1辺10cmの立方体をアルファ・ケンタウリへ放つ。そう紹介されている計画があります。ただ、一次情報を読むと10cm四方なのは積荷のほうで、機体は100kg級のイオン推進機です。そして、その加速軌道を考案したのは人間ではなく、同じ日にローンチしたAI企業の自律システムでした。
米国の非営利団体The Fermi Explorer Missionが2026年9月1日、恒星間探査機の計画を発表した。2029年末までに打ち上げ、約4.4光年先のアルファ・ケンタウリ系へ向かわせる。到着は約8万年後だ。公式FAQは機体を100〜200kg級と見込む。PSIが推奨するGTO出発案では湿重量100〜110kg、うち約64%がキセノン推進剤だ。
グリッド式イオンエンジンと太陽電池で近日点を0.42AUまで下げる近日点ポンピングを12年続け、2043年ごろ太陽に対する脱出軌道へ入る。ペイロードは1kg・10cm四方以上で、ゴールデンレコードの複製と子どもたちのメッセージを載せる。総費用は1500万ドル未満とする。理事3人はStarcloudの共同創業者だが、両者は別法人としている。
From:
The Fermi Explorer Mission
【参考動画】
2026年9月1日の発表にあわせて公開された、Fermi Explorer公式のコンセプト動画。公式チャンネルはこちら。
【編集部解説】
「1辺10cmの立方体を宇宙に放ち、あとは届くのを待つ」。この説明は、ミッションの半分しか伝えていません。
1kgの箱ではなく、100kg級のイオン推進機
1kg・10cm四方というのは、探査機に載せる積荷の最低仕様です。それを運ぶ機体のほうは、公式FAQが100〜200kg級の小型衛星を見込んでいます。技術評価を担ったPSIが推奨する静止トランスファ軌道からの出発案では、湿重量100〜110kg、うち約64%がキセノン推進剤。推進系にはグリッド式イオンエンジン、電源には太陽電池アレイを想定しています。石を放り投げるのとは、まるで違う機械です。
そして、この機体が何をするかが、今回の技術的な核心にあたります。
イオンエンジンの推力は極端に弱く、太陽電池の出力は太陽からの距離の2乗に反比例して落ちていきます。素直に外向きへ螺旋を描いて加速すると、自分の電源から遠ざかりながら加速することになり、必要な速度に届く前に頭打ちになる。設計推力の4倍にあたる水準で試しても、外向き螺旋で得られるのは17.0km/秒どまり。理論上の下限である23.38km/秒にも届きません。
近日点ポンピングは、この壁を逆側から破ります。まず地球軌道の付近で逆行方向に噴射して角運動量を捨て、近日点を0.42AU、地球と太陽の距離の半分以下まで引き下げる。次に、その近日点付近の短い区間に順行噴射を集中させる。太陽に近いので取り出せる電力が上がり、しかも軌道上で最も速い位置なので、同じ噴射がより多くの軌道エネルギーに変わります。これを7周ほど繰り返し、階段を上るように脱出エネルギーへ届かせる。
12年かけて23.97km/秒を稼ぐこの行程で、実際にエンジンが燃えているのは累計で約1.3年です。残りは慣性飛行。ミッション全体で見れば、98%以上が無動力の惰性になります。
加速軌道を考案したのは人間ではなかった
そして、その近日点ポンプ機動を考案したのは人間ではない、とFermi Explorerは説明しています。
ミッションの計画そのものは人間側が担っています。理事のアディ・オルテアン氏とエズラ・フェイルデン氏が、Astro DigitalとAstroForgeの計画チームの協力を得てまとめました。そのうえで、最終的な近日点ポンプ機動を考案したのが、PSI(Physical Superintelligence)の自律物理研究プラットフォームだと公式FAQは説明しています。
PSIもまた、9月1日にローンチしたばかりの企業です。マサチューセッツ州ケンブリッジを拠点に、5800万ドルのシード資金をBreakthrough Energy Venturesのリードで調達しました。掲げているのは、仮想物理学者が研究を実行するAIネイティブの物理学研究所という構想です。同社は自らの役割を、ミッションの物理を検証し、質量と予算の制約のなかでより効率的な軌道を特定し、科学機器を追加提供すること、と定義しています。
PSIはこのミッションを、初のAI計画による恒星間ミッションと呼んでいます。Fermi Explorer側も公式FAQで、生成AIが実ミッションでの飛行を想定した新規軌道を独自に考案した初の事例かもしれない、と書いています。
