スマートAIグラス「NASGlass」で外国人介護人材を来日前から育成|BSCodeが富山短期大学と共同研究開始

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57万人。2040年に日本の介護現場が直面するとされる職員不足の規模です。この数字が示すのは、単なる労働力の欠如ではありません。超高齢社会を支えるインフラそのものが、崩れはじめるかもしれないという現実です。

外国人介護人材の受け入れは、その処方箋として期待されています。しかし、来日後に現場でゼロから教えるという従来のモデルには、限界があります。言語の壁、教育コスト、そして何より時間——それらが、受け入れ側にも人材側にも重くのしかかっています。

テクノロジーはその構造を変えられるのでしょうか。


2026年5月26日、スマートAIグラス「NASGlass」および介護看護記録システム「NASRECO」を開発するBSCode株式会社(東京都港区)が、富山短期大学 健康福祉学科の小平達夫教授との共同研究を開始したと発表した。

研究の対象は、日本入国前の外国人介護学生および介護従事予定者。NASGlassとNASRECOを活用し、従来は来日後の現場OJTで実施されてきた介護教育を入国前から体験・習得させる教育モデルの構築と実証を目的とする。

NASGlassは多言語対応のハンズフリー介護記録ソリューションで、リアルタイム翻訳、音声認識、AIアシスタント機能などを搭載する(同社発表)。NASRECOも同様に多言語音声入力に対応した介護看護記録システムだ(同社発表)。

厚生労働省の推計では、2040年に介護職員が約57万人不足するとされており、外国人人材の即戦力化を阻む「言語の壁」と「教育コスト」の解消が業界の急務となっている。BSCodeは今後、海外学術機関との共同発表も視野に、国際的なエビデンスの蓄積を進めるとしている。

From: 文献リンク2040年、介護職員57万人不足へ。BSCode×富山短期大学小平教授、入国前の外国人介護人材をスマートグラス「NASGlass」で育成する共同研究を開始

【編集部解説】

近年、介護分野では外国人スタッフの受け入れが進み、その人数も増加傾向にあります。出入国在留管理庁のデータによると、2024年12月末時点で介護分野の特定技能在留者は44,000人超に達しており、EPA(経済連携協定)・技能実習・在留資格「介護」を合算すれば、すでに介護分野で働く外国人は相当な規模に及びます。しかし「受け入れが進んでいる」ことと「現場が機能している」ことは、別の話です。

外国人介護スタッフが来日した後、施設が最初に直面するのは言語の壁です。介護記録は日本語で書く必要があり、利用者との会話は日本語で行われ、申し送りも日本語です。いくら介護技術があっても、コミュニケーションの基盤が整わなければ現場に立つことができません。施設側は研修担当者を確保し、時間をかけて言語と業務を同時に教える必要があります。このコストと期間が、外国人スタッフの受け入れを二の足を踏ませる大きな要因になっています。

BSCodeが今回の共同研究で提案するのは、この構造を根本から変えるアプローチです。「来日後に教える」ではなく、「来日前から教えておく」。そしてその核心にあるのが、AIによる言語の壁の解消です。

従来、外国人が日本の介護現場に立つためには、日本語を「習得する」ことが前提とされてきました。日本語能力試験、専門用語の暗記、会話練習——どれも、人間が言語を身につけることで壁を乗り越えようとするアプローチです。しかしこのアプローチには根本的な限界があります。言語習得には時間がかかり、習熟度に個人差があり、緊張や疲労で咄嗟の言葉が出なくなる。現場のリアルはそれほど単純ではありません。

NASGlassとNASRECOが示す方向性は、発想が逆です。「人間が言語を覚える」のではなく、「AIがリアルタイムで言語を変換する」。外国人スタッフが母語で話した言葉は、そのままシステムが介護記録の日本語に変換します。日本人スタッフの指示は、スマートグラスを通じて即座に相手の母語で届きます。言語の壁を「乗り越える」のではなく、「存在させない」という設計思想です。

