Pocketシリーズが誕生した2018年以来、DJIのコンパクトジンバルカメラは着実に「本格派」の領域へと歩みを進めてきました。当初はVlogの手軽な相棒として登場したこのデバイスが、世界最高峰の映画人が集うカンヌ国際映画祭の舞台で、次世代モデルのデビューを果たします。5月14日(現地時間17時)に公開予定のOsmo Pocket 4P——Pocketシリーズ初のデュアルカメラシステムを搭載したこの新製品は、ポケットに入る映像制作機材の定義をあらためて塗り替えようとしています。
DJIは5月11日、Osmo Pocket 4Pの正式発表を5月14日17時(CEST=日本時間5月15日0時)にフランス・カンヌで行うと明らかにした。第79回カンヌ国際映画祭(5月12〜23日)の会期中という会場選択は、DJIがこの製品をシネマ用途に位置づけていることを示している。
DJIは5月8日に公式ティザーを公開し、製品名「Osmo Pocket 4P」を初めて正式に認めた。Pocket 4Pの最大の特徴は、Pocketシリーズ初のデュアルカメラシステムだ。DJIが公式に認めた仕様は、デュアルカメラ、3軸メカニカルジンバル、2インチ回転式タッチスクリーン、ActiveTrack 7.0。リークにより伝えられる仕様として、メインカメラは1インチセンサー(20mm f/2.0)、サブカメラは1/1.5インチセンサーの3倍光学望遠(60mm相当)、4K/240fps、14段ダイナミックレンジ、10ビットD-Logカラー、Hasselblad色調チューニング、128GB内蔵ストレージ、想定価格約700ドルとされている。
DJIは2025年末にFCCの「対象リスト」に掲載されており、Pocket 4Pを含む2026年以降のDJI製コンシューマー製品は米国での正規販売が遮断される見込みだ。
From:
DJI Brings Osmo Pocket 4P To Cannes On May 14, Mid-Film Festival
【編集部解説】
カンヌという「装置」が放つメッセージ
DJIが選んだ発表会場には、明確な意図があります。世界には毎年無数のテック製品発表会が開かれていますが、CES(ラスベガス)、IFA(ベルリン)、NAB Show(ラスベガス)、IBC(アムステルダム)といった既存の「カメラ製品の登竜門」のいずれでもなく、カンヌ国際映画祭の会期中にあえてフランス南部の海辺の街を選んだ意味は小さくありません。
カンヌ映画祭は1946年に始まった「映画の聖地」であり、その象徴資本は他のどの会場とも質を異にしています。第79回となる2026年大会は、韓国の名匠パク・チャヌクが審査委員長を務め、2,541本の応募作から選ばれた22本がパルム・ドール(最高賞)を競います。会場であるパレ・デ・フェスティバル周辺は、世界中の映画記者・配給バイヤー・映画祭プログラマーが集う、映画産業の「年に一度の総決算」の場でもあります。
そこに、ポケットに収まる700ドル程度のジンバルカメラの発表会を持ち込む——これがDJIの賭けです。
DJIの公式声明は、その意図を直截に語っています。「映像表現にさらなる高みを求めるクリエイターのために」「モバイル映像制作の新時代を切り開く」。Vlog用カメラとしての立ち位置から、シネマ機材への階段を一段上がる宣言です。
ただし、ここで距離を保って見ておくべきことがあります。カンヌ国際映画祭の公式選考作品の大半は、ARRI ALEXAをはじめとする業務用シネマカメラで撮影されています。一台数千万円のカメラ群が「映画的画質」を支える領域に、たかが手のひらサイズのジンバルカメラがどこまで踏み込めるのか。会場の選択は、あくまで「マーケティング上の主張」であり、「画質の証明」ではありません。DJIが映像作品で証明しなければならない宿題は、5月14日の壇上で増えたとも言えます。
それでも、Pocketシリーズの軌跡を振り返ると、この立ち位置の上昇には実体が伴っています。2018年に登場した初代Osmo Pocketは、3軸スタビライザーを片手で持ち歩けるという発想の珍しさで注目を集めた、ある種のガジェットでした。2020年のPocket 2はセンサーサイズを1/1.7インチに拡大し、2023年10月のPocket 3で1インチセンサー搭載を実現。そして2026年4月の標準モデルPocket 4では、4K/240fpsと10ビットD-Log、107GBの内蔵ストレージという、半業務機の領域に入る数値を獲得しました。
つまり、Pocketシリーズは7年をかけて「Vlog機材」から「セミプロ映像制作機材」へと階段を上り続けてきました。Pocket 4Pがその延長線上にあるなら、カンヌという会場選択は、ある意味で必然の到着点とも言えます。
「映像制作機材としての評価」と「現実の流通」のあいだ
ところが、もう一つの現実が、この物語の裏側に張りついています。
2025年12月22日、米連邦通信委員会(FCC)はCovered List(規制対象リスト)を更新し、外国製のUAS(無人航空機システム)と、Section 1709に基づきDJI・Autel Roboticsの通信・映像監視機器を一括して規制対象に追加しました。この規制により、新規のFCC認証が下りない製品は、米国市場での正規輸入・販売ができなくなります。
