アリゾナ大学の天体物理学者・宇宙生物学者ダニエル・アパイ氏が主導するNASA資金提供の「Alien Earths」プロジェクトチームが、地球外生命探索の新手法「定量的居住可能性フレームワーク」を開発し、2025年5月に発表した。
研究チームはこのフレームワークにて地球型系外惑星TRAPPIST-1eにメタン生成菌を適用し、69%の生息地適合性を確認した。
火星表面ではメタン生成菌の適合性が最大55%、木星の衛星エウロパの地下海洋では約50%という結果を得た。また、シアノバクテリア(藍藻)についてはTRAPPIST-1e環境で13%から80%の適合性範囲を示した。
この手法は従来の水の存在を基準とした居住可能性評価とは異なり、温度、大気の組成、代謝要件といった要素を検証、特定の生物種が異星環境で生存可能かを確率的に評価する手法である。これはオープンソースのPythonフレームワークとして公開されている。
地球に似た条件を持つ惑星の探索に限定せず、天文学者がバイオシグネチャーを検出した際の実用的評価ツールとしての活用が期待される。
From: Scientists Reveal a New Way to Track Aliens – Earth Might Not Be the Only Home
【編集部解説】
この研究は、NASAの宇宙生物学プログラムが10年間で1200万ドルを投じる大型プロジェクト「Alien Earths」の中核的成果です。11機関、7カ国から40名以上のPhD研究者が参加する国際的な取り組みの一環として位置づけられています。
従来手法の限界と新アプローチの革新性
これまでの系外惑星における生命探索は「ハビタブルゾーン」という概念に依存してきました。つまり、恒星からの距離が適切で液体の水が存在できる領域にある惑星を重視する手法です。しかし、この単純な基準では地球上の生命の多様性を見落としてしまいます。
アパイ氏らの「定量的居住可能性フレームワーク」は、この問題を根本的に解決しようとしています。地球上でも極限環境微生物から高等生物まで、それぞれ異なる生存条件を持つことに着目し、特定の生物種が特定の環境で生存できる確率を数値化する手法を開発しました。
技術的な画期性と実用性
この手法の最大の特徴は、二進法的な「生存可能/不可能」ではなく、確率論的なアプローチを採用している点です。生物モデル(特定生物の生存要件)と環境モデル(惑星の環境条件)をモンテカルロ法で数学的に比較し、両者の適合性を確率で表現します。
実際の検証では、TRAPPIST-1eでメタン生成菌が69%の適合性を示すなど、具体的な数値が算出されています。これにより、研究者は限られた観測リソースをより効率的に配分できるようになります。
オープンサイエンスへの貢献
特筆すべきは、このフレームワークがオープンソースのPythonライブラリとしてGitHubで公開されていることです。世界中の研究者が自由に利用・改良できるため、宇宙生物学コミュニティ全体の研究加速が期待されます。
宇宙探査戦略への影響
この技術は、今後打ち上げ予定のハビタブル・ワールズ観測所やナウティラス宇宙望遠鏡群などの次世代観測装置の運用戦略に直接的な影響を与えるでしょう。観測対象の優先順位付けが科学的根拠に基づいて行えるようになり、バイオシグネチャー検出の精度向上も期待されます。
潜在的な課題と限界
一方で、この手法にも限界があります。地球上の生物を基準とするため、全く異なる生化学的基盤を持つ生命体は検出できない可能性があります。また、モデルの精度は地球の極限環境生物に関する知識の蓄積に依存するため、継続的な研究が不可欠です。
長期的な展望
この研究は宇宙生物学の方法論を根本的に変革する可能性を秘めています。従来の「地球型惑星探し」から「生物種別適合性評価」へのパラダイムシフトにより、火星やエウロパなど太陽系内天体の再評価も進むでしょう。将来的には、人工知能と組み合わせることで、より高度な生命探索システムの構築が期待されます。
【用語解説】
定量的居住可能性フレームワーク(QHF)
特定の生物種が異星環境でどの程度生存可能かをモンテカルロ法により確率的に評価する新しい手法。従来の水の存在を基準とした居住可能性評価とは異なり、温度、大気組成、代謝要件などを総合的に考慮する。
メタン生成菌
酸素のない嫌気的環境で水素ガスと二酸化炭素からメタンを生成する古細菌。地球上の極限環境に生息し、宇宙生物学において地球外生命の候補として注目される単細胞生物である。
シアノバクテリア(藍藻)
光合成を行う原核生物で、酸素を生成する能力を持つ。地球上で最も古い生命体の一つとされ、様々な環境条件に適応できるため系外惑星での生存可能性研究の対象となっている。
バイオシグネチャー
生命活動の存在を示す化学的・物理的な痕跡や信号。系外惑星の大気中の酸素、メタン、水蒸気などの組み合わせが生命の存在を示唆する指標として用いられる。
モンテカルロ法
確率的シミュレーション手法の一種。QHFでは生物モデルと環境モデルの適合性を多数回の反復計算により統計的に評価するために使用される。
【参考リンク】
Alien Earths Project(外部)
NASA資金提供の10年間1200万ドル規模研究プロジェクト公式サイト
QHF – Quantitative Habitability Framework(外部)
オープンソースPythonライブラリの公開ページとドキュメント
アリゾナ大学月惑星研究所 – ダニエル・アパイ教授(外部)
研究主導者の公式プロフィールページと現在進行中のプロジェクト紹介
NASA Science – TRAPPIST-1 e(外部)
TRAPPIST-1eの基本的な物理的特性と発見経緯の公式データ
【参考動画】
【参考記事】
New model helps to figure out which distant planets may host life(外部)
アリゾナ大学公式発表による研究手法の技術的背景と概念説明
TRAPPIST-1e – Wikipedia(外部)
系外惑星TRAPPIST-1eの基本情報、発見経緯、物理的特性の詳細解説
メタン生成菌 – 光合成事典(外部)
メタン生成菌の生化学的特性、代謝メカニズム、分類の専門的解説
【編集部後記】
この画期的な研究手法について、どのような感想をお持ちでしょうか。従来の「地球型惑星探し」から「生物種別適合性評価」へのアプローチ転換は、私たちの宇宙観を根本的に変える可能性を秘めています。
特に注目すべきは、このフレームワークがオープンソースとして公開され、世界中の研究者が利用できる点です。火星やエウロパが再び注目される一方で、まだ見ぬ極限環境生物の発見も期待されます。
皆さんは、どの天体で最初の地球外生命が発見されると思われますか。また、この技術の民主化が宇宙生物学にもたらす変革についても、ぜひご意見をお聞かせください。