5月24日【今日は何の日?】世界統合失調症デー・複雑な症候群とその治療の未来

毎年5月24日は世界統合失調症デー (World Schizophrenia Day, World Schizophrenia Awareness Day とも) です。

これは、18世紀フランスの医師フィリップ・ピネルが精神病患者を鎖から解放したという逸話 (諸説あり) にちなみ、全米統合失調症財団 (National Schizophrenia Foundation) が始めた、統合失調症に対するスティグマ (偏見) から患者を解放するための啓発デーといわれています。

統合失調症は、世界中でおよそ患者数2300万人 (WHO 2025)、おおよそ300人に1人が経験している (有病率、約1/345 (WHO 2025)) / 一生におよそ100-150人に1人が経験する (生涯発症率) 1とされる、決して稀ではない精神疾患でありながら、その実像はいまなお誤解や単純化にさらされ続けています。幻覚や妄想といった分かりやすい症状だけが強調され、一部では、「重い精神病」「治らない病気」といった固定的なイメージで語られることも少なくありません。現に、全世界で2/3以上の統合失調症患者は適切な治療にアクセスできていません (WHO 2025)。一方で、適切な治療を受けると、1/3の患者は寛解し、社会復帰できます (WHO 2025)2

しかし、近年の臨床研究や神経科学、精神病理学の蓄積が明らかにしてきたのは、統合失調症が単一の原因や共通の病態によって説明できる疾患ではない、という事実です。特定の遺伝子や脳部位の異常が直接「統合失調症」を引き起こすわけではなく、症状の現れ方、経過、治療反応性はきわめて多様であり、「一つの病気」というよりも、複数の異なる病態が重なり合った症候群として理解されつつあります。

こうした理解は決して最近になって突然生まれたものではありません。精神医学の歴史を振り返ると、統合失調症は当初から、単なる症状の寄せ集めではなく、患者が世界や自分自身をどのように体験しているかという、深い水準での変化を伴う状態として捉えられてきました。幻覚や妄想の背後にある自我の障害、対人関係の質の変容、時間の流れ方そのものの変化といった視点は、古典的精神病理学の中で繰り返し論じられてきたテーマです。

一方で、現代の精神医療は、診断の信頼性や治療の標準化を重視する中で、操作的診断基準や薬物療法を中心に発展してきました。その結果、「診断名は付くが、その人が何をどのように体験しているのかが見えにくくなる」という緊張関係も生まれています。統合失調症を「単一疾患ではない」と捉え直す動きは、このギャップを埋める試みでもあります。

本記事では、統合失調症をめぐるこうした理解の変遷を、精神科症候論や古典的精神病理学の視点から振り返りつつ、最新の研究が示す「多次元的・スペクトラム的な症候群」という位置づけ、そして治療や支援が今後どのような方向へ向かいつつあるのかを概観します。診断名やラベルに還元するのではなく、個々の患者が置かれている状況や体験の多様性に目を向けること——それが、世界統合失調症デーにあらためて共有されるべき視点ではないでしょうか。

From: 文献リンクThe schizophrenia syndrome, circa 2024: What we know and how that informs its nature

⚠ この記事は、医療従事者や一般の学習者向けに情報を提供するものであり、治療や診断のための助言を提供するものではありません。

統合失調症とは何か ― 診断とその限界

統合失調症は、ブロイラーによって提唱された概念で、歴史的にはシュナイダーの1級症状(Schneiderian First-Rank Symptoms, FRS)や、今日においてはICD-11やDSM-5-TRのような操作的診断基準のような、統合失調症であるかどうかを判定する基準は一応存在します。しかし、基本的には、精神科症候論の領域における、患者に感じる「違和感」なども重視し、最終的に担当する医師が統合失調症かどうか総合的に判断します。

妄想や幻聴は、しばしば統合失調症のイメージとして語られますが、これらの症状は統合失調症に特異的ではなく(他の精神疾患でも生じる)、また、必ず明確に起こすわけではありません。

