5月15日、コンゴ民主共和国でアウトブレイクが宣言されました。原因はエボラ近縁株のブンディブギョ・ウイルス。第I相臨床試験段階のワクチン候補すら存在しないこの「空白地帯」に対し、CEPIが6つのグローバル・ネットワークを一斉稼働させ、リスクを取った並行開発に踏み切ります。
CEPIは2026年5月21日、コンゴ民主共和国およびウガンダで発生したブンディブギョ・ウイルスによるエボラ病の流行への対応を発表した。アウトブレイクは5月15日に宣言された。
CEPIはWHO、Africa CDC、Gavi、ANRS-MIE、各国当局と連携し、予防的医療対策、特にワクチンの評価を推進する。現時点で第I相臨床試験段階にあるブンディブギョ・ウイルスのワクチン候補は存在せず、複数が前臨床段階にある。ザイール株には認可ワクチンが存在し、スーダン株では複数の臨床段階候補が開発中である。CEPIは6つのグローバル・プリペアドネス・ネットワークすべてを稼働させ、国際抗体標準品の確立にも着手した。Uganda Virus Research Instituteと協力し、生存者サンプルの収集も進めている。Gavi、世界銀行、開発金融機関とサージファイナンシングについても協議している。
From: CEPI Statement: CEPI’s response to epidemic of Ebola Disease caused by Bundibugyo virus
【編集部解説】
今回のCEPIによる声明は、一つの感染症アウトブレイクへの対応報告というよりも、「パンデミックに対する人類の構え方そのものが、新しいフェーズに入った」ことを示すドキュメントとして読み解くべきものです。
ブンディブギョ・ウイルス(Bundibugyo virus, BDBV)は、いわゆるエボラ・ウイルス属に属する6種のうちの1つで、ザイール株やスーダン株に比べて報告例が極めて少ない希少な株です。2007年にウガンダで初確認されて以降、大規模な流行は数えるほどしか発生していません。WHOによれば、過去のBVDアウトブレイクにおける致死率は30〜50%とされており、決して軽視できる数字ではありません。
今回特筆すべきは、その規模とスピードです。ECDC(欧州疾病予防管理センター)が5月20日時点でまとめたデータでは、疑い例は約600件、死亡例は139件に達しており、5月15日のアウトブレイク宣言からわずか1週間で急拡大しています。WHOは5月17日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を正式発出し(WHO内部文書では5月16日の判断とする記載もあります)、Africa CDCも5月18日に「大陸安全保障上の公衆衛生上の緊急事態」を発令しました。
ここで重要なのは、ブンディブギョ・ウイルスには現時点で認可されたワクチンも特異的治療薬も存在しないという事実です。ザイール株には認可ワクチンがあり、スーダン株には複数の臨床段階候補がありますが、BDBVに対しては第I相試験段階の候補すらありません。この「ワクチン空白」こそ、CEPIが急遽動員態勢を取った最大の理由です。
注目していただきたいのは、CEPIが今回採用している「at-risk(リスクテイク)」というアプローチです。これは、製品が成功しない可能性や、開発完了時点でアウトブレイクが収束している可能性すら受け入れた上で、複数の工程を並行して走らせる手法です。通常の医薬品開発の常識からすれば異例ですが、まさにCEPIが掲げる「100 Days Mission」(新興ウイルス特定から100日以内にワクチンを開発する目標)の実戦投入に近い動きと言えるでしょう。
技術的な背景にも触れておきましょう。CEPIは2026年1月に、University of OxfordのChAdOx(アデノウイルス・ベクター)プラットフォームとModernaのmRNAプラットフォームを用いた多価フィロウイルス・ワクチンの開発支援を発表しています。これは「Disease X Vaccine Library」(未知の病原体への備えとして事前にワクチン設計を蓄積しておく構想)の中核をなすもので、今回のBDBV対応でも、こうした事前投資が「即応可能なネットワーク」として活用されている形です。
国際抗体標準品の確立に着手したという点も、地味ですが極めて重要です。各国・各企業が開発するワクチン候補を共通のものさしで比較できるようになれば、開発競争の効率は飛躍的に上がります。これは、いわばパンデミック対策における「メートル原器」を作るような作業なのです。
一方で、潜在的なリスクや課題も見えてきます。CEPIは下流の製造・調達に関してGavi、世界銀行、開発金融機関と「サージファイナンシング」について協議していますが、研究開発と実装の間には依然として大きな資金ギャップが存在します。Médecins Sans Frontières(国境なき医師団)も、今回のアウトブレイクが紛争地域や鉱山地帯、人口移動が活発な地域で起きていることの困難さを指摘しています。
