JAXAとESAが地球防衛で協力協定締結|小惑星アポフィス探査「RAMSES」にH3ロケットで参画

人類が初めて、小惑星の地球フライバイを「同行観測」する時代に入ります。JAXAとESAは2026年5月7日、地球防衛分野の協力覚書と、小惑星アポフィス探査機「RAMSES」の協力協定に署名しました。3年後に迫った歴史的瞬間に向け、日欧連携が本格始動します。


JAXA理事長の山川宏は2026年5月7日、ベルリンのイタリア大使館で、欧州宇宙機関(ESA)のアッシュバッカー長官とプラネタリーディフェンス分野の協力覚書(MOC)を締結した。

あわせて、地球接近小惑星アポフィスの探査計画「RAMSES」の協力協定にも署名した。本イベントは、ESAが本ミッションのプライムコントラクターにOHB Italiaを選定したことを踏まえ、イタリア宇宙機関(ASI)との連携で開催された。JAXAとESAは2024年11月に「将来大型協力に関する共同声明」に署名している。国連は2029年を「小惑星認識と惑星防衛の国際年」と定めている。ESAは探査機RAMSESを2028年に打ち上げ、2029年に地球へ接近するアポフィスを探査する計画だ。JAXAは薄膜軽量太陽電池パドル(SAWs)と熱赤外センサ(TIRI)を提供し、H3ロケットで打ち上げに参画する。

From: 文献リンク欧州宇宙機関(ESA)との地球防衛に関する協力覚書(MOC)及び 地球接近小惑星アポフィス探査計画(RAMSES)の協力協定の締結

【編集部解説】

このニュースを「2026年5月」に取り上げる意味は、極めて明確です。アポフィスが地球に最接近する2029年4月13日まで、もう3年を切っているからです。RAMSESの打ち上げは2028年、しかも到着は2029年2月。逆算すれば、機体設計や搭載機器の開発を「後ろから前へ」と詰めていく時間的余裕は、ほとんど残されていません。今回の協力協定の調印は、その最終局面に向けた国際ミッションの「ゴーサイン」と理解するのが妥当でしょう。

技術的なポイントから整理していきます。JAXAが提供するのは、薄膜軽量太陽電池パドル「SAWs」と熱赤外センサ「TIRI」、そしてH3ロケットによる打ち上げの3点です。とりわけ注目したいのが、TIRIが先行する小惑星探査ミッション「Hera」にもすでに搭載され、現在Didymos小惑星系へ向けて航行中の機器であるという点です。日本がHayabusa、Hayabusa2で培ってきた小惑星近接観測の知見が、欧州の地球防衛ミッションの中核計測機器として継承されていく構図が、すでに実飛行段階で動き出しているのです。

「RAMSES」の任務をひと言で言えば、地球の重力が小惑星を“どう変形させるか”をリアルタイムで観測することです。これまで人類は、太陽系の奥まで自ら出向いて小惑星を調べてきました。しかし今回ばかりは、自然の側が約375メートルの小惑星を地球のすぐ近くまで運んできてくれる。しかも軌道の精度はキロメートル単位まで確定済みで、観測タイミングが事前に分かっている。これは惑星科学の歴史において、二度と訪れない実験条件です。

「アポフィス」と聞くと、かつての「衝突の恐怖」を思い出す方もいらっしゃるかもしれません。発見直後の2004年には、衝突確率が国際的な指標「トリノスケール」で過去最高の「4」を記録した経緯があります。しかし2021年のレーダー観測で、向こう100年間の衝突リスクはゼロと確定し、ESAのリスクリストからも除外されました。つまり今回のミッションは、「迫る脅威への対応」ではなく「次の脅威に備えるための予行演習」なのです。

ここがプラネタリーディフェンスというテーマの本質を物語ります。地球規模の天体衝突は、頻度こそ数千年から数万年に一度ですが、ひとたび起これば文明レベルの被害をもたらしうる「テールリスク」です。確率は低くとも備える価値がある——この発想は、近年の気候変動対策やパンデミック対応とも通底しています。RAMSESは、人類が「いつか来るかもしれない」リスクを工学的に手なずけようとする、最も具体的な試みのひとつだといえます。

