ーTech for Human Evolutionー

バイオフォトンで脳活動を捉える新技術|「光脳波検査法」実用化へ

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カナダのアルゴマ大学の生物学者ヘイリー・ケーシーらの研究チームは、人間の脳が放出する超微弱光子放射(UPE)を頭蓋骨の外側から初めて測定することに成功した。

2025年6月18日に発表されたこの研究では、20人の被験者を暗室に配置し、脳波検査(EEG)キャップと光電子増倍管を使用して実験を行った。

被験者が開眼安静時、閉眼安静時、音楽聴取時の各状態で光子数を測定した結果、脳由来のUPE信号がバックグラウンド光子から区別でき、脳活動レベルに応じてUPE出力が変化することを確認した。研究チームはこの技術を「光脳波記録法(Photoencephalography)」と命名し、将来的に脳の健康状態を非侵襲的に監視する新手法として活用できる可能性を示した。

人間のバイオフォトン放射に関する研究は1970年代のフリッツ・アルベルト・ポップ博士まで遡るが、頭蓋外からの測定で安静時や音楽聴取時といった異なる認知状態とUPEの強度に明確な相関を示したことこそ、今回の研究の画期的な成果と言えるだろう。

From:文献リンクYour Brain Emits a Secret Light That Scientists Are Trying to Read

【編集部解説】

超微弱光子放射(UPE)技術の科学的背景

今回の研究で注目すべきは、人間の脳が放出する「バイオフォトン」と呼ばれる極めて微弱な光を、頭蓋骨の外側から初めて測定できた点です。この現象自体は1970年代にドイツの物理学者フリッツ・アルベルト・ポップ博士によって提唱されていましたが、脳活動との相関関係を実証したのは今回が世界初となります。

バイオフォトンは、細胞の代謝過程で活性酸素種を無害化する際に、分子内の電子がエネルギーの高い状態から低い状態へ戻る時に放出される自然現象で、熱放射とは全く異なるメカニズムです。特に脳は他の臓器と比較して全エネルギー消費量の約20%を占める「大食漢」であるため、より活発なバイオフォトン放射が期待されていました。

光脳波記録法(Photoencephalography)の革新性

研究チームが提唱する「光脳波記録法」は、従来の脳波検査(EEG)とは根本的に異なるアプローチを採用しています。EEGが電気的活動を測定するのに対し、この新技術は脳の代謝活動に直結する光子放射を捉えることで、より直接的な脳機能の評価が可能になる可能性があります。

実験では20人の被験者を暗室に配置し、超高感度の光電子増倍管を左後頭部と右側頭部に設置して測定を行いました。興味深いことに、開眼時と閉眼時で光子数に明確な違いが見られ、さらにアルファ波と光子放出の間に相関関係が確認されており、これは脳の異なる機能状態を光学的に識別できることを示唆しています。

医療診断への応用可能性と技術的課題

この技術の最も有望な応用分野は、非侵襲的な脳疾患診断です。脳腫瘍やてんかんの病巣は異常な代謝活動を示すため、光脳波記録法はこうした病変を簡便に検出・モニタリングするツールになる可能性があります。また、アルツハイマー病などの神経変性疾患に見られる代謝低下を早期に捉える手がかりにもなりうるでしょう。

しかし、技術的な課題も残されています。現在の検出システムでは信号が極めて微弱であり、ノイズから信号を分離するのに高度な技術と理想的な環境が必要です。また、頭のどの深い場所から光が来ているのかを正確に特定する空間分解能の向上も今後の大きな課題となっています。

意識研究と量子生物学への影響

この研究は、意識の物理的基盤に関する議論にも新たな視点を提供します。幸福、悲しみ、集中といった主観的な「意識」や「感情」が、脳のどのような物理的・化学的状態と対応しているのかという神経科学における究極の問いに対し、光脳波記録法は意識の謎を解き明かす鍵となるかもしれません。

特に注目されるのは、心理状態によって放出される光のスペクトルやパターンが変化する可能性です。これらの発見は、意識状態の客観的測定や、私たちの内面的体験を物理現象として理解することにつながる可能性があります。

規制と倫理的考慮事項

光脳波記録法が実用化される際には、新たな規制枠組みの構築が必要になるでしょう。脳活動の光学的読み取りは、従来の脳波測定よりも詳細な情報を提供する可能性があり、プライバシー保護や医療データの取り扱いに関する新しいガイドラインが求められます。