長期的視点で見れば、今回の対応は、2027年から始まるCEPIの次期5カ年戦略「CEPI 3.0」(25億ドル規模)のショーケースとなる可能性があります。直近にハンタウイルスのアウトブレイクが発生し、その直後にBDBVが続いたという「複合的な感染症の時代」に、私たち人類がどのようなテクノロジーと国際協調の枠組みで備えるべきか。今回のCEPIの動きは、その問いに対する一つの実践的な回答と言えるでしょう。
【用語解説】
ブンディブギョ・ウイルス(Bundibugyo virus, BDBV)
現行分類ではOrthoebolavirus属(一般名:エボラウイルス属)に分類される6種のうちの1つで、フィロウイルス科に属する。2007年にウガンダ西部のブンディブギョ地区で初めて確認され、地名が名称の由来となっている。過去のアウトブレイクにおける致死率は30〜50%とされ、ザイール株(WHOによれば過去のエボラ病アウトブレイク全体で25〜90%の幅)よりは低いものの、依然として高い致死性を持つ。
フィロウイルス(Filovirus)
エボラやマールブルクを含む、出血熱を引き起こすRNAウイルスの科。糸状の特徴的な形態から「filo(糸)」と名付けられた。CEPIは複数のフィロウイルスに広く効くワクチンの開発を優先課題としている。
PHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)
WHOが国際保健規則(IHR)に基づき宣言する最高レベルの警告。新型コロナウイルスやエムポックス(サル痘)でも宣言された。今回は2026年5月17日付で宣言された。
100 Days Mission(100日ミッション)
新興ウイルスの特定から100日以内に、安全かつ効果的でアクセス可能なワクチンを開発するというCEPI主導の国際的目標。G7・G20も支持している。COVID-19での教訓を踏まえた野心的なプロジェクトだ。
Disease X(疾病X) / Disease X Vaccine Library
未知の病原体による次のパンデミックを想定した概念。CEPIは、ウイルス科ごとに事前にワクチン設計の知見を蓄積する「ワクチンライブラリ」構想を進めている。
ChAdOx
University of Oxford(オックスフォード大学)が開発したチンパンジー由来アデノウイルス・ベクターのワクチン・プラットフォーム。AstraZeneca製のCOVID-19ワクチンにも採用された実績がある。
国際抗体標準品
各国・各機関が開発するワクチン候補の有効性を、共通の基準で比較するための参照物質。開発競争の効率化と相互比較を可能にする、いわば「ものさし」の役割を果たす。
at-risk approach(リスクテイク型アプローチ)
製品が承認されない可能性や、不要になる可能性を受け入れた上で、複数の開発工程を並行して進める手法。緊急時の開発加速のためにCEPIが採用している戦略だ。
サージファイナンシング(Surge Financing)
パンデミック等の緊急時に、製造や調達を一気に加速させるために投入される短期集中型の資金供給。CEPIはGaviや世界銀行と協議している。
第I相臨床試験
新薬・新ワクチン開発における最初の人体試験段階。少人数を対象に安全性と用量を確認する。BDBVではこの段階に到達した候補が現時点で存在しない。
モノクローナル抗体
特定の抗原のみを認識する、人工的に作製された均一な抗体。治療薬として用いられることが多い。
前臨床段階(Preclinical)
細胞実験や動物実験など、人体での試験に入る前の研究開発段階のこと。
【参考リンク】
CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)公式サイト(外部)
2017年に設立された国際的なパンデミック対策のイノベーション・パートナーシップで、本記事の発信元である。
WHO(世界保健機関)公式サイト(外部)
国連の専門機関として国際保健を統括する組織であり、PHEICの宣言主体となっている。
Africa CDC(アフリカ疾病予防管理センター)公式サイト(外部)
アフリカ連合の専門機関で、大陸レベルの公衆衛生対応を統括している組織だ。
Gavi(ワクチン・アライアンス)公式サイト(外部)
途上国へのワクチン供給を支援する国際的な官民パートナーシップだ。
Moderna公式サイト(外部)
mRNAワクチン技術のパイオニア企業で、CEPIと連携してフィロウイルス・ワクチンの開発に取り組んでいる。
University of Oxford(オックスフォード大学)公式サイト(外部)
