「AI Playground」―Adobe Project Indigoが挑む、”撮る”と”つくる”の境界線

シャッターを押した数秒後、まだ被写体の前に立ったまま、「もう一歩寄ってみては」とカメラ自身が助言してくる——Adobeの新機能は、そんな体験をiPhoneのカメラアプリに持ち込みます。編集はいつも家に帰ってからでした。その順番が崩れるとき、写真を撮るという行為は少しだけ意味を変えるのかもしれません。


Adobeの Nextcam チームは2026年7月20日、カメラアプリ Project Indigo に実験的な生成AI機能 AI Playground を搭載したと発表した。

撮影後、Indigo内で写真を開いて起動し、その場で編集することを狙う。Object Editing、Styles、Photo Guidance、Custom Edit の4セクションを備え、不要な写り込みの除去、浅い被写界深度の付与、スタイル適用、写真への批評や撮り直し・編集の提案、任意プロンプト入力などを提供する。

基盤モデルは当初 Google の Nano Banana を使い、将来は Adobe自社の Firefly を含む別モデルを使う可能性もある。動作端末例は iPhone 17 Pro Max。Project Indigo バージョン1.1で提供され、サインオン不要・無料。結果画像は一辺およそ2kピクセルである。

無料アクセスは Project Indigo利用者の数パーセントを対象に、数週間限定で提供される。好評なら有料版を提供する。開発はモハマド・ハク、ボリス・アイディン、ルイミン・カオ、マーク・レヴォイが担当した。

From: 文献リンクAn AI playground for the Project Indigo camera app

【参考動画】

【編集部解説】

カメラアプリの世界で、静かに、しかし決定的な一線が引き直されようとしています。「撮る」ことと「つくる」ことのあいだにあった境界が、シャッターボタンのすぐ隣で溶け合い始めています。

Adobe の AI Playground が新しいのは、生成AIによる画像編集そのものではありません。主要な生成AIモデルは、ゼロから画像を生成するだけでなく、既存の写真を編集する能力も備えるようになりました。真に目新しいのは、その編集を、専用アプリやWebサービスへ写真を移すことなく、撮影した直後、まだ被写体を目の前にしている「その場(point of capture)」で完結させようとしている点にあります。正確には、シャッターと同時に自動編集されるのではなく、撮った写真をIndigo内で開き、星形のボタンから起動する仕組みです。

この「その場性」こそが設計思想の核だと考えられます。象徴的なのが、写真への批評と「撮り直し」の提案機能です。後から編集するだけなら、家に帰ってからでも間に合います。けれど、まだその場に立っているうちに「もう一歩寄ってみては」と助言が返ってくるなら、それは編集ツールではなく、隣に立つ撮影コーチに近いと言えるでしょう。マーク・レヴォイ氏が「撮り直しの提案はカメラアプリでこそ意味を持つ」と書くのは、この一点においてです。

見逃せないのは、これを仕掛けたのが誰か、という文脈です。レヴォイ氏は、Google のPixelで計算写真(コンピュテーショナル・フォトグラフィ)を広めた中心人物の一人であり、HDR+やNight Sightなどの実用化に深く関わってきました。その後、レヴォイ氏らAdobeのNextcamチームが1年前に世に出した Project Indigo は、一眼レフのような「自然な見た目」と過剰処理をしない画づくりで、その自然な画作りを評価する声も集めてきました。自然な「写真らしさ」を強く志向したカメラが、生成編集へと踏み込む——ここには小さくない緊張があります。海外の技術メディアの一部が、この動きに「スロップ(AI生成の氾濫)への道ではないか」という警戒を向けているのも、こうした緊張を映す反応ともいえます。

ただ、レヴォイ氏はその緊張から目をそらしていません。ブログの後半で、彼は生成編集が抱える「部屋の中の象」を自ら数え上げます。スライダーのないモデルは制御が難しいこと。顔かたちや表情が意図せず変わってしまう「アイデンティティ・シフト」。クラウド依存ゆえに、電波の届かない自然の中では使えないこと。そして騙し——「実際より高く跳んだように見せる」ことすらできてしまう力への向き合い方です。

ここで効いてくるのが、Adobe という出自です。同社は、コンテンツの来歴を記録・可視化する取り組み Content Authenticity Initiative(CAI)を2019年から主導し、2021年にはC2PAを共同設立して、その技術標準の策定にも中心的に関わってきました。Adobeは、このCAIの技術を用いて、AI Playgroundで編集した画像に来歴メタデータを付与する作業を進めているとしています。これは、C2PA標準に基づくContent Credentialsにつながる来歴技術です。基盤モデルの Nano Banana 側も、Google の不可視の透かし SynthID を埋め込みます。一般にContent Credentialsでは、画像の来歴や編集履歴を画像に埋め込み、または画像に紐づけて保持できます。こうした来歴技術を生成編集に組み込もうとする——生成編集を推し進める企業が、同時に、その来歴の透明性や編集履歴の検証可能性にも責任を負おうとしている構図は、編集部として注目に値すると考えます。

もっとも、透かしやメタデータで「騙し」を完全に防げるわけではありません。レヴォイ氏自身、自転車の写真にモーションブラーを足して子どもに送る例を挙げ、その画像が「公正」か「誤解を招く」かは、結局あなたが何をし、誰に、どう見せるか次第だと結論づけています。技術は責任ある振る舞いの重要性を減じない——このメッセージは、あらゆる生成AIの利用者に向けられた原則として受け取るべきでしょう。

