市はITネットワークを丸ごと落としました。それでも911の応答は続きました。カリフォルニア州サスーンシティが8月8日に非常事態を宣言したこの一件で、通報を受け止めたのは市が属するソラノ郡の指令センターでした。庁内の設備ではなく、庁外に置かれた受け皿です。
米カリフォルニア州サスーンシティは2026年8月8日、サイバーインシデントを受けて非常事態を宣言した。市によると、悪意あるソフトウェアが8月7日午前5時45分ごろにITシステムに感染・侵害し、911のルーティング、警察・消防の指令、記録、市サービスに影響が及んだ。
市は脅威の封じ込めと連邦捜査に向けた証拠保全のため、ITネットワークを全面停止した。宣言は同日午前11時の市議会特別会合で、カリフォルニア州政府法典8630条に基づき決議された。指令業務はソラノ郡の指令センターを経由して継続し、警察官と消防士も出動を続けている。市はFBI、国土安全保障省、カリフォルニア州緊急事態局などと連携して調査と復旧にあたる。
オンラインの市サービスと内部業務は停止したままで、侵入経路や攻撃者は公表されていない。
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Cybersecurity Incident Updates – Suisun City, CA
【編集部解説】
「911が止まった」わけではない
見出しだけを追うと、人口3万人弱の市で緊急通報が途絶えたように読めます。しかし市の発表とその後の説明を並べると、実際の姿はもう少し複雑です。
影響を受けたのは911のルーティング、つまり通報を市の指令台へ届けるまでの経路と、そこに連なる指令システムでした。市広報のマイケル・エルム氏はKQEDの取材に対し、911の応答自体に中断はなく、ネットワーク停止に伴って一部のソフトウェアが使えなくなったと説明しています。住民が体感した不便は、水道料金の支払いや許認可の処理が止まったことが中心でした。
技術的な失敗と、住民サービスの失敗は、必ずしも同じ大きさではありません。ここを混同すると、対策の優先順位を誤ります。
ネットワークを全部止めても、通報は届いた
市は封じ込めと証拠保全のためにITネットワーク全体を落としました。自ら可用性を捨てる判断です。それでも911の応答が続いた運用上の受け皿は、市が属するソラノ郡の指令センターでした。市の公開資料は、サスーンシティの指令員が同センターを通じて通報を受け続けたと説明しています。
カリフォルニア州には、PSAPの緊急時に備えたバックアップセンターを支援する制度的枠組みがあり、設備要件や近隣PSAPとの協定、定期試験なども定められています。ただし、今回使われたソラノ郡の指令センターが、その制度上の正式なバックアップセンターとして事前指定されていたのかは、公開資料からは確認できません。両者が技術的にどこまで別系統だったのかも公表されていません。確認できるのは、市のITネットワークが全面停止しても、郡の指令センター経由で911の応答を継続できたというところまでです。
公開資料から言えるのは、通報を受け止めた場所が市の外にあったという一点です。カリフォルニア州緊急事態局が2026年2月に州議会へ提出した報告では、州内447か所のPSAPのうち、NG911網で音声通話を受けているのは23か所にとどまります。州全体の移行が完了していない段階でも、今回911の応答は継続しました。
「侵入されたら止まる」という設計
もう一つ注目したいのは、エルム氏によれば、市のITシステムが侵入者を検知すると自動的にシャットダウンするよう事前に設定されていたという点です。
説明どおりなら、結果として可用性より封じ込めを優先する構成だったと解釈できます。ただしこれは解釈であって、どの検知機構が働き、どこまでが自動だったのかは公表されていません。
可用性と封じ込めのどちらを優先するかは、業務特性によって変わります。自治体は、止まっても命が消えない業務と、止まると命に関わる業務が同じ組織のなかに同居している。だからこそ、両者を切り離しておければ、片方を思い切って落とす判断が可能になります。
言い換えれば、今回の要点は「守り切ったか」ではなく、「壊れ方を設計できていたか」です。
2023年のオークランドとの差分
同じカリフォルニアでは2023年2月、オークランド市がランサムウェア攻撃を受けて非常事態を宣言しました。人口40万人規模の都市で、庁内システムの大半が停止しています。専門媒体の報道では、Playを名乗るグループが犯行を主張し、盗取データを公開したとされています。市の一次資料からは、攻撃者の帰属と身代金拒否の時系列までは確認できませんでした。
