ちょうど1年ほど前、「会話を一切覗かないAIアシスタント」として登場したLumoを、覚えている人もいるかもしれません。当時はまだ、テキストのやり取りが中心の、どちらかといえば控えめな存在でした。プライバシーは徹底しているけれど、性能では大手にかなわない——そんな受け止め方が正直なところだったと思います。
その1年後、ProtonがLumoを丸ごと作り直してきました。画像を描き、読み解き、考える過程まで見せる。しかも「あなたのデータは誰にも渡さない」という一線は、まったく譲っていません。便利さを取るか、プライバシーを取るか。長らく二択だと思われてきたこの問いに、Lumo 2.0はどう答えようとしているのか。まずは何が変わったのかを、順を追って見ていきます。
Protonは2026年6月30日、AIアシスタント「Lumo 2.0」を発表した。前年ローンチのLumoは、会話をログに残さず、データを学習に使わないゼロアクセス暗号化のAIアシスタントで、利用者は1000万人を超える。
Lumo 2.0は新アーキテクチャで再構築され、独立系ベンチマークArtificial Analysis Intelligence IndexでLumo 1.4が15点、Lumo 2.0 Liteが34点、Lumo 2.0 Maxが51点を記録した。FastとThinkingの2モードを導入し、日常的なクエリへの応答はLumo 1.4比で最大76%高速化した。マルチモーダル化により画像の生成・編集・分析に対応し、ウェブ検索、ユーザー制御のメモリー、従来比2倍のコンテキストウィンドウ、Projects、カスタムLumoを備える。Protonの欧州インフラ上で稼働し、Protonは完全なオープンソースだとしている。提供プランはFree、Lumo Plus、Lumo Professionalの3種で、Lumo for Businessも用意される。
From: Lumo 2.0: The most powerful private AI | Proton
【編集部解説】
まず、今回の発表を「なぜ今 innovaTopia が報じるのか」という視点から捉え直してみます。Lumo 2.0の本質は、単なるAIアシスタントのバージョンアップではありません。「高性能なAIを使うなら、プライバシーは諦めるしかない」という、これまで暗黙の前提とされてきたトレードオフに真正面から異議を唱える製品です。
前提として押さえておきたいのが「ゼロアクセス暗号化」という仕組みです。これは、データを暗号化する鍵をユーザー側だけが持ち、保存された会話や画像の中身をサービス提供者であるProton自身ですら復号できない設計を指します。ただし、AIが推論処理をおこなう瞬間には、サーバー上で必要に応じてデータが復号・処理される構造だと説明されています。つまり「保存されたデータ」の保護と「処理中のデータ」の扱いは分けて理解しておく必要があります。それでも、多くの一般的なAIサービスが入力された会話をサーバーに保存し、モデルの学習に再利用することも珍しくないなかで、Lumoが会話の保存・学習という経路を構造的に断とうとしている点は根本的に異なります。
今回、画像処理にもこの暗号化が適用された意味は小さくありません。私たちは文章以上に、履歴書、診断書、契約書、家の間取りといった「見られたくない画像」をAIに渡す機会が増えています。アップロードした画像も生成した画像も第三者がアクセスできない形で保存されるという設計は、マルチモーダル時代のプライバシーの新しい標準を提示しようとする試みだと読めます。
性能面も見逃せません。独立系ベンチマークArtificial Analysis Intelligence Indexでは、Lumo 1.4が15点だったのに対し、Lumo 2.0 Liteが34点(127%向上)、最上位のLumo 2.0 Maxが51点(240%向上)を記録しています。EngadgetやCybernewsなど複数の報道によれば、Protonの創業者兼CEOアンディ・イェン氏は、多くの用途においてLumo 2.0 MaxとOpenAIやAnthropicの最新モデルとの質的な差をユーザーが感じ取れないところまで差が縮まった、と述べています。
ただし、この点は冷静に受け止める必要があります。「差が縮まった」という評価はあくまで自社によるユーザーテストに基づくものであり、独立した第三者の横並び比較ではありません。実際、MacRumorsのコメント欄には、フランス語で質問したところ実在しない造語まじりの応答が返ってきたとする実利用者の指摘も見られます。プライバシー保護型モデルが最前線の商用モデルと完全に肩を並べたと断じるのは、現時点では早計でしょう。