以下に挙げるシュナイダーの一級症状は、歴史的には統合失調症に特異的(1個でもあてはまれば統合失調症と判断していた)と考えられてきたもので、単なる妄想や幻聴よりもより洗練された基準として歴史的価値を持っていますが、今日においてはこれだけで判断されるものではありません。

  1. 思考化声(Gedankenlautwerden)……自分の考えが、ちょうど声のように聞こえる体験。
  2. 思考奪取(thought withdrawal)……自分の考えが、外部の力によって奪い取られる体験。
  3. 思考吹入(thought insertion)……本来自分のものではない考えが、外部から心の中に入れられる体験。
  4. 思考伝播(thought broadcasting)……自分の考えが他人に筒抜けになっていると感じられる体験。
  5. 対話性幻聴(voices arguing)……複数の声が、患者について議論しているのが聞こえる。
  6. 注釈性幻聴(voices commenting)……自分の行動や思考を実況・批評する声が聞こえる。
  7. 感情の作為体験(made feelings)……自分の感情が、外部の力によって作られていると感じる。
  8. 衝動の作為体験(made impulses)……自分の衝動が、自分の意思とは無関係に生じさせられていると感じる。
  9. 行為の作為体験(made acts)……自分の行動が、自分の意志によらず操られていると感じる。
  10. 身体的作為体験・体感幻覚(somatic passivity)……身体感覚が外部から操作・影響されていると感じる体験。
  11. 妄想知覚(delusional perception)……本来は中立的な知覚体験に、突然、了解不能な妄想的意味が直接付与される体験。
シュナイダーの一級症状……古典的・歴史的に統合失調症に特異的であると考えられてきた症状

これは、自我障害を中心として記述されており、統合失調症の本質が、表面的に派手な幻聴や妄想よりも、自我や主体性における障害にあることを示唆するものです。

外部からの作為感は、「まるで自分が世界の中心である」かのような感覚と合わさって、自分が特別な意味を持たされているように感じたり、時代背景を映して「憑き物」や「電磁波」などとして表現されてきました。

なお、統合失調症の診断にも、他の精神疾患と同様に、最終的に診断する前に既知の身体疾患(器質性疾患)でないことを除外する必要があります。SLE (全身性エリテマトーデス) などの自己免疫疾患/膠原病、ハンチントン病や、女性に多い抗NMDA受容体抗体脳炎などの身体疾患は、しばしば統合失調症と誤診され、命とりとなります。また、後で触れますが、統合失調症患者は、身体疾患を合併した際に適正な診断・治療が行われないまたは遅れる傾向があり、一般人口に比べおおよそ10-20年 (資料によって数字はかなり異なる) 縮まるとされる寿命の短縮の主要な原因となっています(自殺などの精神科的な原因より寄与が多いとされる)。

なお、このような症状を来す状態のことを精神病エピソード/精神病(症状) (psychotic episodes/psychosis) といい、統合失調症においても、他の疾患においても、生じえます。

なぜ「違和感」で診断されてきたのか

統合失調症の診断は、長らく「何が起きているのかを客観的に測定する」ことが難しい領域にありました。血液検査や画像検査によって即座に診断が確定する身体疾患とは異なり、精神疾患、とりわけ統合失調症では、患者がどのように世界を体験しているか、その語りや振る舞い、対人関係の質を通じてしか状態を把握できません。そのため、診断の現場では、操作的診断基準が整備される以前から、臨床家が患者と向き合う中で抱く、言葉にしがたい「違和感」が重要な手がかりとなってきました。

この「違和感」は、単に奇妙な発言や常識外れな行動を指すものではありません。会話は一応成り立っており、知的水準も保たれているように見えるにもかかわらず、どこか噛み合わない感覚、感情のやり取りが成立しにくい印象、相手が自分と同じ前提で世界を共有していないかのような感覚が、診察場面で生じることがあります。統合失調症の診断において語られてきた「違和感」とは、こうした対人了解のレベルでのずれを含む、全体的・関係的な印象を指しています。

