TIDAL、完全AI生成音楽のロイヤリティを停止—「AI」タグ付けで人間の創作を守る一手

好きな曲を再生する。その数秒間に、あなたのわずかなお金がアーティストへと流れていく——ストリーミングとは、そういう仕組みです。では、その曲を作ったのが人間ではなく、AIだったとしたら? しかも、誰かのお金を掠め取るためだけに量産された一曲だったとしたら? いま音楽配信の世界では、そんな「顔のない曲」が毎日とんでもない数で押し寄せています。TIDALが打ち出した新しいルールは、この洪水に対する一つの答えです。曲を消すのでも、AIを追い出すのでもなく、「お金を渡さない」。奇しくも同じ週、AI音楽の生成側であるSunoの動きも本サイトで報じられました。配信する側と、作る側。その両方でお金と権利をめぐる線が引き直されようとしているいま、この静かな一手には、私たちが音楽に何を求めているのか、という問いが隠れています。


TIDALは2026年6月29日、検出した完全AI生成音楽にAIバッジを付け、ロイヤリティ獲得とダイレクト・トゥ・ファン販売の対象から除外するAIポリシーを公開した。

Block傘下の同社は、なりすましや詐欺に関連するAI生成音楽も削除する。公式ポリシーは収益化の停止を「Starting today(本日より)」とし、消費者向けの「AI」バッジ表示と不正トラックの削除は7月15日前後に発効するとしている。なお404 Mediaは、TIDALのコメントとしてロイヤリティへの影響も7月15日開始と報じており、運用開始日の解釈には幅がある。検出手法の向上に応じ、タグは実質的にAI生成された音楽にも拡大される。EVP兼編集長のトニー・ガーヴィーノが発表した。

Deezerは4月、1日約7万5000曲のフルAI生成トラックを受け取り、新規音楽の44%超に当たると公表し、2025年にはその再生の最大85%が不正だったとした。Qobuzは2月、Apple Musicは3月、Spotifyは4月にそれぞれAI関連の措置を導入した。

From: 文献リンクTIDAL to automatically tag AI-generated music… and block it from earning royalties

【編集部解説】

まず、このニュースの本質がどこにあるのかを整理させてください。今回TIDALが打ち出した施策の核心は「AI音楽にラベルを貼ること」ではありません。最大の眼目は、AI音楽から「お金の流れを断つ」ことにあります。The Next Webはこの点を、ラベル付けや非表示にとどめる他社と異なり、TIDALは「収益化の停止を主たる執行手段に据えた」と整理しています。つまり、合成音源が大量に流れ込む根本動機である「金銭的インセンティブ」そのものを狙い撃ちにした、という構図です。

なぜ今、お金の流れを断つ必要があったのでしょうか。背景には、ストリーミング市場を蝕む「ロイヤリティ詐取」の問題があります。配信プラットフォームの収益は、原則として再生回数のシェア(全体に占める割合)に応じて分配されます。固定の1再生単価があるわけではありません。そこへAIで大量生成した楽曲を投入し、不正な手段で再生数を稼げば、本来人間のアーティストに渡るはずの収益を吸い上げられてしまう。Deezerは、2025年に完全AI生成音楽の再生のうち最大85%が不正なものだったと公表しています。問題は「AIか人間か」という美学ではなく、原資の奪い合いという経済構造にあるわけです。

数字の規模感も押さえておきましょう。Deezerは4月時点で、1日あたり約7万5000曲の完全AI生成トラックを受け取り、これが新規音楽の44%超に達すると述べています。一方PYMNTSの報道によれば、その日次の流入数は2025年初頭の1万曲から3月には6万曲超へ膨らんだとされます。集計時点が異なるため両者は矛盾しませんが、いずれにせよ新規アップロードの相当部分がすでにAI製で占められている、という現実が浮かび上がります。

