太陽の光を電気に変える――その仕組みは、もう何十年も「半導体を2枚重ねて電子を引っぱる」というやり方が当たり前でした。けれど、もし光が当たった一瞬に、電子の居場所そのものがほんの少しズレることで電気が生まれるとしたら? そんな、教科書とは少し違う発電のしかたが、鉛を使わない安全な材料で、しかもこれまでの記録を一桁飛び越える強さで現れた。今回はそんな研究の話です。聞き慣れない言葉が並びますが、ひとつずつほどいていけば、未来の太陽電池がどこへ向かおうとしているのかが見えてきます。
理化学研究所、東京大学、東北大学、住友化学などの共同研究グループは、強誘電性を示す鉛フリーのハライドペロブスカイトCsGeI3の高品質な薄膜の作製に成功した。
この薄膜において、電子の波動関数の量子幾何学効果に由来するシフト電流が、可視光の領域で既報の物質を1桁以上うわまわる巨大な光電流応答を示すことを明らかにした。研究には三木孝馬、中村優男、川﨑雅司、小川直毅、十倉好紀、岡本敏らが参加した。成果は2026年6月22日付で科学雑誌『PNAS』のオンライン版に掲載され、6月23日に発表された。
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鉛フリーペロブスカイトで巨大光電流 -強誘電性を活用する環境調和型光電変換材料の実現に道-
【編集部解説】
「太陽電池」と聞いて多くの方が思い浮かべるのは、シリコンのパネルでしょう。光が当たると電子が動き、電気が生まれる――その仕組みは、半導体を2種類貼り合わせた「pn接合」という境界面が担っています。今回の研究が面白いのは、この常識的な発電の枠組みとは別の原理に光を当てた点にあります。
カギとなるのが「シフト電流」という現象です。これは、物質に光が当たったときに、電子の波動関数そのものが空間的に「ずれる(シフトする)」ことで生じる電流です。接合部の電場で電子を引っぱるのではなく、光が当たった瞬間に電子の居場所が幾何学的にずれることで、電流が直接生まれます。従来の単接合型太陽電池とは原理が異なるため、理論的にはシリコン太陽電池の効率の上限(ショックレー・クワイサー限界)を超えうると議論されてきました。ただし、これはあくまで理論上の可能性であり、実デバイスの効率として実証された段階ではありません。
ただし、この現象には弱点がありました。シフト電流が生じるには、物質の「空間反転対称性」が破れていることが本質的に必要です。そして、それを実際に強く引き出すための有力な材料設計の指針となるのが「強誘電性」――電場をかけなくても物質自身が電気的な偏り(分極)を持ち、その向きを反転できる性質です。従来この性質を活かせる材料の多くは、可視光をうまく吸収できなかったり、良質な薄膜を作りにくかったりと、実用への距離が遠かったのです。
今回、理化学研究所・東京大学・東北大学・住友化学などの共同研究グループは、「CsGeI3」というセシウム・ゲルマニウム・ヨウ素からなる鉛フリーのハライドペロブスカイトに着目しました。CsGeI3は太陽光の吸収に適したバンドギャップを持つ鉛フリーの強誘電性ハライドペロブスカイトでありながら、高品質な薄膜が作れないために実験面での進展が阻まれてきた材料です。研究グループは分子線エピタキシー(MBE)という手法で高品質なエピタキシャル薄膜を作製し、巨大なシフト電流応答を観測しました。
なぜゲルマニウム系なのか、という点にも理由があります。ゲルマニウム系のハライドペロブスカイトは、強い可視光吸収を保ちながら堅牢な強誘電性を示すため、量子幾何学効果にもとづく新しい太陽電池デバイスの有望な候補として、とりわけ魅力的だと研究チームは位置づけています。鉛を使わずに、発電に必要な2つの条件(光をよく吸う/強い分極を持つ)を両立できる、という点が出発点です。