このような臨床的判断の在り方は、恣意的で非科学的なものと誤解されがちですが、実際には精神医学が早い段階から直面してきた方法論的制約への、現実的な応答でもありました。統合失調症では、妄想や幻覚といった目立つ症状が必ずしも明確に現れるとは限らず、また、それらが他の精神疾患や身体疾患でも生じ得ることが知られています。症状の有無を単純にチェックするだけでは、状態の本質に迫れない場面が少なくありませんでした。

このため、精神医学の古典的伝統では、症状の「内容」よりも、その成り立ち方や体験の構造、患者が世界や他者とどのような関係を結んでいるかに注目する視点が発展しました。診断とは、単に基準を満たすかどうかを判定する作業ではなく、患者の語りや振る舞いの背後にある体験様式を読み取る試みでもあったのです。臨床家が感じ取る「違和感」は、こうした体験構造の変化が、対人関係の場に滲み出た結果として理解することができます。

もっとも、このような直観的判断は、再現性や客観性に乏しいという問題を抱えていました。診断する医師によって判断が分かれる可能性があり、研究や統計には不向きであるという批判も当然のものです。こうした背景から、現代の精神医学ではDSMやICDといった操作的診断基準が整備され、診断の信頼性を高める方向へと舵が切られました。しかし、それによって「違和感」に基づく臨床的感受性そのものが無意味になったわけではありません。

むしろ、統合失調症が単一の症状や単一の病態で説明できない症候群であることが明らかになるにつれ、診断基準だけでは捉えきれない部分が再び意識されるようになっています。「違和感」として語られてきたものの正体を、より精密な言葉で記述し直す試み——それが精神科症候論や精神病理学の役割であり、次で述べるプレコックス感や自我障害、時間体験の変容といった議論へとつながっていきます。

精神科症候論

精神科症候論(psychiatric symptomatology)とは、精神疾患を理解・記述するために、患者が示す主観的体験や客観的に観察可能な精神症状を体系的に分類・概念化する学問領域です。診断名そのものを扱う精神病理学や診断学(DSM・ICD)と密接に関連しつつも、症候論はそれらの基盤として、「何がどのように変化しているのか」を精密に言語化することを目的とします。症候は単なるチェックリストではなく、時間的経過、文脈、患者の内的世界との関係の中で理解されるべき対象とされます。

古典的な精神科症候論は、19〜20世紀初頭のドイツ語圏精神医学(Kraepelin、Jaspers など)に大きく依拠して発展しました。とりわけ Jaspers による現象学的方法は、妄想、幻覚、思考障害、感情障害などを、患者の体験構造として理解可能か/了解不能かという観点から整理し、精神症状を自然科学的因果説明だけでなく、意味的理解(Verstehen)の対象として位置づけました。この流れは、症候を単なる脳機能異常の反映として還元しないという点で、現代においても理論的影響力を持ち続けています。

一方、現代の精神科臨床における症候論は、操作的診断基準との実践的統合が進んでいます。DSM や ICD は信頼性を重視し、症候を観察可能な行動や報告に還元する傾向があります (信頼できる統計を取るのには必要ですが) が、臨床現場では依然として、思考形式と内容の区別、一次妄想と二次妄想、抑うつ気分と抑うつ気分変調、解離と意識障害の差異など、症候論的精査が診断・治療方針決定に不可欠です。症候論は、診断分類の「下位層」に位置する精密な臨床言語として機能しています。

近年では、神経科学・計算精神医学・認知科学との接点から、症候論を再構築しようとする試みも進んでいます。例えば、幻覚や妄想を知覚推論や予測誤差処理の異常として捉えるモデルや、統合失調症や双極性障害を単一疾患ではなく症候次元の集合体として理解する次元モデルは、古典的症候論を否定するのではなく、むしろそれを再解釈する枠組みを提供しています。この意味で精神科症候論は、歴史的遺産であると同時に、今なお更新され続ける理論的・臨床的基盤であると言えます。