多周回の近日点噴射という発想自体は、要素で見れば新しくありません。重力井戸の底で噴射するほど得をするオーベルト効果は古典であり、遠地点・近地点を狙った低推力の分割噴射も、SMART-1が静止トランスファ軌道からの脱出で実証済みです。新しいのは、この組み合わせによって、PSIの解析上、静止トランスファ軌道から出発する案について速度・燃費・飛行時間・質量比が閉じる解が示されたことでした。
その帰結が効いています。Fermi Explorer自身の初期解析は、単発の近日点噴射ではイオンエンジンの推力が足りないとして、近い将来の機体には原子力電源が要ると結論していました。多周回化はこの反論を覆します。1回で出せない速度増分を、複数周に分けて出す。PSIの解析では、静止トランスファ軌道から出発する案なら、今日の太陽電池の性能のまま、原子炉も化学キックステージも重力アシストも使わずに質量収支が成立します。推進系と0.42AUの熱環境に合わせたミッション固有の認定は、これから必要になります。
ここで起きているのは、AIが上流の軌道設計案そのものを生み出し、人間側が採否を検討する段階まで来たということです。AIが宇宙開発に関わるとき、多くの人が思い浮かべるのは自律運用や画像解析でしょう。設計の入口が動いたという意味で、この事例はそれとは位相が違います。
もっとも、この軌道が実際に飛ぶかはまだ決まっていません。公式FAQは、製造を担うメーカーが電源・推進・軌道の構成を自ら決めてよいとしています。4つの主要目標だけが変更不可で、その先は交渉可能です。AIの提案は、いま人間の机の上にあります。
速く着くことを競う路線からの離脱
もう一つ、この計画が興味深いのは、恒星間航行の目標設定を反転させた点です。
恒星間航行の代表的な構想は、いかに速く着くかを追ってきました。2016年にユーリ・ミルナー氏(Yuri Milner)が1億ドルの拠出を表明したブレークスルー・スターショットは、レーザー推進でグラム級の探査機を光速の20%まで加速し、20年ほどで到達させる計画でした。技術的な筋は通っていましたが、規模の問題が残ります。2018年のシステムモデル論文は、0.2c案の地上ビーム装置だけで設備投資80億ドルと試算していました。実際に動いた資金について、Scientific Americanはフィリップ・ルービン氏(Philip Lubin)の試算として、約30契約で450万ドル程度と報じています。2025年、同誌の取材に対し、スターショットのエグゼクティブディレクターであるピート・ワーデン氏(Pete Worden)は、計画を保留し一部を他の枠組みへ移す作業を進めていると説明しました。正式な中止発表はなく、光帆そのものは各所で研究が続いています。
Fermi Explorerは、この前提を外しました。生きているうちに結果を見る、という条件を捨てれば、未発明の推進原理ではなく、実証済みの技術クラスを基礎に組み立てられる見通しになります。同団体はこれを、恒星へ向かう最小限成立ミッションと位置づけています。8万年は、諦めの数字ではなく設計上の解放です。
不利な結論も含めて公開している
その姿勢は、資料の出し方にも表れています。
Fermi Explorerは、自分たちに不利な結論も含むPSIの技術評価を、そのまま公開しています。PSIの報告書は、当初の総費用目標1000万ドルは通常の慣行では達成できず中央値は1570万〜1660万ドル、12年の運用期間内に見つかった軌道では地球低軌道から出発する100kg機の質量収支は閉じない、2029年末の打ち上げは推進系と熱の認定次第で攻めた計画だ、と書いています。この評価は7月16日付です。9月1日に公表された目標額は1500万ドル(1ドル=157円換算で約23億5000万円、2026年9月3日時点)、推奨される出発軌道は静止トランスファ軌道でした。数字は書き換わり、評価書のほうは今も配られ続けています。
もっとも、これは第三者による監査ではありません。PSIは同ミッションの技術パートナーであり、PSIの経営陣であるCEOのマシュー・パインズ氏(Matthew Pines)、CTOのアレッサンドロ・モラーリ氏(Alessandro Morari)、チーフサイエンティスト兼戦略責任者のアレックス・ウィスナー=グロス氏(Alex Wissner-Gross)は、いずれもFermi Explorerのアドバイザーに名を連ねています。報告書自体も、人間による包括的なレビューを経ていないワーキングドラフトだと自ら明記しています。