これは単なる利便性の話ではありません。言語の壁が取り払われることで、外国人スタッフは「日本語を使うこと」にエネルギーを割く必要がなくなり、「介護そのもの」に集中できるようになります。利用者にとっても、安心して業務に向き合えるスタッフのほうが、ケアの質という意味で望ましいはずです。

実際の活用場面を具体的に想像してみましょう。NASGlassを装着した外国人介護学生が、自国の介護学校で日本式の介護実習を行うとします。スマートグラスのリアルタイム翻訳機能が、日本語の指示をその場で母語に変換します。記録の入力は音声で行い、システムが自動で介護記録に変換します。来日前から、日本の介護施設の業務フローを「体で覚える」ことができます。

日本式介護のプロトコル——記録の形式、申し送りの流れ、利用者への接し方——をテクノロジーを介して事前に内面化しておくことで、来日後の立ち上がり期間を大幅に短縮できる可能性があります。

VR・XRを活用した研修分野では、場所や時間の制約を超えた反復練習とOJTコスト削減に効果があることが先行事例で確認されています。NASGlassはウェアラブルというかたちで、この「教育の越境」をさらに一歩押し進めようとしています。介護という、身体と感情が深く絡み合う現場での実効性は、これから研究が積み上げる答えを待つことになります。

今回のポイントとして見落としたくないのが、富山短期大学との「共同研究」という形式を選んだことです。プレスリリースレベルの事例紹介ではなく、学術的な実証を積み上げていく姿勢は、この取り組みの信頼性と再現性を担保する上で重要です。介護現場へのテクノロジー導入は、効果の可視化が難しい領域です。

「なんとなくうまくいった」ではなく、「どのプログラムで、どの程度の効果が測定された」という形でエビデンスを蓄積することで、他施設・他国への展開可能性が生まれます。BSCodeが言及している「海外学術機関との共同発表」という方向性も、単なる販路拡大ではなく、日本式介護の知見を国際的な文脈で評価・活用してもらおうという構想として読み取れます。

人口動態の課題は日本だけのものではありません。韓国、シンガポール、ヨーロッパ各国も、同じ高齢化と介護人材不足の未来に向かっています。日本で構築された「入国前教育モデル」が、国際的なスタンダードになる可能性を、この研究は秘めています。

一方で、いくつかの問いも残ります。スマートグラスを介した疑似体験と、実際の人間と向き合う介護の現場との間には、どうしても埋められないギャップがあります。特に認知症ケアや看取りといった、感情的な関わりが深い場面は、テクノロジーだけでは再現しきれない部分が多いはずです。「入国前教育」が有効に機能する領域と、そうでない領域の線引きを、研究の中でどう設計するかが問われます。また、現時点では共同研究の「開始」が発表された段階であり、具体的な研究設計や中間結果の公表には時間がかかるでしょう。

57万人という不足数を前に、すぐに「解決した」と言えるものは何もない。しかし、言語の壁をAIで取り払い、来日前から現場を学べる環境をつくる——その発想の転換が、学術と産業の接点で動き出したことは記録しておく価値があります。

【用語解説】

特定技能
2019年4月に施行された在留資格制度。深刻な人手不足がある産業分野で、一定の技能・日本語能力を持つ外国人の就労を認める。介護分野では施設系サービスに加え、2025年4月21日からは訪問介護への従事も解禁された。最長5年の在留期間を持ち、介護福祉士取得で在留資格「介護」への変更も可能。

OJT(On-the-Job Training)
職場内で実際の業務を通じて行う実地訓練。介護現場では、来日後の外国人スタッフが日本語でのコミュニケーションや業務手順を習得するための主要な教育手段となっている。施設側の担当者確保や教育期間のコストが課題とされてきた。

EPA(経済連携協定)
Economic Partnership Agreementの略。二国間の貿易・投資の自由化に加え、人の移動も対象とする協定。介護分野では、インドネシア・フィリピン・ベトナムとのEPAに基づき、介護福祉士候補者の受け入れが行われている。特定技能や技能実習とは異なる制度経路のひとつ。