協力体制の背景にも目を向けたいところです。ESAとJAXAは2024年11月に「将来大型協力に関する共同声明」を交わしており、今回の協定はその具体的な成果第1号にあたります。さらに、両機関の協力はBepiColombo(水星探査)、EarthCARE(地球観測)など複数のミッションで実績を重ねてきました。米中対立や宇宙の安全保障化が進む国際情勢のなかで、「日欧連携」という第3の極が静かに、しかし着実に形をなしつつあると見ることもできます。

潜在的なリスクや課題にも触れておきます。第1に、開発スケジュールの極端な厳しさです。通常の惑星探査機開発は10年単位で計画されますが、RAMSESは概念検討から打ち上げまでわずか4〜5年に圧縮されています。第2に、ESAの予算決定が2025年11月の閣僚理事会まで遅れた経緯があり、技術成熟度のリスクは依然として残ります。第3に、H3ロケットによる打ち上げという面では、日本の基幹ロケットの「国際的科学ミッション輸送機」としての信頼性が、世界の目の前で試されることになります

ビジネスと産業の視点も外せません。今回ESAがプライムコントラクター(主契約企業)に選定したのはイタリアのOHB Italia。コアソフトウェアはベルギーのSPACEBELが担当します。欧州の宇宙産業エコシステムが、地球防衛という新領域で再編されつつあるなか、日本企業がどう食い込んでいけるかは、今後の宇宙ビジネス戦略における大きな論点となるでしょう。

長期的視座で見れば、2029年4月13日は単なる「天体ショー」ではなく、人類が初めて惑星防衛能力を実証的に試す国際協調プロジェクトの集大成となります。NASAも探査機OSIRIS-APEXを派遣し、ESA/JAXAのRAMSESと並んでアポフィスを観測する予定です。複数機関による多角的なデータが集まれば、将来の「本当の脅威」が現れたとき、人類は初めて「経験に基づいて」対処できるようになる。今回のMOC締結は、その未来の判断基盤を作る、地味だが決定的な一歩だと、私たちは捉えています。

【用語解説】

プラネタリーディフェンス(地球防衛)
地球に接近する小惑星・彗星などの天体を早期に発見し、その特性や軌道を精密に分析することで衝突リスクを評価し、必要に応じて軌道変更などの対策を講じる国際的な取り組みのこと。

協力覚書(MOC:Memorandum of Cooperation)
国際機関や政府機関の間で、特定分野の協力を進めるための基本方針を取り決めた合意文書。法的拘束力を持つ条約とは異なり、個別の協力プロジェクトの土台となる枠組み合意である。

アポフィス(99942 Apophis)
2004年6月にキットピーク国立天文台で発見された地球近傍小惑星。直径は約340〜375メートルとされる。古代エジプト神話の混沌と破壊の神「アペプ」のギリシャ語名にちなんで命名された。

RAMSES(ラムセス)
「Rapid Apophis Mission for Space Safety(宇宙安全のための高速アポフィスミッション)」の略称。ESA主導でアポフィスに先回りし、地球フライバイの「前・最中・後」の変化を観測する探査機。

スペースガード
天体の地球衝突リスクを監視する国際的な活動の総称。1990年代から本格化し、各国の天文台と宇宙機関が連携して観測ネットワークを構築している。

トリノスケール(Torino Scale)
天体の地球衝突リスクを0〜10の数値で示す国際指標。アポフィスは発見直後の2004年、史上最高となるレベル4を記録したが、その後の観測精度向上により現在は0に下方修正されている。

地球近傍天体(NEO:Near-Earth Object)
地球の軌道近くを公転する小惑星や彗星の総称。とくに衝突の可能性が一定以上ある天体は「潜在的に危険な小惑星(PHA)」として継続観測される。

薄膜軽量太陽電池パドル(SAWs:Solar Array Wing)
従来型の太陽電池パドルに比べ、薄く軽量に設計された発電装置。打ち上げ質量の削減と、深宇宙ミッションでの効率的な電力供給を両立する技術。JAXAが開発を担う。

熱赤外センサ(TIRI:Thermal Infrared Imager)
天体表面の温度分布を熱赤外線で計測する観測機器。表面物質の組成や粒径、内部構造を推定する手がかりとなる。JAXAは先行する地球防衛ミッション「Hera」にも同型機器を提供している。

プライムコントラクター(主契約企業)
宇宙機の開発・製造において、機体全体の設計・統合・試験を取り仕切る主たる請負企業。下請けとなる多数の専門企業を束ねる役割を担う。

