「宇宙から地球を見る」を日常に|バスキュール×日テレ「TerraCaster」が世界環境デーに始動

宇宙から地球を見る。青く輝く球がゆっくりと回り、雲が生まれては流れ、夜と昼の境目が大陸の上を渡っていく——その光景を、自分の目で見た人類は、これまでほんの一握りの宇宙飛行士だけでした。

その景色が、いま、誰もの手元に近づこうとしています。バスキュールと日本テレビが始動させた「TerraCaster(テラキャスター)」は、気象衛星ひまわりが捉えた「今の地球」を、宇宙から眺めているかのような映像として映し出すプラットフォームです。世界環境デーの6月5日、その地球は全国のビジョンに広がります。

かつて遠かった視座が、日常の風景になる。それは、私たちに何をもたらすのでしょうか?


バスキュールと日本テレビは6月1日、気象衛星データを活用した地球観測映像プラットフォーム「TerraCaster(テラキャスター)」をリリースした。赤道上空約36,000kmの気象衛星ひまわりが10分間隔で撮影する観測画像の「間」を補間し、宇宙から眺めているかのような滑らかな映像として再現するもので、映し出される雲や地球の姿はすべて実際に観測されたものに基づく。最短1時間前までの「今の地球」を映し、24時間の変化を約30秒として可視化、最大11Kの高解像度出力に対応する。6月5日の世界環境デーに合わせ、国内主要都市の60面以上のデジタルサイネージで展開され、虎ノ門ヒルズのステーションビジョンでは11K相当で上映される。6月からは日本テレビタワー(汐留)2階ロビーの大型LEDビジョンでも公開され、日本テレビ系のキャンペーン「Good For the Planet ウィーク」(5月30日〜6月7日)でも展開される。

From: 文献リンク「宇宙から地球をみる視点を日常に」バスキュールと日本テレビ、地球の今を映し出す「TerraCaster」を本格始動

【編集部解説】

かつて、その景色は宇宙飛行士だけのものだった

宇宙から地球を一望したとき、多くの宇宙飛行士に、よく似た心の変化が起きると言われています。国境という線が消え、地球が一つの生きものに見え、その身を包む大気のあまりの薄さに、これを守らなければという思いが突き上げてくる——作家のフランク・ホワイトは1987年の著書で、この感覚を「オーバービュー・エフェクト(概観効果)」と名づけました。

「私たちは月を探検しに来たのに、最も大切なことは、地球を発見したことだった」。アポロ8号で人類史上初めて月を周回したウィリアム・アンダースが残したこの言葉ほど、その変化を端的に語るものはありません。

今回のリリースで、バスキュールの朴正義代表は「宇宙から地球を見るという視座そのもの」を届けたいと語り、日本テレビの担当者は、宇宙飛行士が得る「国境のない一つの生命体としての地球」という価値観の変容を、すべての生活者に届けられるようになったと述べています。TerraCasterが本当に狙っているのは、高精細な映像でも、滑らかなタイムラプスでもありません。半世紀のあいだ、ごく限られた人間だけが立てた場所に、誰もが立てるようにすること——その一点です。

1968年「地球の出」、1972年「青いビー玉」

この視座が人類に与えた衝撃は、二枚の写真がよく物語っています。

一枚は1968年12月24日、月を周回したアポロ8号の乗組員アンダースが撮影した「Earthrise(地球の出)」。荒涼とした月の地平線の向こうに、青く輝く地球が昇る一枚です。もう一枚は1972年12月7日、最後の有人月飛行となったアポロ17号の乗組員が撮影した「The Blue Marble(青いビー玉)」。雲をまとった地球の全体が、初めて太陽の光に満たされて写った一枚でした。

これらの写真は、科学の記録としてよりも、文化や運動の側で力を持ちました。一枚の像が、世界中の人々の心に「地球は一つの、壊れやすい球だ」という感覚を植えつけ、その後の環境運動の象徴になっていったのです。

ここで、innovaTopiaが以前に綴った「世界環境デー」の記事に触れておきます。世界環境デーは、1972年6月5日に開幕した国連人間環境会議(ストックホルム会議)を起点に定められました。環境問題に世界が向き合う、制度としての出発点です。興味深いのは、その同じ1972年の暮れに「青いビー玉」が撮られていることです。一枚の写真が植えた直感と、国際社会が動き出した制度。同じ年に、地球を見つめ直す二つの出来事が起きていた。そう知ると、6月5日という日の奥行きが少し変わって見えてきます(記事は末尾でご紹介します)。

