Gemini IntelligenceとOne UI 9——サムスン×Googleが描く「インテリジェンスシステム」

スマートフォンのAIは、指示に従って動く「道具」から、自分で考えて動く「代理人」へと変わりつつあります。アプリを開くだけでなく、複数のアプリを横断しながらタスクを自律的に完結させる——そんな動作が、間もなく私たちの手のひらに届きます。サムスン電子が7月に発売する折りたたみスマートフォンの新モデルは、Googleと組んで、スマートフォンにおけるAIエージェント時代の号砲を鳴らそうとしています。


7月発売の折りたたみスマートフォン「Galaxy Z Fold 8」「Galaxy Z Flip 8」に、次世代OS「One UI 9」が搭載される。One UI 9はGoogleが同日発表したAI機能「Gemini Intelligence」に対応し、Galaxyシリーズで初の商用化となる。

Gemini IntelligenceのAIエージェントはユーザーの指示で複数アプリを同時起動し横断的に操作する。メモの買い物リストを「デリバリーアプリのカートに入れて」と言えば、AIが両アプリを移動してタスクを完了させる。Galaxy S26搭載の「One UI 8.5」が主に個別アプリ内での操作にとどまっていたのに対し、One UI 9は複数アプリ横断へ進化する。同日、主要国のGalaxy S26ユーザー向けにベータテストが開始されたが、Gemini Intelligenceはベータ版に未実装で、正式版への搭載が予定されている。

From: 文献リンクGalaxy Z8、マルチタスク対応の高度AIアシスタントを搭載へ(ソウル経済日報、2026年5月13日)

【編集部解説】

エージェント時代の号砲——「単発のアプリ起動」から「複数アプリの横断実行」へ

サムスンのOne UI 8.5から9への進化は、単なるバージョンアップというより、AIアシスタントの設計思想そのものの転換点と読めます。8.5までのAIは、主に個々のアプリ内での操作を担う「ランチャー」的な存在でした。9で目指されているのは、メモアプリで作った買い物リストをデリバリーアプリのカートに移すといった、複数アプリを横断して一連のタスクを完結させるエージェントです。

この変化を業界全体の文脈に置くと、その意味合いがはっきりしてきます。2026年5月4日、Googleは独立した実験プロダクトだった「Project Mariner」をひっそり閉鎖しました。スクリーンショットを解析してブラウザを操作するエージェントとして17か月運用されたものの、信頼性、コスト、プライバシーの三重苦に阻まれ、コア技術はGeminiの各製品に吸収される形になっています。OpenAIの「Operator」も2025年8月に独立プロダクトとしては終了し、ChatGPT Agentに統合されました。

「独立したAIエージェント・アプリ」という形は、この1年半でほぼ消えたと言ってよさそうです。代わりに各社が辿り着いたのは、OSやアプリのなかにエージェントを統合し、ユーザーがすでに使っているアプリの権限のうえで動かす方向性です。Galaxy Z Fold 8 / Z Flip 8は、その思想を最初に量産デバイスとして体現する一台になります。AndroidエコシステムのプレジデントであるSameer Samat氏は「私たちはオペレーティングシステムからインテリジェンスシステムへ移行している」と表現しました。OSという土台そのものがAIエージェントの動作環境へと書き換えられていく——その最初の量産デバイスが折りたたみであるという選択は、画面分割という形のままマルチアプリ操作を可視化できる端末を、エージェント時代のショーケースに据えるという、サムスンとGoogle双方の戦略的判断にも見えます。

なお、一部報道では「Galaxyシリーズで初の商用化」とされているが、GoogleのAndroid公式ブログでは「この夏、最新のSamsung GalaxyとGoogle Pixelから順次展開」と記載されており、Galaxy Z Fold 8 / Z Flip 8がPixel 10より先行するのか同時展開なのかは、現時点で明確ではない。

「Intelligence」という記号——Apple、Galaxy、そしてGoogleの共通語彙化

もう一つ注目したいのが、「Gemini Intelligence」というブランド名そのものです。Apple Intelligenceの登場以降、「Intelligence」という単語は、デバイス上で動くプレミアムなAI機能の総称になりつつあります。Googleが同じ語を採用したのは偶然ではなく、明確な対抗のシグナルと読み解けます。実際、Googleの今回の発表はApple Intelligenceの刷新がWWDCで予定されているタイミングの直前に行われており、メディアでも両者の競争として位置づけられています。

