量子コンピューターは、まだ「どの方式が主流になるか」が決まっていない技術です。超伝導、イオントラップ、中性原子、光と、方式ごとに得意・不得意が異なります。そのため一つに賭けず、複数を並べて見極めようとする研究プログラムもあります。ドイツ航空宇宙センター(DLR)の量子プログラムもその一つで、今回そこに超伝導方式が加わりました。注目したいのは、その届き方です。装置を導入するのではなく、ITサービス企業のBechtleを窓口に、クラウド上の「計算時間」として調達されています。量子コンピューターを「持つ」ことと「使う」ことの境目は、どこに引かれつつあるのでしょうか。
10月20日に公表されたリリースによると、欧州のITサービス企業Bechtleは新たな枠組み契約に基づき、ドイツ航空宇宙センターの量子コンピューティング・イニシアチブ(DLR QCI)に、IQM Quantum Computersの超伝導量子コンピューターのクラウド計算時間を提供する。利用基盤はIQM Resonanceで、アカウント管理はBechtle ITシステムハウス・ボンが担う。アクセス期間は2027年6月まで。ミュンヘンのIQMデータセンターにはDLR QCI専用の古典サーバーも置かれ、HPCと量子計算のハイブリッド処理などを支える。
DLR QCIはイオントラップ、中性原子、光子、NVセンターなどの方式で企業に開発・利用を委託しており、今回そこに超伝導方式が加わる。資金はドイツ連邦研究・技術・宇宙省が拠出している。BechtleとIQMの提携は2024年に始まった。
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Bechtle expands DLR quantum computing resources with IQM technology
【編集部解説】
量子コンピューターを「卸す」ITサービス企業
今回の契約で目を引くのは、IQMとDLR QCIの間にBechtleが立っていることです。Bechtleは欧州14カ国に120以上の拠点を持つITサービス企業で、量子コンピューターの専業メーカーではありません。
同社は2024年7月、IQMの5量子ビット機「IQM Spark」の最初の再販パートナーとなり、EUとスイスでの販売とサポートを担う契約を結びました。2026年1月には、ドイツのハイルブロン応用科学大学へのIQM Spark導入でIQMと組み、最初の3年間の運用支援と保守も引き受けると報じられています。
これでBechtleは、量子コンピューターを「装置として売る」経路と、今回のように「計算時間として売る」経路の両方を持つことになります。サーバーやストレージと同じように、量子コンピューターを既存のIT商流に乗せる。その試みが、公的研究機関という具体的な顧客を得た形です。
日本で同じ役割を担う東陽テクニカ
日本でBechtleに近い位置にいるのが、計測機器を扱う東陽テクニカです。同社は2025年8月にIQMと国内の販売代理店契約を結び、IQM SparkとIQM Radianceの販売を始めました。あわせて社内に「量子コンピューティング・カンパニー」を設け、2030年時点で40〜50億円程度の売上規模を目指すとしています。IQM Sparkの価格は約2億円と報じられています。
東陽テクニカは、売るだけでなく自ら買ってもいます。2026年4月には20量子ビットの「IQM Radiance20」の購入を決め、IQMはこれを日本で初めての企業による量子コンピューター購入と位置づけました。設置先は産業技術総合研究所(産総研)の研究拠点G-QuATで、2026年末までに納入され、2027年初頭に稼働する予定です。
9月にはIQM Sparkを2台目として追加購入し、東京・木場の自社R&Dセンターに置いて2台を連携させる計画も発表されました。いずれも国内の企業、大学、研究機関に開放し、基礎教育からアルゴリズムの検証、超伝導量子コンピューターの部品評価のテストベッドまでを想定しています。
欧州ではITサービス企業が、日本では計測機器の会社が、量子コンピューターの「流通」を担い始めています。どちらも、利用者にとっては以前から付き合いのある取引相手です。量子コンピューターを研究室の外へ出すうえで、こうした見慣れた窓口がどこまで効くのかは、注目に値する点です。
数字で見るIQMの現在地
IQMは2026年7月にNasdaqへ上場しました。8月の半期報告では、創業以来の販売台数が累計26台、納入済みが17台、受注残高が8月3日時点で1億210万ユーロ超とされています。
一方で、同じ報告にある上半期の売上高は890万ユーロ、営業損失は6,050万ユーロでした。売上高のうち約730万ユーロは、それぞれが売上の1割以上を占める2社の顧客によるものです。
台数で数えられる販売実績と、売上がまだ少数の顧客に集中している現実。その両方が、同じ数字の中に並んでいます。
「持つ」ことを説く会社が、「使う」形で届ける
IQMのヤン・ゲッツ(Jan Goetz)CEOは、東陽テクニカの購入に際し、企業はインフラを所有し運用することで量子の能力を育てていると語っていました。ドイツで初めてのEuroHPC量子コンピューター「Euro-Q-Exa」の稼働時にも、クラウド経由で使うだけでなく量子インフラを自ら所有する国がリードする、という趣旨を述べています。
それに対して、今回のDLR QCIとの契約はクラウド上の計算時間です。期間は2027年6月までで、装置そのものはIQM側が運用します。オンプレミス販売を軸にしつつ、クラウド利用の窓口も並行して広げる。この二本立てのほうが、IQMの商用戦略の実像に近いのかもしれません。
DLR QCI側の事情も見えてきます。同イニシアチブは4年間で7億4,000万ユーロを投じ、その約8割を産業界に直接配分する枠組みです。イオントラップ方式では、5つのプロジェクトに総額2億850万ユーロの開発契約を出しています。
超伝導方式については、DLR QCIは2026年4月20日を締め切りとして「超伝導量子コンピューターの計算時間を提供する枠組み契約パートナー」を公募していました。Bechtleの発表によると、この公的発注はBechtleとIQMが落札(Zuschlag)しました。ほかの方式では開発を委託して試作機を育てているのに対し、超伝導方式は初めから完成品の計算時間として調達されたことになります。比較の対象を早くそろえる手段として、時間単位の調達が選ばれたとも読めます。
リリースが語っていないこと
リリースからは分からないことも多く残ります。契約金額、利用できる機種や量子ビット数、DLR QCIがどの応用分野で方式を比べるのかは示されていません。2027年6月以降の扱いも明らかではありません。
産業へのインパクトは、販売台数よりも、その上でどんな使い道が生まれるかで測られることになるはずです。日本では東陽テクニカの2台が2027年初頭に動き出す予定です。欧州と日本、それぞれの「窓口」からどんなユースケースが出てくるのか。そこが次に追うべき点になりそうです。
【用語解説】
超伝導量子コンピューター
極低温で電気抵抗がゼロになる超伝導回路を使い、量子ビットを構成する方式。IQMのほか、多くの大手が採用する主要方式の一つ。
イオントラップ方式
電磁場で閉じ込めた荷電原子(イオン)を量子ビットとして使う方式。レーザーやマイクロ波で状態を操作する。
NVセンター
ダイヤモンド結晶中で、窒素原子と原子の抜けた穴(空孔)が隣り合った欠陥。その電子スピンを量子ビットや高感度センサーとして使う。
枠組み契約
一定期間の取引条件をあらかじめ定めておき、個々の発注をその範囲内で行う契約形態。ドイツ語でRahmenvereinbarung。
ハイブリッドワークロード
スーパーコンピューターなどの古典計算機と量子コンピューターに処理を分担させ、組み合わせて実行する計算。
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【編集部後記】
量子コンピューターと聞くと、まだ遠い研究室の話に感じられるかもしれません。けれども今回の件では、ITサービス企業や計測機器の会社といった、なじみのある会社が窓口に立ち始めています。

















