Last Updated on 2025-06-20 17:39 by admin
2025年6月、Dark Readingにアリエル・ワルドマン(Arielle Waldman)によるサイバーセキュリティ専門家のバーンアウトに関する記事が掲載された。
近年において、サイバーセキュリティの専門家は多くのことを求められているにもかかわらず、仕事の満足度やキャリアの見通しはそのストレスに見合っていない。これは特に医療のような重要な分野では、文字通り人命が危険にさらされる事態になりかねないと言える。
IANS Researchの教員でFortified Health Securityの独立取締役であるポール・コネリー(Paul Connelly)は、医療分野では命に関わる状況があると指摘している。Sophosアドバイザリーサービスのグローバルヘッドであるジェイク・ドーバル(Jake Dorval)は、インシデント対応者が常に警戒状態にあることで精神的健康に悪影響が出ると述べた。
SophosのフィールドCTOであるアーロン・ブーガル(Aaron Bugal)は、役割と興味の不一致がストレスを引き起こし侵害につながると説明している。IANSのシニアリサーチディレクターであるニック・カコロウスキー(Nick Kakolowski)は、CISO直属の機能部門責任者の満足度が最も低いと警告した。
Sophosが発表した「The Future of Cybersecurity in Asia Pacific and Japan」レポートでは、アジア太平洋地域の事業決定者を対象にバーンアウトに関する調査を実施した。
From:The Triple Threat of Burnout: Overworked, Unsatisfied, Trapped
【編集部解説】
今回のDark Readingの記事は、サイバーセキュリティ業界が直面する深刻な構造的問題を浮き彫りにしています。
バーンアウトの実態と新しい定義
従来「アラート疲れ」といえばSIEMやSOCからの技術的アラートを指していましたが、現在では内部コミュニケーション(メール、Slack、Teams、Jira等)による情報過多が主要なストレス要因として浮上しています。これは現代のハイブリッドワーク環境が生み出した新たな課題といえるでしょう。
医療分野における特殊性
記事で言及された医療分野のサイバーセキュリティは、他の業界とは根本的に異なる重要性を持ちます。患者の生命に直結するシステムを守る責任は、金融や製造業とは比較にならない心理的負担を生み出します。実際に、フィンランドの心理療法プロバイダーVastaamoの事例では、サイバー攻撃により患者の極めてプライベートな情報が流出し、犯罪者が直接被害者を脅迫するという前例のない事態が発生しました。
キャリア停滞という新たな課題
従来のバーンアウトは過労が主因でしたが、現在は「キャリアの行き詰まり」が主要因となっています。特にCISO直下の機能部門責任者は、CISO市場の停滞により昇進機会が限られ、最も満足度の低い層となっています。これは業界の成熟化に伴う構造的問題といえます。
新世代の人材ミスマッチ
業界への新規参入者に関しては、スキルと配属のミスマッチが深刻化しています。「人手不足だから座席を埋めればよい」という短絡的な採用により、検知エンジニアとして配属された新人が「一日中ログを見るためにこの業界に入ったわけではない」と感じる事例が増加しています。
規制環境の複雑化
2025年現在、CISOは技術的脅威に加えてEU GDPR、NIS2、DORAなどの規制要求への対応も求められています。これらの規制は必要なものですが、既に過負荷状態の専門家にさらなる負担を課している現実があります。
長期的な業界への影響
このバーンアウト問題は、サイバーセキュリティ業界の持続可能性を根本から脅かしています。経験豊富な専門家の離職は組織の知識ベースを損ない、結果として侵害リスクが高まるという悪循環を生み出します。
解決に向けた新しいアプローチ
注目すべきは、アジア太平洋地域でメンタルヘルスに関する議論が正常化されつつあることです。従来タブー視されていた日本、シンガポール、マレーシアでも、この問題への認識が高まっています。これは業界全体の文化的変化の兆候といえるでしょう。
継続的な専門能力開発が、逆説的にバーンアウト防止に効果的であることも判明しています。技術的スキルの向上により、専門家は自信を持って業務に取り組め、結果として精神的負担が軽減される傾向があります。
【用語解説】
バーンアウト(Burnout)
職場での慢性的なストレスが原因で生じる身体的・精神的な疲労状態。サイバーセキュリティ業界では特に深刻な問題となっている。
インシデント対応者(IR: Incident Responder)
サイバーセキュリティ事故が発生した際に、迅速な対応と復旧作業を行う専門職。24時間体制での監視が求められることが多い。
ランサムウェア
コンピューターシステムを暗号化し、復旧と引き換えに身代金を要求するマルウェア。医療機関などの重要インフラを狙うケースが増加している。
SOC(Security Operations Center)
組織のサイバーセキュリティを24時間体制で監視・分析・対応する拠点。セキュリティアナリストが常駐し、脅威の検知と対応を行う。
GDPR(General Data Protection Regulation)
EU一般データ保護規則。個人データの処理と保護に関する厳格な規制で、違反時には高額な制裁金が科される。
【参考リンク】
IANS Research(外部)
CISOとセキュリティチームに実践的なアドバイスを提供する研究機関
Fortified Health Security(外部)
医療分野専門のサイバーセキュリティ企業、統合的なセキュリティサービスを提供
Sophos(外部)
AI技術を活用したサイバーセキュリティソリューションを提供する世界的企業
【参考動画】
IANS Research – Infosec Trends you should be watching in 2025
IANS Researchの専門家が2025年のサイバーセキュリティトレンドについて解説。AI活用やSOCの進化について議論している。
This Week Health – Interview with Fortified Health Security CEO
Fortified Health SecurityのCEOが医療分野のサイバーセキュリティ課題とCentral Commandプラットフォームについて説明している。
【参考記事】
2024 CISO Burnout Report: Challenges and Solutions(外部)
15カ国のCISOを対象とした調査で、80%以上がストレスを感じている実態を報告
CISO Burnout Is Increasing — Here’s How to Help Them(外部)
Gartnerの2023年調査で62%のセキュリティリーダーがバーンアウトを経験
Cybersecurity burnout hits APAC firms(外部)
アジア太平洋6市場の90%のサイバーセキュリティ・IT従業員がバーンアウトの悪影響を経験
Proofpoint’s 2024 Voice of the CISO Report(外部)
2024年に53%のCISOがバーンアウトを認め、66%が過度な期待に直面
APJ cybersecurity and IT professionals, fatigued, burnt-out(外部)
Sophosの第4回「The Future of Cybersecurity in Asia Pacific and Japan」レポート
【編集部後記】
皆さんの職場でも、同僚が「最近疲れているな」と感じることはありませんか?特にIT部門やセキュリティチームの方々を見ていて、何か手助けできることがあるのではないかと思うことがあります。今回の記事を読んで、もしかすると「うちの会社も似たような状況かも」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。サイバーセキュリティの現場で働く方々の声を聞く機会があれば、ぜひ耳を傾けてみてください。また、経営層の方であれば、セキュリティチームのメンタルヘルスについて一度話し合ってみるのはいかがでしょうか。私たちも引き続き、この分野の動向を追いかけていきたいと思います。皆さんはどのような対策が効果的だと思われますか?
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