そして半世紀後のいま、その「一枚の像」が、止まった写真ではなく、動き続ける今日の地球として届けられようとしています。

本物の地球が、動く

TerraCasterの映像を見て、まず心をつかまれるのは、地球が「動いている」ことだと思います。雲が湧き上がり、台風が渦を巻きながら育ち、夜と昼の境目が大陸をなぞって移動していく。止まった一枚では決して伝わらない、生きて呼吸する地球の姿がそこにあります。

この「動き」を支えているのが、気象衛星ひまわりと、バスキュールの技術です。ひまわりは赤道上空約36,000kmから、10分ごとに地球全体を撮影しています。1日に144枚の写真です。ただ、10分ごとの写真をそのまま並べると、動きはどうしてもカクカクしてしまう。そこでTerraCasterは、隣り合う写真と写真の「あいだ」を補間という技術でなめらかにつなぎ、流れるような映像にしています。

ここで、この取り組みの芯にある一つのこだわりに触れておきたいと思います。リリースと公式サイトは、繰り返しこう強調しています。映し出される雲や地球の姿は、すべて実際に観測されたものであり、観測されていない地球を新たに描き出すことはない、と。言いかえれば、10分ごとの「本物の地球」がいくつもの節目としてあり、補間はその節目と節目を自然につなぐ、あいだの仕事に徹している。動かしているのは、あくまで本物なのです。

文章を打ち込めば、それらしい地球の映像が何枚でも生まれる時代です。だからこそ、「ここに映っているのは、まぎれもなく今日この地球で起きたことだ」という事実が、確かな重みを持ちます。台風がこの形に育ったのも、あの渦が現れたのも、すべて現実に起きたこと。作り物にはない、その「本当にあった」という手触りこそが、TerraCasterの映像を、ただ美しいだけのものから心を動かすものへと変えています。

「遠いもの」を「みんなの遊び」に変えてきた会社

TerraCasterが、なぜこれほど「視座を届ける」ことにこだわるのか。それは、つくり手であるバスキュールの歩みを知ると腑に落ちます。

バスキュールは、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に世界唯一の放送局を開いた「KIBO宇宙放送局」を手がけてきました。そのコンセプトは明快です。今まで宇宙飛行士しか活躍できなかった宇宙という舞台を、ネットとデザインの力で、あらゆる人々に開放したい——。ほかにも、みんなで国際宇宙ステーションを見上げる「#きぼうを見よう」を「もっとも身近な宇宙エンターテインメント」と呼び、流れ星を見つけた瞬間のときめきを伝える観測システムもつくってきました。

この会社が一貫してやってきたのは、「遠くにある、特別なもの」を、堅い知識や教育としてではなく、みんなが手を伸ばせる“ときめき”や“遊び”に変えることでした。同社が掲げる言葉は “PLAY WITH FUTURE”。TerraCasterは、その手つきが地球そのものに向けられた、最新の形だと言えます。

そして、この取り組みには、もう一つの大きな射程があります。リリースや公式サイトに「サイエンス・コミュニケーション」という言葉は出てきませんが、TerraCasterが描く未来は、まさにその理想形だと私たちは考えます。朴代表は、こんな情景を語っています。学校のタブレットに毎朝「今日の地球」が届き、子どもがふと、昼と夜の境目の位置が日によってずれていることに気づく。やがてその子は、公転や季節、日食といった現象の意味に、教科書からではなく自分の目から、たどり着いていく。

これは、知識を授ける前に、まず毎日の風景に小さな違和感の種を置くということです。そこから、子ども自身のなかに問いと発見が芽生えるのを待つ。サイエンス・コミュニケーションという枠を超えて、人が世界と出会い直すきっかけそのものを、日常のなかに置こうとしている。そう捉えると、この試みの射程は思いのほか大きいのです。

地球を見る、を毎日に

最後に、少しだけ時間の幅を広げてみます。

半世紀前、「青いビー玉」は人々に地球の美しさと壊れやすさを教えました。そして2022年、その50年後の同じ日に、NASAは約150万km彼方のDSCOVRという探査機から地球を撮り直しています。並べて見ると、半世紀のあいだに地球の表情が変わったことが分かる、という試みでした。一枚の写真が、数十年に一度の比較から、毎日見られる映像へ。「地球を見る」という人類の営みは、確実に、より身近で、より連続したものになってきています。

かつては宇宙へ行かなければ得られなかった視座が、いま、街のビジョンや手元の画面に降りてこようとしている。それが私たちの暮らしや、世界の見え方をどう変えていくのか——その答えは、まだ誰も知りません。けれど、毎日少しずつ姿を変える地球を、ただ「きれいだな」と見上げる時間が、日常のなかに増えていく。それだけでも、十分にわくわくする未来だと思うのです。

