答えを速く出すためのAIサービスが次々と登場するなか、NTTとTBSが2026年7月17日に発表した新会社e6が掲げたのは、真逆の目標でした。育てたいのは答えではなく、子どもが「自分で決める力」だといいます。効率化とは反対を向いたこの設計は、いったい何を見据えているのでしょうか。
「AIに聞けば、たいていの答えは返ってくる」。そんな時代に、NTTとTBSが打ち出したのは「自分で決める力」を育てる新会社でした。NTT株式会社と株式会社TBSホールディングスは、AI時代の子どもが「自分で決める力」を育む次世代エデュテインメント事業を推進する共同出資会社「e6合同会社」を、2026年8月8日に設立する予定です。
出資比率はNTT、TBSともに50%で、共同代表には鈴木邦治氏と久我雄三氏が就く予定です。両社は2026年2月に「e6 project」を始動し、オリジナルIP「感情騎士 – エモーショナル・ナイト -」の開発と体験コンテンツの実証を進めてきました。e6は、NTTの次世代情報通信基盤「IOWN」やNTT版LLM「tsuzumi 2」などの技術と、TBSのコンテンツ制作力を掛け合わせ、テクノロジーとコンテンツが融合した新市場の創出をめざします。
2026年3月の「AKASAKA あそび!学び!フェスタ® 2026」では約1,000人の子どもが体験実証に参加し、体験後アンケートの満足度は91.2%だったと両社は発表しています。年内をめどに、マンガやショートアニメの展開を始動する予定です。
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NTTとTBS、次世代エデュテインメント事業を推進する共同出資会社「e6合同会社」を設立へ ~「自分で決める力」を育むオリジナルIPとAIを活用した多角的な体験コンテンツによる新市場の開拓へ~

※アイキャッチ、画像はNTT株式会社公式プレスリリースより引用
【参考動画】
【編集部解説】
「AIに聞けば、たいていの答えは返ってくる」――そんな時代に、子どもへ手渡すべきものは何か。この問いを正面から事業にしたのが、今回のNTTとTBSの共同出資会社「e6合同会社」です。
私がこのニュースにまず惹かれたのは、両社が掲げる目標が「AIを使いこなす力」ではなく、「自分で決める力」だった点です。生成AIの教育活用というと、多くは「AIをどう学習の道具にするか」という発想に向かいます。ところがe6は、AIを“学ぶ対象”として前面に出さない、とはっきり述べています。物語と体験を入口にして、子どもが自分の感情に気づき、選び取る。その原体験づくりに軸足を置いているのです。
なぜ、この視点が今、意味を持つのか。少し補助線を引かせてください。
近年、生成AIと子どもの学びをめぐっては、期待と不安が交錯しています。知識労働者を対象とした自己申告調査では、AIへの信頼が高いほど自分で批判的に考える場面が減る傾向が報告されています。ただし、これは子どもの発達への因果的な影響を証明したものではなく、研究結果をそのまま子どもに当てはめるには慎重さが要ります。一方で、UNESCOやUNICEFといった国際機関は、AIを教育に取り入れる際、人間中心の設計や年齢への適合、大人の見守りが重要だと繰り返し指摘しています。つまり、鍵は「AIそのもの」より「どう設計し、どう使うか」にある、という見方です。
e6の設計思想は、この後者の考え方に近いように、私には見えます。AIに答えを出させて終わり、ではなく、AIと一緒に悩み、表現し、最後は自分で選ぶ。その「選ぶ」瞬間を遊びのなかに埋め込もうとしている。ここは、単なる子ども向けコンテンツ事業とは一線を画す部分だと感じます。
もう一つ、テクノロジーメディアとして見逃せないのが、NTT側が持ち込む技術の顔ぶれです。