法的な根拠となったのは、FY25国防権限法(NDAA)のSection 1709です。同条項は、DJIとAutel Roboticsを名指しで挙げ、両社が「米国の安全保障とアメリカ国民の安全に容認できないリスクをもたらすか」を安全保障機関が1年以内に判定することを求めていました。2025年12月21日、大統領直属の省庁横断機関がNSD(National Security Determination)を発行し、翌12月22日にFCCがCovered Listを更新しました。
ここに、見過ごせない不整合があります。
立法時点でこの規制は、軍事基地への不審ドローン侵入、麻薬密輸への利用、データ漏洩リスクといった、「飛行体」としてのドローンが惹起する具体的な懸念を根拠としていました。ところが、Section 1709の文言はDJI製の「通信または映像監視機器」全般に及び、結果として地上で手に持って使うジンバルカメラまで射程に入ってしまいました。
実際、2026年4月16日に発売されたPocket 4の標準モデルは、米国での販売が事実上停止しています。B&H、Adorama、Best Buyのいずれの主要小売でも入荷されず、DJI広報のデイジー・コン氏は米Vergeに対し「Osmo Pocket 4は米国市場では発売されない。認証申請が現在審査中だ」と語っています。Pocket 4Pは、Pocket 4よりさらに後にFCC手続きに入ったため、米国上陸の見通しはさらに厳しいというのが業界各誌の共通認識です。
問題は、この規制が「中国製カメラ機器全般」を対象とした非対称な構造になっていることです。
例えば同じ深圳に本社を置く競合のInsta360(Arashi Vision)は、2024年に米GoProから特許侵害でUSITC(米国際貿易委員会)に提訴されました。2026年2月の最終判決では、Insta360の現行製品ラインナップに対する米国販売制限は科されず、同社は「米国市場で既存製品の輸入・販売を制限なく継続する」と宣言しています。さらに広く見れば、中国製のスマートフォン用センサー、ミラーレスカメラのOEM部品、各種アクションカメラは、現在も米国市場で自由に流通しています。
DJIだけが、ドローンメーカーとしての出自ゆえに、地上の手持ちカメラまで規制対象になっている——この構造について、業界の法律事務所Wileyは「初めての『生産地』を根拠とするCovered List掲載」「業界の予想を超えた措置」と評しています。なお、FCC・安全保障当局側は、DJIが中国の国家安全保障法のもとで中国政府からデータ提供を求められうるリスクを規制の論拠としており、映像・通信機器として地上機材も射程に含まれると主張しています。
「リブランド版」という業界の対応
この規制のいびつさを最も雄弁に物語るのが、Pocket 4Pの「リブランド版」が既に米国市場に向けて準備されているという報道です。
業界紙DroneXLによれば、米国の新興ブランド「Xtra」が2026年4月30日に発表した「Muse 2 Pro」は、報道各社の調査によりPocket 4Pとほぼ同一のハードウェア(1インチメインセンサー、ActiveTrack 7.0、Pocket 4Pのリーク仕様とされる128GB(一部報道では107GBとも。いずれも未確定)の内蔵ストレージ、10ビットD-Logカラー)を搭載した「中身は同じ製品」とされています。Xtraが規制上のハードルを引き受け、DJIがハードウェア開発を担う——という「分担」が成立しているように見える構造です。
業界がここまでの工夫を凝らしてまで規制を「迂回」しなければならない、という事実そのものが、Section 1709の射程が当初の安全保障の議論と一致していないことを示唆しています。
行間に残されている問い
一つの製品が、同じ週のうちに「カンヌの舞台で映画的価値を主張する」場面と、「米国本土には届けられない」場面を同時に映し出す——この光景は、2026年5月のグローバルテック消費市場の現在地を象徴的に示しています。
技術の進歩は、もはや単独では完結しません。製品の射程は、開発者の意図と、地政学的な力学と、規制当局の解釈と、業界の回避策が織り合わさった結果として決まります。Pocket 4Pは、まさにその交差点に立ったポケットサイズのカメラです。
5月14日の壇上で、DJIは映像作品でその実力を示そうとするでしょう。しかし、その作品を見て「欲しい」と思った米国の映像作家が、合法的に購入する手立てはほぼ存在しない。この非対称性をどう読むかは、技術の評価とは別の問いを私たちに投げかけています。
【用語解説】
1インチセンサー
カメラのイメージセンサーの規格のひとつ。対角線約15.86mmの受光面を持ち、スマートフォンに搭載される1/2.3インチや1/1.7インチのセンサーと比べて受光面積が大きく、低照度時のノイズ低減や豊かな階調表現に優れる。業務用途との境界線に位置するセンサーサイズとして、コンパクトカメラ市場の上位機種に広く採用されている。
