3社が組んだのに、1社はエンジニアでもデータ屋でもなく、法令実務の専門家でした。約1,800万ページを源内に読ませる——その巨大な事業の役割分担を見たとき、行政AIの勝負どころが「モデルの賢さ」ではないことに気づかされます。データを集める技術より、その一枚一枚を「使ってよいか」確かめる作業のほうが、実は重いのかもしれません。
2026年7月14日、TOPPAN株式会社、株式会社NTTデータ、株式会社Fides Policy & Strategy Consultingの3社は、デジタル庁が推進する「ガバメントAIのための大規模データセットに係る調査・収集・加工等事業」に取り組むと発表した。TOPPANが本事業を受託し、NTTデータ、FPSCと連携する。
生成AI利用環境「ガバメントAI源内」で用いる約1,800万ページ相当(推計)の政府共通データ・ドメイン特化データを対象に、AI-Ready化とAI向けデータセット標準の検討を実施する。「ガバメントAI源内」は2026年度に約18万人の政府職員を対象とした大規模実証が進められている。TOPPANはデータ収集・権利処理・OCR・前処理を、NTTデータはメタデータ整備と標準検討を、FPSCは法的論点整理と権利処理を支援する。政府共通データ基盤の整備は2027年3月までに実施する。
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TOPPAN、NTTデータ、FPSC、デジタル庁「ガバメントAI源内」向け大規模データセット整備を推進
【参考動画】
【編集部解説】
生成AIをめぐる話題は、どうしても「どのモデルが賢いか」に集中しがちです。GPTか、国産LLMか——。けれど今回のリリースが照らしているのは、その一段下にある、もっと地味で、もっと決定的な地層です。すなわち「AIに何を読ませるのか」というデータの問題です。
デジタル庁が進める「ガバメントAI源内(げんない)」は、政府職員のための生成AI利用環境です。2026年度には全府省庁の約18万人を対象とした大規模実証が動いており、2027年度からの本格利用が見据えられています。ちなみに「源内」という名は、Generative AIを略した「Gen AI(ゲンナイ)」と、江戸時代の発明家・平賀源内を重ねた命名だとされています。行政の現場に、平賀源内のような発明の精神を宿らせる、という趣旨の名づけです。
今回、TOPPAN・NTTデータ・FPSCの3社が担うのは、この源内に「読ませるための知識」を整える仕事です。キーワードは、記事にも出てくるAI-Ready化。ひとことで言えば、AIが正確に参照・推論できるよう、データの品質を担保して構造化する作業を指します。
なぜ今、これがそれほど重要なのでしょうか。モデル自体の性能向上に加えて、業務固有の知識を正確に参照させるデータ基盤や、検索拡張生成(RAG)の設計が、実務上の回答精度を左右する重要な要素になっているからです。RAGとは、AIが回答時に外部の文書やデータベースを検索して参照する仕組みのこと。ただし、RAGを使えば参照先の信頼性が保証されるわけではなく、参照元の品質は別途管理する必要があります。参照先のデータが玉石混交だと、いくら優秀なモデルでも答えはぶれかねません。逆に、閣議決定・国会会議録・白書といった一次資料が、来歴や利用条件まで整った状態で用意されていれば、AIは根拠をたどりやすくなります。今回対象となるのは、政府共通データとドメイン特化データを合わせて約1,800万ページ相当(推計)。行政が参照できる知識の土台を、大きく広げようという規模感です。
編集部が特に注目したいのは、3社の顔ぶれです。TOPPANはBPOで培った業務分析力とデータ加工・構造化、そしてOCRや前処理を担います。NTTデータはメタデータの設計と、行政横断で使えるデータセット標準の検討を受け持ちます。ここまでは、いかにも技術寄りの分担です。
