Last Updated on 2025-05-25 07:59 by admin
2025年5月22日(水曜日)、マカオで開催されたBEYOND Expo 2025の開幕式において、Alibaba Cloud創設者であり中国の主要研究機関Zhejiang Lab(浙江実験室)責任者でもあるJack Wang(ジャック・ワン)氏が基調講演を行った。ワン氏は、同実験室が中国の宇宙ベンチャーADA Spaceなどと連携して推進する大規模宇宙AIコンピューティング構想「星算計画」の中核となる「Three-Body Computing Constellation(三体コンピューティング・コンステレーション)」について発表した。
三体コンピューティング・コンステレーション計画
ワン氏は「Endless Computing, Endless Frontiers Exploration(無限のコンピューティング、無限のフロンティア探索)」と題した講演で、コンピューティング衛星による新たな宇宙インフラ構想を発表した。「Three-Body Computing Constellation(三体コンピューティング・コンステレーション)」と名付けられたこのプロジェクトは、以下の展開計画を持つ:
2025年内:50基以上のコンピューティング衛星を配備
2027年まで:100基の衛星ネットワークを完成
従来衛星との差別化
従来の衛星は通信、航法、リモートセンシングの3カテゴリーに分類されるが、Zhejiang Labは第4のカテゴリーとして「コンピューティング衛星」を開拓している。これは地上ではなく軌道上でのデータ処理を目的とする。
SpaceXとの差別化戦略
ワン氏は、SpaceXのStarlink型中央集権的コンステレーションとは対照的に、世界中の参加者がコンピューティング機能付き衛星を提供する分散協調型のオープンネットワークを提唱した。
深宇宙探査への応用
火星探査などの深宇宙ミッションにおいて、地球からの指令に依存せず、軌道上の「宇宙コンピュータ」による自律的な環境分析を可能にする「機械が先駆者、人間が追随者」のフレームワークを構想している。
AGI(汎用人工知能)に対する見解
ワン氏はAGIの定義論争よりも、AIの実世界での産業変革への応用に焦点を当てるべきだと主張した。
開催概要
イベント名:BEYOND Expo 2025
開催日:2025年5月22日(水)開幕
開催地:マカオ
講演者:Jack Wang氏(Alibaba Cloud創設者、Zhejiang Lab責任者)
References:
BEYOND Expo 2025: Alibaba Cloud founder Jack Wang wants to take AI to space
【編集部解説】
ワン氏が提唱する「三体コンピューティング・コンステレーション」は、単なる構想ではなく既に実行段階に入っています。12基の衛星が既に打ち上げられており、これが計画の第一歩となっています。
この構想の核心は、従来の地上でのデータ処理から軌道上での処理へのパラダイムシフトです。現在のAI開発競争がパラメータ数やGPUの蓄積で測られる中、ワン氏は全く異なるアプローチを提示しています。
これまでの衛星は地上で処理するためのデータ収集が主目的でした。しかし、この新しいアプローチでは宇宙空間を自然の冷却システムとして活用し、軌道上で直接データ処理を行います。これにより、地上への伝送帯域幅の制約や、衛星が地上局上空を通過する限られた時間窓による制約から解放されます。
ワン氏の構想で注目すべきは、SpaceXのStarlinkのような中央集権型ではなく、分散協調型のオープンネットワークを目指している点です。これは単なる技術的選択ではなく、宇宙インフラの民主化を意味しています。世界中の組織が衛星を提供し、共同でネットワークを構築するモデルは、宇宙開発における新たなパラダイムシフトを示唆しています。
火星探査において、地球からの通信には最大24分の遅延が発生します。軌道上のAIシステムが自律的に環境分析を行う「機械が先駆者、人間が追随者」のアプローチは、この物理的制約を克服する画期的な解決策となります。
一方で、宇宙空間でのAI処理には未知のリスクも存在します。宇宙放射線による計算エラー、軌道デブリによる物理的損傷、そして何より重要なのは、地上からの制御が困難になった場合の安全性確保です。
また、国際的な宇宙ガバナンスの観点から、中国主導のこのプロジェクトが既存の宇宙条約や軌道利用ルールにどのような影響を与えるかも注視が必要です。
この技術が実現すれば、リアルタイム地球観測、災害予測、気候変動モニタリングなどの分野で革命的な進歩が期待できます。特に、従来は地上に送信してから処理していた膨大な衛星データを、宇宙空間で即座に解析できるようになることで、これまで不可能だった新しいサービスが生まれる可能性があります。
ワン氏の「宇宙はコンピュータである」という哲学的な視点は、単なる技術論を超えて、人類の宇宙に対する認識そのものを変える可能性を秘めています。
【用語解説】
三体コンピューティング・コンステレーション:
劉慈欣のSF小説「三体」から名前を取った衛星群。小説では三つの太陽を持つ惑星系が描かれており、複雑で予測困難なシステムの象徴として使われている。
コンステレーション:
「星座」を意味する英語で、宇宙分野では複数の衛星が協調して動作するシステムを指す。
エッジコンピューティング:
データが発生する場所(エッジ)で処理を行う技術。従来は全てのデータをクラウドに送って処理していたが、現場で即座に処理することで遅延を削減する。
分散協調システム:
一つの巨大なコンピュータではなく、複数の小さなコンピュータが連携して一つの大きな仕事を行うシステム。
Alibaba Cloud:
中国のアリババグループが提供するクラウドサービス。2009年開始で、現在は世界28リージョンに展開し、売上高約3,650億円(2023年1-3月期)の規模を持つ。
Zhejiang Lab(浙江実験室):
2017年9月に浙江省政府、浙江大学、アリババグループが共同設立した非営利研究機関。インテリジェントコンピューティングを専門とし、1,001-5,000名の研究者を擁する。
BEYOND Expo:
マカオで毎年開催されるテクノロジー展示会。2024年実績では来場者2万人、出展社820社の規模。
【参考リンク】
Alibaba Cloud公式サイト(外部)
中国最大手のクラウドサービス提供企業の日本語公式サイト
Zhejiang Lab公式サイト(外部)
三体コンピューティング・コンステレーションを主導する浙江実験室の英語公式サイト
BEYOND Expo公式情報(外部)
ジェトロによるBEYOND Expo 2025の展示会情報ページ
【参考動画】
【編集部後記】
宇宙空間でのAI処理という発想は、私たちの想像を超えた可能性を秘めています。地上の制約から解放されたコンピューティングが実現すれば、どのような新しいサービスが生まれるでしょうか。また、中国主導のオープンな宇宙インフラに対して、日本はどのような戦略で臨むべきか、皆さんはどう思われますか。この技術が実用化された時、私たちの日常生活にどのような変化をもたらすのか、一緒に考えてみませんか。
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