このとき、市の監査資料で確認できるのは、911緊急システム自体には影響が及ばなかったことです。今回のサスーンシティでは、911のルーティングと指令が影響範囲に入っています。
ただし、この差を「攻撃者が公共安全そのものを狙い始めた」と読むのは早計です。攻撃者の意図も侵入経路も、現時点では公表されていません。今回の差分が攻撃者の意図によるのか、ネットワーク構成など技術・運用上の違いによるのかは、公開情報からは判断できません。
日本の消防指令が向かっている方向と、この事例
日本では総務省消防庁が、複数の消防本部の指令業務を1か所に集約する「共同運用」を推進しています。指令システムの更新時期が集中する令和6〜8年度を好機と位置づけ、財政支援も用意されました。さらに消防業務システムについては、事業者がクラウド上に構築したものを各本部が共同利用するSaaS型への移行方針が示されています。
集約は、小規模本部でも高機能な指令システムを持てるようにし、相互応援を速める施策です。そのメリットは疑いようがありません。
同時に、サスーンシティの事例は別の問いを投げかけます。市が助かったのは、市のITネットワークが止まっても通話処理を継続できる指令センターが、庁外にあったからでした。集約が進んだ先で、共同センターそのものが侵害されたとき、逃げ込む先はどこに用意されているのか。
これは日本の共同運用計画を否定する話ではありません。実際、共同運用の議論では相互応援協定や非常時運用が検討項目に含まれています。ただ、米国の一事例を日本の制度にそのまま当てはめることはできませんし、日本の共同指令センターにおけるサイバー起因の系統分離設計が、どこまで具体的に詰められているかは、公開資料からは読み取りにくいというのが現状です。この点は、2026年10月に届出・報告義務が施行されるサイバー対処能力強化法とあわせて、今後追いかける価値があります。
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2026年10月1日施行の届出・報告制度について、実務レベルの運用方法を示した解説案を扱っている。
【編集部後記】
土曜日の午前11時に、市議会の特別会合が開かれています。カリフォルニア州政府法典54956条は、特別会合の告知を原則24時間前と定めています。金曜の午前5時45分ごろに異変が起き、翌日の昼には非常事態の宣言が済んでいた計算になります。
市の説明では、この宣言によって緊急支援サービスへ迅速にアクセスでき、対応で生じた費用を回収できるようになります。復旧を支えるのは装置だけではなく、必要な手続きを早く動かせる体制でもある。平時に用意しておくべきものの一覧は、そう考えると少し違って見えてきます。
【用語解説】
911
米国・カナダで使われる緊急通報番号。日本の110番と119番を統合した位置づけにあたり、警察・消防・救急のいずれもこの一つの番号で受け付ける。
911のルーティング
発信された通報を、発信位置に対応する受信拠点まで届ける経路制御。ここが機能しないと、通報者が電話をかけても適切な指令台につながらない。通報の「受け答え」そのものとは別の工程である。
PSAP(Public Safety Answering Point)
911通報の一次受信拠点。日本の消防指令センターや通信指令室に近い。通報を直接受ける一次PSAPのほか、一次PSAPから転送を受ける二次PSAP、一次PSAPが機能停止した際に肩代わりするバックアップPSAPが区分として定義されている。
NG911(Next Generation 911)
従来の電話網ベースの911を、IPネットワーク上に再構築する取り組み。位置情報の精度向上や、画像・動画の受信が視野に入る。カリフォルニア州は全PSAPの移行完了を2029年12月、レガシー網の廃止を2030年7月に置いている。
カリフォルニア州政府法典8630条
地方自治体が「地域の非常事態」を宣言するための根拠規定。宣言により、緊急支援サービスの迅速な利用や、対応に要した費用の回収が可能になる。危険度を格付けする制度ではなく、行政手続きと財政措置のための枠組みである。
ランサムウェア
データを暗号化して使用不能にし、復号と引き換えに身代金を要求するマルウェア。近年は暗号化前にデータを窃取し、支払いを拒めば公開すると脅す二重恐喝が一般化している。
PLC(Programmable Logic Controller)
