JAXA、火星衛星探査機MMXを種子島で公開|2026年度に打上げへ

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探査機の見た目は、そのまま設計判断の記録になります。8月13日に種子島で公開された火星衛星探査機MMXは、3つのモジュールが縦に連なる異形をしていました。往路モジュールは火星圏に着いた時点で役目を終え、切り離されて二度と戻りません。こうした役割分担が、この形を支えています。


宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2026年8月13日、種子島宇宙センターで、開発を終えた火星衛星探査計画(MMX)の探査機を報道陣に公開した。MMXは火星の衛星フォボスに着陸し、10グラム以上の砂や岩石を採取して地球へ持ち帰る計画で、成功すれば火星衛星からのサンプルリターンは世界初となる。

探査機は打上げ時質量4480キログラムで、三菱電機が開発した。往路・探査・復路の3モジュール構成で、11の科学ミッション機器を含む計13のミッション機器を搭載する。総開発費は553億円。H3ロケット24形態で2026年度に打ち上げ、約1年で火星圏へ到達。3年滞在後の2030年に離脱し、2031年度に地球へ帰還してカプセルをオーストラリアで回収する。

打上げ日は調整中で、軌道設計上は10月から11月が適する。

From: 文献リンク火星衛星探査計画(MMX)機体公開に関する記者説明会

【編集部解説】

種子島の第3衛星フェアリング組立棟に置かれていた機体は、これまで日本が送り出してきた探査機とは、ひと目で違う姿をしていました。はやぶさやはやぶさ2が箱に近い形だったのに対し、MMXは3つのモジュールが縦につながり、着陸脚とロボットアーム、パラボラアンテナが外へ張り出しています。この複雑さは、ミッションの構造がそのまま形になったものです。

この探査機は、性格の異なる3機の宇宙機を1機にまとめたものだと考えると、輪郭がつかみやすくなります。往路モジュールは火星圏まで運ぶための推進系。探査モジュールは観測機器と着陸脚とサンプラー。復路モジュールは、試料を収めたカプセルを抱えて地球へ戻る部分です。往路と復路の双方が、それぞれ独立した推進系を持っています。

三菱電機の上原晃斉MMXプロジェクト統括部長は、この規模を人工衛星およそ2.5機分の機器量だと表現しました。搭載機器は100個を超え、鎌倉製作所では、性質の違う3つのモジュールを限られた期間で並行して作り続けることになりました。設備と人員のやりくりには、これまでにない緊張感があったといいます。上原氏によれば、同社が実証機ではない探査機の主契約を担うのは、MMXが初めてだといいます。

そもそも、日本の惑星探査機はここまで大きくありませんでした。会見でこの点を問われた川勝康弘プロジェクトマネージャは、かつてはM-Vロケットの制約もあって500キログラム級の探査機を作り続けていたと振り返っています。JAXA統合後にロケットを限定しない選択肢が生まれ、いまは天体の種類ではなく規模でミッションを束ねる考え方に変わりました。MMXは、その枠組みで生まれた戦略的中型計画1号機にあたります。運ぶ手段が変わったことが、探査機の設計思想そのものを変えたことになります。

ドッキングという選択肢を、早い段階で外していた

会見の質疑では、この計画の割り切りがよく見える一問がありました。推進薬を使い切った往路モジュールと、帰還する復路モジュールは、どのようにドッキングするのか。そういう質問です。

答えは、ドッキングはしない、でした。往路モジュールは火星周回軌道への投入を終えた時点で切り離して捨て、地球へは復路モジュールだけで戻ります。川勝氏によれば、初期の検討段階で、宇宙空間でのドッキング技術を確立するには時間が足りないと判断し、この選択肢をあらかじめ外したそうです。

やらないことを早い段階で決めきったことも、往路・探査・復路を順に使い分ける現在の構成を支える判断のひとつです。三菱電機の説明によれば、この3モジュール構成は、最適な軌道設計と推進薬量の最小化を検討した結果でもあります。難しいことを全部やるのではなく、フォボスの試料を持ち帰るという一点へ設計を寄せていく。機体の見た目の複雑さの裏側には、そういう積み重ねがあります。

