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Google×チリ政府、太平洋横断14,800km海底ケーブル|南米が太平洋の新たなデジタルハブへ

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Googleは2025年6月4日(現地時間、日本時間6月5日)、チリとの間で南米とアジア・オセアニアを結ぶ海底光ファイバーケーブルの建設協定に署名した。

この南太平洋初の海底ケーブル『フンボルト・ケーブル』は、チリをアジア太平洋地域のデータゲートウェイとして確立する歴史的なプロジェクトである。

『フンボルト・ケーブル』は全長14,800キロメートルの海底データケーブルで、チリの港湾都市バルパライソとオーストラリアのシドニーをフランス領ポリネシア経由で結ぶ。2027年の運用開始を予定している。このプロジェクトは2016年に初めて提案され、実現可能性調査を経て約10年越しで実現に向けて動き出した。

チリのファン・カルロス・ムニョス運輸大臣は「これは南太平洋初の海底ケーブルであり、重要な取り組みだ」と述べた。ラテンアメリカにおけるGoogleの最大級のデータセンターを有するチリは、現在は海底ケーブルを通じて米国や地域の他の国々と接続されており、他の大陸への接続は長いルートを経由している状況である。

Googleの親会社Alphabetのラテンアメリカ通信インフラ担当ディレクター、クリスティアン・ラモス氏は「このケーブル建設の考えは、Googleだけでなく、チリで事業を行うテクノロジー企業など他のユーザーも利用できるようにすることだ」と説明した。

プロジェクトの総投資額についてGoogleは明らかにしていないが、現地パートナーである国営インフラ会社Desarrollo Paísのゼネラルマネージャー、パトリシオ・レイ氏は3億ドルから5億5000万ドルと見積もっている。このうちチリが2500万ドルを拠出する。

このケーブルはチリをアジア太平洋地域のデータゲートウェイとして確立し、特に最大の貿易パートナーである中国をはじめとするアジア諸国との関係強化を図る。また、クラウドコンピューティングサービスへの依存度増加により海底ケーブルの需要が急増している中での実現となる。

今後の段階では海底ケーブルの設置、通信事業者の選定・契約、チリでの陸揚げ局の建設が予定されている。一方で、中国とトランプ政権の間で激化する対立の中でチリが板挟みの状況に置かれる中、この取り組みが緊張を高める可能性も指摘されている。海底ケーブルは長い間、地政学的紛争の火種となってきた経緯がある。

from:文献リンクGoogle partners with Chile to deploy a trans-Pacific submarine cable | ABC News

【編集部解説】

このプロジェクトは、単なる海底ケーブルの建設以上の戦略的意味を持っています。チリは現在、南米におけるデジタル接続性のリーダーとしての地位を確立しており 、このケーブルにより一気にアジア太平洋地域への重要な玄関口として変貌を遂げようとしています。Googleがラテンアメリカで最大級のデータセンターをチリに設置していることも、このプロジェクトの実現を後押しする重要な要因となっています。

ただなぜ10年もの長い期間が実現に必要だったのか、当初チリ政府は中国のHuawei Marine(現HMN Tech)による中国とチリを直接結ぶケーブル建設を検討していましたが、中国とラテンアメリカ間のトラフィック量では商業的な実現性に欠けるとして、中国の主要通信事業者からの支持を得られませんでした。2020年に日本のNECによる代替案が採択され、これが現在のオーストラリア・ニュージーランド経由のルートになったのです。つまり、技術的な実現可能性よりも、地政学的な配慮と商業的な実現性の検討に時間を要したことが主因となります。

海底ケーブルの耐久性について、多くの方が心配されるのは当然でしょう。14,800キロメートルという膨大な距離を海底で維持することは、確かに技術的な挑戦です。現代の海底ケーブルは最低25年間の設計寿命を持ち、深海では庭のホース程度の太さで、ガラス繊維を複数の保護層で覆った構造になっています。浅海部分では船のアンカーや漁業活動からの保護のため、海底に埋設されますが、深海部分では海底に直接敷設されるのです。深海での平均深度は3,600メートル、最深部では11,000メートルにも達しますが、これらの深度では外部からの物理的な脅威はほとんど存在しません。

興味深いことに、国際海底ケーブル保護委員会のデータによると、2008年から2014年の間、サメによるケーブル損傷はゼロ件で、大部分の損傷は漁業活動や船舶のアンカリングなど人間の活動によるものでした。深海での自然災害や海洋生物による影響は想像ほど大きくないのが実情です。

このインフラが整うことで、具体的にどのような効果が期待できるのでしょうか。現在チリは主に米国経由で他大陸と接続されており、アジアへのデータ通信には迂回ルートを使用しています。直接接続により、遅延(レイテンシ)が大幅に改善され、リアルタイムアプリケーションの性能向上が期待されます。鉱業会社など、チリとオーストラリアの両方で事業を展開する企業にとって、直接ルートは業務効率化や連携強化の新たな可能性を開くでしょう。

さらに、チリのデジタル戦略における位置づけも重要です。遠隔医療のようなリアルタイムアプリケーションの性能向上や、その他様々なデジタルサービスの利用体験の改善が期待されます。これまで米国経由の長いルートに依存していたチリにとって、アジア太平洋地域への直接接続は経済活動の新たな可能性を開くものです。

