WAICO発足、習近平氏がWAIC 2026で初講演|中国主導のAI連合29カ国の狙いとは

29カ国が署名して発足した中国主導のWAICO。その顔ぶれに、日本もPax Silica側にいる西側の主要国も見当たりません。「AIを世界の公共財に」と語る同じ講演で、途上国への5,000の研修枠が約束される——このちぐはぐさこそ、今回の発足式のいちばん本質的な部分かもしれません。


2026年7月17日、上海で開かれた2026年世界人工知能大会(WAIC)の開会式で、中国の習近平国家主席が「公正で衡平なグローバルAIガバナンス体制の共同構築」と題する基調講演を行った。習主席にとって、2018年の同大会創設以来初の対面出席・基調講演となった。講演では、開放と協力、安全でコントロール可能なAI、包摂性、連帯と国連の役割という4つの視点を示した。

前日の7月16日には、上海で世界人工知能協力機構(WAICO)の設立協定署名式が行われ、王毅外相ら29カ国の代表が署名して正式に発足した。翌17日、習主席は開会式でその創設を公表した。習主席は、今後5年で途上国に5,000のAI研修・セミナー機会を提供し、30カ国にAI気象警報システム「MAZU」を導入すると表明した。開会式には、国連のグテーレス事務総長らが出席した。

From: 文献リンクFull text: Keynote speech by Chinese President Xi Jinping at opening ceremony of 2026 World AI Conference

【編集部解説】

今回のニュースの本質は、「中国がAIで善行をする」という宣言そのものよりも、世界のAIガバナンスが目に見える形で”陣営”に分かれ始めた、という一点にあります。

その組織——WAICO(世界人工知能協力機構)は、7月16日に上海で開かれた設立協定の署名式で、王毅外相ら29カ国の代表が署名して正式に発足しました。翌17日、習主席が開会式の基調講演でその創設を公表し、意義づけたという流れです。原加盟29カ国の顔ぶれを見ると、輪郭がはっきりしてきます。インドネシア、ブラジル、マレーシア、南アフリカ、セネガル、ロシア、パキスタン——中心はグローバルサウスで、主要な西側民主主義国は入っていません。本部は上海に置かれます。

ここで注目したいのは、競争に新しい”通貨”が加わった点です。これまで米中のAI覇権争いは、半導体やモデル性能という「技術そのもの」を主戦場としてきました。その競争が続く一方で、今回中国が前面に押し出したのは、途上国へ配る”公共財”でした。今後5年で5,000のAI研修・セミナー機会、そして30カ国へのAI気象警報システムの提供。技術を囲い込むだけでなく、あえて開いて配ることで影響力を広げる——そんな外交が加わってきたと読み取れます。これはあくまで私の解釈ですが、見立てとしては外れていないはずです。

その象徴が「MAZU(媽祖)」です。この名は「Multi-hazard, Alert, Zero-gap and Universal」の頭字語であると同時に、嵐から漁民を守ったとされる中国沿岸部の女神に由来します。洪水や熱波、干ばつをAIで予測し、クラウドで配信する仕組みです。すでに40を超える国の気象機関がクラウド経由でアクセス・試用しており、中国気象局はこれを、国連の「すべての人に早期警報を(Early Warnings for All)」構想に応える世界初の国家レベルの行動計画と位置づけています。WMO(世界気象機関)の事務局長も、その普及に期待を寄せたと報じられました。人命を守る道具として、これは素直に歓迎できる動きだと感じます。

一方で、見落とせない緊張もそこにはあります。習主席は「AI分野で国家安全保障の概念を過度に拡大し、一国の安全を他国のそれに優先させることに反対する」と述べました。米国を名指ししたわけではありませんが、対中半導体規制を続ける米国を意識した一節と読むのが自然でしょう。「AIを万人に」という理想が、実際には「私の陣営の内側で万人に」という色合いを帯びかねない。その危うさが、この協力機構には潜在的に同居しています。

その争奪戦の輪郭は、対になる枠組みを並べると、いっそう際立ちます。米国は2025年12月から、半導体や重要鉱物、エネルギーといったAIの供給網を「信頼できる同盟国」で固める枠組み「Pax Silica」を主導してきました。宣言への署名主体は24の国・経済体、付随する「AI機会共同声明」には約35の経済体が名を連ね、日本や韓国、インド、英国、UAEらが加わっています。供給網を固める米国主導のPax Silicaと、ルール形成とグローバルサウスの取り込みを軸とする中国主導のWAICO。力点こそ違いますが、米中を中心とする二つの求心力へ世界が組み替わりつつある、との見方も出てきています。

では、私たちはこの動きをどう受け止めればよいのでしょう。供給網のPax Silica、ルールのWAICO、そして規制のEUのAI法。厳密には各枠組みの守備範囲は重なり合いますが、力点の違いに着目すれば、AIの”交通ルール”が一つに収束せず、複数へ枝分かれしていく未来が、にわかに現実味を帯びてきました。日本はすでにPax Silica側に署名しています。けれども、私たちが日々触れているAIが、どの国の、どんな価値観のもとで設計され、統治されていくのかは、供給網の帰属だけで決まる話ではありません。その問いを、そろそろ自分ごととして考える時期に来ている。今このニュースをお届けするのは、そう感じたからです。

