試験管の中で、人工のDNAが自分で自分の複製を作り、動かしました。海の向こうでもほぼ同じ頃、別のかたちの人工細胞が発表されました。生命の起源に迫るこの二つの挑戦は、いったい何を教えてくれるのでしょうか。
2026年7月6日、立教大学理学研究科の山岸勇太と末次正幸教授らの研究グループは、長鎖人工ゲノムDNAが自らの情報をもとに自己複製するシステムを試験管内で構築したと発表した。
大腸菌のDNA複製に使われる26種類のタンパク質の遺伝子を、約53,000塩基対(53 kb)の長鎖人工ゲノムDNAに組み込み、無細胞遺伝子発現系「PURE system」でタンパク質を発現させ、そのタンパク質群によってDNA自身を複製させることに成功した。増えたDNAを新しい反応液へ移す継代反応でも、自己複製を繰り返し維持できることを確認した。研究成果は2026年7月6日、英科学誌「Nucleic Acids Research」にオンライン公開された。
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長鎖人工ゲノムDNAが自身の情報をもとに自らを複製するシステムを試験管内で構築~多数の遺伝子を持つ人工細胞の創出に期待~

【編集部解説】
「自分で自分をコピーする装置」を、DNA自身に作らせる
生物の細胞では、DNAに書かれた情報からタンパク質が作られ、そのタンパク質がDNA自身を複製します。この「情報が装置を作り、装置が情報を複製する」というループを、生きた細胞を使わずに試験管の中だけで回してみせたのが、今回の成果です。
具体的には、大腸菌がDNA複製に使う26種類のタンパク質の設計図を、53,000塩基対の人工的な環状DNAに書き込みました。このDNAを、細胞を使わずにタンパク質を作れる「PURE system」という無細胞発現系に加えると、DNAから複製に必要なタンパク質群が作られ、そのタンパク質群が今度は元のDNA自身を複製する、という流れが実現しました。増えたDNAを新しい反応液に移しても、同じ現象を繰り返し起こせたといいます。
この研究グループは2017年、外部から精製したタンパク質を加えることで環状DNAを高効率に複製し続けられる仕組み(RCR)をすでに構築しており、100万塩基対を超える長大なDNAも、複製サイクルを何世代にもわたって繰り返し伝えられることを示していました。
今回の新しさは、その「複製する側のタンパク質」を外から加えるのではなく、DNA自身に作らせた点にあります。大腸菌のような複雑な複製装置(26種のタンパク質)をDNA自身の発現だけでまかなうのは技術的に難しく、先行研究では、自己複製が確認されてきた人工DNAの多くが、ウイルス由来のもっと単純な複製酵素(数種類のタンパク質で足りる仕組み)を使ったものでした。より複雑な仕組みを、DNA自身の力だけで動かしてみせた点に、技術的な意味があります。
なぜ「生命の起源」に近づくと言えるのか
この研究室は、複製・変異・淘汰という生命のサイクルを、分子がどのように獲得したのかを、実際にゼロから組み立てることで探ろうとしています。自己複製が世代を超えて続けば、複製の際に生じるわずかなエラー(変異)が積み重なり、条件次第で有利な変異が広がっていく、つまり進化が起こりうる土台ができます。今回の成果が進化そのものを起こしたわけではありませんが、その手前にある「複製が世代を超えて続く」という条件を、より複雑な複製装置で満たした一歩と位置づけられます。
似た目的の研究は世界中で進んでいます。2026年7月1日には、米ミネソタ大学のケイト・アダマラ氏らのチームが、脂質の膜に包まれた人工細胞「SpudCell」を発表しました。90キロ塩基対のゲノムを7つのDNAプラスミドに分けて搭載し、栄養に相当する小胞と融合して育ち、ゲノムを複製し、分裂までする、複数の機能を統合した人工細胞です。ただし研究者自身が「何世代も分裂を続けることも、進化することもまだできない」と認めています。膜に包まれた「細胞らしさ」を優先したSpudCellと、膜を持たず複製という核心部分の世代継承を優先した今回の研究は、同じ「生命をゼロから作る」という問いに、異なる角度から迫っている例といえます。
医療への波及と、まだ見えていないこと
「人工細胞」そのものが医療現場で使われる段階には、まだ遠い距離があります。一方で、この研究の土台となっている複製技術(RCR)は、すでに実用化が始まっています。この技術をもとに設立されたスタートアップは2023年、mRNAワクチンを手がける米モデルナに約110億円で買収されました。ワクチン製造ではDNAを増やす工程が必要ですが、従来の大腸菌を使う方法は手間と時間がかかります。細胞を使わずにDNAを増やせるこの技術は、その課題を解決する手段として評価されました。「人工細胞の完成」と「その過程で生まれる技術」は、別々の時間軸で進んでいることがわかります。
研究室はDNAを次世代の情報記憶媒体として使う「DNAストレージ」への応用にも関心を示していますが、こちらはまだ具体的な実証段階には至っていません。
試験管の中で起きたこの小さな複製は、社会実装の形も時期も、まだはっきりとは見えていません。それでも、生命が最初に手に入れた「自分を複製する」という力の一部を、人間の手で再現できたという事実は、生命とは何かという問いに、実験という形で答えようとする試みが着実に進んでいることを示しています。