リリースには、次世代情報通信基盤「IOWN」と並んで、NTT版LLM「tsuzumi 2」の名前が挙がっています。tsuzumi 2は、NTTがフルスクラッチで開発した国産LLMの新版で、約300億(30B)パラメータを持ちます。NTTによれば、1基のGPUで動作し、機密データを外部クラウドに出さずにオンプレミス(自社環境内)で運用できる構成を選べるとされます。子どもの発話やふるまいは、プライバシー上とりわけ慎重な扱いが求められる情報です。入力を外部の公開クラウドに送らずに動かせるという運用の選択肢は、こうした領域と相性がよいはずです。ここは推測ですが、tsuzumi 2が持つ国産・軽量・オンプレミス対応という性格は、子ども向けAI体験の基盤を考えるうえで一つの合理性を持つ、と私は見ています。ただし、選定理由をこの3点だと明言した資料は確認できておらず、あくまで一つの解釈にとどめておきます。
組み合わせとしても、示唆に富んでいます。IOWNやtsuzumiという「社会基盤としての技術」を持つNTTと、長年コンテンツを制作してきたTBS。この2社が50対50で出資し、対等な立場で組む。技術とコンテンツ、どちらか一方に主従をつけない座組みは、「AIに人間を従属させない」というプロジェクトの方針とも響き合って見えます(ここは私の読み筋です)。
もちろん、期待だけを語るのはフェアではありません。
「感情を扱うAI体験」は、裏を返せば、子どもの内面という最もデリケートな領域に、企業のプロダクトが踏み込むということでもあります。どんなデータを、どこまで取得し、保存し、学習に使うのか。保護者の同意はどう取るのか。「自分で決める力」を育てる体験が、いつのまにか特定の選択へ誘導する設計になっていないか。現時点のリリースからは、取得データの項目や保存期間といった運用の詳細までは読み取れません。UNICEFも、子ども向けAIにはデータ保護や透明性、子どもの主体性の尊重が欠かせないと指摘しています。事業が広がるほど、ここは問われ続ける論点でしょう。
実証の手応えは、数字にも表れています。2026年3月の「AKASAKA あそび!学び!フェスタ® 2026」では、約1,000人の子どもが体験に参加し、体験後アンケートの満足度は91.2%だったと両社は発表しています(回答者数や集計方法は公表されておらず、企業発表値である点は割り引いて読む必要があります)。設立予定は2026年8月8日。年内をめどに、マンガやショートアニメの展開が始まる予定です。
この動きは、単なる大企業の新規事業以上の意味を持つように思います。AIが当たり前になった世界で、次の世代が「AIと共に、自分で決める」作法をどう身につけていくのか。その一つの実践が、ここから始まります。
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【編集部後記】
引っかかりとして残るのは、「感情」という言葉の重さです。子どもが自分の気持ちに気づき、選び取る。理念としては美しいのですが、その気持ちを読み取る主体はAIであり、体験を設計するのは企業です。
「好き」や「こうしたい」を引き出す場は、裏返せば、子どもの感情の動きをデータとして観測できる場でもあります。何を記録し、何を残さないのか。感情騎士の物語が広がるほど、その線引きは作品の面白さと同じくらい重みを増していくはずです。年内に始まるマンガやアニメで、e6はこの問いにどう答えていくのでしょうか。
【用語解説】
エデュテインメント
教育(Education)と娯楽(Entertainment)を組み合わせた造語である。「楽しみながら学ぶ」という考え方を指し、遊びや物語への熱中を入口に、知識や気づきを自然に得ることをめざす。e6が掲げる事業領域の核となる概念だ。
e6(イーシックス)
プロジェクト名の由来は、6つのE――Education(教育)、Entertainment(娯楽)、Experience(体験)、Emotion(感情)、Evolution(進化)、Epiphany(ひらめき)――にある。これらを核に体験を設計し、子どもが遊びながら自分の意思を立ち上げていくことをめざす枠組みだ。
自分で決める力
生成AIが「もっともらしい答え」を瞬時に返す時代において、無数の選択肢のなかから「何が自分の本当の望みか」を自ら判断し、選び取る力を指す。学術的に確立された尺度ではなく、e6が事業の中心に据える独自の概念である。
IOWN(アイオン)
