世界のWebサイトの約4割を支えるWordPressが、メジャーバージョン7.0の最終リリース候補版「RC3」を公開した。しかしその裏で、目玉機能だったリアルタイム共同編集は土壇場で見送られている―この判断の背景には、何があったのか。
WordPress.orgは2026年5月8日、エイミー・カマラの投稿により、WordPress 7.0の3度目のリリース候補版「RC3」を公開した。WordPress 7.0の最終リリース予定日は2026年5月20日である。RC3はWordPress Beta Testerプラグイン、直接ダウンロード(zip)、WP-CLIコマンド「wp core update –version=7.0-RC3」、WordPress Playgroundの4つの方法でテストできる。
RC2以降143件以上の課題に対応した。当初7.0に搭載が予定されていたReal Time Collaboration(RTC)は7.0リリースには含まれず、7.1リリースサイクルで再評価される。新しいRTCアーキテクチャのテストにはKinsta、Bluehost、GoDaddy、WordPress.com、XServer、Ionosが協力した。RC3はハードストリングフリーズの時点を意味する。
校正とレビューには@desrosjと@peterwilsoncc が協力した。
From:
WordPress 7.0 Release Candidate 3 – WordPress News
【編集部解説】
WordPress 7.0 RC3のリリースは、表面的には「順調なリリース候補版の更新」というニュースに見えます。しかし、実際にはWordPressの歴史において極めて重要な意味を持つ「方向転換」が、この発表の裏で起きています。
最大のポイントは、本文中で控えめに「注記(Note)」として書かれている一文です。WordPress 7.0の目玉機能として長らく開発が進められてきたReal Time Collaboration(RTC:リアルタイムコラボレーション)が、最終リリース直前で外されることになりました。これは、Google Docsのように複数のユーザーが同じ記事や固定ページを同時に編集できる機能です。
この決定は、WordPress共同創設者のマット・マレンウェッグ氏自身が下したものです。Make WordPress Coreブログによれば、彼は「機能の影響が及ぶ範囲の広さ、レースコンディション(同時処理時の競合)、サーバー負荷、メモリ効率、そしてファズテストで次々と発見されるバグ」を理由に、現在のアプローチでは堅牢性に確信が持てないと述べています。
なぜこれが大きなニュースなのか、背景を整理しましょう。WordPressのブロックエディタ「Gutenberg」のロードマップには4つのフェーズがあり、RTCはその「フェーズ3(コラボレーション)」の中核機能として位置づけられていました。バージョン7.0は、まさにこのフェーズ3の到達点となるはずだったのです。
技術的な難しさの正体は、リアルタイム編集が「同時書き込み」を前提とすることにあります。WordPressサイトは本来、読み込みが圧倒的に多い「リードヘビー」な性格を持っています。そこに常時接続で書き込みが飛び交う仕組みを載せると、データベースやサーバーに想定外の負荷がかかります。複数の編集者が同じ段落を同時に書き換えたとき、どちらの変更を優先し、どう統合するかという「コンフリクト解消」の問題も発生します。
興味深いのは、Make WordPress Coreが同日公開したホスティングテストの結果です。Kinsta、Bluehost、GoDaddy、WordPress.com、XServer、Ionosなど8つのホスティング環境で、4つのデータ保存方式が比較検証されました。最も性能が良かった方式(カスタムテーブルとトランジェントを組み合わせたハイブリッド型)は、ベースラインとなる投稿メタ方式と比べて、特定のテスト条件下で約52%高速で、7つのテスト環境のうち6つで1位またはタイで1位となったと報告されており、技術的な前進そのものは確かにあったのです。ただし、この数値はあくまで条件付きのベンチマーク結果であり、すべての環境・すべてのワークロードで同じ性能差が出るわけではない点には留意が必要です。
つまり、「機能は完成しなかった」のではなく、「完成までもう一押しというところで、品質基準に達しないと判断された」というのが実態です。前者と後者では、意味合いが大きく異なります。
別の視点も提示しておきます。海外メディアThe Repositoryによれば、マレンウェッグ氏はSlackで、Automattic社とWP Engine社との間で進行中の訴訟について「重要な貢献者の時間を奪うサービス妨害(DoS)攻撃のような状態になっている」と発言し、「もしこの背景がなければ、もっと良い地点まで到達できていたかもしれない」とも述べています。WordPressの開発が、純粋な技術的事情だけでなく、コミュニティを取り巻く法務的・政治的な力学からも影響を受けていることが、ここから読み取れます。
