夕立の空に一筋の稲妻が走った瞬間、街のどこかで灯りが消える——その光景を、私たちはニュースの断片としては知っていても、「自分の街のどこまで、どれくらい暗くなるのか」まではほとんど想像できません。落雷はごく短い時間の出来事なのに、そこから始まる停電は交通や通信、医療の現場まで静かに広がっていきます。この見えにくい連鎖を、実在する街並みを再現した3Dの地図の上に描き出そうとする試みが登場しました。宇宙とAIを手がけるスタートアップが公開した新しい機能は、雷という一瞬の現象と、停電という面的な被害を、ひとつの画面でつないで見せようとしています。まだ試作段階にある技術ですが、防災の「見え方」そのものを変えていくかもしれない一歩です。
スペースデータは2026年7月2日、災害リスク評価AI「Storm Simulator」に、落雷による停電被害をシミュレーションする新機能「Thunder & Blackout」を追加したと発表した。
3次元の都市モデル上で落雷の発生地点の位置と電流の大きさをもとに、停電の範囲・影響世帯・影響人口・復旧までの見込み時間を推計し、Lv1からLv4までの停電レベルで示す。3D基盤データにはGoogle Photorealistic 3D Tiles、Cesium、国土地理院の航空写真タイル等を用い、地区情報や人口・世帯数のサンプルデータと簡易推計モデルを組み合わせる。
電力系統・気象・雷観測などの実データ連携は今後の拡張とされている。対象は台風・豪雨・洪水・落雷から暴風・雹・竜巻へ広げる予定で、「Geo-Resilience」の一機能として政府・自治体・インフラ事業者に提供される。
From:
スペースデータ、「Storm Simulator」に落雷・停電シミュレーション機能「Thunder & Blackout」を追加

【編集部解説】
まず注目したいのは、発表のタイミングです。スペースデータが「Storm Simulator」本体を政府・自治体・事業者向けに提供開始したのは2026年7月1日で、落雷機能「Thunder & Blackout」の追加はその翌日にあたる7月2日でした。台風・豪雨・洪水という水災害から、性質のまったく異なる落雷へと、わずか1日で対象を広げてみせた格好です。ここには、機能を単発で出すのではなく「Geo-Resilience」という基盤へ矢継ぎ早に部品を積み上げていく、明確な戦略が透けて見えます。
なぜ「落雷による停電」がわざわざ独立した機能になるのか。ここが本件の核心です。落雷が停電や設備被害を引き起こす代表的な経路には、配電設備への「直撃雷」と、雷の電磁誘導で高電圧が生じる「誘導雷」などがあります。厄介なのは後者で、雷が直接落ちていない場所でも被害が波及しうる点にあります。実際、雷サージ対策分野の業界資料では、日本の雷は年間およそ100万回発生し、雷被害のうち直撃雷はわずか約1%、残りの多くが誘導雷などの雷サージによるとされています(公的な全国統計とは指標が異なる点に留意が必要です)。「どこに落ちたか」だけでは停電の広がりを読めない——この面的な把握の難しさこそ、3Dで可視化する価値が生まれる理由です。
この機能によって何ができるようになるのか。落雷地点の電流の大きさ(kAなど)をもとに、停電の半径・影響面積・影響世帯・影響人口が算出され、Lv1(一部停電)からLv4(大規模停電)までの段階で示されます。さらに復旧までの見込み時間の目安まで提示されるため、危機管理の担当者は「どの範囲に、どれだけの人が、どのくらいの時間」影響を受けるのかを、発生直後に俯瞰しながら初動の判断を組み立てられます。停電は交通・通信・医療・データセンターへ連鎖する災害であり、その連鎖の入口を面で捉える意味は小さくありません。
一方で、過信は禁物です。リリースが繰り返し断っているとおり、現時点の「Thunder & Blackout」はサンプルデータと簡易な推計モデルにもとづくものであり、電力系統・気象・雷観測などの実データとは連携していません。つまり、これは「実際に起きた停電の予報」ではなく、あくまで「起きうる停電の推計シミュレーション」です。この区別が曖昧なまま防災の現場に持ち込まれれば、数字が独り歩きしかねません。実データ連携という次の一手が実装されて初めて、意思決定支援ツールとしての真価が問われることになるでしょう。
技術基盤にも触れておきます。先行の水災害シミュレーションでは国土交通省の3D都市モデル「PLATEAU」や国土地理院の数値標高モデルが軸として紹介されていましたが、今回の落雷機能ではGoogle Photorealistic 3D Tiles、Cesium、国土地理院の航空写真タイルが3D基盤として挙げられています。世界規模で整備が進む3D地図基盤を土台に据えたことは、「地域のデータを差し替えれば東京以外の都市へ展開できる」という同社の説明とも符合します。同社は国際的な防災連携にも取り組んでおり、国内の他都市、そして将来的には海外への応用可能性も視野に入る設計と読むこともできます。
これはあくまで編集部の見立てですが、制度面では、この種のツールが真に機能するには、電力会社が持つ系統情報や雷観測ネットワークのデータをどう安全に連携させるかが鍵を握ります。インフラ事業者のデータは機微性が高く、共有には慎重な枠組みが求められます。防災デジタルツインの普及は、こうしたデータ連携のルール整備を社会に迫っていくはずです。