プレコックス感 ― 臨床家が感じてきたもの

統合失調症の診断において、臨床家が抱く独特の「違和感」は、しばしばプレコックス感(Praecox-Gefühl)という言葉で語られてきました。これは、かつて「早発性痴呆(dementia praecox)」と呼ばれていた統合失調症の患者と接した際に生じる、直観的で全体的な印象を指す概念です。特定の症状や発言を意味するものではなく、診察場面全体を通じて立ち現れる、言語化しがたい感覚として記述されてきました。

プレコックス感が指すのは、患者の語る内容そのものよりも、対話の成立の仕方や、臨床家と患者のあいだに生じる関係の質です。会話は文法的に整っており、質問にも的確に答えているように見えるにもかかわらず、どこか話が噛み合わない、感情的な共鳴が生じにくい、相手が自分と同じ前提で世界を共有していないかのように感じられる――そうした印象が、診断的推論に先立って生じることがあります。プレコックス感は、こうした対人了解のレベルでの断絶を、臨床家の体験として捉えた言葉だと言えます。

精神病理学の観点から見ると、プレコックス感は症状の「内容」を捉える概念ではなく、体験構造や間主観性の変容を反映する現象として理解されます。Karl Jaspers は、統合失調症における妄想や自我障害の一部を「了解不能(unverständlich)」な一次体験として位置づけ、通常の心理的動機づけや意味連関からは理解できない質的断絶を強調しました。プレコックス感は、この了解不能性が、診察場面において前反省的に立ち現れたものと捉えることができます。

より具体的には、患者の言葉遣い、話の間合い、視線や身振り、感情表現の調律といった細部に、微妙だが一貫したずれが観察されることがあります。形式的には整合的でありながら、どこか生き生きとした相互性が欠けている印象や、相手の存在が十分に織り込まれていないかのようなやり取りは、臨床家にとって説明困難な違和感として経験されます。精神病理学では、こうした現象を自我障害や間主観性の障害、あるいは「自然的自明性(natürliche Selbstverständlichkeit)」の喪失と関連づけて理解してきました。

もっとも、プレコックス感は定義が曖昧で、主観性が強く、再現性や検証可能性に乏しいという問題を抱えています。そのため、現代の診断基準であるDSMやICDには採用されておらず、診断的指標として用いることには慎重であるべきだとされています。臨床家の直観に過度に依存することは、誤診や偏見を招く危険性も否定できません。

それでもなお、この概念が完全に捨て去られることなく語り継がれてきたのは、プレコックス感が単なる「勘」ではなく、長年の臨床経験を通じて培われた、症候構造への感受性を言語化しようとした試みだからでしょう。近年では、この曖昧さを克服する方向で、自我障害を体系的に評価する尺度(EASE など)や、現象学的面接法が提案され、プレコックス感で捉えられてきた体験を、より明確な言葉と枠組みで記述し直す動きが進んでいます。

プレコックス感は、統合失調症を単なる症状の集合としてではなく、主体が世界や他者と関わる仕方そのものの変容として理解しようとする精神病理学の姿勢を象徴する概念です。次では、このような主体の変容が、世界経験の基盤である「時間」の感覚にどのような影響を及ぼすのかを、古典的精神病理学の議論を通じて見ていきます。

統合失調症における時間

統合失調症において生じる変化は、思考内容や知覚の異常にとどまりません。古典的精神病理学が繰り返し指摘してきたのは、患者が生きている世界そのものの枠組みが変容するという点であり、その中でも特に重要視されてきたのが「時間」の体験です。ここで問題にされているのは、時計や暦で測定される客観的時間ではなく、主体が世界の中で生きているときに暗黙のうちに経験している「生きられた時間」です。

