東京大学ら、アインシュタイン問題の図形に光を当てたら、理論が見落とした現象が出た

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イギリスの元印刷技術者が2022年に見つけた13角形が、3年後、東京大学の実験室で光をねじりました。数学の未解決問題を解くためだけの図形だったはずが、窒化ケイ素の膜に37万個の孔として刻まれ、風車状の回折像を描いたのです。しかも、その現象は先行する10本以上の理論研究が予測していなかったものでした。


東京大学生産技術研究所および共同研究機関の研究チームは、2026年7月29日、数学の「アインシュタイン問題」を解く非周期モノタイル「スミス・ハット」に基づく光学構造で、従来の鏡映対称な準周期構造にはない回折現象を観測したと発表した。

論文は Nature Communications に掲載された。アインシュタイン問題は、単一のタイル形状のみで面全体を繰り返しのないパターンで覆えるかを問うもので、最初の非周期モノタイルであるスミス・ハットは2023年に発見された。チームは電子ビームリソグラフィーで窒化ケイ素薄膜上にナノスケールのパターンを作製し、垂直入射したレーザー光で風車状の回折パターンを観測した。筆頭著者は森竹勇斗、最終著者は納富雅也であり、両名が連絡著者を務める。構造が面内の鏡映対称性を欠くため回折パターンがキラルになり、左回りと右回りの円偏光で各回折ピークの強度が変化した。実空間で鏡像化した構造では光学応答も反転した。

From: New twist on the Einstein problem reveals unexpected physics

【編集部解説】

「アインシュタイン」はあの物理学者ではありません

まず、多くの読者が引っかかるであろう点をほどいておきます。この「アインシュタイン問題」は、相対性理論のアルベルト・アインシュタインとは無関係です。ドイツ語の「ein Stein(一つの石)」をもじった呼び名で、「たった一種類の石=タイルで、繰り返しのない床を敷き詰められるか」という問いを指します。

1974年、ロジャー・ペンローズが2種類のタイルによる非周期タイリングを見出しました。では1種類でどうか。追加の色分けやマッチング規則に頼らず、輪郭の形だけで非周期性を強制する「一つの石」は、そこから約50年間見つからないままでした。

そして、ついに見つけたのは職業数学者ではありませんでした。イギリス・ヨークシャーに住む元印刷技術者のデビッド・スミス氏が、2022年11月に13辺の多角形へ行き着きます。正六角形を6分割してできる凧形(カイト)8枚を辺でつないだ「ポリカイト」と呼ばれる図形です。翌2023年3月、ケイプラン、マイヤーズ、グッドマン=ストラウスの3氏との共著で証明が公開され、この図形は「ハット(帽子)」と名付けられました。

「1種類」には注釈がついている

ハット・タイリングには、実は前提があります。ハットそのものと、それを裏返した鏡像タイルの両方を使うのです。形は同一なのでモノタイルと呼べるのですが、スミス氏らはその後、辺を加工することで裏返しを必要としない「スペクター」も発表しています。

そして今回の物理は、この構造の階層性の側から出てきました。

ハット・タイリングは、数枚のハットをまとめた塊(メタタイル)を組み合わせ、上位の塊を作る規則で生成されます。この階層を上げていくと、塊の向きが下地のハニカム格子に対して少しずつ回転していく。原論文が特定した鏡映対称性の破れの原因は、この回転です。鏡に映した姿と元が重ならない、つまりキラル(カイラル)な構造がここから生まれます。

研究チームは各タイルの重心に点を置いて格子を作り、3回回転対称(C3)は完全に持つが鏡映対称は持たない、という珍しい構造を取り出しました。

実験が、理論の先回りをした

ここが今回いちばん面白いところだと編集部は考えます。

ハット・タイリングの物性については、すでに10本以上の理論研究が出ていました。回折強度にキラルな構造が現れること自体、2023年に理論予測があります。ところが、左回りの円偏光と右回りの円偏光で回折強度が変わるという今回の現象は、原論文によれば、それら先行する理論研究では特定されていなかったものです。実際に窒化ケイ素の膜に37万個以上の穴を開け、レーザーを当ててみて初めて見えた性質ということになります。

数式とシミュレーションで先へ進める時代だからこそ、実物を作って光を通すという工程が何を拾い上げるのか。その具体例として記憶しておきたい一件です。

なお元記事では光の「方向と偏光」で応答が変わると書かれていますが、レーザーは試料面に垂直入射されています。効いているのは入射角ではなく、円偏光の回り方(ヘリシティ)、そして観測する回折角と擬周期です。