このニュースが持つ射程は、個人利用に留まりません。むしろ企業向けのLumo for Businessこそが核心かもしれません。従業員が業務でChatGPTなどに機密情報を入力してしまう「シャドーIT」は、いま世界中の情報システム部門が頭を抱える問題です。データが米国法の管轄下にあるインフラに置かれ、大統領令やデータ提供要請の対象になりうるという構造的リスクに対し、Lumoは「欧州インフラ上でデータを保持する」という明確な回答を用意しています。
この背景には、より大きな地政学的な文脈があります。欧州では技術主権(テクノロジー・ソブリンティ)を重視し、インフラを域内で完結させる「ユーロスタック」構想への機運が高まっています。Lumoは、スイスのプライバシー法と欧州インフラという立地を武器に、この潮流のなかで自らを位置づけようとしています。AIの覇権が少数の米国企業に集中する現状に対し、欧州から対抗軸を打ち出す動きという側面は無視できません。
潜在的なリスクや留意点にも触れておきます。プライバシー保護と最先端性能の両立は理念としては魅力的ですが、暗号化やオープンソースといった約束が「宣言どおりに機能しているか」は、利用者自身が検証しづらい領域でもあります。Protonは、Lumoを完全なオープンソースとして誰でもコードを検査・検証できるとしています。この検証可能性を掲げる姿勢自体は、透明性への一つの誠実な回答といえるでしょう。もっとも、公開されているコードの範囲や、それを一般利用者が実際に検証しきれるかどうかは、引き続き見ていく必要があります。
長期的に見れば、今回の動きは「AIにおけるプライバシーは、贅沢品ではなく前提条件になりうるか」という問いを市場に投げかけています。性能競争一辺倒だったAI業界に、「どう作られ、どこで動き、誰がデータを握るのか」という設計思想の競争軸を持ち込んだこと。ここに、私たちが今このニュースを報じる意義があると考えています。
【用語解説】
ゼロアクセス暗号化
データを暗号化する鍵を利用者側だけが保持し、保存されたデータについてはサービス提供者自身でさえ内容を復号できない設計を指す。Lumoでは保存された会話・画像・メモリー・Projectsがこの方式で保護される。ただし、AIの推論処理時にはGPUサーバー上で必要に応じてデータが復号・処理される。
Artificial Analysis Intelligence Index
AIモデルの知能を評価する独立系ベンチマーク。エージェント、コーディング、科学的推論、一般知識にわたる10種類の評価を組み合わせて算出される。Lumo 1.4が15点、Lumo 2.0 Liteが34点、Lumo 2.0 Maxが51点を記録した。
マルチモーダル
テキストだけでなく画像など複数の種類(モード)のデータを扱えることを指す。Lumo 2.0は画像の分析・編集・生成に対応した。
コンテキストウィンドウ
AIが一度に処理・記憶できる情報量の範囲を指す。Lumo 2.0では従来の2倍に拡張され、長い文書や大きなデータセットにわたる推論が可能になった。
ハルシネーション
AIが事実に反する情報をもっともらしく生成してしまう現象。Lumo 2.0は出典を明示するライブウェブ検索の強化により、これを低減したとされる。
Thinkingモード/Fastモード
Lumo 2.0が導入した2つの応答モード。Fastは速度を優先し、Thinkingは多段階の複雑な推論に最適化されている。Thinkingモードは思考の過程を可視化する。
Custom Lumos(カスタムLumo)
特定のタスク向けに指示・文体・参照ファイルを設定できる専用アシスタント。一度定義すれば毎回同じ指示に従うため、繰り返しの説明が不要になる。
Projects
チャット、ファイル、指示をひとまとめに保管する暗号化ワークスペース。複数セッションにまたがる作業を継続的に進めるための機能である。
シャドーIT
情報システム部門の管理外で、従業員が業務に個人的なツールやサービスを利用してしまう状態を指す。機密情報が消費者向けAIに入力されることが企業のリスクとなっている。
ユーロスタック(Eurostack)
インフラからサービスまで技術基盤を欧州域内で完結させ、技術主権を確保しようとする構想。Protonはこの潮流のなかに位置づけられる存在とみなされている。
アンディ・イェン(Andy Yen)
Protonの創業者兼CEO。今回の発表でLumo 2.0を「ゼロから再設計した」とし、Thinkingモードが強力な新機能をもたらすと述べた。CERN出身の素粒子物理学者で、Protonを率いる。