成功確率についても同じです。公式FAQは、集計の方法こそ示していないものの、新型宇宙機の全面成功率を歴史的に約50%と置き、寄付するならその程度を想定するのが賢明だ、と自ら書いています。目標球に入る確率0.982というモンテカルロの結果にも、推力量の誤差が2倍になれば0.858に下がる、飛行実測ではなく想定誤差に条件づけられたシミュレーションである、という但し書きが原典に付いています。数字を大きく見せる余地はいくらでもあったはずですが、そうしていません。
日本から関われる余地
日本の読者にとっての入口は、二つあります。
一つは、各国の子どもたちのメッセージです。アポロが各国首脳のメッセージを月へ運んだことへのオマージュとして、IOC参加国・地域ごとに、その国の言語で300文字を子どもが選んで搭載します。調整の窓口として名指しされているのは、各国の宇宙機関と教育省です。日本でこの枠組みが実施されるなら、JAXAや文部科学省が候補になるでしょう。ただし現時点で、両機関の参加や協議は発表されていません。募集の時期と手順は近く公表される予定です。
もう一つは、機体の具体設計と搭載物の多くが、まだ決まっていないことです。製造は主要衛星メーカーへの公開入札にかけられ、設計はできる限りオープンソース化する方針が示されています。科学ペイロードと芸術ペイロードも、それぞれ3か月の公募が予定されています。既存技術で組むという方針は、裏を返せば、実績のある部品を持つメーカーに門戸が開いているということです。日本の宇宙関連企業や研究者、そして表現者にとって、これは眺めるだけのニュースではありません。
搭載物のリストには、ボイジャーのゴールデンレコードの複製も入っています。1977年に旅立った2機は、いまも星間空間を進んでいますが、どちらも特定の恒星を目指してはいません。Fermi Explorerがなろうとしているのは、特定の恒星系を目標に太陽系外へ送り出される、最初の人工物です。
8万年という時間の前では、誰の名前も残りません。それでも、この計画に関わる人たちが本当に賭けているのは、8万年後ではなく、これからの数十年に見えます。フェルミのパラドックスの答えとして、知性は稀であるか、長続きしないかという二つの可能性が高まるなら、私たちがいまどう振る舞うかの意味は変わってくる。ジョンストン氏もGeekWireへのメールで、これからの数十年におけるフェルミのパラドックスの含意を懸念している、と語っています。
打ち上げは2029年。太陽に対する脱出軌道へ入り、無動力の恒星間巡航に移るのが2043年です。前者はもちろん、後者ですら、いま生きている多くの人が見届けられる年です。
【関連記事】
宇宙で初のLLM訓練に成功 – Starcloud、Nvidia H100搭載衛星で軌道上データセンター時代の幕開け
Fermi Explorerの理事3人が創業したStarcloudが、H100搭載衛星で宇宙初のLLM訓練に成功したときの記事である。
Starcloud、2100万ドル調達|軌道AI訓練4km²ソーラー構想と宇宙天気リスクの現実
同じ3人が進める本業の資金調達を扱う記事。4km四方のソーラーパネルによる軌道データセンター構想の全体像が、ここで分かる。
Music×Tech #01「Johnny B. Goode」ボイジャーゴールデンレコード
今回の探査機にも複製が積まれるゴールデンレコードを、収録曲の側から読み解いた記事である。1977年の選曲の意味を辿っている。
【編集部後記】
発端は、ある会議での雑談だったそうです。引退後に10億ドルを恒星間探査機に投じると語った起業家に、ジョンストン氏は1000万か1500万ドルでできると返した。相手は否定した。それで証明しに行った、と同氏はPayloadに語っています。
1500万ドルという額は、思いつきではなく反論の産物でした。8万年という時間も同じで、その額に収めるために引き受けた条件です。この計画のいちばん人間くさい部分は、軌道でも予算でもなく、ここにあるのかもしれません。
【用語解説】
近日点ポンピング
太陽に最も近づく点(近日点)を意図的に引き下げ、そこを通るたびに進行方向へ噴射することを繰り返して加速する軌道機動。1回で出せない速度増分を、周回を重ねて積み上げる。PSIによる呼称で、日本語の定訳はまだない。
オーベルト効果
重力の井戸の底、つまり天体に近く速度が最大の位置で噴射するほど、同じ推進剤からより多くの軌道エネルギーが得られる現象。ドイツの宇宙工学者ヘルマン・オーベルトに由来する古典的な原理である。
静止トランスファ軌道(GTO)
静止衛星を目的の高度へ送り込むための細長い楕円軌道。地球低軌道より高いエネルギーをすでに持っているため、ここから出発すると地球の重力を振り切る負担が小さくなる。
グリッド式イオンエンジン
