ーTech for Human Evolutionー

合成ヒトゲノム(SynHG)プロジェクト始動 人工DNA構築で医療革命へ

合成ヒトゲノム(SynHG)プロジェクト始動 人工DNA構築で医療革命へ - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-07-04 07:58 by admin

世界最大級の医学研究慈善団体であるウェルカム・トラストが2025年6月末、合成ヒトゲノム(SynHG)プロジェクトに1000万ポンド(約20億円)の資金提供を発表した。

このプロジェクトは、エリソン工科大学およびオックスフォード大学のジェイソン・チン教授が率い、ケンブリッジ大学、ケント大学、マンチェスター大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者が参加する。

研究は、ヒトの全ゲノムの約2パーセントに相当する単一の染色体を人工的に合成することを目標としている。ヒトは通常46個の染色体と30億塩基対を持つが、現在人工的に作られたゲノムは最大16個の染色体と約1200万塩基対の単細胞生物に限られている。

研究チームは今後5年から10年で完全な合成ヒト染色体の構築を目指すと述べている。このプロジェクトでは最先端の生成AIと高度なロボット組み立て技術を活用し、デザイナー細胞ベース治療やウイルス耐性組織移植の実現可能性を探る。

From: 文献リンクFirst Step Towards an Artificial Human Genome Now Underway

【編集部解説】

合成ヒトゲノムプロジェクトは、単なる学術研究の枠を超えて、人類の未来を根本的に変える可能性を秘めた革新的な取り組みです。このプロジェクトの真の意義は、従来の「読む」ゲノム研究から「書く」ゲノム工学への転換点にあります。

2003年のヒトゲノムプロジェクト完了から22年が経過し、我々はDNAの設計図を読み解くことはできるようになりました。しかし、その設計図を基に実際に機能するDNAを構築することは、まったく別次元の挑戦となります。現在成功している人工ゲノムは、最大1200万塩基対の単細胞生物に限られており、30億塩基対を持つヒトゲノムとは約250倍もの規模の差があります。この技術が実現すれば、医療分野では革命的な変化が期待されます。特に注目すべきは、ウイルス耐性を持つ臓器移植用組織の開発や、特定の疾患に対する精密な細胞治療の実現です。

一方で、この技術が抱える潜在的リスクも深刻です。最も懸念されるのは、デザイナーベビーや生物兵器への応用可能性でしょう。エディンバラ大学のビル・アーンショー教授は「パンドラの箱は、もう開けられてしまった」と警告し、適切な機材を持つ組織による悪用を止める術がないことを指摘しています。

興味深いのは、このプロジェクトが科学技術開発と並行して社会科学的アプローチを組み込んでいる点です。ケント大学の社会科学チームが倫理的・社会的影響を検討する先進的な取り組みとなっています。

ウェルカム・トラストの責任者トム・コリンズ博士は「この技術は、いつか誰かによって開発される。ならば、今、私たちが可能な限り責任ある形で進め、倫理的な問題に正面から向き合うべき」と資金提供の理由を説明しています。

長期的な視点では、この技術は生命科学の根本的なパラダイムシフトを促す可能性があります。生命を「設計する」という概念が現実のものとなれば、医学、農業、環境保護など幅広い分野で応用が期待される一方、人間の尊厳や自然との関係性について根本的な問い直しが必要になるでしょう。

【用語解説】

合成ヒトゲノム(SynHG)プロジェクト
人工的にヒトのDNA配列を一から構築する研究プロジェクト。従来の遺伝子編集が既存のDNAを修正するのに対し、完全に新しいDNA配列を設計・合成する点が革新的である。

塩基対
DNAを構成する基本単位。A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4つの塩基が対になって遺伝情報を形成する。ヒトゲノムは約30億塩基対で構成される。

デザイナー細胞治療
特定の疾患や症状に対応するよう人工的に設計された細胞を用いた治療法。患者の症状に合わせてカスタマイズされた細胞を作製し、治療効果の向上を目指す。

MRC分子生物学研究所
ケンブリッジ大学に所属する世界最高峰の分子生物学研究機関。DNA二重らせん構造の発見など、分子生物学分野で数々の革新的研究を生み出してきた。

【参考リンク】

ウェルカム・トラスト(外部)
世界最大級の医学研究財団。年間約15億ポンドの研究資金を提供し、メンタルヘルス、感染症、気候変動を重点課題として掲げている。

オックスフォード大学(外部)
1096年創立の世界最古の大学の一つ。合成生物学分野で世界をリードする研究機関として、今回のプロジェクトでも中心的役割を担っている。

ケンブリッジ大学(外部)
1209年創立の名門大学。MRC分子生物学研究所を擁し、DNA二重らせん構造の発見など分子生物学分野で数々の革新的研究を生み出してきた。

インペリアル・カレッジ・ロンドン(外部)
科学技術分野に特化した世界トップクラスの研究大学。工学、医学、自然科学分野で高い評価を受け、今回のプロジェクトでも技術開発を担当している。

【参考記事】

人類は禁忌を破る?ゼロからヒトゲノムを合成する禁断のプロジェクトが始動(外部)
日本語でのプロジェクト解説記事。ジェイソン・チン教授の大腸菌ゲノム合成成功や、ヒトゲノムとの規模比較について詳述している。

神の領域か、禁断の扉か… 人工ヒトDNA”合成”プロジェクト、ついに始動(外部)
プロジェクトの倫理的側面と社会的影響に焦点を当てた解説記事。エディンバラ大学の専門家による警告や、ウェルカム・トラストの判断理由について詳述している。

【編集部後記】

合成ヒトゲノムという言葉を聞いて、皆さんはどのような未来を想像されるでしょうか。医療の革新に期待を抱く一方で、生命を「設計する」ことへの不安も感じられるかもしれません。

この技術が実現すれば、現在治療困難な遺伝性疾患に新たな希望をもたらす可能性があります。しかし同時に、人間の尊厳や自然との関係性について、私たち一人ひとりが考えを深める必要もあるでしょう。皆さんは、この技術をどのように活用すべきだと思われますか。また、どのような規制や倫理的ガイドラインが必要だとお考えでしょうか。ぜひSNSで、皆さんの率直なご意見をお聞かせください。

テクノロジーと社会ニュースをinnovaTopiaでもっと読む
バイオテクノロジーニュースをinnovaTopiaでもっと読む
ヘルスケアテクノロジーニュースをinnovaTopiaでもっと読む

投稿者アバター
TaTsu
デジタルの窓口 代表 デジタルなことをまるっとワンストップで解決 #ウェブ解析士 Web制作から運用など何でも来い https://digital-madoguchi.com
ホーム » バイオテクノロジー » バイオテクノロジーニュース » 合成ヒトゲノム(SynHG)プロジェクト始動 人工DNA構築で医療革命へ