Appleが毎年この時期に開く開発者向けカンファレンス、WWDC。今年は例年以上に注目度が高まっています。昨年のWWDC2025で大胆なビジュアル刷新が行われたいっぽう、AI機能は「期待を下回った」との評価も少なくありませんでした。あれから1年、Siriはどこまで変わったのか。Vision Proはどこへ向かうのか。そして、15年間Appleを率いてきたティム・クックが最後に壇上で見せるものとは何か、来週開催の基調講演を前に、いまAppleの周辺で起きていることを整理します。
昨年のWWDC2025では、Appleが12年ぶりとなる大規模なデザイン刷新「Liquid Glass」を発表し、全OSのバージョン番号を「26」に統一した。音声・映像翻訳機能「Live Translation」の導入やCarPlay Ultraの拡充も注目を集めた一方、肝心のAI機能については「実用的だが控えめ」との評価が主流だった。
今年のWWDC2026(日本時間6月9〜13日)の最大の焦点は、Googleのモデルを活用して再設計された新しいSiriだ。独立アプリとして登場し、ChatGPTやClaudeなど他のAIとも連携する「Extensions」フレームワークも同時に公開されるとみられる。全OSは「27系列」に統一される見通し。ハードウェア面では、M5チップの販売不振を受けてApple Vision Proの後継開発が事実上停止。AIスマートグラス(開発コード「N50」)の発売も、2027年末へ延期されたと報じられている。一方でvisionOS 27は予定通りWWDCで発表される。9月1日に就任予定のジョン・ターナス次期CEOのもとで、AppleのAI・空間コンピューティング戦略は新たな段階に入る。
※アイキャッチ画像はWWDC2026公式サイトより引用
【編集部解説】
去年のWWDC2025——「デザインの刷新」と「AIの遅れ」
WWDC2025で最も目を引いたのは、ビジュアルの全面刷新でした。「Liquid Glass(リキッドグラス)」と名付けられた新しいデザイン言語は、ガラスのような半透明のUIをiPhone・iPad・Mac・Apple Watchすべてに適用するもので、iOS 7(2013年)以来12年ぶりとなる大規模なデザイン刷新です。

バージョン番号の「統一」も象徴的な変化でした。従来、iOSは18、macOSは15など、OSごとにバラバラだった番号が、WWDC2025を機に全OSで「26」に揃えられました。Appleが自社のエコシステム全体を「一つの体験」として提示しようとする意思表明として読み取れます。
機能面では、Messages・FaceTime・通話アプリでリアルタイム翻訳を行う「Live Translation」が登場しました。オンデバイスで処理するため会話内容が外部に送られないとAppleは強調しており、プライバシーファーストという同社の軸足を改めて示した形です。CarPlay Ultraは車内全画面への統合を深め、iPhoneアプリが直接CarPlay上で動作するようになりました。
ただし、AIそのものへの評価は抑制的でした。2024年のWWDC2024で「Apple Intelligence」として大々的に登場したSiriの本格進化版『画面を読み取り、アプリをまたいで操作するいわゆる「スーパーSiri」』はWWDC2025でも姿を見せませんでした。「期待していた割には弱かった」という評価が広がった背景には、ChatGPTやGeminiとの比較が視聴者の頭にあったことも影響していたと思われます。
今年のWWDC2026——「Siri 2.0」と、遅れを取り戻す賭け
今年の基調講演で最も注目されるのは、Siriの大幅刷新です。複数の報道によれば、新しいSiriはGoogleのGeminiモデルを内部で活用し、従来のSiriとは別に独立したアプリとして登場する見通しです。
ポイントは二重構造です。軽い処理はAppleのオンデバイスAIが担い、より複雑なクエリはGeminiが処理する。さらに、ユーザーが好みのAI(ChatGPT・Claudeなど)を選択できる「Extensions(拡張)フレームワーク」が加わります。「SiriがAIのプラットフォームになる」とも言えるこの設計は、Appleにとってかつてない大きな方針転換です。
ただし、ここには解決しきれない問いが残ります。Appleはこれまで「プライバシーこそAppleの製品である」と繰り返してきた企業です。Googleとの連携はその哲学と真正面からぶつかります。Apple側はすべてのGeminiへのクエリが自社のPrivate Cloud Computeインフラを経由し、Googleに保存・学習させないと説明しています。技術的な仕組みとして理解できる一方、「Googleにデータは渡さない」という約束を信じるかどうかは、最終的にはユーザーの判断に委ねられます。