推進剤をイオン化し、電圧をかけた格子(グリッド)で加速して噴射する電気推進。推力は極めて弱いが、燃費にあたる比推力が化学推進の10倍前後に達する。
湿重量
推進剤を積んだ状態での宇宙機の総質量。推進剤を除いた乾燥重量と対になる語で、打ち上げ能力の制約はこちらで効いてくる。
AU(天文単位)
太陽と地球の平均距離を1とする長さの単位。約1億5000万kmにあたる。
ペイロード
宇宙機が運ぶ積荷。観測機器や搭載物を指し、それを運ぶ機体本体の質量とは区別される。
質量収支
必要な推進剤・構造・機器の質量を積み上げ、打ち上げ可能な範囲に収まるかを検証する計算。収まることを「閉じる」と表現する。
角運動量
回転運動の勢いを表す量。軌道を回る宇宙機が進行方向と逆に噴射すると角運動量が減り、その結果として近日点が下がる。
モンテカルロ法
入力の誤差をばらつかせた計算を多数回繰り返し、結果の分布から確率を求める手法。今回の目標到達確率は2万回の試行から算出されている。
光帆
薄い膜に光の圧力を受けて進む推進方式。推進剤を積まずに済む一方、実用的な速度を得るには地上から大出力のレーザーを照射する必要がある。
フェルミのパラドックス
宇宙にはこれほど多くの恒星と惑星があるのに、地球外の知的生命の痕跡が見つからないという矛盾。物理学者エンリコ・フェルミの問いに由来する。
ゴールデンレコード
1977年に打ち上げられたボイジャー1号・2号に搭載された金メッキの銅製レコード。地球の音と画像、各国語の挨拶を収める。
【参考リンク】
The Fermi Explorer Mission(外部)
アルファ・ケンタウリへの恒星間探査機を計画する米国の非営利法人。ミッションの4つの主要目標と、寄付の受け付け窓口を掲載している。
The Fermi Explorer Mission – FAQs(外部)
機体質量、軌道、費用、搭載物、成功確率まで、この計画の技術的な前提がまとめて公開されている。本記事の数値の多くはここが出どころである。
The Fermi Explorer Mission – Team(外部)
理事とプログラムマネージャー、アドバイザーの一覧。PSIの経営陣3人がアドバイザーに名を連ねていることも、このページで確認できる。
PSI(Physical Superintelligence)(外部)
仮想物理学者による研究を掲げる米国のAIネイティブ物理学研究所。今回の加速軌道を考案した、ミッションの技術パートナーにあたる。
PSI技術評価書(PDF)(外部)
機体質量・軌道・費用を検証した59ページの技術報告書。自律研究システムが作成した、人間のレビュー未了のワーキングドラフトである。
Starcloud(外部)
Fermi Explorerの理事3人が創業した宇宙データセンター企業。軌道上のAI計算基盤を開発する。両者は別法人としている。
【参考記事】
Fermi Explorer team plans 80,000-year trip to Alpha Centauri(外部)
発表当日のアラン・ボイルによる記事。1000万ドルの口頭オファーとNASAとの協議の状況を、ジョンストン氏が直接語っている。
Introducing Physical Superintelligence: The World’s Most Advanced Physics Lab, Staffed by Virtual Physicists to Discover New Laws of the Universe(外部)
PSIのローンチ発表。5800万ドルのシード調達と、Fermi Explorerにおける自社の役割を、三つに分けて定義している。
The Quiet Demise of Breakthrough Starshot, a Billionaire’s Interstellar Mission to Alpha Centauri(外部)
ブレークスルー・スターショットの実支出を約30契約で450万ドルと伝え、責任者が計画の保留を認めたことを報じた記事である。
The Breakthrough Starshot System Model(外部)
2018年のシステムモデル論文。光速の20%を狙う案は、地上のビーム装置だけで設備投資80億ドルを要すると試算している。
Fermi Explorer Wants to Reach Another Star for $15M(外部)
この計画が会議での雑談から始まった経緯を、当事者の言葉で伝えている。1500万ドルという金額の出どころが分かる記事である。


