【用語解説】

気象衛星ひまわり
日本の静止気象衛星。赤道上空約36,000kmから地球全体(フルディスク)を10分間隔で観測。現在の運用機はひまわり9号。

フルディスク観測
衛星から見える側の地球全体を、丸い円盤(ディスク)として一度に捉える観測。静止衛星のひまわりは主に東アジア・西太平洋側を視野に収め、10分間隔で実施。

補間(フレーム補間)
離散的に撮影された画像と画像の「間」を計算で生成し、滑らかな連続映像にする処理。TerraCasterでは観測と観測の間をつなぐ用途に限定。

タイムラプス
一定間隔で撮影した静止画をつなぎ、長時間の変化を短時間に圧縮して見せる映像手法。

11K
横方向の画素数が約11,000に達する超高解像度。4K(約4,000)を大きく上回る精細さ。

オーバービュー・エフェクト(Overview Effect)
宇宙から地球を一望した宇宙飛行士に共通して起きるとされる認知・価値観の変容。作家フランク・ホワイトが1987年に提唱。

The Blue Marble(青いビー玉)
1972年12月7日、アポロ17号の乗組員が撮影した、太陽に全面を照らされた地球の写真。地球環境運動の象徴に。

Earthrise(地球の出)
1968年12月24日、アポロ8号のウィリアム・アンダースが撮影した、月の地平線から昇る地球の写真。

DSCOVR
地球から約150万km離れたラグランジュ点に位置するNASA等の観測衛星。搭載カメラEPICが地球の全面像を継続的に撮影。

【参考リンク】

TerraCaster 公式サイト(外部)
バスキュールと日本テレビによる地球観測映像プラットフォーム。コンセプトと活用シーンを紹介。

ひまわり8号リアルタイムWeb(NICT)(外部)
ひまわりの地球画像をほぼリアルタイムで閲覧できる無料サービス。今この瞬間の地球を自分で確かめられる。

気象衛星ひまわり(気象庁)(外部)
ひまわりの観測画像・運用情報の公式提供元。

JAXA ひまわりモニタ(P-Tree)(外部)
JAXAによるひまわり観測データの提供・解析サービス。物理量データや画像を扱える。

The Blue Marble from Apollo 17(NASA)(外部)
1972年の「青いビー玉」のNASA公式解説。

Blue Marble 50 Years Later(NASA / DSCOVR)(外部)
50年後の2022年に同時刻のアングルで撮り直された地球の画像ギャラリー。

株式会社バスキュール(外部)
KIBO宇宙放送局や#きぼうを見ようなど、宇宙を日常の体験に変えるプロジェクトを手がけるデザインスタジオ。

【参考記事】

The Blue Marble — Wikipedia(外部)
Earthrise(1968)との関係、撮影距離、複数の派生画像を含む包括的な解説。

Blue Marble: how half a century of climate change has altered the face of the Earth — University of Portsmouth(外部)
1972年と2022年の地球像を比較し、半世紀の気候変動を読み解く論考。

‘Blue Marble’ 50th anniversary — CNN Style(外部)
「青いビー玉」が文化・政治の側で持った影響と、アンダースの言葉を伝える記事。

【関連記事】

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【編集部後記】

TerraCasterのある日常を、少しだけ想像してみました。

自宅の壁に、絵画の代わりに地球を飾る。待ち合わせ場所が「〇〇駅の地球の前で」になる。あるいは、レストランで大切な人と過ごす数時間、傍らでゆっくりと変化していく地球を眺めていたら、どんな気持ちが胸に湧いてくるだろう——そんなことを考えていると、不思議と心が弾みます。

この景色が、どこまで私たちの日常に広がっていくのか。それは、これからの届け方の設計にかかっているのだろうと思います。いまはまだ、街のビジョンや特別な空間で「出会う」段階かもしれません。けれど、たとえば「TerraCasterマップ」のようなものが公開されて、「うちの店でも映しているよ」という声が街のあちこちから上がり、自分の暮らす街のどこへ行けば地球に会えるかが分かるようになったら。そんなふうに「宇宙から地球を見る」がじわじわと日常に広がっていく未来を、私は楽しみに待ちたいと思います。

そうして毎日見るうちに、最初は特別だった地球も、きっといつかは見慣れた風景になっていくのでしょう。でも、見慣れることは、心が離れることと同じではない気がします。生まれたときから話している言葉を、私たちはいちいち意識しません。けれど、それは確かに自分の世界の土台になっている。空気のように、あって当たり前のものほど、知らないうちに自分の一部になっていく。地球がそんな存在になる日常も、案外わるくないな、と思うのです。

きっと、見上げた先に何を感じるかは、一人ひとり違うはずです。もし世界環境デーのこの数日間、街角や手元の画面でふと「今の地球」に出会うことがあったら、そのとき自分の中に何が動いたか、心に留めてみてください。私たちも、一緒に見上げてみたいと思います。