健常な意識において、時間は流れとして経験されます。過去は記憶として保持され、現在は行為と意味づけの場となり、未来は可能性として開かれています。この連続性があるからこそ、人は予定を立て、期待し、遅延に耐え、行為の意味を時間の中に配置することができます。こうした時間体験はあまりにも自明であるため、普段は意識されることはありません。

フランスの精神科医エウジェーヌ・ミンコフスキーは、統合失調症をこの「生きられた時間」の障害として捉えました。ベルクソン哲学の影響を受けた彼によれば、健常な時間体験は、連続的で推進力を持った「持続(durée)」として存在しています。統合失調症では、この内的な時間の推進力が失われ、時間は前に進むものではなく、停止したり、断片化したり、空虚なものとして体験されるようになります。その結果、未来は可能性の場として立ち上がらず、現在は硬直し、過去との有機的な連続性も損なわれます。

このような時間体験の変容は、臨床的にはさまざまな形で語られます。「時間が止まってしまった」「ずっと同じ瞬間に閉じ込められている」「すでに起こったことが、これから起こると確信している」といった表現は、単なる比喩ではなく、患者にとっての切実な体験を反映しています。これらはしばしば終末論的な確信や宿命論的妄想と結びつき、時間そのものが意味づけの異常を被った状態として現れます。

実存分析的精神病理学を展開したビンスワンガーやボスは、こうした時間障害を、世界内存在の変容として理解しました。統合失調症では、過去・現在・未来が一つの地平として統合されることが難しくなり、ある瞬間に過度に固定されたり、逆に時間的な定位そのものが失われたりします。世界は流れの中で意味を持つのではなく、断片的で硬直したものとして立ち現れます。

カール・ヤスパースは、時間体験の急激な変質を、妄想や自我障害と同様に「了解不能」な一次体験として位置づけました。なぜそのように感じるのかを心理的動機づけから説明することは困難であり、意味的理解の枠組みを超えた、質的な変化として受け止めるほかないとされました。ここでも時間の障害は、他の症状の二次的結果ではなく、精神病的体験の基盤そのものとして扱われています。

さらにブランケンブルクは、「自然的自明性の喪失」という概念を通じて、時間体験の障害をより日常的なレベルで記述しました。統合失調症の患者は、時計の読み方や日付を知的には理解していても、「今は何をする時間なのか」「次に何が起こるはずなのか」といった、前反省的な時間了解に参与することが難しくなります。時間は生きられるものではなく、外部から観察される対象、あるいは空間化されたものとして経験される傾向があります。

このように古典的精神病理学は、統合失調症における時間の障害を、注意力や記憶力の低下といった個別機能の問題に還元することなく、主体が世界に向かって生きていく時間的地平そのものの崩れとして捉えてきました。この視点は、現代の神経科学的・計算論的モデルとは方法論を異にしますが、統合失調症を単なる症状の集合ではなく、「体験の病」として理解するための重要な理論的基盤を今なお提供しています。

以下では、こうした体験の深層的変容を踏まえたうえで、なぜ現代の研究が統合失調症を「単一の疾患」ではなく、多次元的な症候群として捉えるようになっているのかを見ていきます。

統合失調症は「単一疾患」ではない

これまで見てきたように、統合失調症は、思考や知覚の異常として表れる症状だけでなく、主体性や時間体験といった、世界経験の基盤そのものに及ぶ変容を含んでいます。この多層的な変化を前にすると、統合失調症を単一の原因や単一の病態で説明しようとする試みが、早くから困難を抱えていたことは明らかです。現代の研究は、この直観を経験的に裏づける形で、「統合失調症は単一疾患ではない」という結論へと収束しつつあります。