特に注目すべきは、この事業が単なる通信インフラの改善を超えた戦略的意味を持つ点です。この取り組みは米中間の技術的競争が激化する中で行われており、海底ケーブルは両国の技術的覇権争いにおける重要な戦場となっています。チリは中国を最大の貿易パートナーとする一方で、米国系企業であるGoogleとの協力を選択することで、バランス外交を展開していると言えるでしょう。

このプロジェクトの背景には、クラウドコンピューティングサービスへの依存度増加により、海底ケーブルの需要が急激に高まっているという市場環境があります。AIや機械学習の発展により、データセンター間の高速で大容量の通信が不可欠となっており、従来の迂回ルートでは遅延やコスト面での限界が顕在化しているのです。

一方で、地政学的なリスクも存在します。海底光ファイバーケーブルは世界のデジタル情報の95%以上を運んでおり、中国の影響力拡大はスパイ活動、妨害工作、検閲のリスクを高めると専門家は警鐘を鳴らしています。このため、信頼できる主体による管理が重要な課題となっています。

Google、Meta、Microsoft、Amazonといったコンテンツプロバイダーが海底ケーブルへの投資を拡大している現在の市場動向を考えると、このタイミングでの投資判断は戦略的に適切と言えるでしょう。このケーブルは、南半球における初の太平洋横断直接接続として、グローバルなデジタルインフラの新たな標準を確立する可能性を秘めています。

【用語解説】

海底光ファイバーケーブル
海底に敷設される光ファイバー通信ケーブル。レーザー光により大容量のデジタルデータを高速伝送する。現在、世界のインターネット通信の95%以上が海底ケーブル経由で行われている。

フンボルト・ケーブル
チリのバルパライソとオーストラリアのシドニーを結ぶ、全長14,800キロメートルの海底ケーブルプロジェクト。南太平洋初の海底ケーブルとして2027年運用開始予定。

レイテンシ(遅延)
データが送信されてから受信されるまでの時間的な遅れ。リアルタイムアプリケーションやオンラインゲーム、金融取引などでは低レイテンシが重要。

データゲートウェイ
複数のネットワーク間でデータの中継や変換を行う拠点。チリがアジア太平洋地域のデータゲートウェイとなることで、南米全体のアジア向け通信の中心地となる。

陸揚げ局
海底ケーブルが陸地に接続される施設。ケーブルからの信号を陸上の通信網に接続する重要なインフラ。

【参考リンク】

Google(外部)
世界最大の検索エンジンを運営する米国のテクノロジー企業。親会社はAlphabet。海底ケーブル投資を積極的に行い、世界的なデジタルインフラの構築を進めている。

Alphabet Inc.(外部)
Googleの親会社として2015年に設立。検索、クラウド、AI、自動運転など幅広い技術分野で事業を展開する持株会社。

チリ共和国政府(外部)
南米チリの公式政府サイト。デジタル戦略や通信インフラ政策に関する情報を提供している。

SubmarineNetworks.com(外部)
世界の海底ケーブルに関する専門情報サイト。ケーブルプロジェクトの詳細や業界動向を提供する業界の権威的情報源。

TeleGeography(外部)
世界の通信インフラに関する調査・分析を行う専門企業。海底ケーブルマップの提供や市場分析レポートで知られる。

【参考記事】

Chilean Government Partners with Google to Build Humboldt Subsea Cable | Submarine Networks (2024年記事)
フンボルト・ケーブルの技術仕様(144テラバイト容量、25年運用期間)や総工事費の詳細、プロジェクトの地政学的背景について専門的な分析を提供。

Google signs deal with Chile for Pacific submarine cable to Asia | bne IntelliNews
チリとアジア市場、特に中国との関係強化の戦略的意図と、米中技術競争の文脈でのプロジェクトの位置づけについて詳細に解説。

The China Threat to Submarine Cable Networks | Diálogo Américas
中国による海底ケーブル支配のリスクと、ラテンアメリカ地域における地政学的な影響について、安全保障の観点から分析した記事。

Submarine Cable FAQs | TeleGeography
海底ケーブルの技術的仕様、耐久性、設置方法、メンテナンスについて専門的な解説を提供する業界標準の情報源。

Is the Lifespan of a Submarine Cable Really 25 Years? | TeleGeography
海底ケーブルの設計寿命と実際の運用期間の違いについて、業界データを基に詳細に分析した専門記事。

10 Deep Facts About the Internet’s Undersea Cables | Mental Floss
海底ケーブルの構造、設置方法、深海での物理的脅威について、一般読者向けに分かりやすく解説した記事。

Diving Deep into Submarine Cables | Kentik Blog
海底ケーブルの技術仕様、経済モデル、主要製造業者について包括的に解説した業界分析記事。

Submarine communications cable | Wikipedia
海底ケーブルの歴史、技術、環境への影響について網羅的に解説した百科事典記事。

【編集部後記】

海底ケーブルという普段は見えないインフラが、実は私たちの日常生活を支えていることに驚かれた方もいるのではないでしょうか。今回のチリとGoogleの取り組みのように、デジタルインフラの地政学的な意味合いも興味深いポイントですね。皆さんがお使いのスマートフォンで動画を見たり、オンライン会議をしたりする際、そのデータがどんな経路を辿っているか考えたことはありますか?また、このような巨大インフラプロジェクトが日本の未来にどんな影響をもたらすと思われますか?

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まお
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