ポンプやバルブなどの機器を制御する産業用コントローラー。本来は外部ネットワークから隔離して運用するものだが、遠隔監視のためインターネットに接続された個体が攻撃対象になっている。
消防指令業務の共同運用
複数の消防本部の119番受信と出動指令を、1か所の指令センターに集約する方式。小規模本部でも高機能な指令システムを利用でき、管轄をまたぐ相互応援も速まる。総務省消防庁が推進している。
サイバー対処能力強化法
2025年に成立した日本の法律。特別社会基盤事業者に対し、特定重要電子計算機の届出と、サイバー攻撃などを認知した際の報告を義務づける。届出・報告に関わる主要規定は2026年10月1日に施行される。
【参考リンク】
City of Suisun City(外部)
カリフォルニア州ソラノ郡サスーンシティの公式サイト。今回のインシデントに関する更新情報も、同サイト内で継続して公開されている。
CA 9-1-1 Emergency Communications Branch(外部)
カリフォルニア州緊急事態局の911部門。州内のPSAPを所管し、運用基準の策定とNG9-1-1への移行計画の実施を担っている。
Next Generation 9-1-1 Implementation Report(外部)
Cal OESが2026年2月27日に州議会へ提出した報告。州内447か所のPSAPのうち、NG911で音声通話を受けるのは23か所である。
Iranian-Affiliated Cyber Actors Exploit Programmable Logic Controllers Across US Critical Infrastructure(外部)
FBI・CISA・NSAなど7機関の共同勧告。イラン関連APTによる米重要インフラのPLC攻撃を公式に評価している。7月22日更新。
FBI/EPA 水道・下水道セクター向け注意喚起(外部)
2026年7月30日公表の共同注意喚起。7月27日以降、少なくとも7つの州の水道・下水道事業者から報告があったとしている。
総務省消防庁「消防指令センターの共同運用事例集」(外部)
いばらき、ちば北西部、横須賀市・三浦市、県西部、福岡都市圏の5事例について、共同運用の範囲と仕組みを資料で確認できる。
【参考記事】
Suisun City Declares State of Emergency After Cyberattack(外部)
市広報のマイケル・エルム氏の説明として、市のITが侵入検知時に自動シャットダウンするよう設定されていたこと、911の応答自体に中断はなかったこと、住民への影響が水道料金の支払いや許認可処理に集中していたことを伝えている。UCバークレーの研究者2名のコメントも収録している。
Northern California city declares emergency after malware disrupts 911, public safety systems(外部)
市議会の議決が全会一致だったと報じている。サスーンシティがサンフランシスコとサクラメントの双方から約45マイルの位置にあることにも触れている。
Cal OES to seek NG911 bids soon, wants LA-area PSAPs done in 2028(外部)
カリフォルニア州のNG911移行の現状と、州全体への展開計画を伝える。前身の地域別方式が予定から大幅に遅れ、予算も超過したため、州全体を一つの事業者に委ねる方式へ転換した経緯を記録している。
Play ransomware claims disruptive attack on City of Oakland(外部)
2023年2月のオークランド市への攻撃を報じた記事。市が非常事態を宣言したこと、Playを名乗るグループが犯行を主張したことを記録している。
City of Oakland Agrees Settlement to Resolve Class Action Data Breach Lawsuit(外部)
オークランド市の事案のその後。影響を受けた人々を対象とする集団訴訟が和解に至った経緯と、復旧に長期間を要したことを伝えている。
Cyberattacks on water systems expand to 12 states as South Dakota, Georgia announce incidents(外部)
米国の水道・下水道事業者を狙う攻撃が12州に拡大したと報じる。PLCへの攻撃が煮沸勧告や手動運転の継続につながったとするCISAの勧告も併せて伝えている。


