ここで難しいのが「どこまでがAI製か」という線引きです。TIDALは当面「完全(wholly)AI生成」を対象とし、検出技術の成熟を待って「実質的(substantially)AI生成」へ広げると説明しています。けれども、人間が作詞しAIが伴奏を付けた曲は? プロデューサーがAIに細かく指示を出した曲は? 境界は限りなくグレーです。

この曖昧さを象徴するのが、AIバンドとされる「The Velvet Sundown」のような存在です。404 Mediaは、こうしたバンドが「ブラックボックス」であり、完全AI生成として除外対象になるのか、それとも人間の関与が十分とみなされ報酬を受け取り続けるのか、現時点では判別できないと指摘しています。TIDALはこの問いに明確な回答を返していません。

線引きが曖昧であることは、別のリスクも生みます。人間のアーティストが誤ってAI製と判定されれば、正当な収益を奪われかねません。TIDALは、AI検出とラベリングはあくまで最善努力(best-efforts)であり、誤判定(false positive/false negative)が起こり得ると規約で認めたうえで、誤判定を疑う場合はサポートへ申し立てができると案内しています。検出精度と異議申し立ての運用が、この施策の公正さを左右する肝になるでしょう。

注目したいのは、TIDALが「AI排斥」の旗を掲げてはいない点です。同社は完全AI生成音楽を削除はせず、ラベルを付けて選別し、リスナーが自ら選べる状態を残すと述べています。トニー・ガーヴィーノも、技術がアーティストの制作や顧客理解を助ける側面を認めたうえで、「技術の進歩を叩くためではない」と強調しました。守ろうとしているのは「人間の創造性に正しく報いる経済」であって、ツールとしてのAIそのものではない——この線引きの置き方は、感情論に流れがちなAI論争のなかで冷静さを保とうとする姿勢の表れと読めます。

TIDALがこの立場を取る背景には、同社の出自もあります。Block傘下のTIDALは規模ではSpotifyやApple Musicに及びませんが、アーティストへの分配率の高さを売りに「アーティストファースト」を掲げてきた配信サービスです。人間のクリエイターを守る姿勢を鮮明にすることは、巨大プラットフォームとの差別化戦略としても理にかなっています。

業界全体で見ると、対応は二つの系統に分かれつつあります。ひとつはDeezerやQobuz、そしてTIDALのように、プラットフォーム側で能動的に検出・選別する路線。もうひとつはApple MusicやSpotifyのように、レーベルやディストリビューターの申告・開示に委ねる路線です。たとえばApple Musicは主にレーベル・ディストリビューターの申告に依拠し、Spotifyも自社検出ではなく、楽曲クレジット内でアーティストがAI利用を開示する仕組みを軸としています。検出をプラットフォームが担うのか、供給側に委ねるのか。TIDALがディストリビューターに事前識別を「強制し始める」と明言したことは、責任の所在を川上へ押し戻す動きとして、今後の業界標準を占う一手になりそうです。

長期的な視点も添えておきます。TIDAL自身、「公正かつ適切にライセンスされた」モデルから生まれたAI音楽がロイヤリティを得るべきか、という議論は技術とライセンスの仕組みの発展とともに続く、と認めています。今回の「収益化ゼロ」は終着点ではなく、過渡期の防衛線にすぎません。やがてAIと人間の協働が当たり前になったとき、私たちは「創作における人間の関与」をどう定義し、価値をどう分配するのか。TIDALの一手は、その大きな問いの入り口を私たちに突きつけているのです。

【用語解説】

ダイレクト・トゥ・ファン販売(direct-to-fan)
アーティストが流通業者を介さず、ファンに直接コンテンツやグッズを販売する仕組み。TIDALは完全AI生成と判定した楽曲をこの対象からも除外する。

ディストリビューター(distributor)
アーティストやレーベルの楽曲を各ストリーミングサービスへ配信・流通させる仲介事業者。TIDALは、AI生成コンテンツの事前識別をこのディストリビューターに義務付ける方針だ。