ダイナミックレンジ(段数表記)
カメラが一度の撮影で同時に記録できる明暗の幅のこと。1段(1 stop)は明るさが2倍異なることを意味し、14段であれば最も暗い部分から最も明るい部分まで2の14乗=1万6千倍以上の幅を記録できる計算になる。段数が多いほど、空の白飛びや暗部の黒つぶれを抑えた映像が撮れる。
D-Log(Dログ)カラー
DJI独自の対数(ログ)カラープロファイル。通常の映像より多くの色・輝度情報を記録し、撮影後のカラーグレーディング(色調整)で大幅に見た目を変えられる。テレビや映画の制作現場で広く使われる撮影手法を、コンシューマーカメラに取り込んだもの。D-Log2はその最新世代にあたる。
ActiveTrack
DJIの開発したAI被写体追尾技術。カメラが映像内の人物や物体を認識し、移動に合わせてフレームを自動的に調整する。Pocket 4Pでは第7世代(バージョン7.0)の搭載が予定されている。
3軸メカニカルジンバル
3つのモーター(ヨー・ピッチ・ロール)でカメラを物理的に支えて安定させる機構。ソフトウェア処理による電子式手ぶれ補正とは異なり、映像の画角や解像度を損なわずに手ぶれを補正できる。Pocketシリーズの主要な特徴のひとつ。
FCC Covered List(規制対象リスト)
米連邦通信委員会(FCC)が定める、「通信安全保障上の脅威をもたらすおそれがある」と判断した製品・機器の一覧。掲載された機器は新規のFCC認証取得が困難になり、米国内での正規輸入・販売が事実上遮断される。DJIは2025年12月22日に追加された。
Section 1709(NDAA)
米国防権限法(National Defense Authorization Act、NDAA)のセクション1709。DJIとAutel Roboticsを名指しし、安全保障上のリスク審査を経てFCC Covered Listへの追加を定めた条項。FY25(2025会計年度)版NDAAに盛り込まれた。
UAS(無人航空機システム)
Unmanned Aircraft Systemの略称。一般に「ドローン」と呼ばれる無人航空機と、その制御システム・通信機器の総称。FCC規制の対象定義に用いられる法的概念。
パルム・ドール
カンヌ国際映画祭の最高賞。フランス語で「黄金のヤシ(の葉)」を意味し、金色のヤシの葉をかたどったトロフィーが授与される。映画賞の中でも最も権威ある賞のひとつとされる。
ARRI ALEXA
オーストリアのカメラメーカーARRI(アーリ)が製造する業務用デジタルシネマカメラのシリーズ。Hollywood映画やカンヌ映画祭の公式選考作品の多くで使用されており、映像制作業界における事実上の標準機材のひとつ。本体価格は数百万円から数千万円台。
【参考リンク】
DJI Osmo Pocket 4P 公式ページ(外部)
製品の公式情報・メールアドレス登録による発売通知。製品正式発表後に詳細スペックが掲載される予定。
カンヌ国際映画祭(Festival de Cannes)公式(外部)
1946年創設、世界最高峰の国際映画祭の公式サイト。上映スケジュール、公式選考作品、マルシェ・デュ・フィルムの情報を掲載。
【参考記事】
DJI teases the dual-camera Osmo Pocket 4P gimbal(外部)
DJIの公式声明を原文で収録。「モバイル映像制作の新時代」という位置づけとリーク仕様の全体像をまとめた記事。
DJI Osmo Pocket 4P Teaser — Dual-Camera Architecture Changes the Use Case(外部)
「DJI公式確認済み仕様」と「リークだが未確認の仕様」を明確に分類して整理した信頼性の高い記事。
The DJI Osmo Pocket 4 isn’t available in the US, and it might never be(外部)
Pocket 4の米国販売停止の実態と、DJI広報・デイジー・コン氏のコメントを収録。Pocket 4Pが直面する状況の前例として参照。
DJI Pocket 4 US ban(外部)
DJIによる連邦控訴審での係争状況と、Pocket 4Pが「Covered List掲載と同日認証」という経緯を解説。
Pocket Camera War: Five Cameras, One Story(外部)
米国向け「リブランド版」とされるXtra Muse 2 Proの報道と、規制迂回の構造に踏み込んだ分析記事。
FCC Order DA 25-1086(外部)
Covered List更新の公式文書。UAS定義・対象範囲・Section 1709との関係が法令レベルで確認できる一次情報。
【編集部後記】
カンヌの夕暮れに発表される、ポケットに収まる700ドルのカメラ。同じ製品が、海を渡った先では棚に並ばない。私たちが目にしているのは、技術の物語であると同時に、地図と法律と回避策が交差する場所に置かれた一台の現在地です。カメラの性能とは別の問いが、レンズの隣に並んで立っている——その問いと、私たちはどう向き合っていけるのでしょうか。