ところが3社目のFPSC(Fides Policy & Strategy Consulting)は、本事業で権利処理、つまり法的論点の整理と、著作権をはじめとする知的財産権の交渉・条件整理を支援します。中央官庁での法令事務や各省協議の経験を持つメンバーがいる会社が、あえてこの座組みに入っている——ここに、この事業の性格が表れています。
というのも、AIに学習・参照させたい文書のなかには、著作権が発生するものが含まれます。ただし「集めれば使える」わけでも、「すべてに個別許諾が要る」わけでもありません。法令のほか、国・地方公共団体等の告示や、裁判所の判決・決定・命令などは、著作権法13条により著作権の対象外とされています。また、著作権法30条の4や47条の5といった権利制限規定の要件を満たせば、許諾なく利用できる場合もあります。一方で、書籍など創作性のある資料は、著作物性や利用目的、権利制限規定の適用可否、既存の契約・ライセンスを、資料・権利者・契約などの単位で確認し、許諾が必要なものについては権利者と交渉して条件を明文化する必要があります。技術的にOCRできることと、法的に使ってよいことは、別の問題なのです。編集部の見立てでは、行政AIの実装で見落とされがちな重要課題の一つが、この地道な権利処理にあります。それを法令実務の経験を持つ専門家が担う点は、今回の設計の要と言えそうです。
もう一つ見逃せないのが、経済安全保障とデータ主権の視点です。行政文書には、外に出せない機微な情報が含まれます。源内は政府統一基準に準拠したガバメントクラウド上で運用され、デジタル庁では機密性2情報を含む入力に対応しています。さらに2026年度の実証では、国産クラウド上で国産基盤モデルを試用するための環境構築など、評価実証に向けた取り組みも始まりました。「国の知識を、管理された安全な環境で、AIが扱える形にして持つ」——これは利便性の話であると同時に、どの国のインフラに依存するのかという主権の話にもつながります。今回の1,800万ページの整備が、そうした政策の流れと地続きにある点は、押さえておきたいところです。
もちろん、これから詰めるべき論点も多く残ります。何を「政府共通のAI向けデータセット標準」とするかは、有識者ヒアリングや検討会を通じて素案が練られる段階です。標準の設計次第で、後から他機関が使いやすくもなれば、使いにくくもなります。権利処理の網羅性、加工過程でのデータの欠落や偏り、そして整備した基盤を誰がどう維持し続けるのか——「作って終わり」にしないための運用設計が問われます。
それでも、長い目で見れば、この動きは行政のあり方を変えていく可能性を秘めています。政府共通データ基盤の整備は2027年3月までに実施される予定です。ここで検討される標準は、将来的に自治体や民間のAI向けデータ整備でも参照される可能性があります。派手なモデルの話題の裏側で、静かに敷かれていくこの“データの線路”こそ、AIが行政の日常業務に本当に根を張れるかどうかを左右する——私たちはそう捉えています。
【編集部後記】
FPSCという法令実務の専門家が3社目に座っている——この一点が、事業全体の性格を静かに言い当てています。OCRで読み取れることと、法的に使ってよいことは別物で、後者を怠れば、どれだけ高性能なモデルを載せても源内は「答えられない知識」を抱え込むことになります。
閣議決定や白書は入り、許諾の取れない専門書は外れる。その線引きこそが、源内が最終的に「何を根拠に語れるAIになるか」を決めていきます。誰が、どんな基準でその境界を引くのか。素案が固まる前の今こそ、注視すべき局面ではないでしょうか。
【用語解説】
AI-Ready化
収集したデータを、AIが正確に参照・推論できるよう、品質を担保したうえで構造化する作業のこと。OCRやクリーニングといった前処理に加え、来歴・品質・権利・利用条件などのメタデータを付与することで、AIにとって「読みやすい」状態に整える。
RAG(検索拡張生成)
Retrieval-Augmented Generation の略。AIが回答を生成する際に、モデル内部の知識だけに頼らず、外部の文書やデータベース、知識ベースを検索して参照する仕組み。参照元の信頼性や品質は別途管理する必要があり、本事業のようなデータ整備の重要性が高まっている。