黄金比が回折像を傾けていた

風車状の回折像は、なぜねじれるのか。研究チームはその傾き角を解析的に導いています。

先ほどの、階層を上げるごとに塊が回転していく量。これを記述する係数にはフィボナッチ数が現れ、2項離れた項の比(F2n+1/F2n−1)が無限階層の極限で黄金比φの2乗に収束します。そこから傾き角は arccos((3φ−1)/4)、およそ15.52度と求まりました。

黄金比は準結晶では見慣れた数ですが、それが実験で撮影された光の模様の傾きとして目に見える形で現れる。実空間の幾何が波数空間の構造にそのまま写る、気持ちのよい結果です。

バレートロニクスの隣に置くと見え方が変わる

応用の筋を考えるうえで重要なのは、この構造が「ハニカム格子に準周期的な欠陥を入れたもの」と解釈できる点です。ここでいう欠陥は、ランダムな乱れではなく決定論的な幾何のずれを指します。

電子の「谷」を情報の自由度として使うバレートロニクスの世界では、円偏光に選択的に応答させるために、反転対称性を破って単位格子の対称性をC6からC3へ落とすという手が使われます。今回のアプローチは、単位格子ではなく構造全体の対称性を大域的にC3へ落とすことで、円偏光依存性への道筋をつけたという点で、この設計思想に似ています。ただし本研究が測定したのは遠方場の回折であり、谷自由度そのものが動いたわけではありません。

3次元的に立体をねじらなくても、平面内の並べ方だけで光の「利き手」を作り分けられる。研究チームが挙げるのは光の操作と偏光制御、先端的な光デバイスへの寄与で、偏光選択的なメタサーフェスや非線形光学、バレーフォトニクスへの接続は、そこから先に見える可能性です。

実装までの距離は、正直に見ておきたい

一方で、デバイスと呼ぶには距離があります。

円偏光依存性のパターンは、擬周期a(600〜750nmの範囲で振られています)や回折角にも依存して変わりました。構造のキラリティだけで決まる量ではないため、狙った偏光応答を設計する段階には至っていません。

製造面はどうか。500μm角に37万個超の孔を電子ビームリソグラフィーで描く方式は、研究では標準的でも、そのまま量産に載る工程ではありません。非周期構造には繰り返し単位が存在しないため、同一の版を反復転写して面積を稼ぐ手が使えず、領域を分割して描き継ぐことになります。描画量は面積とともに積み上がる。一度描いた原版をナノインプリントで転写する道は残りますが、その原版描画のコストは残ったままです。ここは非周期フォトニクス全体が抱える課題だと編集部は見ています。

なぜ日本から出たのか

この成果は東京大学生産技術研究所の単独研究ではありません。森竹勇斗准教授(東京大学生産技術研究所)と納富雅也教授(東京科学大学理学院物理学系、NTT株式会社 物性科学基礎研究所フェロー兼務)を軸に、試料作製はNTT所属の共著者2名が担った共同研究です。

そして納富教授は2004年、ペンローズ格子を用いたフォトニック準結晶でレーザー発振を実証した論文を発表しています。準周期構造に光を通すという主題を、22年の隔たりを越えて追ってきた人物が、数学者が2023年に見つけた新しい図形に光を当てた——そう並べると、この論文の位置がはっきりします。

原論文の引用文献と謝辞にも、日本の準結晶研究の層が見えます。堂寺知成氏らのブロンズ平均六方準結晶(2017年)、準結晶と変調構造をつなぐ研究(2024年)、そして議論に加わった枝川圭一氏の名。枝川氏は2004年の納富論文の共著者でもあります。

2023年3月に数学の証明が公開され、その2年3か月後にプレプリントが出ました。この間に、37万個の孔を描く加工と回折計測を自前で回せる体制が動いています。この速さは、加工と光学と準結晶研究が国内で近い距離にあったからこそ成立したものだと編集部は見ています。

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【編集部後記】

15.52度という傾き角が、フィボナッチ数と黄金比だけから解析的に導かれている。この事実の落ち着かなさが、しばらく抜けません。実験装置の精度でも材料の性質でもなく、タイルの並べ方という純粋な幾何がその数字を決めているわけです。