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【編集部後記】
ほぼ同じ時期に海の向こうでも似たような研究が発表されたことに、「マートンの多重発見論」をふと思い出しました。同じ発見が別々の場所でほぼ同時に生まれるのは、その分野が熟してきた証だとも言われます。人類が生命の起源に迫ろうとする動きは、着実に進んでいるのかもしれません。
一方でAIがいずれ特異点を越え、AIがAIを生み出すようになるという予測もされています。それもまた、形は違えど「新しい生命の誕生」に近いのかもしれません。
【用語解説】
PURE system
精製した酵素・リボソームなど、必要な分子だけを組み合わせてDNAからタンパク質を作る無細胞遺伝子発現系。細胞を使わない分、反応の中身を完全に把握・制御できる。
複製サイクル再構成系(RCR)
大腸菌のDNA複製サイクルを、精製した26種のタンパク質のみで試験管内に再現した反応系。2017年に立教大学・末次正幸教授らが開発。
継代反応
反応液の一部を新しい反応液に移し、同じ反応を繰り返す操作。自己複製が世代を超えて維持できるかを確かめるための手法。
SpudCell
米ミネソタ大学のケイト・アダマラ氏、アーロン・エンゲルハート氏らが2026年7月に発表した人工細胞。90キロ塩基対のゲノムを7つのDNAプラスミドに分けて搭載し、脂肪膜に包まれた状態で成長・複製・分裂を統合的に行う。
【参考リンク】
末次正幸研究室(立教大学)(外部)
人工細胞の構築を目指す末次正幸教授の研究室公式サイト。RCR技術の詳細や研究室が掲げる長期的な目標が公開されている。
A self-replicating artificial module-genome that generates bacterial chromosome replication system in vitro|Nucleic Acids Research(外部)
本研究の原論文(山岸勇太・末次正幸ら、2026年7月6日公開)。DOI:https://doi.org/10.1093/nar/gkag663
Moderna to Acquire OriCiro Genomics(外部)
2023年1月、モデルナが末次教授の技術をもとにしたスタートアップを8500万ドルで買収した際の公式発表文。買収の理由が語られている。
【参考記事】
Lab-created ‘SpudCell’ marks ‘stunning’ step toward building life from scratch|Science(外部)
ミネソタ大学が発表した人工細胞「SpudCell」を報じた記事。成長・複製・分裂の統合に成功した一方、多世代の維持や進化はまだ実現していないと報告。
Exponential propagation of large circular DNA by reconstitution of a chromosome-replication cycle|Nucleic Acids Research(外部)
2017年、末次教授らがRCRを構築した原論文。外部から加えた精製タンパク質により、大腸菌型の複製サイクルを試験管内で繰り返せることを示した。DOI:https://doi.org/10.1093/nar/gkx822
Self-replication of DNA by its encoded proteins in liposome-based synthetic cells|Nature Communications(外部)
2018年発表。ウイルス由来の単純な複製酵素を使い、リポソームに包まれた系でDNAが自らの複製タンパク質を作り出す様子を示した先行研究。DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-018-03926-1
In vitro self-replication and multicistronic expression of large synthetic genomes|Nature Communications(外部)
2020年発表。116キロ塩基対の人工ゲノムがウイルス型の複製酵素を使って自己複製し、同時に30種の翻訳因子を発現させたことを報告。DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-020-14694-2
Self-growing protocell models in aqueous two-phase system induced by internal DNA replication reaction|Nature Communications(外部)
2025年発表。東京大学と末次教授らの共同研究。液滴内でのDNA複製によって、液滴自体が10倍以上に成長する人工細胞モデルを報告。DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-025-56172-7












