
2026年7月5日、小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「トリフネ」の脇を秒速約5kmで駆け抜けた。着陸もサンプル採取もない、数秒間のすれ違い。だがその「地味だが途方もない」制御技術に、日本中の宇宙ファンが息を呑んだ。──そして、この探査機がかつて持ち帰った「人類の至宝」を守り、世界の研究機関へ届ける器を握っているのは、兵庫県姫路市の従業員約40名の町工場である。その名を、佐藤精機株式会社という。
プロローグ:宇宙の華やぎと、地上の縁の下
2026年7月5日の夕方、JAXA相模原キャンパスの管制室に「無事に通過」の一報が届いた。はやぶさ2が、直径約500mの小さく暗い岩──小惑星トリフネを、相対速度秒速約5kmですり抜けた瞬間だった。JAXAの事前発表では中心から約1kmを通過する計画で、報道では約800mまで接近したとされる。地球との通信は片道約5分かかる。地上から「今そこで曲がれ」と指示しても間に合わない。だから最終接近の局面では、探査機自身がカメラで捉えた天体の光点を機上のコンピューターで解析し、自ら軌道を判断する仕組みに切り替えたという。人の手を離れ、機械が自ら判断する──その誘導精度こそが、来たるべき「地球防衛(プラネタリーディフェンス)」時代の布石になる。
華やかな物語である。だが、宇宙開発とは、こうした「最前線の一瞬」だけで成り立っているわけではない。
思い出してほしい。はやぶさ2が2020年12月、小惑星リュウグウから持ち帰った砂と小石。あの微量のサンプル(回収量は約5.4g)は、地球の大気に触れれば汚染されるリスクがある。それを大気から遮断したまま、世界各地の研究機関へと届けなければならない。その「人類の至宝を入れる器」を、JAXAから託され、さらに海外の宇宙機関からも引き合いを受けているのが、姫路の佐藤精機なのだ。
秒速5kmの誘導精度がニュースになる一方で、その探査機の成果を地上で守り抜く技術がある。今回は、その「縁の下」に光を当てたい。
「神はミクロンに宿る」──たつのテクニカルセンターという心臓部
兵庫県たつの市。播磨の穏やかな風景の中に、その工場は建っている。2015年10月に竣工した「たつのテクニカルセンター(TTC)」。佐藤精機が航空宇宙・半導体といった、品質が極めてシビアな難加工のために建てた、技術の心臓部である。
一見すると、美しく整った新工場に過ぎない。だが、その足元──床下に注目すると、常軌を逸したこだわりが見えてくる。
工作機械を据える床下には、大小を問わず、すべてに厚さ1mのコンクリート基礎が打設されているという。それだけではない。同社によれば、その基礎の周囲には、さらに1mのゴムが敷き詰められている。狙いは「縁切り」だ。外の道路を走るトラックの震動も、周囲の機械の揺れも、この構造がまるごと吸収する。工場の床が、外界の振動から物理的に切り離されているのである。この設計は、超高性能工作機械メーカーとして知られる安田工業の工場を参考にしたと佐藤氏は語る。
外壁にも仕掛けがある。近隣には、世界最高性能級の大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」がある。佐藤氏によれば、同社はこの施設との技術交流を通じ、SPring-8が採用しているものと同じ最高グレードの高性能断熱材を、外壁全面に張り巡らせたという。
そこまでして守るのは、たった一つ──「温度」である。
同社によれば、TTCの建屋内は、24時間365日、常に22℃±2℃でエアコン管理されている。金属は、長さ数十cmもあれば、わずか1℃の温度変化で数ミクロン伸縮する。だから製造現場と検査室を、寸分違わず同じ温度に保つ。
「金属は生き物なんです」と佐藤氏は語る。「1℃違えば、数ミクロン動く。ミクロンの勝負をしている我々にとって、それは致命的です。だから我々は、部屋ごと同じ温度で呼吸させている」──この徹底ぶりが、思わぬ果実を生んだ。佐藤氏によれば、一般的には加工後に部品の温度を室温に慣らすため検査室に長時間放置する工程が必要になるが、同社はこの「待ち時間」を排除できたという。加工した後すぐに検査でき、超精密加工でありながら短納期を実現しているのだ。