推進系にも、似た慎重さがあります。金星探査機「あかつき」は、軌道投入の際に推進系のバルブが正常に働かず、周回軌道に入るまで5年を要しました。火星周回軌道への投入は、状況としてあかつきに似ています。そこで、塩が生じてバルブを引っ掛からせることのないよう対策を打つことを、設計の当初から大きな方針のひとつに据えたと川勝氏は説明しました。往路と復路では考え方が別だといいます。過去のつまずきを、精神論ではなく部品の設計に落とし込む作法です。

引き継いだものもあります。フォボスへの着陸は自動かつ自律で行われますが、そのとき使う画像航法は、月着陸機SLIMで三菱電機と共同開発した方式を活用しています。ピンポイント着陸を成功させたSLIMで培われた画像航法技術が、MMXの自律着陸にも活用されることになります。

1000分の1の重力で、跳ねずに立つ

もっとも難しかったのは、着陸脚だったといいます。フォボスの重力は、地球のおよそ1000分の1しかありません。強く踏ん張ることも、そっと沈み込むこともできない天体に、4本脚の探査機を跳ねさせずに置く。通常の人工衛星の開発では出てこない課題です。脚には衝撃を吸収する機構を組み込み、要素試験を重ねたうえで、4本の脚を取り付けて探査機を模した独自の試験まで実施したと上原氏は述べました。新開発の衝撃吸収機構と着陸脚構造により、複数回の着陸にも対応します。

採取方式も、はやぶさシリーズとは異なります。ここで順序に注意したいのは、装置が先に決まったのではないという点です。フォボスの表面は紫外線などを浴びて変質しているため、2センチ以上の深さから、10グラム以上を採ってきてほしい。理学側からのその要求が先にあり、それを満たす手段としてサンプリング装置と探査機の姿が決まっていきました。

はやぶさは小惑星表面に弾丸を撃ち込んで試料を採取する方式で設計されましたが、実際の着陸では弾丸発射を確認できませんでした。はやぶさ2では、弾丸発射を含む採取シーケンスの実施が確認されています。MMXが主に使うのは、ロボットアームの先端に付いたコアラーです。直径2センチのコアラーを表面に打ち込み、深さ2センチ以上にある物質を筒状に採取します。まとまった量を、変質していない深さから採るためには、数時間の着陸を維持したうえでアームを動かし、小石を挟まないように制御する必要がありました。要求の重さが、そのまま機構の複雑さになっています。

これに加えて、着陸脚の1本には、NASAが提供した気体噴射式の採取装置が付いています。表面にガスを吹きつけ、舞い上がった粒子を容器に集める仕組みで、方式の異なる2つの手段が同じ機体に載ることになりました。どちらの装置も、集めた試料を帰還カプセルまで運ぶのはロボットアームの役目です。

回収の目標は10グラム以上です。その中には、隕石の衝突で火星本体から吹き飛ばされ、フォボスに降り積もった物質も含まれると考えられています。割合は研究によって幅がありますが、表土の数百から1000ppm程度と見積もられており、10グラムの試料にも複数の火星由来粒子が入ると期待されています。火星由来と確認された隕石はすでに地球で回収されていますが、探査機が火星圏で採取した物質を持ち帰った前例はありません。

受け取る側の技術も、世代を重ねている

帰還カプセルは、はやぶさ2と同じ形状で、大きさが1.5倍ほどになります。実績が最もある設計を踏襲しているぶん、ここは安心して見ていられる部分だと川勝氏は語りました。待ち受ける側の準備も進んでいます。宇宙科学研究所の分析設備には、はやぶさとはやぶさ2の運用中に思いついてうまくいった工夫が、今回は最初から計画に織り込まれているそうです。試料を持ち帰る技術だけでなく、受け取る技術も世代を重ねています。