読者の皆さんへの実践的な影響を整理します。世界のWebサイトの約4割を支えるWordPressにとって、メジャーバージョンアップの設計判断は、インターネット全体のインフラに関わる問題です。今回の決定は、「華やかな新機能を約束通りに届けること」より「壊れないものを届けること」を優先した点で、成熟したオープンソースプロジェクトとしての判断軸を示したと言えます。
一方で、潜在的なリスクや論点もあります。RTC自体はロードマップから消えたわけではなく、7.1リリースサイクルで再評価される予定です。ただし英語圏の専門メディアSmartWPは、現実的なタイムラインとして7.1(2026年8月)や7.2(2026年12月)での実装は厳しいのではないかとの見方を示しており、2027年の7.3以降にずれ込む可能性についても言及しています。これはあくまで同メディアの見立てであり、WordPress公式のロードマップとして確定しているわけではありません。リアルタイム共同編集を前提に業務設計を進めていた制作会社や編集チームには、計画の見直しが必要になるかもしれません。
長期的な視点で捉えると、この出来事はAI時代のCMSが直面する課題を象徴しています。マレンウェッグ氏は4月の段階で、RTCがあればAIエージェントが人間と同じ画面で同時に記事を編集できるようになると示唆していました。共同編集の技術基盤は、人間同士のためだけでなく、人間とAIの協働編集のためにも不可欠なのです。フェーズ3の遅延は、AI時代のWebコンテンツ制作のあり方にも一定の影響を及ぼすと、編集部としては考えています。
5月20日の最終リリースは予定通り行われます。RTCは見送られたものの、エディタのパフォーマンス改善、アクセシビリティの向上、サイトエディタの洗練など、地道な改良は確実に積み上がっています。今回のRC3公開と同時に翻訳文字列の確定(ハードストリングフリーズ)も行われており、日本語を含む100以上の言語コミュニティによる翻訳作業がいよいよ大詰めを迎えています。
「未来を約束する」より「足元を固める」。Web上で最も使われているソフトウェアが下したこの選択は、派手な話題ではありませんが、私たちが日々触れているインターネットの土台がどう作られているかを知る、貴重な機会です。
【用語解説】
Release Candidate(リリース候補版)
正式リリース直前の最終テスト版を指す。「RC」と略される。理論上はこのまま正式版として出荷可能な完成度を持つが、最終的な不具合発見と修正のために配布される段階のソフトウェアである。
Real Time Collaboration(リアルタイムコラボレーション/RTC)
複数のユーザーが同じ文書を同時に編集できる仕組み。Google DocsやNotionが代表例として知られる。WordPressにおいては、複数の編集者が同じ投稿や固定ページを開き、互いの編集内容をリアルタイムで反映し合える機能として開発が進められていた。
Gutenberg(グーテンベルク)
WordPressの標準エディタ。コンテンツを「ブロック」と呼ばれる単位で組み立てる方式を採用しており、2018年に導入された。WordPress本体に統合される前段階の新機能を実験する「フィーチャープラグイン」としての役割も担っている。
Phase 3(フェーズ3)
Gutenbergプロジェクトの4段階ロードマップにおける第3段階「コラボレーション」を指す。RTCは、このフェーズ3の中核機能と位置づけられていた。
Hard String Freeze(ハードストリングフリーズ)
リリースサイクル終盤において、翻訳対象となる文字列(UI上の表示テキストなど)の追加・変更を完全に停止する時点のこと。これ以降は各言語コミュニティが翻訳作業を確定させる段階に入る。
Race Condition(レースコンディション/競合状態)
複数の処理が同時に同じデータへアクセスした際、実行順序のわずかな違いによって結果が変わってしまう不具合のこと。並行処理を扱うソフトウェアにおける典型的な難所である。
Fuzz Testing(ファズテスト)
ランダムまたは予期しない入力をプログラムに与えて、想定外の挙動やバグを発見するテスト手法。セキュリティ脆弱性の発見にも用いられる。
WP-CLI
WordPressをコマンドラインから操作できる公式ツール。テーマやプラグインの管理、コア本体のアップデートなどを、ブラウザ画面を経由せずに実行できる。開発者やホスティング事業者の運用現場で広く使われている。
Trac(トラック)
WordPressの開発で使われている、バグ報告と機能要望を管理するシステム。誰でも閲覧でき、課題のチケット番号で議論や修正履歴が追跡できる。