スマートグラス(スマートAIグラス)
カメラ・ディスプレイ・マイクなどを搭載した眼鏡型のウェアラブルデバイス。両手を使いながらリアルタイムで情報の取得・記録・通信が可能なハンズフリー端末。介護や製造など、両手を使う作業が伴う現場への導入が進んでいる。

リアルタイム翻訳
音声や文字を即座に別の言語に変換して表示・読み上げる機能。スマートグラスに実装されることで、介護現場での日本人スタッフと外国人スタッフのコミュニケーション障壁を低減する手段として注目されている。

介護保険事業計画(第9期)
2024〜2026年度を計画期間とする、都道府県・市区町村が策定する介護サービス整備の計画。この計画に基づく厚生労働省の推計(2024年7月公表)が、2040年度に介護職員約57万人不足という数字の根拠となっている。

【参考リンク】

BSCode株式会社(外部)
スマートAIグラス連携アプリケーションの開発・提供。NASGlass・NASRECOの開発元。2024年10月設立。

NASRECO(介護看護記録請求システム)(外部)
多言語音声入力に対応した介護看護記録システム(同社発表)。音声だけで記録・翻訳・写真撮影をハンズフリーで完結。導入施設での業務効率化・外国人スタッフ活躍を支援。

富山短期大学 健康福祉学科(外部)
富山県内初の福祉専門職養成校として25年以上の実績。IoTや電子機器を活用した先進的な授業を展開しており、今回の共同研究の学術パートナー。

第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数(厚生労働省)(外部)
2040年度に介護職員約272万人が必要(現状比約57万人不足)と推計した厚労省の公式資料ページ。介護人材不足の規模感を一次情報で確認できる。

外国人介護人材の受け入れ制度・現状(厚生労働省)(外部)
EPA・在留資格「介護」・技能実習・特定技能の各制度における外国人在留者数の実績をまとめた厚労省資料。介護分野の外国人受け入れの全体像が把握できる。

【参考動画】

金沢シーサイドFM番組「社長!あなたの会社教えてください。」(BSCode取締役・歌川氏出演)。介護DXの意義と、NASGlass・NASRECOが実現するケアの未来を語る。

【参考記事】

2040年度の介護職員、約272万人必要に(老施協デジタル、2024年7月)(外部)
厚生労働省が第9期介護保険事業計画に基づき介護職員の必要数を公表した際の報道。57万人不足の根拠と推計の背景を確認した。

外国人介護人材の受け入れ現状と課題(MEIKOグローバル、2026年)(外部)
特定技能・技能実習を中心とした外国人介護人材の受け入れ状況と、現場での課題(言語・定着・教育コスト)を整理した記事。

話題のAIスマートグラス「Rokid」、日本市場に本格参入(36Kr Japan、2026年3月)(外部)
RokidのNASRECO連携や介護・農業分野での活用展開を報じた記事。BSCodeの技術パートナーとしてのRokidの立ち位置が確認できる。

VRが介護現場を変える?導入メリットと事例(メタバース相談室、2025年)(外部)
VR・XRを介護研修に活用する先行事例を整理した記事。反復練習・場所/時間の制約解消・OJTコスト削減といったテクノロジー活用の利点を検証する際に参照した。

特定技能「介護」の現状(スキルド・ワーカー、2025年版)(外部)
2024年12月時点で介護分野での特定技能在留者が44,000人超に達しているデータを確認した。特定技能制度の拡張(訪問介護解禁)の背景も整理されている。

【編集部後記】

介護の現場で「言語の壁」と向き合ってきた人たちは、これまで何を感じてきたのでしょう。うまく伝えられなかった一言、届かなかった言葉——その積み重ねが、スタッフの離職につながり、利用者との信頼を薄らがせてきた側面もあったはずです。AIがその壁を取り払えるとしたら、変わるのは業務効率だけではないかもしれません。私たちは、テクノロジーが介護という営みの質そのものを変えうる局面に、差し掛かっているのかもしれません。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。