ここで「鉛フリー」という言葉の重みに触れておく必要があります。実用化が進むペロブスカイト太陽電池は、性能を出すために鉛を含むものが主流です。鉛は人体に有害な物質として知られ、その廃棄や排出は、含有量や溶出のしかた、廃棄の形態に応じて環境関連の法令で規制の対象となりえます。こうした懸念をどう扱うかが、ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた論点のひとつとなっています。鉛を使わずに高い光電変換性能を引き出せれば、この社会実装上の懸念を根本から避けられる可能性があります。
性能面のインパクトも明確です。光の吸収の強さで規格化したシフト電流の大きさが、これまで報告された他の物質を1桁以上うわまわり、強誘電性ハライドペロブスカイトを量子幾何学にもとづく光電子工学の基準となるプラットフォームとして位置づけた、と研究グループは述べています。一足飛びの改善ではなく、桁が変わる水準の進展だという点が要注目です。
一方で、冷静に距離感を測ることも大切です。これは「明日から鉛フリーの太陽電池が屋根に乗る」という話ではありません。今回の主役は発電パネルの製品化ではなく、現象の発見と材料基盤の確立です。MBEは高品質な薄膜が得られる半面、大面積・低コストの量産技術とは性質が異なります。実デバイスとしての効率や耐久性、製造コストは、これから問われる課題です。
それでも、この研究が描く長期的な意味は小さくありません。シフト電流は太陽光発電だけでなく、光検出器や、テラヘルツ光を扱う通信・センシングなど、光を電気に変えるあらゆる場面に応用の芽があります。「鉛を使わない」「自由キャリアに頼らない」という性質は、環境負荷とデバイス設計の両面で、これまでとは異なる選択肢を技術者に与えてくれるはずです。
政策の追い風も無視できません。日本ではペロブスカイト太陽電池が次世代エネルギーの有力候補として位置づけられ、技術開発支援が進められています。基礎研究での「桁違いの性能」という発見が、こうした産業戦略とどう接続していくのか。innovaTopia としては、華やかな数字の先にある「どんな未来を選び取るための技術なのか」という視点で、引き続き見守っていきたいテーマです。
【用語解説】
シフト電流
光を当てたときに、電子の波動関数そのものが空間的に「ずれる」ことで生じる電流である。pn接合の電場で電子を引っぱる従来の発電とは原理が異なり、散乱の影響を受けにくく、電流を運ぶ自由キャリアを必要としない。バルク光起電力効果の主要な起源とされ、理論上はシリコン太陽電池の効率限界を超えうると議論されている。
強誘電性
外部から電場を加えていない状態でも物質自身が電気的な偏り(分極)を持ち、なおかつ電場でその向きを反転できる性質である。シフト電流を強く引き出すための有力な材料設計の指針となる。
空間反転対称性
ある点を中心に座標を反転させても構造が一致する性質。これが破れている(反転対称性のない)物質でこそ、シフト電流をはじめとするバルク光起電力効果が生じる。
ハライドペロブスカイト
「ABX3」という化学式で表されるペロブスカイト構造のうち、X(陰イオン)の位置にハロゲン(ヨウ素・臭素など)が入った材料群である。光を吸収する能力が高く、次世代太陽電池の有力候補とされる。
CsGeI3
セシウム・ゲルマニウム・ヨウ素からなる、鉛を含まない強誘電性のハライドペロブスカイトである。太陽光の吸収に適したバンドギャップを持つ一方、高品質な薄膜の作製が難しく、実験的な進展が阻まれてきた。
量子幾何学効果
電子の波動関数が運動量空間の中で持つ「形」や「ねじれ」を幾何学的にとらえ、その効果によって特異な物性が現れる現象である。シフト電流はこの量子幾何学に由来する。
グラス係数
バルク光起電力効果(シフト電流)の性能を、光の吸収の強さで規格化して表す指標である。物理学者A.M.グラスにちなんで名付けられた。光をどれだけ効率よく電流に変換できるかを比較でき、今回はこの値が従来材料を1桁以上うわまわった。
分子線エピタキシー(MBE)
真空中で原料を蒸発させ、基板の上に原子レベルで規則正しく薄膜を積み上げる結晶成長技術である。高品質な薄膜が得られる一方、大面積・低コストの量産技術とは性質が異なる。
バルク光起電力効果(BPVE)
2種類の材料を接合せず、空間反転対称性が破れた単一の物質に光を当てるだけで発電が起こる効果である。シフト電流はその微視的な起源とされる。
