Last Updated on 2025-05-16 08:37 by admin
英国を拠点とするチップデザイナーのArmは2025年5月15日、システムオンチップ(SoC)製品設計の大規模なリブランディングを発表した。この戦略的転換により、同社はコンポーネントIPのサプライヤーからプラットフォーム中心の企業へと移行する姿勢を明確にした。
新しい製品ファミリーは市場別に整理され、インフラ向けの「Neoverse」、PC向けの「Niva」、モバイル向けの「Lumex」、自動車向けの「Zena」、IoTとエッジAI向けの「Orbis」という名称が導入された。従来のMaliブランドはGPU製品を引き続き代表し、これらの新プラットフォーム内のコンポーネントとして統合される。
製品番号システムも刷新され、IPの識別子はプラットフォームの世代と「Ultra」「Premium」「Pro」「Nano」「Pico」とラベル付けされたパフォーマンスティアに対応するようになった。
ArmのチーフマーケティングオフィサーであるAmi Badani氏は、「これはハードウェアやチップ設計だけでなく、AIのスケーリングを支援し、より低コストで高い効率性を実現できる完全なエコシステムを提供していることを顧客に示すためのものだ」と述べている。
このリブランディングは、Armの2025年度第4四半期(2025年3月31日終了)の好調な業績に続くものである。同社は四半期収益が初めて10億ドルを超え、総収益は前年比34%増の12.4億ドルに達した。これは記録的なライセンス収益(6.34億ドル、53%増)とロイヤリティ収益(6.07億ドル、18%増)の両方に牽引されたものだ。
特に注目すべきは、モバイル市場での成長である。世界のスマートフォン出荷台数が2%未満の成長だったのに対し、Armのスマートフォンロイヤリティ収益は約30%上昇した。また、同社は大手グローバルEVメーカーとの初の自動車向けコンピュートサブシステム(CSS)契約を締結し、高成長の自動車市場への浸透をさらに進めている。
Arm CEOのRene Haas氏によると、現在のデータセンターは年間約460テラワット時の電力を消費しているが、この数字は今後10年の終わりまでに3倍になると予想されており、世界のエネルギー使用量の4%から25%にまで跳ね上がる可能性があるという。Armの省電力チップ設計とそれに最適化されたソフトウェアやファームウェアは、この課題に対応するための重要な役割を果たすことが期待されている。
ソフトウェア面では、GitHub Copilot向けの拡張機能が現在すべての開発者に無料で提供されており、2,200万人以上の開発者がArmでビルドしている。また、同社のKleidi AIソフトウェアレイヤーはデバイス全体で累計80億インストールを超えた。
クラウドプロバイダーであるAWS、Google Cloud、Microsoft Azureなどは、AIワークロードを実行するためにArmベースのシリコンの使用を拡大し続けており、データセンターコンピューティングにおけるArmの影響力の拡大を示している。
【編集部解説】
Armの大規模なリブランディング戦略は、単なる名称変更以上の意味を持っています。今回の動きは、半導体業界におけるArmのポジショニングを根本から変える戦略的転換と言えるでしょう。
まず注目すべきは、Armが「コンポーネントIPのサプライヤー」から「プラットフォーム中心の企業」へと自らを再定義していることです。これまでArmはチップの設計図を提供するだけでしたが、今後はハードウェアとソフトウェアを統合した完全なエコシステムの提供者として市場に臨む姿勢を明確にしています。
特に興味深いのは、Armが自社製チップの開発に乗り出すという報道です。複数の信頼できる報道によれば、Armは2025年夏に初の自社開発プロセッサをリリースする計画を進めており、すでにMetaを主要顧客として獲得しているとされています。これはNvidia、AMD、Intelといった既存の大手チップメーカーに対する直接的な挑戦となるでしょう。
Armの戦略転換の背景には、急速に拡大するAI市場があります。現在のデータセンターは年間約460テラワット時の電力を消費していますが、この数字は2030年までに3倍に増加し、世界のエネルギー使用量の4%から25%にまで達する可能性があるとされています。この課題に対して、Armの低消費電力アーキテクチャは大きなアドバンテージとなります。
実際、Armの最新Neoverseプラットフォームは、競合製品と比較して最大15%のデータセンター電力削減を実現できるとされています。Haas CEOによれば、この省エネ効果は20億件のChatGPTクエリを処理するか、アメリカの全世帯の20%に電力を供給できる量に相当します。
市場別の新しい製品ファミリー(Neoverse、Niva、Lumex、Zena、Orbis)の導入は、Armが各セグメントに特化したソリューションを提供する意図を示しています。特に注目すべきは、これまで主力だったモバイル市場だけでなく、データセンターや自動車市場への積極的な展開です。
このリブランディングは、Armの好調な業績を背景にしています。2025年度第4四半期には四半期収益が初めて10億ドルを超え、総収益は前年比34%増の12.4億ドルに達しました。特にスマートフォン市場では、世界の出荷台数が2%未満の成長にとどまる中、Armのロイヤリティ収益は約30%増加しています。
ソフトウェア面でも、GitHub Copilot向けの拡張機能の無料提供や、2,200万人以上の開発者がArmでビルドしているという実績は、エコシステムの拡大を示しています。
innovaTopia読者の皆さんにとって、この動きが意味するものは何でしょうか?