また、個人の「光の指紋」の存在可能性も示唆されており、バイオメトリクス認証への応用と同時に、個人識別情報の保護という課題も浮上しています。

長期的な技術発展の展望

この技術は将来的に、脳-コンピュータインターフェース(BCI)の新たな形態として発展する可能性があります。従来の電極を用いたBCIと比較して、光学的手法は非侵襲性と高い時空間分解能を両立できる利点があります。

EEGのような高い時間分解能を持ちながら、fMRIが間接的に見る血流とは異なり、神経活動に不可欠な「酸化代謝」という化学的プロセスをより直接的に反映する可能性があるのです。これにより「いつ(時間)」と「何を(代謝活動)」を高次元で両立する、全く新しい脳の窓口となりうるでしょう。

技術普及に向けた課題

現在の検出技術は高度な暗室環境と専門的な機器を必要とするため、臨床応用には機器の小型化と感度向上が不可欠です。しかし、より高感度な光センサーの開発とAIを用いた高度なデータ解析技術の進歩は、これらの問題を解決する強力な追い風となるでしょう。

注目すべきは、この技術が「Tech for Human Evolution」の理念を体現している点です。人間の意識や認知機能という最も根本的な領域に光学技術でアプローチすることで、私たちの脳機能に対する理解を根本的に変革する可能性を秘めているのです。

【用語解説】

超微弱光子放射(UPE:Ultraweak Photon Emission)
細胞の代謝過程で活性酸素種を無害化する際に、分子内の電子がエネルギーの高い状態から低い状態へ戻る時に放出される極めて微弱な光子放射現象である。熱放射とは異なり、可視光に近い波長から可視光の波長帯で放射される。

バイオフォトン(Biophoton)
生物システムから放出される低エネルギー光子の総称である。1970年代にドイツの物理学者フリッツ・アルベルト・ポップ博士によって提唱され、生物発光とは区別される。

光脳波記録法(Photoencephalography)
脳から放出される超微弱光子放射を測定することで脳機能状態を評価する新しい非侵襲的診断技術である。従来のEEGやfMRIとは異なるアプローチを採用している。

光電子増倍管(PMT:Photomultiplier Tube)
極めて微弱な光でも検出できる高感度な真空管デバイスである。光子1個という究極の光量さえも検出でき、今回の研究では脳からのUPE測定に使用された。

脳波検査(EEG:Electroencephalography)
頭皮上に電極を配置して脳の電気的活動を測定する検査法である。ミリ秒単位の高い時間分解能を持つが、空間分解能は低い。

フリッツ・アルベルト・ポップ(Fritz-Albert Popp)
ドイツの物理学者で、1970年代にバイオフォトン現象を提唱した研究者である。生体光子放射研究の先駆者として知られる。

【参考リンク】

Algoma University(外部)
カナダ・オンタリオ州の公立大学。1965年設立で約5,000名の学生が在籍している。

Current Biology(外部)
Cell Press発行の査読付き学術誌。今回の光脳波記録法研究論文が掲載された。

【参考動画】

Algoma University公式チャンネルによる大学紹介動画。同大学の教育理念、キャンパス環境、特別使命について説明している。

バイオフォトン現象について詳細に解説した教育動画。光電子増倍管による検出技術や、熱放射との違いについて専門的に説明している。

PBS Science Nation制作の医学分野におけるバイオフォトニクス技術の応用可能性を紹介した動画。ボストン大学の研究センターでの取り組みを取材している。

【参考記事】

脳が放つ”秘密の光”の検出に初成功:思考を読み解く新技術への扉が開かれた(外部)
今回の研究成果を日本語で詳細に解説。実験方法、結果の意義、将来の応用可能性について分析。

Exploring ultraweak photon emissions as optical markers of brain activity(外部)
今回の研究の詳細な学術論文。光脳波検査法の概念実証実験の方法論、結果、将来の応用可能性を記述。

Ultra weak photon emission—a brief review(外部)
超微弱光子放射現象の歴史、メカニズム、検出技術、医学応用について詳細にレビューした学術論文。

【編集部後記】

私たちの脳が実際に光を放っているという事実を知った時、皆さんはどのように感じられたでしょうか。もしかすると、これまで「意識」や「思考」といった抽象的な概念だと思っていたものが、実は測定可能な物理現象として存在しているのかもしれません。

この光脳波記録法が実用化された未来を想像してみてください。病院での検査が今よりもずっと簡単になり、認知症の早期発見や脳の健康状態を日常的にチェックできるようになるかもしれません。一方で、私たちの思考が「読み取られる」可能性についても考えさせられます。皆さんは、このような技術の進歩をどのように受け止められますか?期待と不安、どちらの気持ちが強いでしょうか?ぜひSNSで教えてください。

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TaTsu
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