台)の自動運転車を遠隔で見守る運行形態。人手不足対策としての効果は、Nの大きさに左右される。
ユニットエコノミクス
車両1台・乗車1回といった最小単位での採算。これが黒字でも、開発費などを含む会社全体の損益が黒字とは限らない。
先行的事業化地域
2027年度を目途にレベル4自動運転サービスの事業化を目指す地域として、政府が関係府省庁の施策を集中投入する枠組み。2026年3月に13地域を選定。
IIHS(米国道路安全保険協会)
米国の保険業界が支える非営利の研究機関。車両の衝突安全評価や交通事故の研究で知られる。
DARPAグランド・チャレンジ
米国防高等研究計画局(DARPA)が2000年代に開いた自動運転車の競技会。のちの自動運転開発を担う技術者を多く輩出した。

