神は、ミクロンに宿る。その神を招き入れるために、彼らは工場そのものを一つの精密機械として設計したのである。
JAXA・NASAを唸らせた超真空容器「FFTC」開発秘話
佐藤精機の名を宇宙業界に轟かせたのが、大気遮断型試料輸送容器「FFTC(Facility to Facility Transfer Container)」だ。はやぶさ2のリュウグウサンプルを施設間で運ぶために採用された、JAXA公式にも掲載される実績を持つ。同社によれば、その後、米国の小惑星探査ミッション「オシリス・レックス」向けにも展開したという。
だが、その採用は決して平坦な道のりではなかった。佐藤氏によれば、JAXAのFFTC選定は3社によるコンペだったという。佐藤精機は、2つの武器でこれを勝ち抜いたと振り返る。

一つは、真空保持力である。同社によれば、プロトタイプで2週間、量産品で1ヶ月、最新のバージョン5では最長2ヶ月近くも真空状態を保持する密閉精度を実現しているという。サンプルを地球の大気から遮断し続けるこの一点で、他社を寄せ付けなかったと佐藤氏は語る。
そしてもう一つが、佐藤精機の真骨頂とも言えるユーザビリティの逆提案だった。
佐藤氏によれば、JAXAの当初設計は、六角レンチなどを用いる「ボルト締め構造」だった。だが佐藤精機は、ここで待ったをかけたという。「あんな過酷なキュレーション(分析室)の環境で、手袋をはめながらボルトを一つずつ開け閉めするのは困難だ。サンプルを扱う器は、絶対に容易に開閉できるべきだ」──そう考え、手で回して開けられる「ネジ切り(タップ)構造」を提案し、ボルトレス化を図った。この現場に寄り添う発想こそが、決定打となったと振り返る。
しかし、ネジ構造には宿命の敵がいる。「かじり」──ネジ同士が噛み込んで動かなくなる現象だ。
「考えてみてください」と佐藤氏は語る。「宇宙から持ち帰った、人類の至宝です。もしネジが噛み込んでフタが開かなくなったら、サンプルの回収すら難しくなる。それは、絶対にあってはならないことなんです」──同社はネジ山の精密な設計と金属同士のすり合わせに、泥臭い改良を重ねたという。さらに万が一に備え、ネジが動かなくなった時にフタへ「さすまた(二股の治具)」を差し込み、テコの原理で強制的に開閉できるスリット構造まで後から追加したと佐藤氏は明かす。
国が違えば、答えも変わる。佐藤氏によれば、海外向けに約500個を納入する際には、思わぬ壁にぶつかったという。使い手の体格や握力の違いから、日本と同じ非常に細かく緻密なネジピッチのままだと、力任せに回してネジを噛み込ませてしまう。そこで海外向けにはあえてネジピッチを少し緩め(粗め)に設計変更し、かじりを防いだ。器を、使う人間の身体に合わせて仕立て直したのである。
この容器は今、さらに海を渡ろうとしている。佐藤氏によれば、直近ではフランスの宇宙機関CNESより約50個のFFTCを新規受注し、出荷準備を進めているという。姫路の町工場が作る器が、世界の宇宙探査の現場に広がりつつある。
「やれないとは言わない」──宇宙・空ベンチャーとの死闘
FFTCが佐藤精機の「静」の技術だとすれば、日本の宇宙・空ベンチャーとの共同開発は、その「動」の技術を映し出す。
和歌山県のロケットベンチャー、スペースワン。同社は和歌山県串本町のスペースポート紀伊から小型ロケット「カイロス」を打ち上げる企業だ。佐藤氏によれば、佐藤精機はこのスペースワン向けに、ロケットの剛性を担保しながら限界まで軽量化するための、網目状(トラス構造)のアルミ製ブラケット部品を製造しており、受注は急増中だという。
そして、北海道のロケットベンチャー、インターステラテクノロジズ(IST)。新型ロケット「ZERO」の「燃焼器外筒」の製造では、常識では考えられない要求が突きつけられた。