国際協力の規模も、日本が主導する月・惑星探査としては過去最大です。ローバーはフランス国立宇宙研究センター(CNES)とドイツ航空宇宙センター(DLR)がほぼ半分ずつ分担し、CNESからは近赤外分光計、NASAからは前述の採取装置とガンマ線・中性子分光計が提供されました。はやぶさとはやぶさ2でサンプルリターンを成し遂げてきた実績があるからこそ、海外の機関が日本に乗ることを選んでくれている。川勝氏はそう語っています。実績が、そのまま人を集める力になっている。日本の宇宙開発の立ち位置を、これほど端的に示す説明もそうありません。

打上げの日は、まだ決まっていません。関係機関との調整が続いており、この日の公表は見送られました。軌道設計の観点からは10月から11月が最も適した時期になる、というのが川勝氏の回答です。現在2026年度とされる打上げ時期は、もともと2024年度が目標でした。会見では、その背景について「ロケット開発の状況等」と説明されています。火星への打上げ機会が限られるため、次の機会まで約2年待つ形になりました。機体はこの時期の出発にも対応できるよう設計されています。

今回の公開がお盆の時期に置かれたことにも、理由がありました。これから探査機は推進剤の充填や、ロケットへの組み付けといった飛行準備のフェーズに入ります。探査機としての試験は、もう終わっているのです。危険物の取り扱いが始まる直前の、機体を人の目に触れさせられる最後の機会でした。

種子島の組立棟で見えていたのは、完成した機械であると同時に、10年以上をかけて延べ1万人ほどが関わってきた工程の終点でした。そして、5年間の旅の起点でもあります。フォボスの砂が相模原に届く日まで、この機体はもう、誰の手も借りられません。

【関連記事】

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H3ロケットが8号機の失敗後に打上げを再開した一機。MMXが使う24形態とは別の30形態試験機だが、再起そのものを追った記事。

MMX火星衛星探査に参加しよう―あなたのメッセージが探査機に搭載、2031年地球帰還へ
MMXには、応援キャンペーンで集められた一般からのメッセージも搭載され、火星圏へ運ばれる予定になっている。その募集の開始を伝えた記事。

「神はミクロンに宿る」─宇宙開発を支える姫路の町工場、佐藤精機の技術力
宇宙機を支える国内のものづくりの現場を訪ねた一本。MMXの機器点数と加工精度をめぐる話と、あわせて読んでいただきたい記事。

【編集部後記】

会見で川勝氏が触れたスーパーハイビジョンカメラの話が、いちばん頭に残りました。フォボスは火星表面から約6000kmという近距離を回っています。NASAによれば、火星側の面から見ると火星が空の大きな部分を占めるそうです。そこから撮られる超高精細映像は、これまでと違う火星の姿を見せてくれるかもしれません。

サンプルの地上分析による成果は2031年度の帰還後になりますが、火星圏に着いたあとは各観測機器から科学データが順次届きます。この映像は、私たちが早い段階で実感できる成果のひとつになりそうです。


【用語解説】

フォボス
火星が持つ2つの衛星のうち、内側を回る大きいほう。直径20〜30kmの不規則な形をしており、火星表面から約6000kmという極めて近い距離を周回する。表面重力は地球のおよそ1000分の1。起源は巨大衝突説と小惑星捕獲説が対立しており、MMXはその決着を目指す。

サンプルリターン
探査機を天体へ送り、その場で物質を採取して地球へ持ち帰る探査方式。地上の多様で高性能な分析装置を使え、将来開発される手法でも再分析できるため、搭載機器だけでは得にくい情報を引き出せる。日本ははやぶさ、はやぶさ2で小惑星からの回収に成功しており、MMXも成功すれば3件目となる。

コアラー(C-SMP)
MMXが主に使う試料採取装置。ロボットアームの先端に取り付けられ、直径2cmのコアラーをフォボス表面に打ち込み、深さ2cm以上にある物質を筒状に採取する。紫外線などで変質していない深さ2cm以上の物質を採るために選ばれた方式で、JAXAが開発した。

画像航法
探査機が自ら撮影した地表画像を、あらかじめ持っている地形データと照合し、自分の位置を割り出す技術。地球からの指令が届くまで時間がかかる深宇宙で、自動かつ自律の着陸を成立させる要となる。