長い目で見れば、これは「写真とは何か」という問いの再定義の始まりかもしれません。撮影とは光を記録する行為でした。しかし編集がシャッターの隣に統合されれば、写真は「記録された事実」であると同時に「その場で選び取られた表現」へと近づいていきます。今はクラウド頼みの重いモデルですが、大きなモデルの知見を小さなモデルに移す「蒸留(distillation)」は、端末上での実行に向けた有力な研究方向とされています。

ただし小型モデルの能力や実装時期はまだ未確定です。それでもその先に、ポケットの中の一台が、記録装置であると同時に表現の工房になる未来を思い描くことはできます。スマートフォンで写真を撮るというごくありふれた営みの意味。それが静かに書き換わっていく入り口に、私たちは立っているのかもしれません。

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【編集部後記】

スマートフォンで写真を撮るとき、私たちはいつの間にか「撮る」と「直す」を別々の動作として身につけてきました。撮って、あとでアプリを開いて、整える。それが、AI Playground では一度で済むと言います。

この機能を便利だと感じる一方で、「うまく撮れなかった一枚」を眺める時間を手放してしまうことに微かな疑問も浮かびます。失敗の中には、次うまく撮るための学びが宿っているものです。AIが即座に整えてくれる未来で、その学びはどこへ行くのでしょうか。答えは、この機能を毎日使ってみた人それぞれの手の中に、少しずつ立ち現れてくるのかもしれません。


【用語解説】

計算写真(コンピュテーショナル・フォトグラフィ)
撮影や画像処理を、ソフトウェアによる計算処理で拡張する技術の総称。複数枚の連写合成によるノイズ低減やダイナミックレンジ拡大のほか、超解像やトーンマッピングなども含む。Project Indigo は1回のシャッターで最大32枚を合成する。マーク・レヴォイらが Google のPixelで広めた考え方だ。

被写界深度(Depth of field)
ピントが合って見える奥行きの範囲。浅くすると背景がぼけ、主役が際立つ。AI Playground は背景を生成的にぼかしてこの効果をつくる。

HDR/SDR(ハイ/スタンダード・ダイナミックレンジ)
画像が表現できる明暗の幅の広さを指す。Indigo の撮影画像はHDRだが、多くの画像生成モデルの出力はSDR。原文では、この差を埋めるためにSDR出力をHDRへ引き上げる独自の機械学習モデルを用いると説明されている。

Nextcam チーム
Project Indigo を開発する Adobe の社内チーム。AI Playground はモハマド・ハク、ボリス・アイディン、ルイミン・カオ、マーク・レヴォイが中心となり、同チームの協力のもとで開発された。

SynthID
Google が画像などに埋め込む不可視の電子透かし。生成・編集されたことを識別する目的で、Nano Banana の出力にも付与される。

CAI / C2PA / Content Credentials
C2PAは、コンテンツの来歴(プロベナンス)に関する技術標準を策定する連合体(2021年設立)。Content Credentialsは、C2PA標準に基づく暗号署名された検証可能な来歴メタデータで、記録されている範囲で、コンテンツの作成元や編集履歴を確認できる仕組みだ。CAIはAdobe主導で2019年に発足した取り組みで、標準の普及・教育・実装支援やオープンソースツールの提供を担う。

【参考リンク】

Project Indigo(Apple App Store)(外部)
Adobe Labsが提供するカメラアプリの公式配信ページ。無料で入手でき、対応するiPhoneの機種や主な機能の概要を確認できる。

Project Indigo – a computational photography camera app(外部)
2025年のアプリ公開時にAdobe Researchが公開した技術解説ブログ。連写合成やHDR処理など、Indigoの基盤技術を説明している。

Adobe Firefly(外部)
Adobeが提供する生成AIプラットフォーム。Adobe独自のモデル群に加え、外部パートナーのモデルも利用できる。原文では、Adobe独自のFireflyモデルの一つが候補として挙げられている。

Nano Banana / Gemini Image(Google DeepMind)(外部)
AI Playgroundの当初の基盤モデルNano Banana(Geminiベースの画像生成・編集モデル)の公式ページである。

SynthID(Google DeepMind)(外部)
AI生成・編集された画像や音声、動画に、人には知覚できない電子透かしを埋め込み、識別を可能にする技術の公式ページ。

Content Authenticity Initiative(外部)
Adobeが主導する取り組み。C2PA標準に基づくContent Credentialsの普及・実装支援やツール提供を行う公式サイトである。

【参考記事】

Adobe camera app’s new feature will critique your photos using AI(TechCrunch)(外部)
写真の批評・編集提案にLLMを使う点を軸に紹介。Nano Banana採用とFireflyへの切替余地、テスト段階、スロップ懸念に触れる。

Adobe’s Project Indigo iPhone Camera App Now Offers Photography Advice(PetaPixel)(外部)
写真助言や彫刻の写真化、Nano Banana、無料の限定提供、開発陣を紹介。生成AI編集が加わった転換点を伝えている。

Adobe Project Indigo is a new photo app from former Pixel camera engineers(Engadget)(外部)
アプリ公開時の記事。最大32枚の合成や自然な見た目を志向する設計、レヴォイの2020年のAdobe移籍を伝えている。

Adobe co-founds the Coalition for Content Provenance and Authenticity (C2PA)(Adobe)(外部)
Adobe主導のCAIと、Microsoft・BBC主導のProject Originを統合し、Adobeらが標準策定団体C2PAを共同設立した経緯を説明している。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。