OS番号は今年も統一方式が継続される見通しで、iOS・iPadOS・macOS・watchOS・tvOS・visionOSがそろって「27」を冠する予定です。iOS 27の対応機種はiPhone 12以降とみられていますが、Apple IntelligenceとSiri 2.0のフル機能にはiPhone 15 Pro以降またはiPhone 16以降が必要になる見通しです。「新機能のために機種変更が必要かどうか」を多くのユーザーが基調講演後に確認することになりそうです。
Vision ProとARグラス——「高価な実験」の次は何か
Appleの空間コンピューティング戦略は現在、大きな転換点にあります。
2025年10月にM5チップを搭載してリフレッシュされたApple Vision Proですが、販売台数は振るわず、後継機の開発は事実上停止されたと報じられています。第2世代Vision Proや廉価モデル「Vision Air」の開発計画も中止され、Appleはリソースをスマートグラスに集中する方針に転換したとされます。
焦点となるのは、開発コード「N50」と呼ばれるAIスマートグラスです。Meta Ray-Banへの対抗として開発が進むこの製品は、ディスプレイを持たず、カメラ・スピーカー・マイクを内蔵してSiriとApple Intelligenceを中心に動作する設計とされています。当初は2026年末の発売が見込まれていましたが、開発上の障壁(特にビジュアルAIの精度)を理由に、2027年末へ延期されたとBloombergのMark Gurmanが伝えています。
WWDC2026でN50が公式に言及される可能性は低いと見られていますが、visionOS 27は予定通り発表される見通しです。今年のvisionOSアップデートは主にバグ修正・パフォーマンス改善・アクセシビリティ強化が中心になるとみられており、目玉機能に乏しい地味な更新になりそうです。
Vision Proは今後どこに位置づけられるのか。最高責任者だったマイク・ロックウェル氏が2025年3月以降Siriチームに異動し、開発チームも解散に近い状態であるとすれば、「空間コンピューティングのパイオニア」という看板は維持しつつ、実用の重心をスマートグラスに移すという現実的な選択が進んでいると解釈できます。
ティム・クックCEO最後のWWDC——何が渡され、何が残るか
今年のWWDC2026はティム・クックにとって最後のCEOとしての基調講演となります。クックは2026年9月1日に退任し、後任にはハードウェアエンジニアリング部門シニアバイスプレジデントのジョン・ターナスが就任する予定です。
クックが15年間に積み上げたのは、ジョブズ流のカリスマ経営から脱却し、Appleを世界最大のテクノロジー企業へと再設計したサプライチェーンと収益構造の合理化です。一方で、AIの波への対応は遅れ、Siriは2011年の登場以来ほとんど本質的に進化しなかったという批判が絶えませんでした。
ターナスはiPhone・iPad・AirPods・Appleシリコン移行などAppleのハードウェア開発の中心にいた人物です。「オペレーションの天才から、シリコンの設計者へ」というトップ交代は、Appleが今後の競争をAIチップの性能で戦うという宣言とも読めます。クックがSiriの刷新を「始まり」として置き、ターナスがそれを「育てる」役割を担う。今年のWWDCは、そのバトンタッチの瞬間を映し出す舞台でもあります。
【用語解説】
Liquid Glass(リキッドグラス)
WWDC2025で発表されたAppleの新デザイン言語。ガラス調の半透明素材をUIに採用し、光の反射・屈折・ユーザーの動きへの追従などを表現する。iOS 26から全OSに適用されている。
Apple Intelligence
Appleが2024年のWWDC2024で発表したAI機能群の総称。文章生成・要約・画像生成・Siriとの連携などを含む。オンデバイス処理を重視し、処理できない場合はPrivate Cloud Computeと呼ばれる自社サーバーに送るアーキテクチャを採用する。
Private Cloud Compute(PCC)
AppleのAI処理用クラウドインフラ。クエリは処理後に保存されず、Appleも内容を参照できないよう設計されているとAppleは主張している。今後のGemini連携においても同インフラが仲介する予定。
Extensions(拡張フレームワーク)