The Velvet Sundown
AI生成とされる音楽プロジェクトの一例。完全AI生成なのか人間の関与が十分なのかが外部から判別しにくく、「収益化除外」の線引きの難しさを象徴する存在として、404 Mediaが取り上げている。

【参考リンク】

TIDAL(公式サイト)(外部)
Block傘下の高音質ストリーミングサービス。高い分配率を掲げ、アーティストファーストを志向する音楽配信だ。

TIDAL AI Policy(公式ポリシーページ)(外部)
今回発表されたAIポリシーの一次情報。完全AI生成音楽の収益化停止など、方針の根拠を同社自身の言葉で確認できる。

Block, Inc.(公式サイト)(外部)
Square、Cash App、TIDALなどを擁する米テクノロジー企業。ジャック・ドーシーが共同創業し、TIDALの親会社にあたる。

Deezer(公式サイト)(外部)
フランス発のストリーミングサービス。プラットフォーム単位でのAI音楽検出・タグ付けにいち早く取り組んだ先行事例だ。

Qobuz(公式サイト)(外部)
高音質配信を売りとするフランスの音楽サービス。2月に独自のAI検出システムを発表し、なりすましの排除に乗り出した。

Apple Music(公式サイト)(外部)
Appleのストリーミングサービス。検出を自社で行わず、レーベルやディストリビューターのAI申告に依拠する方式を採る。

Spotify(公式サイト)(外部)
世界最大級のストリーミングサービス。AI利用開示のベータ機能や、なりすまし・スパム対策の強化を進めている。

【参考記事】

TIDAL will cut off royalties for AI-generated music and badge every track it catches(The Next Web)(外部)
TIDALの独自性を「収益化停止を主たる執行手段に据えた点」と分析。各社の対応の違いを比較する。

Tidal Says It Won’t Pay Royalties for AI-Generated Music(404 Media)(外部)
AIバンド「The Velvet Sundown」を例に、完全AI生成か人間関与かの線引きの難しさを提起する。

Tidal to Label AI-Generated Music, Ban Royalties from AI Song Streams(Variety)(外部)
TIDAL責任者ロバート・アンダーセンのX投稿を紹介。高い分配率の背景からロイヤリティ停止の重みを論じる。

TIDAL cracks down on AI music by cutting off monetization(TechCrunch)(外部)
ポリシーの発効日とAIバッジの仕組みを整理。各社の対応とDeezerの「44%」という数字を引く。

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【編集部後記】

正直に言うと、この記事を書きながら、自分のプレイリストを何度も見返してしまいました。この中に、AIが作った曲は混じっていないだろうか。もし混じっていたとして、私はそれに気づけるだろうか——たぶん、気づけません。Deezerの調べでは、多くの人が人間の曲とAIの曲を聴き分けられなかったといいます。つまりこれは、遠い業界の話ではなく、いま自分の耳元で起きていることなのです。

TIDALの選んだ道は、AIを敵と決めつけることではありませんでした。ツールとしてのAIは受け入れる。ただ、人間が心を込めて作ったものと、お金目当てで機械が吐き出したものとを、きちんと分ける。そのうえで、報酬は前者に届くようにする。言葉にすればシンプルですが、「完全にAIか」「どこからが人間か」の線引きは、これから何度も揺れ動くはずです。誤って人間の曲がはじかれることもあるかもしれません。

同じ週、本サイトでは別の記者が、AI音楽生成のSunoがインディーアーティストに資金を提供する「Spark」というプログラムを取り上げていました(「Suno「Spark」がインディーアーティストに資金提供|評価額54億ドル、訴訟の渦中で進む囲い込み」)。その記事を読んで、私は思わず唸ってしまいました。片やTIDALは、AIが作った曲を報酬の外に置いて人間のアーティストを守ろうとする。片やSunoは、そのアーティストたちを資金で支えながら、静かに自分の側へ引き寄せていく。同じ「AIと音楽家」という主題を、まるで裏表のように別々の記者が捉えていたわけです。守る手と、囲い込む手。どちらもいま、同時に伸びてきています。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。