まず否定されたのは、統合失調症に共通する一つの必要十分な病因が存在するという仮説です。特定の遺伝子変異、特定の神経伝達物質異常、あるいは特定の脳部位の障害が、すべての患者に共通して見られるわけではないことが、数多くの研究によって示されてきました。同様に、単一の共通病態生理経路や、決定的なバイオマーカー、すべての患者に一様に有効な治療標的が存在するという考え方も支持されなくなっています。

臨床像の観点から見ても、統合失調症はきわめて不均一です。幻覚や妄想といった陽性症状が前景に立つ人もいれば、感情表出の低下や意欲の減退といった陰性症状が長期にわたって続く人もいます。思考や行動のまとまりが失われる解体症状、注意や記憶、実行機能に及ぶ認知機能障害、抑うつや不安といった気分症状、さらにはカタトニアに代表される運動症状など、症状の組み合わせは人によって大きく異なります。これらの各領域は、発症時期や経過、重症度、治療への反応性が必ずしも一致せず、単一の病態で一括して説明することができません。

こうした事実から、疾患境界は本質的に曖昧であり、統合失調症は明確に区切られたカテゴリというより、複数の症候次元が重なり合ったスペクトラムとして理解すべきだという見方が広がっています。実際、臨床現場では統合失調症と双極性障害、統合失調感情障害、さらには自閉スペクトラム症などとの境界が問題になることも少なくありません。これらの重なりは、診断の不確かさというよりも、精神疾患が本来的に連続的な構造を持っていることを反映していると考えられます。

経過と転帰の多様性も、この結論を支持しています。かつては「早発性痴呆」と呼ばれ、一様に進行性で不可逆的な疾患とみなされていた統合失調症ですが、現在ではその見方は否定的に扱われています。症状が寛解し、社会的・職業的機能を回復する人もいれば、症状は軽減しても機能障害が持続する人もいます。一方で、統合失調症患者の標準化死亡率は一般人口のおよそ2倍とされ、その主因は自殺などの精神症状そのものではなく、心血管疾患や代謝疾患、呼吸器疾患といった身体合併症の過少診断・過少治療であることも明らかになってきました。この点もまた、「単一の精神疾患」として扱うことの限界を示しています。

このように、症状、経過、病因、治療反応のいずれの観点から見ても、統合失調症を一つの疾患実体として想定することは難しくなっています。むしろ、異なる背景や病態を持つ複数のサブタイプ、あるいは多次元的な症候群として捉える方が、臨床的にも研究的にも整合的です。次では、この多様性を生み出している要因として、遺伝、環境、神経生物学的知見がどのように位置づけられているのかを、より具体的に見ていきます。

病因・病態・治療の現在地

統合失調症が単一の疾患実体ではなく、多様な病態の集合体であると理解されるようになった現在、その病因や病態、治療を一つの直線的な因果連鎖として描くことは困難になっています。それでもなお、過去数十年にわたる研究によって、いくつかの確かな知見と、同時に明確な限界が浮かび上がってきました。ここでは、現時点で共有されている理解の到達点を整理します。

まず遺伝学的研究からは、統合失調症が高い遺伝性を持つことが一貫して示されています。双生児研究などから推定される遺伝率 (遺伝率は個人の発症確率ではなく、集団における遺伝要因の寄与度を示す概念) はおよそ60〜80%に達しますが、その内訳は単純ではありません。効果量の小さい多数のコモンバリアント(SNP)がリスクに寄与する一方で、効果量の大きい希少な構造変異(CNV)や希少SNVも一部の症例で重要な役割を果たしています。しかし、現在同定されている遺伝子座によって説明できる遺伝率は全体の一部にとどまり、遺伝情報だけで発症を予測することはできません。

さらに重要なのは、これらのリスク遺伝子の多くが、統合失調症に特異的ではないという点です。シナプス形成や神経発達、神経可塑性に関与する遺伝子変異は、双極性障害や自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症など、複数の精神疾患で共有されています。この遺伝的多面発現(pleiotropy)は、精神疾患どうしが独立した箱ではなく、部分的に重なり合ったスペクトラムとして存在していることを示唆しています。