だとすると、まだ誰も光を当てていない非周期構造は無数にあります。スペクターは何度になるのか。ペンローズ格子との差はどこに出るのか。原論文の解析式は、ハット以外にも同じ手順が使えることを示唆しているように読めます。


【用語解説】

アインシュタイン問題(Einstein problem)
1種類のタイルだけで平面を非周期的にのみ敷き詰められる図形は存在するか、という数学の問題。ドイツ語の「ein Stein(一つの石)」に由来する呼称で、物理学者アルベルト・アインシュタインとは無関係である。未解決期間は、1974年のペンローズ・タイル発見を起点とすれば約50年、1961年にハオ・ワンが提起したドミノ問題を起点とすれば約60年とされ、数え方によって表記が異なる。

非周期モノタイル(aperiodic monotile)
1種類の形だけで平面を埋め尽くせるが、どう並べても平行移動で重なる周期構造にはならないタイル。「アインシュタイン」とも呼ばれる。ハットは、色分けやマッチング規則に頼らず輪郭の形だけで非周期性を強制する、連結な単一タイルとして最初の例である。

ハット(the hat)
2023年に報告された非周期モノタイル。正六角形を6分割してできる凧形(カイト)8枚からなる13辺の多角形で、「ポリカイト」に分類される。下地のハニカム格子との対応関係がここに現れる。凧形10枚の近縁形は「タートル」と呼ばれる。本研究の論文では「スミス・ハットタイル」と呼称されている。

スペクター(spectre)
ハットの発見直後に同じ研究チームが報告した図形。辺を波形に加工することで裏返し(鏡像)を使わずに非周期タイリングを構成でき、厳密にキラルな非周期モノタイルとされる。

ペンローズ・タイル
1974年にロジャー・ペンローズが見出した2種類のタイルの組み合わせ。非周期的にしか敷き詰められない図形として最も有名で、準結晶研究の出発点となった。

メタタイル/インフレーション規則
複数枚のハットをまとめた塊がメタタイルで、それを組み合わせて上位の塊を作る規則がインフレーション規則。ハット・タイリングにはH、T、P、Fの4種があり、Hは反転ハット1枚と非反転ハット3枚の計4枚、Tは1枚、PとFはそれぞれ2枚で構成される。階層を上げるほどメタタイルの向きが下地のハニカム格子から回転していき、この回転が鏡映対称性を破る。

準周期構造・準結晶(quasicrystal)
周期性を持たないが長距離秩序を保つ構造。ダニエル・シェヒトマン氏が1982年に金属合金中で発見し、1984年に論文として発表した。この報告により結晶の定義そのものが書き換えられ、同氏は2011年にノーベル化学賞を受賞している。

キラリティ(カイラリティ/掌性)
右手と左手のように、鏡に映した姿が元と重ならない性質。本研究では2次元平面内での鏡映対称性の欠如を指し、3次元的なキラリティとは区別される。

3回回転対称(C3)/鏡映対称性
120度回転させると元と重なる性質がC3。鏡映対称性は鏡に映しても元と重なる性質。今回の構造はC3を持ちながら鏡映対称性を持たない点が特異である。なお回折強度の像は、フリーデルの法則により6回対称に見える。

ハニカム格子
蜂の巣状の六角形配列。グラフェンの原子配列がこれに当たる。ハットはこの格子から導かれ、今回の準格子は「ハニカム格子に準周期的な欠陥を入れたもの」と解釈できる。

回折・ブラッグピーク
規則的な構造に光やX線を当てたときに生じる干渉パターンが回折。鋭い輝点として現れるのがブラッグピークで、その存在は構造が長距離秩序を持つ証拠になる。

円偏光・ヘリシティ
光の電場が進行方向に対して左回り/右回りに回転する状態が円偏光。その回転方向をヘリシティと呼ぶ。

電子ビームリソグラフィー
電子線で微細パターンを直接描画する加工技術。ナノメートル級の精度が出る一方、逐次描画のため面積あたりの時間とコストがかさむ。

窒化ケイ素(SiN)
シリコンと窒素の化合物。可視光の吸収が小さく、光集積回路やフォトニクス素子の材料として広く使われる。

擬周期(pseudo-period)
非周期構造の下敷きになっている格子の周期。本研究では600〜750nmの範囲で振られた。

メタサーフェス
波長以下の微細構造を平面に並べ、光の位相や偏光を自在に操作する人工薄膜。レンズや偏光制御素子の薄型化に用いられる。

バレートロニクス(valleytronics)
電子のエネルギーバンドに現れる複数の「谷」を情報の自由度として使う技術。遷移金属ダイカルコゲナイド単層に代表される六方晶系では、円偏光による谷の選択励起に構造の反転対称性の破れが用いられる。