NTTが提唱する次世代の情報通信基盤構想で、正式名称はInnovative Optical and Wireless Network。光を中心とした技術を用い、高速大容量の通信と膨大な計算処理を低消費電力で実現することをめざす。e6では体験を支える「遊びのインフラ」として位置づけられている。
tsuzumi 2
NTTがフルスクラッチで開発した国産の大規模言語モデル(LLM)「tsuzumi」の新版だ。初代の70億(7B)モデルから約300億(30B)パラメータへ拡大しつつ、NTTによれば1基のGPUで動作する軽量さを保つ(初代には0.6Bなどの小型モデルもあった)。機密データを外部クラウドに出さず、オンプレミスやプライベートクラウドへ導入できる点が特長とされる。
LLM(大規模言語モデル)
大量のテキストなどを学習し、人間の言葉を生成・処理するAIモデルを指す。Large Language Modelsの略。ChatGPTなどの生成AIサービスの中核をなす技術である。
IP(知的財産)
Intellectual Propertyの略。法的には発明・著作物・意匠・商標など幅広い知的財産を指すが、この記事ではキャラクターや物語、世界観といったコンテンツ資産の意味で用いている。e6は「感情騎士 – エモーショナル・ナイト -」を第一弾IPと位置づけている。
UGC(ユーザー生成コンテンツ)
User Generated Contentの略。企業ではなく、ファンやユーザー自身が生み出す作品や投稿を指す。e6はUGCを事業サイクルに組み込み、ファンやクリエイターと共にIPを育てる仕組みを掲げている。
【参考リンク】
e6 project 公式サイト(外部)
NTTとTBSが推進する次世代エデュテインメント事業「e6」の公式サイト。理念や取り組みが紹介されている。
「感情騎士 – エモーショナル・ナイト -」特設サイト(外部)
e6の第一弾オリジナルIP「感情騎士」の特設サイト。作品世界やキャラクター、コンテンツ情報が公開されている。
NTT株式会社 公式サイト(外部)
NTTグループの公式サイト。IOWNやtsuzumiなど、e6の基盤となる技術情報も掲載されている。
株式会社TBSホールディングス 公式サイト(外部)
TBSグループの持株会社の公式サイト。エデュテインメント事業を含むグループの事業展開が紹介されている。
NTT版LLM「tsuzumi」紹介ページ(外部)
純国産LLM「tsuzumi」「tsuzumi 2」の特長を、NTT公式が図解を交えて解説するページ。
IOWN 構想 紹介ページ(外部)
NTTが提唱する次世代情報通信基盤「IOWN」の公式紹介ページ。構想の狙いや技術的な特徴が説明されている。
【参考記事】
NTTとTBSが共同出資会社「e6合同会社」を2026年8月設立へ(Media Innovation)(外部)
設立日、共同代表の就任予定、IPを中核としたAI体験型コンテンツ事業の骨子を業界視点で整理している。
NTTとTBS、「自分で決める力」を育む次世代エデュテインメント「e6 project」を始動(NTT公式)(外部)
「e6」が6つのEに由来すること、IOWNとtsuzumi 2を「遊びのインフラ」に据える設計がわかる。
NTTとTBSが打ち出す“次世代エデュテインメント”が始動 自分で決める力を育む「e6 project」とは?(Real Sound Tech)(外部)
NTTとTBSの役割分担や、子どもの感情変化にリアルタイムで反応する体験基盤の考え方を解説している。
更なる進化を遂げたNTT版LLM tsuzumi 2の提供開始(NTT公式)(外部)
tsuzumi 2を国産LLMと位置づけ、30Bへの拡大や1GPU動作、オンプレミス対応を説明する一次情報。
NTT「tsuzumi 2」提供開始 30Bで強力な金融・医療知識(Impress Watch)(外部)
70億から300億パラメータへの拡大、1GPU動作、オンプレミス運用の低コスト・高セキュアを伝える。
Guidance on AI and children(UNICEF)(外部)
子ども向けAIに求められるデータ保護・透明性・子どもの主体性の尊重を示す国際機関のガイダンス。