メタデータ
データそのものではなく、そのデータに関する情報を記述したデータ。本事業では、来歴情報(どこから来たか)、品質情報、権利情報、利用条件などを指す。これにより、AIや利用者がデータの信頼性や使ってよい範囲を判断できるようになる。
権利処理
収集したデータを利用するにあたり、著作権をはじめとする知的財産権について、利用許諾の交渉や条件整理を行う実務のこと。著作物性や権利制限規定、既存契約の確認も含み、技術的にデータを加工できることと、法的に利用してよいことは別の問題である。行政AIの実装における隠れた難所となり得る。
政府共通データ/ドメイン特化データ
政府共通データは、閣議決定・国会会議録・白書など、府省庁を横断して役立つデータ。ドメイン特化データは、各省庁・各部局が特定の業務で用いる書籍などのデータを指す。
ガバメントAI源内(げんない)
デジタル庁が内製開発で構築した、政府職員向けの生成AI利用環境。名称は「Generative AI」を略した「Gen AI(ゲンナイ)」と、江戸時代の発明家・平賀源内を重ねて命名された。2026年度に全府省庁の約18万人を対象とした大規模実証が進められている。
BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)
企業や官公庁の業務プロセスを外部が受託し、分析・設計・運用まで担うサービス。TOPPANは公共・金融分野で培ったこのBPOの業務分析力を、本事業のデータ選定・加工に活かす。
【参考リンク】
デジタル庁 ガバメントAI「源内」政策ページ(外部)
ガバメントAIと源内の全体像・取り組み状況・関連発表をまとめたデジタル庁の公式政策ページ。
TOPPANグループ 公式サイト(外部)
本事業を受託するTOPPANグループの公式サイト。印刷技術を核にDX・データ加工・BPOを幅広く展開する。
株式会社NTTデータ 公式サイト(外部)
メタデータ設計とデータセット標準検討を担うNTTデータの公式サイト。生成AI導入支援の実績を持つ。
株式会社Fides Policy & Strategy Consulting 公式サイト(外部)
本事業で法的論点の整理や権利処理スキームの構築、知的財産権に関する検討・権利処理実務を支援するFPSCの公式サイト。
デジタル庁 公式サイト(外部)
日本のデジタル社会形成を担う行政機関の公式サイト。ガバメントAI等の政策を発信している。
著作権法(e-Gov法令検索)(外部)
権利処理の前提となる著作権法の条文。第13条や権利制限規定を確認できる政府の法令データベース。
【参考記事】
全府省庁の約18万人の政府職員を対象としたガバメントAI(源内)の大規模実証を開始しました|デジタル庁(外部)
2026年5月に実証を開始した最新の一次情報。5月時点で約10万人が利用可能とし、18万人へ拡大する。
ガバメントAI源内における国産クラウド上での国産基盤モデルの試用開始について|デジタル庁(外部)
国産クラウド上で国産基盤モデルを試用する取り組みの発表。データ主権に関わる文脈を裏づける。
ガバメントAI「源内」をOSSとして公開しました|デジタル庁(外部)
源内の一部コードや開発テンプレートをOSS化した公式発表。重複開発防止や、特定の事業者・サービスへの依存を抑える狙いを説明する。
【解説】ガバメントAIとは?デジタル庁が進める政府AI活用戦略【源内】|デジタル庁ニュース(外部)
源内の名称由来やアプリ構成、政府共通データセットの活用方針を担当者が解説した公式記事。
AIと著作権に関する考え方について|文化庁(外部)
AIによる著作物の利用と権利制限規定の考え方を整理した文化庁の資料。権利処理の論点を補足する。
デジタル庁、約18万人の全府省庁職員を対象に「ガバメントAI源内」の大規模実証開始へ|EnterpriseZine(外部)
実施期間や本格利用開始時期を、一次情報に沿って整理した専門メディアの報道記事。












