VisaとMastercard、ステーブルコインでカードの外へ|Visaの試験を支えたBVNKはMastercard傘下に

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Visaの試験運用を支えると1月に発表していた企業が、10月にはMastercardの新しい基盤の中核にいました。ステーブルコインの裏方を担うBVNKです。同じ日に出た両社の発表を並べると、カード会社が争う場所が、カードの外にあるお金の流れへ広がりつつあることが見えてきます。


2026年10月15日、MastercardはBVNKと組み、企業向けの「Mastercard Global Money Platform」の提供を始めた。BVNKは同年8月にMastercardが買収を完了したステーブルコイン基盤企業だ。銀行やフィンテック、企業は、法定通貨とステーブルコインの残高を並べて持てる多通貨口座、即時の両替、ステーブルコインと連動したカード、Mastercard Moveによる各国の銀行口座への送金を、単一のAPIで自社ブランドのまま提供できる。Visaも同日、Visa Directに組み込んだステーブルコイン機能を、試験から商用へ移すと発表した。第一弾の提供者はInyo Globalで、要件を満たす顧客は国境を越える送金に備えて預ける資金をUSDCで入れられる。

From: 文献リンクMastercard and BVNK Launch Global Money Platform to Power a Multi-Money World

From: 文献リンクVisa Direct Launches Stablecoin-Powered Money Movement as Pilots Move to Production

【編集部解説】

VisaとMastercardと聞くと、多くの人はレジで差し出すカードを思い浮かべるはずです。ところが10月15日に両社が同じ日に出した発表は、カードでの支払いに加え、その裏側にある資金管理や国際送金の仕組みに焦点を当てています。企業がお金をどこに置き、どう両替し、どう国境の外へ送るか。カード会社の競争の場が、カードの外にある「お金の流れそのもの」へ広がりつつあります。

Mastercardの新しい基盤は、その姿勢をはっきり示しています。法定通貨とステーブルコインを同じ口座に置き、1つのAPIで両替し、Mastercard Moveを通じて相手の銀行口座へ現地通貨で送金する。ステーブルコインの残高は、カードを通じて加盟店での支払いにも使えるようになるとしています。カードは、口座・両替・送金と並ぶ部品の1つという位置づけです。

Mastercardは今回の基盤を、法定通貨やステーブルコインなど複数の形のお金が共存する「マルチマネー」の時代に向けたものだと説明しています。今後は、AIエージェントが買い物を代行するエージェント型コマースや、銀行預金をトークンにしたトークン化預金にも対応する予定だとしています。お金の形を問わず、その流れを担う基盤になろうとしていると読めます。

Visaの動きは、別の入り口から同じ方向を向いています。Visa Directは、企業が個人や事業者へ国内外の送金を行うための基盤です。Visaは2025年9月に、この送金の前払い資金をステーブルコインで入れる試験運用を発表し、11月には、選定したパートナーを対象に、受取人のステーブルコインのウォレットへ払い出す試験運用も発表しました。今回は、そのうち前払いの機能が、Inyo Globalを通じて本番の運用に入りました。Visa Directの責任者は「ステーブルコインの次の章は採用だ」と語っています。

この2つの発表をつなぐ、もう1つの事実があります。今回Mastercardの基盤を支えるBVNKは、2026年1月の時点では、Visa Directのステーブルコイン決済の試験運用を支える企業として名前を連ねていました。BVNKによると、その前年の2025年5月にはVisaの投資部門Visa VenturesがBVNKに戦略的に出資しています。そのBVNKを、Mastercardが3月に最大18億ドル(条件付きの支払い3億ドルを含む)で買収することで合意し、8月3日に買収を完了しました。

つまり、法定通貨とブロックチェーンをつなぐ裏方の技術を持つ企業が、カード会社2社の境目に立っていたことになります。買収後、BVNKとVisa Directの試験運用の関係がどうなったのかは、両社の発表では示されていません。今回のVisaの本番運用の最初の提供者として名前が挙がったのは、Inyo Globalでした。

なぜ裏方の企業がそれほど重要なのでしょうか。カード会社の強みは、世界中の加盟店と金融機関を結ぶ自社のネットワークにありました。一方、ステーブルコインはブロックチェーンの上を流れ、カード会社のネットワークを通らずにも動きます。法定通貨との両替、本人確認や規制への対応、各国の銀行口座への着金といった、2つの世界の継ぎ目を担う部分を押さえることが、カード会社にとって新しい陣地になります。Mastercardは買収完了の発表で、これからの決済は各ネットワークや各種のお金がどれだけうまくつながるかで決まると述べています。

両社の進め方には違いもあります。Visaは既存のVisa Directにステーブルコインを取り込み、Inyoのようなパートナーを通じて提供を広げています。Mastercardは基盤を持つ企業ごと買収し、自社の名前を冠した製品にまとめました。両社とも外部との連携を使っていますが、今回の発表では、Visaは既存の基盤とパートナーを通じた商用化、Mastercardは買収した技術と自社の基盤の統合という違いが表れています。優劣ではなく、それぞれの出発点の違いが表れた形です。

規模を表す数字は、何を数えたものかで意味が変わります。Inyoが挙げる「180以上の国」は、同社の基盤からVisa Direct経由で送金できる国の数です。USDCでの前払いを使えるかどうかは、Visaの注記によれば、顧客の資格と地域によって決まります。Mastercard側は、ステーブルコインの残高から各国の銀行口座へ送る機能について、2027年には40以上の通貨、200以上の国・地域まで広がると見込んでいます。ただ、BVNKの製品文書は40以上の現地通貨への払い出しをすでに使える機能として載せており、2つの資料の範囲がどう対応するのかは読み取れません。料金や取引の量も今回は公表されておらず、どこまで普及するかは運用が始まってから見えてくるでしょう。