「円筒を、半分に割った状態で削ってくれ、と言うんです」──佐藤氏は当時をこう振り返る。熱影響による干渉や亀裂を防ぐための設計要求だったが、円筒を丸ごとではなく、真っ二つに割った状態で内側を切削するなど、極めて無茶な話だったという。しかし佐藤精機は逃げなかった。特殊な治具を自社で設計し、二分割の状態で削り出すことで、極めて高い真円度を達成。最終的に、熱による変形を起こしにくい「電子ビーム溶接」で接合し、完璧な一本の円筒に仕上げてみせたと語る。




「空飛ぶ車」向けの仕事も忘れがたい。佐藤氏によれば、エアモビリティ関連のプロペラなどの5軸加工部品を手がけているが、ここで求められるのは量産ではなくスピードだという。空気抵抗などの実験数値を検証するたびに、「毎回、形状が微妙に異なる1点物の試作プロペラ」を、開発現場が求める超高速のスピード感で都度作り、提供し続ける。試作と検証の高速回転に、加工屋として並走しているのだ。
こうした無茶な図面や実験要求に、佐藤精機は「やれない」「めんどくさい」とは言わない。「まずはやってみよう」──この一言が、社の文化として根を張っている。
2〜3ミクロンの世界と、「技術の見える化」
宇宙や空だけが佐藤精機の舞台ではない。むしろ収益の土台は、地に足のついた超精密加工の膨大な蓄積にある。
たとえば、世界的な半導体製造装置メーカー(ディスコ)向けの、シリコンウェハを固定する「吸着テーブル」。同社によれば、ウェハを寸分の狂いもなく水平に固定するため、テーブル上面には平行平面度2〜3ミクロンという極限の平坦度が要求されるという。この精度は一般的な3次元測定機では測ることが難しく、佐藤精機は同社独自の特殊な測定法を用いて、自らその品質を保証している。

モータースポーツの世界にも、その名は刻まれている。日産系のnismo(ニスモ)向けには、スーパーGTに参戦するGT-R用の部品を「1品物の特注品」として製造してきたと佐藤氏は語る。エレベーター大手のフジテックや東芝エレベータ向けの昇降機用部品は、創業期から続く収益の基盤の一つだ。加えて、公式に主要取引先として挙がる理化学研究所、川崎重工業、三菱重工業、新明和工業など向けの部品も手がける。同社によれば、対応材質は鉄、アルミ、ステンレス、チタン、樹脂、セラミック、半導体用ガラスと幅広く横断するという。


だが、佐藤精機の本当の凄みは、個々の加工技術以上に、それを支える「人」の体制にある。
同社によれば、品質保証・製造部門を合わせて約40名という組織でありながら、佐藤精機には国家資格の最高峰である「特級技能士」が4名(直近まで5名)も在籍しているという。佐藤氏は「特級技能士が在籍している加工会社は、200社に1社あるかどうかだと、転職を何百社と見てきたプロに驚かれた」と語る。在籍5年以上の社員は1級技能士、若手でも全員が2級技能士を取得できるよう、会社が強力に支援しているという。
さらにユニークなのが、「QC検定3級」の全社取得への挑戦である。佐藤氏によれば、「品質は検査室ではなく、製造現場で作り込むもの」という信念のもと、職人だけでなく、管理営業も、事務も、新入社員までもが品質検定に取り組んでいるという。全員が「4M(Machine, Man, Method, Material)」といった品質の共通言語を理解しているため、機械や担当者を変更する際には、現場の作業員のほうから自発的に「変更管理規定に基づいて申請を上げましょう」という高度な対話が生まれるのだと佐藤氏は語る。
なぜ、そこまで資格取得にこだわるのか。佐藤氏の答えには、深い社員愛がにじむ。
「万が一、将来この会社を出て、別のキャリアを歩むことになったとしても」と佐藤氏は語る。「自分の技術を、TOEICや資格のような『誰にでも通じる定量的な物差し』で説明できるようにしておいてあげたい。そうすれば、一生食いっぱぐれることはないですから」──技術の「見える化」は、顧客のためであると同時に、社員の人生を守る盾でもあった。
図面通りに作るだけなら、それはただの加工屋だ。そこに納期短縮、コスト削減の提案、組み立てやすさの向上といった付加価値を乗せ、顧客の期待を超える感動を生む。佐藤精機が掲げる「Amazing Company」という理念は、この日々の積み重ねの上に立っている。