ナノインプリント
原版を押し当ててナノ構造を転写する量産向け加工法。非周期構造でも原版を一度作れば複製できるが、その原版を描く工程のコストは残る。

フィボナッチ数列・黄金比φ
前2項の和が次の項になる数列と、その隣接項の比が収束する値(約1.618)。2項離れた項の比はφの2乗に収束する。準結晶の自己相似性を特徴づける数として頻出する。

【参考リンク】

Chiral diffraction from aperiodic monotile structure(Nature Communications)(外部)
本研究の原論文。全文、補足資料、査読ファイルまでオープンアクセスで公開され、実験条件と解析式も確認できる。ライセンスはCC BY-NC-ND。

東京大学 生産技術研究所(外部)
筆頭著者の森竹勇斗准教授が所属。1949年設立、120以上の研究室を擁する日本最大級の大学附置研究所で、工学のほぼ全分野を対象とする。

東京大学 生産技術研究所 プレスリリース一覧(外部)
同研究所の発表を時系列で追える公式ページ。今回の成果を含む研究発表の原文が掲載され、工学各分野の動向を横断的に把握できる。

数学の未解決問題から生まれた「不思議なタイル」で風車のような光の模様を観測(EurekAlert!)(外部)
研究チーム自身による日本語プレスリリース。左右の円偏光で回折強度が異なることなど、本成果の要点が発表者の言葉でまとめられている。

Science Tokyo(東京科学大学)研究室一覧(外部)
最終著者の納富雅也教授が所属する大学。2024年10月に東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して発足した。研究室情報はここから辿れる。

Science Tokyo 理学院 物理学系(外部)
納富教授が所属する物理学系の公式サイト。担当教員一覧や研究室ごとの研究テーマ、進学希望者向けの情報が公開されている。

NTT物性科学基礎研究所(NTT R&D)(外部)
神奈川県厚木市にあるNTT株式会社の基礎研究所。今回の試料作製を担った共著者が所属し、光関連の基礎研究で長年の実績を持つ。

An aperiodic monotile(発見者チーム公式ページ)(外部)
ハットの発見者チームが公開する資料集。論文本体、タイリングを自作できる対話型アプリ、ソースコードが揃う。論文の図もこのツール製である。

Chiral Diffraction from Aperiodic Monotile Lattice(arXiv)(外部)
2025年6月公開の本研究のプレプリント。掲載版とはタイトル末尾がLattice / structureで異なる。査読前後の記述を読み比べられる。

【参考記事】

Chiral diffraction from aperiodic monotile structure(外部)
本記事の数値の一次出典。孔372,100個、約500μm角、擬周期600〜750nm、傾き角15.52度などの実験条件を記載する。

Chiral Diffraction from Aperiodic Monotile Lattice(外部)
2025年6月公開のプレプリント。ハット・タイリングが裏返しタイルも用いる点が明示され、掲載までの経緯が読み取れる。

A trick of the hat(University of Waterloo)(外部)
ハット発見時の大学公式発表。元印刷技術者デビッド・スミス氏が2022年11月に13辺の図形を見出した経緯を伝えている。

Ising model on the aperiodic Smith hat(外部)
ハット上のスピン系を扱った研究。Tile(1,√3)が凧形8枚、Tile(√3,1)が10枚であることを明示している。

Direct Construction of Aperiodic Tilings with the Hat Monotile(外部)
ハットの直接構成法を扱う研究。Hメタタイルが反転ハット1枚と非反転3枚からなることが図示されている。

Close relative of aperiodic tile ‘the hat’ found to be a true chiral aperiodic monotile(外部)
ハット発表の3か月後、同じ4名が裏返し不要の「スペクター」を報告したことを伝える記事。発見の位置づけを整理している。

Planar aperiodic tile sets: from Wang tiles to the Hat and Spectre monotiles(外部)
非周期タイル集合の歴史をまとめたレビュー。1961年のドミノ問題から2023年のハットとスペクターへ至る流れを追える。

Inside Mathematicians’ Search for the Mysterious ‘Einstein Tile’(外部)
共同発見者ケイプラン氏による一人称の回顧録。非周期的な配列を示すことと非周期性を証明することの違いが述べられている。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!