カスタムテーブル+トランジェント方式(custom-table-with-transients)
RTCの性能テストで採用された、データ保存方式の一つ。専用のデータベーステーブルと、一時的なキャッシュ機構(トランジェント)を組み合わせる。今回のテストで最も高い性能を示し、今後のRTC開発における推奨方式となった。
投稿メタ(Post Meta)
WordPressにおいて、投稿に付随する追加情報を保存する仕組み。RTC性能テストでは、4つの保存方式を比較する際の基準(ベースライン)として用いられた。
【参考リンク】
WordPress.org公式ニュース(外部)
WordPress本体の開発・リリースに関する公式アナウンスを掲載するブログ。新バージョン情報を発信。
WordPress Playground(外部)
ブラウザ上でWordPressを即座に起動できる公式テスト環境。サーバー契約や環境構築は不要。
Make WordPress Core(外部)
WordPressコア開発に関する技術的な議論と決定事項が公開される、開発者向け公式ブログ。
WordPress Beta Tester プラグイン(外部)
ベータ版やRC版のWordPressをテストするための公式プラグイン。
WP-CLI公式サイト(外部)
WordPressのコマンドラインインターフェース公式サイト。コマンドリファレンスを掲載。
Gutenberg公式ページ(外部)
ブロックエディタGutenbergのプロジェクト紹介ページ。
Kinsta(外部)
高速性能とサポート品質に定評のあるマネージドWordPressホスティングサービス。
Bluehost(外部)
WordPress.orgが推奨ホスティング事業者として長年挙げている老舗ホスティング会社。
GoDaddy(外部)
ドメイン登録最大手として知られる、米国発の大手ホスティング事業者。
WordPress.com(外部)
Automattic社が運営する、WordPressのホスト型サービス。
XServer(エックスサーバー)(外部)
日本国内で最大級のシェアを持つレンタルサーバー事業者。RTCテストにも参画。
Ionos(外部)
ドイツに本社を置く欧州大手のWebホスティング・クラウドサービス事業者。
【参考記事】
Real-time collaboration will not ship in WordPress 7.0(外部)
Make WordPress Core公式投稿。マレンウェッグ氏がRTCを7.0から除外する決定の経緯と理由を報告。
Results: Real Time Collaboration performance testing analysis(外部)
RTC性能テストの結果報告。8環境で4つの保存方式を比較した詳細データを公開。
Matt Mullenweg Pulls Real-Time Collaboration From WordPress 7.0(外部)
WP Engine訴訟の影響と、ハイブリッド型が約52%高速だった具体的数値を報じる。
WordPress 7.0 Will Ship Without Real-Time Collaboration(外部)
コミュニティの反応とAI協働編集への布石としてのRTCの位置づけを論じた解説記事。
WordPress 7.0 Will Ship Without Real-Time Collaboration: Why Removed(外部)
RTC再実装は7.3(2027年)以降が現実的との見立てを示した詳細分析。
WordPress 7.0: Real-Time Collaboration Arrives in Core(外部)
当初予定されていたRTC仕様の解説。Yjsライブラリやメタボックス互換性に言及。
WordPress Statistics 2026: 120+ Market Share Data Points(外部)
WordPressが全Webの43.5%、CMS市場の62.8%を占めるとの市場分析レポート。
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【編集部後記】
WordPressがWebサイトの約4割を支えていると聞いて、皆さんはどう感じられたでしょうか。普段なにげなく開いているブログやニュースサイト、企業の公式ページ。その多くを動かしている共通の土台が、いま静かに次の段階へと向かっています。
リアルタイム共同編集が見送られたという今回の判断は、「華やかさより堅牢さ」を選んだ大人の決断とも読めます。皆さんがもしWordPressサイトを運営されているなら、この5月20日のリリースを、ご自身の制作・編集ワークフローを見つめ直す機会にしてみるのはいかがでしょうか。私たちもAI時代の共同編集の行方を、これからも一緒に追いかけていきたいと思います。