ChAdOxワクチン・プラットフォームの開発元として広く知られている。
Médecins Sans Frontières(国境なき医師団)公式サイト(外部)
コンゴ民主共和国で現地対応にあたっている国際医療NGOだ。
Uganda Virus Research Institute(ウガンダ・ウイルス研究所)公式サイト(外部)
ウガンダにおけるウイルス研究の中核機関で、CEPIとBDBV生存者サンプル収集で協力している。
CEPI フィロウイルス・プログラム解説ページ(外部)
CEPIによるエボラ、マールブルクなどフィロウイルスへの取り組みを詳述した公式解説ページである。
【参考記事】
Threat assessment brief: Ebola disease outbreak caused by Bundibugyo virus – Democratic Republic of the Congo and Uganda – 2026(外部)
ECDCが2026年5月20日時点のWHOデータに基づき発表した脅威評価。疑い例は約600件、死亡例は139件と報告されている。コンゴ民主共和国のイトゥリ州・北キヴ州で51件が確認され、ウガンダのカンパラで2件の輸入例が確認されている。
Ebola disease caused by Bundibugyo virus, Democratic Republic of the Congo & Uganda(外部)
WHO公式のアウトブレイク報。過去のBVDアウトブレイクにおける致死率が30〜50%であること、BDBVには認可ワクチン・特異的治療薬が存在しないこと、5月14日にINRBキンシャサで13件中8件のBDBV陽性が確認されたことなどが記述されている。
Ebola Disease Outbreak in the Democratic Republic of the Congo and Uganda(外部)
米国疾病予防管理センター(CDC)が発令した健康警告。2026年5月16日時点で疑い例246件、死亡例80件と報告されている。米国への波及リスクは現時点で低いとしつつ、臨床検査従事者に向けた検体取扱いの注意喚起を行っている。
First meeting of the IHR Emergency Committee regarding the epidemic of Ebola Bundibugyo virus disease(外部)
IHR緊急委員会の第1回会合の結果。WHOがコンゴ民主共和国を「非常に高リスク」と評価し、5月22日時点でウガンダが2件の確定例を報告している。
Bundibugyo virus: Why this Ebola disease outbreak is different(外部)
国境なき医師団(MSF)による現地視点の報告。500件超の疑い例、130件超の死亡例が報告されているとし、認可ワクチン・治療薬が存在しないBDBVに対する臨床現場の課題を、医療リードのジョン・ジョンソンが解説している。
Ambitious research to develop multivalent vaccines against deadly filoviruses(外部)
2026年1月公開のCEPI発表。University of OxfordのChAdOxプラットフォームとModernaのmRNAプラットフォームを用いて多価フィロウイルス・ワクチンを開発する計画を紹介している。Bundibugyo virusも対象に含まれる。
100 Days(CEPI)(外部)
CEPIによる「100日ミッション」の公式解説ページ。35億ドル規模のパンデミック対策計画、最大100種類のプロトタイプ・ワクチンによるワクチンライブラリ構想などが示されている。
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感染症アウトブレイクへのmRNA技術応用とデジタルヘルス対策を論じた記事。先進国における感染症再燃と、本記事のフィロウイルス対応を対比することで、グローバルな公衆衛生の構図が見えてくる。
【編集部後記】
遠いアフリカでの出来事のように感じられるかもしれませんが、ウイルスに国境はなく、私たちが暮らす日本も例外ではありません。今回のCEPIの動きは、未知の感染症と向き合うための「100日以内にワクチンを」という人類共通の挑戦の最前線です。
みなさんは、こうしたパンデミック対策のテクノロジーや国際協調の枠組みについて、どこまでご存じだったでしょうか。mRNAやベクター・ワクチンといった技術は、次の脅威に対してどう活かされるべきだと感じますか。SNSで、ぜひ感想や問いを聞かせてください。一緒に未来を考えていきたいと思っています。