長期的な視点で見れば、本件は「宇宙AIカンパニー」を掲げる企業が、その技術を地上の防災レジリエンスへ応用していく流れの一コマです。予測から被害評価、早期警報、意思決定支援までを一気通貫で支える——そんな災害対応の基盤が、衛星データとデジタルツインの延長線上に立ち上がろうとしています。気象庁の記録では2005〜2017年の13年間に報告された落雷害は1,540件、うち約30%(468件)が8月に集中しています。夏の落雷シーズンを前にした今回の発表は、その未来像を占う試金石として見ておく価値があります。
【用語解説】
Geo-Resilience(ジオ・レジリエンス)
スペースデータの宇宙AIプラットフォーム「SpaceBrain」のうち、防災・減災を担う領域の名称である。予測から被害評価、早期警報、意思決定支援までを一体で支えることを掲げている。「Storm Simulator」はこの領域に属する機能群にあたる。
3D Tiles(スリーディー・タイルズ)
大規模な3次元地理データを、必要な部分だけ段階的に読み込んで表示するためのデータ形式である。Open Geospatial Consortium(OGC)が標準化しており、Google Photorealistic 3D Tiles もこの規格を採用している。
【参考リンク】
株式会社スペースデータ(外部)
宇宙とデジタル技術の融合で新産業や社会基盤の創造を目指すテクノロジースタートアップ。本件の発表主体。
Cesium(セシウム)(外部)
3D地理空間データの可視化・配信を担うオープンプラットフォーム。本機能の3D基盤の一つで公共分野でも採用実績。
Google Maps Platform|Photorealistic 3D Tiles(外部)
Google Earthと同じ3D地図ソースを用いた高解像度3DメッシュのAPI。OGCの3D Tiles規格を採用している。
国土地理院(外部)
国土交通省の特別機関。本機能が用いる航空写真タイルや数値標高モデルなど地理空間情報を整備・提供する。
【参考記事】
台風・豪雨・洪水の被害をAIで予測する「Storm Simulator」(AI Watch)(外部)
落雷機能の土台となるStorm Simulator本体を報じた記事。PLATEAUや数値標高モデルの活用を紹介している。
スペースデータ、Storm Simulatorに「Thunder & Blackout」を追加(PR TIMES)(外部)
本件の発表を配信した一次情報の別掲載先。落雷・停電機能の詳細が確認できる。
スペースデータ、Storm Simulatorを提供開始(PR TIMES)(外部)
先行するStorm Simulator本体の提供開始を伝える発表。被害人口や経済損失の定量評価に触れている。
落雷害の月別件数(気象庁)(外部)
2005〜2017年で落雷害1,540件、うち約30%が8月に集中。落雷被害の季節性・地域性を示す統計。
雷サージ対策の必要性(音羽電機工業)(外部)
日本の雷は年約100万回、直撃雷は約1%で被害の多くは誘導雷など雷サージが原因と解説している。
東京都デジタルツイン3DビューアはCesiumを活用(Cesium公式ブログ)(外部)
本機能の基盤Cesiumが、25cm精度の地形配信など東京都の公共分野で使われた事例。
【関連記事】
スペースデータ「SpaceBrain」始動。衛星・デブリ・小惑星を統合監視する宇宙AIが拓く宇宙レジリエンス
本機能が属する宇宙AIプラットフォーム「SpaceBrain」の提供開始を報じた記事。Geo-Resilienceの全体像がつかめる。
国際宇宙ステーションと地球を一つの空間に—スペースデータが描く宇宙デジタルツインの未来
同社のデジタルツイン技術の到達点を解説。宇宙と地球を同一座標系で扱う設計思想が理解できる。
スペースデータとIHI協業、衛星コンステレーションとデジタルツイン融合で社会基盤革新を目指す
防災・安全保障を見据えた同社のフィジカルAI基盤と衛星データ連携の構想を伝える記事。
【編集部後記】
正直に言うと、雷と停電を結びつけて具体的に考えたことは、これまであまりありませんでした。雷はまぶしくて怖いもの、停電は台風や地震のときに起きるもの——そんなふうに、頭の中で別々の引き出しに入っていた気がします。今回の機能が面白いのは、その2つを「同じ地図の上」でつないで見せてくれるところにあります。落ちた一点から、暗がりがじわりと広がっていく。その様子を立体で眺めると、災害というものが点ではなく面で起きているのだと、あらためて腑に落ちます。
もちろん、今はまだサンプルデータをもとにした推計で、実際の電力網や気象の情報とつながっているわけではありません。ここは冷静に受け止めたいところです。ただ、「見えなかったものを、とりあえず見えるようにしてみる」という順番は、新しい技術がたどる道筋としてとても自然なものだと感じます。精度を上げるのは、その次の話です。まず輪郭を描いてみることで、私たちは初めて「何が足りないのか」を具体的に問えるようになります。
この先、実データとの連携が進んだとき、画面の中の仮想の街は、現実の備えにどこまで寄り添えるようになるのでしょうか。停電が起きてから慌てるのではなく、起きる前にその広がりを思い描いておける——そんな日常が来るとしたら、少し心強い気もします。