まず、AIの民主化がさらに加速する可能性があります。Armの低消費電力アーキテクチャにより、エッジデバイスでもより高度なAI処理が可能になります。これは、スマートフォンやIoTデバイスでのオンデバイスAI処理の性能向上につながるでしょう。
また、データセンターの電力効率が向上することで、クラウドベースのAIサービスのコスト低減や、環境負荷の軽減も期待できます。世界的なエネルギー危機や気候変動への懸念が高まる中、AIの電力消費問題は無視できない課題となっています。
企業のIT戦略にも影響があるでしょう。AWS、Google Cloud、Microsoft Azureといった主要クラウドプロバイダーがArmベースのシリコンの採用を拡大していることから、クラウドインフラの選択肢が多様化し、特定のアーキテクチャへの依存度が低下する可能性があります。
一方で、Armが自社製チップの製造に乗り出すことで、これまでのビジネスモデルに変化が生じる可能性もあります。ライセンスビジネスから直接的なチップ製造への移行は、既存のパートナー企業との関係に影響を与える可能性があり、業界内の競争構造が変化するかもしれません。
長期的には、AIの電力効率が向上することで、より大規模かつ複雑なAIモデルの開発・展開が可能になり、AIの応用範囲がさらに広がることが期待できます。特に自動運転や医療診断などの分野では、高度なAI処理の省電力化が重要な鍵となるでしょう。
Armの戦略転換は、半導体業界だけでなく、AIエコシステム全体に波及する可能性を秘めています。今後の展開に注目していきましょう。
【用語解説】
システムオンチップ(SoC):
複数の機能(CPU、GPU、メモリなど)を1つの集積回路に統合したチップ。スマートフォンやタブレットなどの小型デバイスで広く使用されている。
Arm:
イギリスに本社を置く半導体設計企業。自社ではチップを製造せず、設計図(IP)をライセンス提供するビジネスモデルで成功している。ただし、2025年夏には初の自社開発チップをリリースする計画が報じられている。
コンピュートサブシステム(CSS):
Armが新たに命名した、CPUやGPU、NPUなどを含む統合的なチップ設計パッケージ。
NPU(Neural Processing Unit):
AI処理に特化したプロセッサ。一般的なCPUよりもAI計算を効率的に処理できる。
テラワット時(TWh):
エネルギー消費量の単位。1テラワット時は10億キロワット時に相当する。現在のデータセンターは年間約460テラワット時(ドイツ全土の電力消費量に相当)を消費している。
ハイパースケーラー:
AWS、Google Cloud、Microsoft Azureなど、大規模なクラウドサービスを提供する企業のこと。
【参考リンク】
Arm公式サイト(外部)
プロセッサIPのリーディングテクノロジープロバイダであり、あらゆるデバイスの性能、消費電力、コスト要件に対応する幅広いプロセッサを提供している。
Arm製品ページ(外部)
Armが提供する半導体IP製品の一覧。センサーからスマートフォン、サーバーまで、様々なテクノロジーを開発・ライセンス提供している。
【参考動画】
【編集部後記】
皆さんのスマートフォンやPCの中に「Arm」の技術が息づいていることをご存知でしょうか?今回のArmの戦略転換は、私たちの身近なデバイスからデータセンターまで、AIの未来を形作る重要な一歩かもしれません。特に省電力技術は、環境問題が深刻化する中で注目すべき視点です。データセンターの電力消費量が世界のエネルギー使用量の25%にまで達する可能性があるという予測は、テクノロジーの進化と環境負荷のバランスについて考えさせられます。皆さんは、この問題についてどのようにお考えですか?ぜひSNSでご意見をお聞かせください。