SLIM
JAXAの小型月着陸実証機。2024年1月20日に月面着陸し、目標地点から約55mというピンポイント着陸を達成した。三菱電機が主契約者を務め、ここで共同開発された画像航法の方式がMMXに引き継がれている。

あかつき
JAXAの金星探査機。2010年12月の軌道投入時に推進系のバルブが正常に働かず、金星周回軌道への投入は5年後の2015年12月まで持ち越された。MMXの火星周回軌道投入は状況が似ているため、その教訓が設計に織り込まれている。

M-Vロケット
旧宇宙科学研究所が運用した固体燃料ロケット。2006年に運用を終えた。打上げ能力の制約から、この時代の惑星探査機は500kg級に収まる設計が続いた。

H3ロケット24形態
H3ロケットの構成のうち、第1段エンジンLE-9を2基、固体ロケットブースターSRB-3を4本備える高能力の形態。MMXでは、これにロングフェアリングを組み合わせた「H3-24L」を使用する。

戦略的中型計画
JAXAが宇宙科学ミッションを規模で束ねる枠組みのひとつ。天体の種類ではなく、探査機の規模とロケットのクラスで区分する考え方に基づく。MMXはその1号機として選定された。

第3衛星フェアリング組立棟(SFA3)
種子島宇宙センターにある建屋。衛星や探査機の試験、推進剤の充填、フェアリングとの結合など、打上げ直前の射場作業を行う。推進薬の貯蔵設備を建屋と一体化するなど、安全性と作業効率を高める設計が採用されている。

【参考リンク】

火星衛星探査計画 MMX 公式サイト(外部)
JAXAによるMMXの特設サイト。打上げから帰還までの5段階、搭載する13のミッション機器、プロジェクトメンバーの紹介を掲載する。

JAXA|火星衛星探査計画(MMX)(外部)
JAXA本体のプロジェクトページ。フォボスを回れない理由と擬周回軌道の考え方、国際協力の枠組みを図とともに解説している。

JAXA 宇宙科学研究所(外部)
MMXを主導する研究所。神奈川県相模原市にあり、フォボスから持ち帰った試料を受け入れて分析するための設備も、ここに置かれている。

JAXA 宇宙科学研究所|MMX 探査機ページ(外部)
探査機の諸元とミッション目的の公式記述に加え、これまでに出された関連リリースの一覧を、時系列に沿ってまとめているページ。

三菱電機 DSPACE(外部)
探査機を開発した三菱電機の宇宙情報サイト。MMXの打上げ時期が2024年度から2026年度へ移った経緯を平易に解説する。

NASA Science|Mars Moons: Facts(外部)
NASAによる火星の衛星の基礎データ。フォボスの重力、直径、軌道高度など、本記事で用いたいくつかの数値の裏付けを確認できる。

【参考記事】

JAXAが火星衛星探査計画(MMX)の機体を報道公開、細部の工夫などをチェック!(外部)
現地に入った大塚実氏による詳報。打上げ時重量4480kg、450Nメインエンジン4基など、機体の細部を数値で押さえている。

ISAS|MMX探査機の種子島宇宙センターへの搬入完了(外部)
2026年3月末の鎌倉出発から、島間港での陸揚げを経て組立棟へ搬入されるまでの工程を、日付とともに記録した公式トピックス。

三菱電機|「火星衛星探査計画(MMX)探査機システム」の本格的な開発に着手(外部)
2020年2月の開発着手リリース。新開発の衝撃吸収機構と着陸脚構造により、フォボスへの複数回着陸に対応する旨が記されている。

NASA Science|Mars Moons: Facts(外部)
フォボスの重力を地球の1000分の1と記載するNASAの公式解説。本記事における重力比の記述は、この表記に準拠している。

火星衛星探査機MMXの打ち上げが2026年に延期との報道(外部)
2023年の延期報道を受けた解説。H3の開発状況が背景にあることと、他のロケットへの変更が現実的でない理由を整理している。

ISAS|「はやぶさ」試料容器のカプセル収納・蓋閉め運用が完了(外部)
はやぶさ初号機の弾丸発射をめぐるJAXAの公式説明。本記事における試料採取方式についての記述は、この一次情報に基づいている。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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