日本の側から見ると、今回の提供地域に日本の名前はまだ挙がっていません。国内では2023年6月1日施行の改正資金決済法で、法定通貨に価値が連動するステーブルコインを扱うルールが整い、USDCも2025年3月26日からSBI VCトレードで一般の利用者が売買できるようになっています。円建てのJPYCも、企業間の支払いへの活用に向けた提携が進んでいます。カード会社がお金の流れそのものを担おうとする動きは、今後の提供地域や条件次第で、日本の企業が海外と取引するときの選択肢にも関わってくる可能性があります。

カードは長く、カード会社の「顔」でした。今回の2つの発表が示したのは、その顔の奥で、お金の置き場所と通り道をめぐる新しい競争が始まっているということです。次に問われるのは、どちらの道を通るかを、企業がどんな基準で選ぶことになるのかでしょう。

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【編集部後記】

MastercardがBVNKの買収で合意したのは3月17日、完了は8月3日でした。合意の時点では「年内の完了」を見込むとしていたので、予定より早く手続きが進んだことになります。

そして完了から約2か月半後の10月15日には、BVNKの技術を組み込んだ製品が自社の名前を冠して世に出ました。法定通貨とブロックチェーンの継ぎ目を担う技術を、Mastercardがどれだけ急いで自分の陣地に取り込もうとしていたのか。その時間の短さが、この競争の速さを物語っているように見えます。


【用語解説】

ステーブルコイン
法定通貨などの資産に価値を連動させるよう設計された暗号資産。米ドルに連動するUSDCのように、準備資産で価値を支える法定通貨担保型が代表的だ。

USDC
Circleが発行する米ドル連動のステーブルコイン。準備資産に支えられ、条件を満たす利用者はCircleから償還を受けられる。

Visa Direct
Visaのリアルタイム送金基盤。企業や金融機関が、カード・銀行口座・ウォレットなどへ国内外の払い出しを行うために使う。

前払い資金(プリファンディング)
送金の実行に備えて、送金網や提携先の口座へあらかじめ置いておく資金。残高を寝かせる資金コストが生じる。

Mastercard Move
Mastercardの送金サービス群。銀行口座・カード・ウォレット・現金受け取りなどへの国際送金を担う。

API
ソフトウェア同士が機能やデータをやり取りするための接続口。送金や両替の機能を、自社のサービスに組み込む際に使う。

マルチマネー
法定通貨、ステーブルコイン、トークン化預金など、複数の形のお金が共存する状態を指してMastercardが使う言葉。

エージェント型コマース
AIエージェントが利用者に代わって商品を探し、購入や支払いまで行う取引の形。

トークン化預金
銀行預金をブロックチェーン上のトークンとして表したもの。発行するのは銀行で、預金としての性質を保つ。

Visa Ventures
Visaの投資部門。決済やフィンテックの分野の企業に出資している。

改正資金決済法
2023年6月1日に施行された改正法。法定通貨で額面償還されるなどの要件を満たすステーブルコインを「電子決済手段」と位置づけ、その売買や管理などを行う事業のルールを定めた。

【参考リンク】

Mastercard Global Money Platform(BVNK)(外部)
BVNKの製品文書にあるMastercard Global Money Platformの解説。口座、両替、カード、送金の機能が並ぶ。

Visa Direct(Visa)(外部)
Visaのリアルタイム送金基盤の紹介ページ。企業や金融機関が、カードや口座などへ国内外の払い出しを行う仕組みを説明している。

Inyo Global(外部)
Visa Directのプロセッサーで、USDCによる前払いを最初に商用提供する決済基盤の公式サイト。送金事業者やフィンテックが顧客だ。

BVNK(外部)
Mastercard傘下のステーブルコイン決済基盤の公式サイト。Global Money Platformで保管・両替・送金をまとめる。

Mastercard Move(Mastercard)(外部)
Mastercardの送金サービス群の公式ページ。約170億のエンドポイントと200以上の国・地域への到達を掲げる(2025年10月時点)。

USDC(Circle)(外部)
Circleが発行する米ドル連動ステーブルコインUSDCの公式ページ。準備資産の情報や、発行と償還の仕組みについて説明している。

【参考記事】

BVNK powers stablecoin payments for Visa Direct(外部)
2026年1月14日のBVNK発表。Visa Directの試験運用で、ステーブルコインでの資金の用意と受け取りを支えると説明した。

Visa invests in BVNK: Accelerating our vision for stablecoin payments infrastructure(外部)
2025年5月のBVNK発表。Visaの投資部門Visa Venturesから戦略的な出資を受け、決済の基盤づくりを進めるとした。

Mastercard to acquire BVNK to connect on-chain payments and fiat rails(外部)
2026年3月17日のMastercard発表。条件付きの3億ドルを含む最大18億ドルで、BVNKを買収することで合意した。

Mastercard completes acquisition of BVNK to advance global stablecoin capabilities(外部)
2026年8月3日のMastercard発表。BVNKの買収を完了し、法定通貨とオンチェーンの決済をつなぐ基盤を取り込んだと説明している。

Visa Direct Stablecoin Payouts Pilot Speeds Up Access to Funds for Creators and Gig Workers(外部)
2025年11月12日のVisa発表。企業が法定通貨で用意した資金を、受取人のステーブルコインのウォレットへ払い出す試験運用を始めた。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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