OSIRIS-APEX
NASAの探査機。元々は小惑星ベンヌからのサンプルリターンを行った「OSIRIS-REx」で、地球帰還後に延長ミッションとしてアポフィス探査に振り向けられた。2029年4月のフライバイ後にアポフィスへ到着予定。

「将来大型協力に関する共同声明」
JAXAとESAが2024年11月に署名した、両機関の大規模協力を加速させるための合意文書。地球防衛分野を含む複数領域の連携可能性を検討する基盤となっている。

【参考リンク】

JAXA 宇宙航空研究開発機構(公式サイト)(外部)
日本の宇宙開発を担う国立研究開発法人の公式サイト。プレスリリースや各種ミッション情報を公開している。

ESA 欧州宇宙機関(公式サイト)(外部)
欧州22カ国が参加する宇宙機関の公式サイト。科学探査・地球観測・宇宙安全プログラムなどの活動を提供する。

ESA RAMSESミッション 公式ページ(外部)
RAMSES探査機の目的、軌道計画、搭載機器、開発スケジュールなどをESAが公式に解説するページ。

ESA Apophis 公式ページ(外部)
小惑星アポフィスの軌道や物理特性、2029年フライバイの科学的意義をESAが解説するページ。

JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)プラネタリーディフェンス(外部)
JAXA宇宙科学研究所による、日本のプラネタリーディフェンス活動の紹介ページ。

NASA Apophis 公式情報(外部)
NASAによるアポフィスの科学情報サイト。軌道、サイズ、OSIRIS-APEXミッションの最新情報を掲載する。

OHB Italia 公式サイト(外部)
RAMSESミッションのプライムコントラクター。イタリアを拠点とする宇宙機メーカーである。

ASI イタリア宇宙機関 公式サイト(外部)
イタリア政府の宇宙機関。今回の調印イベント主催者として日欧連携を後押しした。

ESA Hera ミッション公式ページ(外部)
RAMSESの設計母体となった、ESAの先行プラネタリーディフェンスミッション。Didymos二重小惑星系を調査する。

JAXA H3ロケット 公式ページ(外部)
JAXAの主力大型基幹ロケット。RAMSESを2028年に種子島宇宙センターから打ち上げる予定。

【参考記事】

ESA and JAXA team up on planetary defence, Ramses mission to asteroid Apophis(外部)
ESA公式発表。アポフィス直径375メートル、最接近距離3万2000キロなど定量データを詳細に提示している。

JAXA and ESA Conclude Memorandum of Cooperation on Planetary Defence and Sign Cooperation Agreement on the RAMSES Asteroid Apophis Mission(外部)
JAXAによる本協定の英文発表。日本側貢献の3点とH3ロケット参画が明記されている。

ESA awards contracts for Ramses mission to Apophis(外部)
ESAがOHB Italiaおよびイタリア企業Tyvak International(820万ユーロ)と契約締結したことを伝える公式リリース。

ESA and JAXA Prepare For Planetary Defence — Orbital Today(外部)
近地球天体調整センター(NEOCC)の役割やHeraミッションとの技術的継承を整理した英文専門メディア記事。

Look up: ESA and JAXA to launch the Ramses mission to observe Apophis — Cosmos(外部)
JAXA宇宙科学研究所所長のコメントを含む解説記事。Hayabusa以来の日欧関係性と種子島からの打ち上げ計画を記す。

Apophis Facts — NASA Science(外部)
NASA公式によるアポフィスの基礎データ集。平均直径約340メートル、約46億年前の太陽系初期物質、S型小惑星など科学的特性を確認できる。

【関連記事】

ESAとJAXA、小惑星アポフィス観測ミッション「ラムセス」承認。2029年の歴史的接近で惑星防衛技術を実証(内部)
2025年11月のESA閣僚理事会でRAMSESミッションが正式承認された経緯を解説。今回の協定締結に至る前段階の動きと、ミッション全体の科学的意義をより深く知ることができる。

【編集部後記】

2029年4月13日、金曜日の夜空。世界中で約20億人が、肉眼で小惑星アポフィスを見上げる時間がやってきます。その瞬間、頭上には日欧の技術が結集した探査機が一緒に飛んでいる——そんな未来を、私たちは今、リアルタイムで目撃しているのかもしれません。

みなさんは「地球を守る技術」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。3年後の夜空に思いを馳せながら、宇宙との関わり方をご一緒に考えていけたら嬉しいです。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。