【参考リンク】
Lumo 2.0: The most powerful private AI | Proton(外部)
Lumo 2.0の公式発表ブログ。新機能やベンチマーク結果、料金プランを説明した一次情報である。
Proton 公式サイト(外部)
スイス拠点のプライバシー重視テクノロジー企業Proton。暗号化メールやVPNなどを提供している。
Lumo(サービス本体)(外部)
Lumoの利用ページ。Protonアカウントなしでもゲストとして限定的に試せるAIアシスタントである。
Artificial Analysis(外部)
本記事で言及したベンチマークを運営する独立系サイト。AIモデルの知能や速度、価格を比較できる。
【参考記事】
Proton launches Lumo 2.0 with image generation, memory, private web search, more(9to5Mac)(外部)
Lumo 2.0 Maxが240%高いスコアを記録した点と、3プラン構成やベンチマークの内訳を整理している。
Proton’s privacy-focused Lumo chatbot gets image generation(Engadget)(外部)
Lite 127%・Max 240%のスコアと、画像生成対応でChatGPTやGeminiの競合になったとの評価を伝えている。
Proton Launches Lumo 2.0 With Image AI And Zero-access Encryption(Dataconomy)(外部)
127%・240%の数値と、CEOが商用最新モデルとの差が縮まったと述べた点、画像の暗号化を解説している。
Proton launches Lumo 2.0, doubling down on zero-access encryption as AI security risk grows(IT Security Guru)(外部)
240%の向上に触れつつ、企業のシャドーITリスクの観点からLumo for Businessの意義を掘り下げている。
Proton launches Lumo 2.0 with advanced reasoning and image generation(CyberInsider)(外部)
Lite 127%・Max 240%のスコアと、オープンソースゆえにプライバシー主張を検証できる点に言及している。
Lumo 2.0: Proton’s Private Alternative to ChatGPT and Claude Just Got Better(It’s FOSS)(外部)
実際に試用したレビュー。出典付き検索が機能した一方、画像生成の文字処理で失敗した事例も記録している。
Proton launches privacy-first AI chatbot Lumo 2.0, European hosting(Cybernews)(外部)
Engadgetや9to5Macと同じくAndy Yen氏の比較発言を伝えつつ、欧州のソブリンAI市場という文脈で本件を位置づけている。
【関連記事】
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【編集部後記】
初代のLumoが出たとき、正直なところ「志は立派だけれど、実際に使うかと言われると……」という気持ちが、どこかにありました。プライバシーは大事だとわかっている。でも、賢いAIを前にすると、つい便利なほうに手が伸びてしまう。その後ろめたさのようなものを、抱えていた人は少なくないはずです。
それから1年で、状況は静かに変わりました。画像を扱い、考える筋道を見せ、性能の差も縮まってきた。「我慢して選ぶプライバシー」から「我慢しなくていいプライバシー」へと、選択肢の質そのものが動き始めています。もちろん、推論のときにはデータが一時的にほどかれることや、オープンソースの中身を私たち自身が隅々まで確かめるのは難しいことなど、まだ考え続けるべき点は残っています。手放しで礼賛するには早い、というのは正直な感覚です。
それでも、この1年の変化が示しているのは、「守る」と「便利」は必ずしも敵同士ではない、という可能性です。私たちがAIに打ち明けるものは、年々増えています。仕事の判断、体調の相談、まだ形になっていない考え。そのどれもが、本当は誰の手にも渡ってほしくないものかもしれません。だからこそ、「このAIは、私の言葉をどこへ運んでいくのか」を一度立ち止まって考えてみることには、意味があると思います。