【参考リンク】
東北大学 中村優男研究室(薄膜・界面物性研究室)(外部)
本研究の責任著者である中村優男教授の研究室。薄膜・界面における電子物性の研究を紹介している。
理化学研究所 創発物性科学研究センター(CEMS)(外部)
本研究を主導した研究グループが所属する拠点。環境調和型社会に資する物質科学を追究している。
理化学研究所(外部)
日本を代表する自然科学の総合研究所。創発物性科学研究センターを含む多数の研究センターを擁する。
住友化学株式会社(外部)
共同研究に参加した総合化学メーカー。コーポレート研究業務部の研究企画統括が本研究に加わっている。
PNAS(米国科学アカデミー紀要)(外部)
本研究が掲載された学術誌。査読を経た自然科学分野の論文を扱う、世界的に権威ある一次情報源である。
経済産業省 資源エネルギー庁 スペシャルコンテンツ(外部)
ペロブスカイト太陽電池を含む、エネルギー政策・次世代技術を平易に解説する政府の公式記事一覧。
【参考記事】
Record-high Glass coefficient in the shift current response of a ferroelectric halide perovskite(PNAS)(外部)
元論文。MBEで成長させたCsGeI3薄膜が巨大なシフト電流を示し、規格化した大きさが従来報告を1桁以上上回ったとする。
Lead-Free Perovskite Generates Record-High Quantum-Geometric Photocurrent(東京大学 英文リリース)(外部)
東京大学の英文公式発表。ゲルマニウム系が強い可視光吸収と堅牢な強誘電性を両立し、量子幾何学デバイスの有望候補だと説明する。
鉛フリーペロブスカイトで巨大光電流(東京大学 東京カレッジ)(外部)
論文タイトルと著者名を掲載した東京大学側の発表ページ。責任著者に同大の川﨑教授・十倉卓越教授が含まれることを確認できる。
【関連記事】
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ペロブスカイト太陽電池の商業化に光明──立体障害アミンが光劣化を防ぎ、効率と安定性を両立
鉛や耐久性という実用化の課題に化学で挑んだ研究。本記事の環境調和の文脈と響き合う。
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従来効率の限界を新原理で超える挑戦。本記事のシフト電流と同じ問題意識を持つ研究。
【編集部後記】
この研究を読み解きながら、ずっと頭に浮かんでいたのは「発電って、本当はもっといろんなやり方があるんじゃないか」という素朴な問いでした。私たちが普段思い描く太陽電池は、屋根に並んだ黒い板です。でも今回の主役は、その板の中で起きている電子の振る舞い、それももっと根っこの部分でした。光が差した瞬間に電子の位置がわずかにズレる――言葉にすると不思議ですが、これがれっきとした物理現象で、しかも鉛に頼らずに桁違いの応答を見せたという事実に、静かな興奮を覚えました。
正直に言えば、この成果がそのまま明日の暮らしを変えるわけではありません。研究室で育てた薄膜と、街じゅうの屋根を覆うパネルとのあいだには、まだ長い道のりがあります。それでも、こうした「原理の発見」は、後から振り返ったときに地図の出発点になっていることが少なくない。だからこそ、派手な実用化の数字に飛びつく前に、その手前で何が起きたのかを、できるだけ正確に受け取っておきたいと思いました。
もうひとつ心に残ったのは、「鉛を使わない」という選択そのものです。性能を追えば鉛を使うほうが早い、けれど環境や安全を考えれば避けたい。その葛藤に、ゲルマニウムという別の道で答えを出そうとした研究者たちの姿勢に、技術の進歩が単なる速さ比べではないことを思い出させてもらいました。光を電気に変えるという、ありふれて見える営みの奥に、まだこれだけの余白が残っている。そのことを、皆さんと一緒に面白がれたらうれしいです。