イーロン・マスクへの共感と、「技術解像度」を持つトップ
今回取材に応じてくれたのは、品質保証部課長と管理営業部の渉外担当を兼ねる佐藤亮介氏だ。その佐藤氏が、経営者としての理想像として繰り返し口にするのが、スペースXを率いるイーロン・マスクの名だ。
「マスクという人は」と佐藤氏は語る。「電子ビーム溶接と3Dプリンターの技術的な差異まで、現場レベルの極めて高い『解像度』で自ら理解している。その上で、直接、経営判断を下している。あれこそが、これからの時代のトップのあり方だと思うんです」
その言葉には、強い意志が込められている。「社長が現場の技術解像度を持たず、ただ『ちょっと聞いてくるわ』と担当者をたらい回しにするような経営では、最先端のベンチャーたちのスピード感には絶対についていけない。私は、現場と同じ解像度で、瞬時に的確な経営判断ができる、技術がわかるトップでありたい」
伝統的な職人技能の継承と、次世代ベンチャーの猛烈なスピード経営。その両方を、一人の人間の中で融合させようとしている。
佐藤氏が描く夢は、遠い宇宙の話ではない。実需をさらに積み上げ、いつの日か、たつの市あるいは姫路市に「宇宙産業に特化した新工場」を建てる──それが、播磨の地から世界の宇宙開発を支えようとする、佐藤氏の思い描く構想である。
はやぶさ2は今も、11年以上を飛び続けた機体をだましだまし、次の目的地へと向かっている。その旅路のどこかに、姫路の町工場が磨き上げたミクロンの技術が、確かに息づいている。秒速5kmの誘導精度が宇宙の最前線でニュースになる時代に、その成果を地上で守り、世界へ届ける器がある。
神はミクロンに宿る──その神を、佐藤精機は今日も、22℃±2℃の静かな工場で招き入れている。
取材協力:佐藤精機株式会社(兵庫県姫路市)/品質保証部課長 兼 管理営業部渉外担当・佐藤亮介氏
【用語解説】
FFTC(大気遮断型試料輸送容器)
Facility to Facility Transfer Container の略。宇宙から回収した試料を、地球の大気に触れさせず汚染から守ったまま、研究施設間で受け渡すための専用容器。佐藤精機が開発・製造し、JAXAのはやぶさ2サンプルキュレーションで採用されている。
フライバイ
探査機が天体に着陸・並走せず、そばを高速で通過しながら観測する手法。はやぶさ2は2026年7月5日、小惑星トリフネをこの方式で観測した。
プラネタリーディフェンス(地球防衛)
地球に接近する小惑星などを早期に発見・監視し、衝突の恐れがあれば対策を講じて被害を防ぐ国際的な取り組み。小天体へ精密に近づく誘導技術は、その基盤技術のひとつとされる。
特級技能士
厚生労働省が所管する国家検定「技能検定」の最上位区分。実務の熟練だけでなく、現場の管理・監督能力を問う。取得者は全国的に希少とされる。
電子ビーム溶接
真空中で電子ビームを照射し、金属を接合する溶接法。入熱を局所に絞れるため熱による変形が起きにくく、精密部品や航空宇宙部品の接合に用いられる。
SPring-8
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能級の大型放射光施設。物質の構造をナノ・原子レベルで解析でき、はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウ試料の分析にも使われた。
【参考リンク】
はやぶさ2サンプルキュレーション連携協定・共同研究チーム(JAXA宇宙科学研究所)(外部)
FFTCを大気遮断型試料輸送容器として紹介する公式ページ。
小惑星探査機「はやぶさ2」による小惑星「トリフネ」フライバイの時刻決定(JAXA)(外部)
最接近時刻・接近距離・相対速度を記した公式発表。
佐藤精機株式会社 インタビュー記事(兵庫県)(外部)
同社の事業や超真空容器製造を紹介する自治体資料。
会社概要(佐藤精機株式会社)(外部)
所在地・沿革・主要取引先などの公式情報。
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