サムスンの立場から見ると、この命名は微妙な含意を持ちます。「Galaxy AI」というブランドで自社AI機能を前面に出してきたサムスンが、最新のフォルダブルでは「Gemini Intelligence」をフロントに据えることになります。Galaxy AIブランドが消えるわけではないものの、AIの「考える部分」はGoogleのモデルが担い、サムスンはハードウェアと統合体験のショーケースを提供する役回りに近づきます。

さらに興味深いのは、AppleもApple IntelligenceにGeminiを組み込んでいることです。プレミアムスマートフォンの「考える部分」が、GoogleとAppleの双方でGeminiを軸に組み立てられる構図が浮かび上がってきます。この集中は、「OS提供者は誰か」という古い問いを、もう一段上のレイヤーで問い直しているように見えます。アプリ権限管理やUIで競争してきたモバイルOSの上に、「インテリジェンス層」と呼ぶべき新しい階層が生まれ、その層を誰が握るかが新しい主導権争いになっています。サムスンとGoogleの関係は、これまでのスマホメーカーとOS提供者の関係よりもさらに密になる方向に動いているのかもしれません。

「ユーザーは確認するだけ」が成立する条件——委譲される権限の重さ

そして最も慎重に向き合うべきは、エージェントが複数アプリを横断するという仕組みそのものが内包するリスクです。元記事が描く理想形——AIがメモとデリバリーアプリを行き来し、ユーザーはカートを確認して決済するだけ——は魅力的ですが、その一文の裏側には、いくつもの権限委譲が暗黙のうちに含まれています。

Googleは公式発表のなかで、ユーザーが明示的に許可したアプリのみでGeminiが動作すること、購入のような重要な操作には手動確認を残すこと、タスク完了時にはエージェントが停止することを強調しています。これらはいずれも妥当な設計ですが、それでも構造的に解決が難しい課題が残ります。

代表的なのが「プロンプトインジェクション」と呼ばれる攻撃手法です。AIが処理するメールやウェブページ、メモといったテキストのなかに悪意ある指示を仕込んでおき、エージェントの判断を乗っ取る手口で、OWASP Agentic Top 10では、最初に挙げられる脅威カテゴリ「Agent Goal Hijack」がまさにこれに該当します。NISTもエージェントのセキュリティリスクとして「agent hijacking(エージェント・ハイジャック)」という概念を示しています。

現場の状況も楽観できる段階ではありません。2026年4月のRSAカンファレンスでは、Apple Intelligenceに対する100件のテストのうち76件でガードレールを回避できたという研究が報告され、iOS 26.4で当該の攻撃チェーンが修正されました。AnthropicはClaude for Chromeの研究プレビュー時点での対策後の攻撃成功率を約11.2%と公開していましたが、その後Claude Opus 4.5と新たなsafeguardsの導入により約1%まで改善されたと報告しています。OpenAI自身が「プロンプトインジェクションという問題の性質上、確定的なセキュリティ保証を与えるのは困難」と公にしている領域です。

ここで重要なのは、こうした脅威が端末の暗号や認証の強さでは防ぎきれないということです。エージェントはユーザー本人の権限で正規に動作するため、認証システムから見れば「本人がやっている」操作になります。問題はその「本人」がエージェントを介して動いており、エージェントの判断は外部から差し込まれたテキストに影響されうる、という構造そのものにあります。多くのセキュリティ研究者が「実行境界(execution boundary)」と呼ぶこの新しい境界の上で、私たちは権限と利便性の交換比率を改めて測り直すことになります。

サムスンとGoogleが7月以降に提示する答えがどの程度の信頼に値するかは、デモではなく実運用のなかでしか分かりません。私たちが見ておくべきは、デモで示される鮮やかなマルチタスクの裏側で、どのアプリにどこまでの権限を、どのような確認フローで委譲することが「初期設定」になるのか、という点でしょう。AIエージェントが私たちの代わりに動く時代の入口で、その境界線をどこに引くかは、ベンダーだけでなく使い手の側にも返ってくる問いだと思います。

【用語解説】

Gemini Intelligence
Googleが2026年5月に発表した、Android搭載デバイス向けAI機能群の総称。Geminiモデルを基盤に、ユーザーが許可したアプリを横断してタスクを自律的に実行するエージェント機能を核とする。スマートフォンにとどまらず、ウェアラブル・PC・自動車など複数デバイスへの展開が計画されている。