iOS 27で導入が予定されている仕組み。SiriやWriting Tools・Image Playgroundなどのアプリで、Gemini・ChatGPT・Claudeなど外部AIモデルを呼び出せるようにする。ユーザーが用途に応じてAIを選択できるプラットフォームとして機能する見通し。
N50
Appleが開発中のAIスマートグラスの開発コード名。ディスプレイなし、カメラ・スピーカー・マイク内蔵で、SiriとApple Intelligenceを中心に動作する設計。発売は2027年末以降の見通し。
visionOS
Apple Vision Pro向けの空間コンピューティングOS。今年はvisionOS 27として更新される予定だが、大幅な新機能よりもバグ修正・パフォーマンス改善が中心になるとみられている。
ジョン・ターナス(John Ternus)
AppleのハードウェアエンジニアリングSVP。2026年9月1日にティム・クックの後任としてCEOに就任予定。iPhone・iPad・Appleシリコン移行を主導してきた人物で、ハードウェア・シリコン主導のApple戦略の象徴として注目されている。
【参考リンク】
Apple WWDC 2026 公式ページ(外部)
AppleによるWWDC2026の概要。基調講演のストリーミング情報、セッション一覧など。
Apple Newsroom(外部)
基調講演当日の発表内容はこちらで公開予定。
Bloomberg「Power On」(Mark Gurman)(外部)
WWDC関連リークの最も信頼性の高い情報源の一つ。購読制。
【参考動画】
Apple 公式YouTubeチャンネル(外部)
WWDC基調講演は日本時間6月9日午前2時よりライブ配信予定。
【参考記事】
WWDC 2026 Preview: iOS 27, Siri 2.0 & AI Plans — Fello AI(外部)
Siri 2.0の技術設計、Extensionsフレームワーク、Gemini連携の詳細をまとめた事前解説。
Apple AI glasses launch pushed back to late 2027 — 9to5Mac(外部)
N50開発遅延の経緯とVision Air計画の最新状況を伝える報道。
Apple Has Given Up on the Vision Pro After M5 Refresh Flop — MacRumors(外部)
Vision Proチームの解体とMike Rockwellの異動を報じた2026年4月の記事。
Apple’s Final Tim Cook Keynote Is on June 8 — Gizchina(外部)
Tim Cook退任とJohn Ternus就任の背景、WWDC2026の位置づけを解説。
Apple reveals new iOS 26 features and its Liquid Glass redesign at WWDC 2025 — Engadget(外部)
WWDC2025の発表内容詳細。Liquid Glass・CarPlay Ultra・Live Translationを網羅。
Apple eyes 2027 for AI smart glasses built around context, not screens — AppleInsider(外部)
N50スマートグラスの設計思想と市場背景を詳述した2026年2月の報道。
WWDC 2026 Arrives as Apple’s AI Ambitions Face Their Biggest Test — Techtrendske(外部)
AI競争の文脈におけるWWDC2026の位置づけと、Siri再設計の構造的意味を論じた記事。
【編集部後記】
「Siriは変わる」という話が出始めたのは、実はずいぶん前のことです。何年も同じ期待が繰り返されながら、結局変わらなかった。だからこそ今年の発表には、これまでとは少し違うトーンが漂っています——約束ではなく、「もう猶予はない」という切迫感のようなもの。
スマートグラスも同じです。Meta Ray-Banは市場で存在感を示しつつあり、Googleも動いている。Vision Proという「先進的すぎた実験」を経て、Appleがより日常に近い形でウェアラブルAIに挑む姿は、私たちにとって他人事ではないかもしれません。AIが耳元・手元・常時持ち歩くものに宿るとき、私たちとテクノロジーの距離はどう変わるのか、6月9日の基調講演が、その問いへのひとつの答えを見せてくれることを、私も楽しみにしています。












