表舞台での罵り合いと、裏側で交わされた巨額契約。AI業界では今、公然と対立してきたはずの企業同士が、計算資源という生命線を握り合う場面が目立ち始めています。ある経営者の掌返しの発言も、その構造の中に置いてみると見え方が変わってきます。称賛の言葉を、私たちはどこまで額面通り受け取ってよいのでしょうか。
イーロン・マスクは、かつてAnthropicを「ミスアンスロピック」「偽善的」と評していた人物だが、7月9日のX投稿で「Anthropicについて明らかに間違っていた」「現在AI分野のリーダーだ」と述べ、同社のMythos・Fableモデルを称賛した。昨年9月には同社の失敗を予測していたという。
Anthropicは2026年5月、xAI(現SpaceXAI)のコロッサス1データセンター(NVIDIA製GPU22万基超)の計算資源を月額12億5000万ドルで2029年5月まで借り受ける契約を締結した。同月650億ドルを調達し評価額は9650億ドルに達したほか、6月1日前後には米国でのIPOを非公開で申請した。同社は2021年、ダリオ・アモデイ氏らが設立した。
From:
Elon Musk Reverses Stance, Calls Anthropic the Current AI Leader
【編集部解説】
「明らかに間違っていた」。イーロン・マスク氏がXへの投稿でこう認めたのは7月9日のことです。昨年9月には「Anthropicが勝つという結果は、そもそも起こり得る選択肢の中になかった」とまで書いていた人物です。
この方針転換を、単なる発言の撤回として読むと本質を見誤ります。マスク氏がAnthropicを持ち上げる背景には、率直に言って利害関係があります。Anthropicは2026年5月、マスク氏の会社であるxAI(SpaceXと2月に合併し、2026年7月にSpaceXAIへ改称)が運営するコロッサス1データセンターの計算資源を、月額12億5000万ドルで2029年5月まで借り受ける契約を結んでいます。
契約総額は400億ドル規模、対象は22万基以上のNVIDIA製GPUと300メガワット超の電力に及びます。契約はどちらの当事者からも90日前の通知で解約可能です。
つまりAnthropicは、公然と敵対してきた相手に対して、モデルを動かすための電力とGPUという最も基礎的な部分を依存しているのです。
マスク氏が投稿で「自分のスタイルではない」と述べ、「痛手を与えるような形でAnthropicを切り捨てることは決してない」と付け加えた背景には、この契約がxAI側にとっても月額12億5000万ドルという安定収益源であるという事実があります。同様のインフラ賃借契約は、Googleも月額9億2000万ドルで2029年6月まで結んでおり、xAI(SpaceXAI)にとってライバル企業へのインフラ提供はすでに事業の柱の一つになりつつあります。
この構造は、Amazon・GoogleがAnthropicに巨額出資しながら自社でも競合するAIモデル(BedrockやGemini)を展開している状況と地続きです。AI業界では今、資本と計算資源の掛け合いが競争と共存しているのが実情であり、Anthropicの650億ドルの資金調達にも、Amazonからの50億ドルを含むハイパースケーラーからの既存出資150億ドルが組み込まれています。
一方で、マスク氏は同じ投稿で、Anthropicが完全にxAIの計算資源に依存していると指摘したユーザーへの反論として、この称賛を述べている点も見過ごせません。称賛の言葉と同時に、その気になれば切れるという力関係そのものは否定していないのです。
私たちにとって示唆的なのは、この構造がAnthropic・xAIに限った話ではないという点です。生成AIをビジネスの基盤に据える企業やサービスは、特定のクラウド・計算資源提供者への依存を避けにくくなっています。取引先が同時に競合でもあるという状況は、日本企業がAIベンダーを選定する際にも他人事ではありません。
Anthropicは6月1日前後に米国での非公開IPO申請を行い、評価額はOpenAIの直近評価額(3月時点で8520億ドル)を上回る9650億ドルに達しています。マスク氏の称賛のタイミングが、IPO申請から約5週間後であることも、偶然か計算されたものか、今のところ判断する材料はありません。
【関連記事】
Anthropic×SpaceX提携の衝撃:300MW・22万GPUのColossus 1引き継ぎとClaude Code/API上限引き上げの全貌