One UI
サムスン電子がGalaxyデバイス向けに開発するAndroidベースのカスタムOS。バージョン9(One UI 9)はAndroid 17をベースとし、2026年夏に正式リリース予定。Galaxy S26向けベータプログラムが2026年5月12日に開始された。

AIエージェント
ユーザーの指示を受け、複数のアプリやサービスを横断しながらタスクを自律的に実行するAIシステム。単発の質問応答にとどまらず、操作を連続して実行できる点が従来のAIアシスタントと異なる。近年はOS・アプリへの統合型が主流になりつつある。

プロンプトインジェクション
AIシステムが処理するテキスト(メール、ウェブページ、メモなど)に悪意ある指示を埋め込み、エージェントの判断を乗っ取る攻撃手法。ユーザー本人の権限でエージェントが動作するため、認証システムでは検出が困難という構造的課題がある。

OWASP(Open Web Application Security Project)
ウェブアプリケーションやAIシステムのセキュリティに関する標準・ガイドラインを公開する国際的な非営利団体。2025年12月、エージェント型AI向けの脅威カテゴリ「OWASP Agentic Top 10」を公表した。

Project Mariner
Googleが2024年12月に公開し、2026年5月に終了したブラウザ操作型AIエージェントの実験的プロダクト。画面を解析しながらブラウザを操作するエージェントとして17か月運用されたが、信頼性・コスト・プライバシー上の課題から終了。コア技術はGeminiの各製品に吸収された。

【参考リンク】

Gemini Intelligence — Google公式ブログ(外部)
Gemini Intelligenceの公式発表記事。機能概要、展開デバイス、ユーザー制御の設計方針(オプトイン、手動確認、データプライバシー)を詳述。

One UI 9 Beta Launch — Samsung Global Newsroom(外部)
One UI 9ベータプログラムのサムスン公式発表。搭載機能と対応国・参加方法を記載。

Building for the Intelligence System on Android — Android Developers Blog(外部)
Androidが「オペレーティングシステムからインテリジェンスシステムへ」移行する設計思想をGoogleが開発者向けに解説した公式ブログ。

One UI 9 Beta参加申込 — Samsung Membersアプリ(外部)
Galaxy S26ユーザーがOne UI 9ベータプログラムに参加するための入口。対象国:日本国内での提供時期は未発表。

【参考動画】

【参考記事】

Introducing Gemini Intelligence — Google Blog(外部)
Google VP Mindy Brooksによる公式発表。Gemini Intelligenceの機能設計、展開デバイス(GalaxyとPixelの併記)、プライバシー・ユーザー制御方針を網羅。本記事の解説の基幹情報源。

Google Races to Put Gemini at Center of Android Before Apple’s AI Reboot — CNBC(外部)
Sameer Samat氏の「インテリジェンスシステムへの移行」発言、Apple IntelligenceへのGemini組み込み、WWDC前のタイミングの競合的意味を報道。

Google Kills Project Mariner as the Industry Pivots to API-First Agents — AI2Work(外部)
Project Mariner終了(2026年5月4日)とOpenAI Operator廃止(2025年8月)を軸に、独立型から統合型エージェントへの業界転換を分析。

On-Device Apple Intelligence Vulnerable to Prompt Injection Techniques — AppleInsider(外部)
2026年4月のRSAカンファレンスで発表された研究。Apple Intelligenceに対して100件中76件でガードレール回避に成功。iOS 26.4での修正を報告。

Continuously Hardening ChatGPT Atlas Against Prompt Injection — OpenAI(外部)
OpenAIがプロンプトインジェクション対策について公式に説明した記事。「確定的なセキュリティ保証は困難」という趣旨の記述を含む。

Mitigating the Risk of Prompt Injections in Browser Use — Anthropic(外部)
Claude for ChromeのClaude Opus 4.5導入後における攻撃成功率(約1%)と対策の詳細を解説するAnthropicの公式記事。

【編集部後記】

スマートフォンが「使う」ものから「代わりに動いてくれる」ものへと、静かに変わっていこうとしています。メールを読んでもらい、予定を組んでもらい、買い物まで任せる——便利さと引き換えに、私たちは小さな判断の余地を少しずつ手放していきます。けれども、託した先で動くのは、本当に私たちが想定した相手でしょうか。エージェントの時代に問われるのは、技術の性能というよりも、私たちが何を、誰に、どこまで託すのかという感覚なのかもしれません。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。