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【編集部後記】

引っかかりが残るのは、MAZUという気象警報システムの扱いです。洪水や熱波を予測して人命を守る仕組みそのものに、反対する理由はどこにもありません。けれど、それが「どの30カ国に届くのか」を決める手が、純粋な人道だけで動いているとも言い切れない。

善意の道具と外交の道具が、同じ一つの技術のなかに溶け合っている。この二つを切り分けられないまま受け取るのが、これからのAIとの付き合い方なのだとしたら、私たちは何を基準に「良い技術」と判断すればいいのでしょうか。


【用語解説】

WAICO(世界人工知能協力機構)
2026年7月16日、上海での設立協定署名式で29カ国が署名し発足した政府間の国際組織である。設立文書では「独立した政府間国際組織」と規定され、本部を上海に置く。原加盟はインドネシアやブラジル、ロシア、パキスタンなどグローバルサウスが中心を占める。

Pax Silica(パックス・シリカ)
米国が主導するAI供給網の安全保障枠組みである。2025年12月に発足し、半導体・重要鉱物・エネルギーなどの確保を「信頼できるパートナー」で固めることを狙う。宣言への署名主体は24の国・経済体、付随する「AI機会共同声明」には約35の経済体が参加し、日本もそこに名を連ねる。

MAZU(媽祖)
中国気象局(CMA)が主導するクラウド型のAI早期警報の枠組みである。名称は「Multi-hazard, Alert, Zero-gap and Universal」の頭字語であると同時に、海の安全を司るとされる中国沿岸部の女神に由来する。AI予報モデル、リスク情報、対象別の警報配信を組み合わせ、洪水・熱波・干ばつなどに対応する。

グローバルサウス
アジア、アフリカ、中南米などの新興国・途上国を指す総称である。統一された法的な国リストを持つ用語ではなく、あくまで概括的な呼称だが、近年は国際的なルール形成の場で存在感を増している。

EUのAI法(AI Act)
欧州委員会が「世界初の包括的なAI法的枠組み」と位置づける規制である。AIの用途を4段階のリスクに応じて規制する点に特徴があり(一部規定は段階適用中)、米国主導の枠組みや今回のWAICOと並ぶ「AIの交通ルール」の一つと位置づけられる。

【参考リンク】

世界人工知能大会(WAIC)2026 特設ページ(上海市政府)(外部)
2026年7月17〜20日に上海で開催中の世界人工知能大会の公式情報ページ。日程や会場、フォーラム構成などの概要を確認できる。

Early Warnings for All(世界気象機関 WMO)(外部)
MAZUが応える国連の防災構想「すべての人に早期警報を」の公式解説。2027年末までに全人類を早期警報で守る目標を掲げる。

AI Act(欧州委員会)(外部)
EUのAI法の公式解説ページ。世界初の包括的なAI規制として、リスクベースの4段階分類と適用スケジュールを説明する。

【参考記事】

Full text: Keynote speech by Chinese President Xi Jinping at opening ceremony of 2026 World AI Conference(CGTN)(外部)
習主席の基調講演全文。4つの視点、5年で5,000のAI研修・セミナー機会、30カ国へのMAZU提供など本文の数値の一次情報。

Signing Ceremony of the Agreement on the Establishment of WAICO Held in Shanghai(中国国連代表部)(外部)
WAICO設立協定署名式(7月16日)、29カ国の署名、上海本部、政府間組織としての性格を示す一次情報。発足の主体・時系列の根拠。

Xinhua Headlines: Xi calls for equitable global AI governance, unveils new cooperation body(Xinhua)(外部)
WAICO発足と講演の骨子を報じる国営通信。中核AI産業を2025年で1兆2000億元超(約1770億ドル)とし数値の根拠となる。

Xi pitches China as leader of new global AI order, challenging US dominance(Reuters)(外部)
独立系ワイヤーの一次報道。people-centeredな講演の骨子、途上国へのAIアクセス、米中の構図を中立的に報じる。中立性の担保に用いた。

Outcomes of the Second Pax Silica Summit(米国務省)(外部)
米国務省の一次情報。Pax Silica宣言の署名は24の国・経済体、AI機会共同声明は約35の経済体。署名国に日本・カザフスタンを含む。

China’s Xi Jinping launches new AI alliance: What is it?(Al Jazeera)(外部)
独立系の解説記事。WAICO原加盟29カ国の顔ぶれと主要西側民主主義国の不在、専門家分析までを示す。中立性の担保に用いた。

Xi Jinping takes aim at US as China launches rival AI bloc(Quartz)(外部)
陣営分化の構図を報じる独立系記事。両陣営で重複はカザフスタンのみとの匿名筋の見方を、匿名筋と明記して紹介する。

China boosts global climate cooperation with AI-supported early warning system(People’s Daily)(外部)
MAZUの由来と仕組み、40超の国の気象機関がクラウド経由でアクセスする事実、WMO事務局長の期待を報じる。MAZU関連の根拠。

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山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。