今回の記事の起点となった2026年5月のコンピュート契約そのものを、当時詳報した記事です。契約の技術的規模やマスク氏の過去発言、環境問題まで踏み込んでいます。
Anthropic IPO始動 ─ Claude開発元がSECにS-1を秘密提出、OpenAI追い抜く
今回の記事で触れたシリーズH調達・9650億ドル評価額・IPO非公開申請を、速報時点で詳報した記事です。
【編集部後記】
競合であるはずの企業同士が、互いの生命線を握り合いながら共存する。そんな構造は、もはやAnthropicとxAI(SpaceXAI)だけの特殊な事情ではなくなりつつあります。
計算資源という有限な資源を奪い合う以上、敵対と依存は矛盾なく同居します。称賛や罵倒といった感情的な言葉は、その裏にある契約関係を、かえって見えにくくしているのかもしれません。
日本の企業やサービスがAIを導入する際も、この構造は無関係ではありません。「誰と組むか」を選んでいるつもりが、実は「誰に依存しているか」を選ばされている場面が、今後さらに増えていくはずです。
発言の変化に一喜一憂するよりも、その奥にある契約と力関係を見る目を、私たちは持てているでしょうか。
【用語解説】
シリーズH(Series H)
スタートアップの資金調達ラウンドの呼称。アルファベット順に進むほど後期段階を意味し、Anthropicは2025年9月のシリーズF(評価額1830億ドル)、2026年2月のシリーズG(評価額3800億ドル)を経て、今回シリーズHに到達。
ポストマネー評価額
資金調達後の企業価値評価額。調達額を含めた時価総額に相当する数値であり、調達前評価額とは区別される。
非公開IPO申請(Confidential Filing)
米証券取引委員会(SEC)に対し、財務情報を一般公開せずに行う上場準備の事前申請。正式な株式公開に先立つ手続きで、Anthropicは2026年6月1日に実施。
Colossus 1(コロッサス1)
テネシー州メンフィスに所在するAI学習用データセンター。NVIDIA製GPU22万基超を擁する世界最大級のAIスーパーコンピュータ施設で、2026年5月にAnthropicが全容量を借り受ける契約を締結。
【参考リンク】
Anthropic 公式サイト(外部)
Claudeを開発するAI企業Anthropicの公式サイト。研究方針や製品情報、Series H・IPO関連の発表を掲載。
SpaceXAI(xAI)公式サイト(外部)
イーロン・マスク氏率いるAI企業。2026年7月にxAIから改称。Colossus 1の運営情報やGrok関連情報を掲載。
【参考記事】
Anthropic raises $65B in Series H funding at $965B post-money valuation|Anthropic公式(外部)
Anthropic公式発表。Series H調達額・評価額・主要投資家リスト、既存出資に含まれるハイパースケーラー分(Amazon 50億ドル含む150億ドル)を一次情報として掲載。
Elon Musk praises Mythos/Fable, promises not to ‘cut off’ Anthropic|TechCrunch(外部)
マスク氏の投稿全文と、Anthropic・SpaceX間のコンピュート契約の正確な条件(月額12億5000万ドル、2029年5月まで、90日前通知で解約可)を報じる。Google同種契約にも言及。
Anthropic confidentially files for IPO after raising $65 billion…|Fortune(外部)
Anthropicの非公開IPO申請(6月1日)を報じる記事。SEC提出の経緯とOpenAIとの上場競争の構図を伝える。
Anthropic secures $965 billion valuation after raising $65 billion|NBC News(外部)
Anthropicの評価額がOpenAIの直近評価額(3月時点で8520億ドル)を上回った点を報じる。資金調達の内訳にも言及。
New Compute Partnership with Anthropic|xAI公式リリース(外部)
xAI(現SpaceXAI)側による一次発表。Colossus 1のGPU構成(22万基超)と契約範囲を公式に明示している。