環境要因についても、単一の決定的因子は見出されていませんが、再現性の高いリスク因子がいくつか知られています。都市部での養育、移民や少数派として経験する社会的ストレス、高年齢の父親、思春期以降の大麻使用(特に高THC製剤)、小児期トラウマ、妊娠期感染や周産期低酸素などがその代表例です。これらはいずれも効果量は中等度以下であり、特定の疾患を直接引き起こすというよりも、神経発達の脆弱性やストレス応答系を通じてリスクを高める因子として理解されています。

脳画像研究や神経生理学的研究からは、前頭葉や側頭葉、大規模脳ネットワークの構造的・機能的異常が報告されていますが、これらも統合失調症に特異的な所見ではありません。神経化学的には、ドパミン、グルタミン酸、GABA系の異常がそれぞれ示唆されてきました。とりわけドパミン仮説は、陽性症状の発現や抗精神病薬の効果を説明する上で強い支持を得ていますが、それ自体が統合失調症の「原因」を説明するものではありません。むしろ、ドパミン系の異常は、多様な上流要因の最終的な共通経路の一部として位置づけられています。

治療の面では、こうした限界を抱えつつも、確立されたエビデンスが存在します。ドパミンD2受容体拮抗薬や部分作動薬は、幻覚や妄想といった陽性症状の改善や再発予防に対して有効であることが示されています。一方で、陰性症状や認知機能障害への効果は限定的であり、すべての患者が十分に反応するわけではありません。治療抵抗性の症例に対しては、厳密な血液モニタリングを前提として、クロザピンが現在も最も有効な薬剤とされています。クロザピンがドパミンD2受容体への結合が抗精神病薬として極めて弱い (~130 nM) ことも示唆的ではないでしょうか。

薬物療法に加えて、心理社会的介入の重要性も強調されています。発症早期から多職種による包括的専門治療(Coordinated Specialty Care)が導入されることで、症状や機能転帰が改善することが示されています。また、治療目標は単なる症状の消失ではなく、社会的・職業的機能を含めた「リカバリー」として再定義されつつあります。症状が完全に消えなくとも、意味のある生活を送ることができるという視点は、統合失調症理解の大きな転換点です。

こうして見ると、統合失調症の病因から治療反応に至るまでを一貫した因果モデルで結ぶことができていないことが、現在の最大の未解決問題だと言えます。遺伝、環境、神経生物学、症候、治療反応の間には断絶があり、それぞれの知見は部分的にしか接続されていません。この断絶を前提としたうえで、どのように理解と治療を進めていくのか——以下では、その未来像について考えていきます。

治療と理解の未来

統合失調症をめぐる理解が、「単一の病気」という枠組みから離れつつある現在、治療や支援のあり方もまた、大きな転換点に立っています。未来像として描かれているのは、新たな万能薬や決定的診断法の出現というよりも、多様な病態を前提とした、より精緻で個別化された理解と介入の体系です。

まず臨床の現場では、従来の「統合失調症か否か」という二分法的診断よりも、症状や機能を複数の次元で評価する考え方が中心になっていくと考えられています。幻覚や妄想といった陽性症状、感情表出や意欲の低下に代表される陰性症状、注意や記憶、実行機能に及ぶ認知機能、思考や行動のまとまりを示す解体症状、気分や不安、運動症状、さらには社会的・職業的機能やセルフケア能力、身体合併症のリスクまでを含めた多次元的プロファイルが、治療計画の基盤になる可能性があります。診断名は制度上の理由から残りつつも、実際の臨床判断はこの次元プロファイルに基づいて行われる方向へと重心が移っていくでしょう。

こうした次元的評価と組み合わされるのが、いわゆる「客観指標」の活用です。ただし、それは単一のバイオマーカーによって診断を確定するという発想ではありません。神経心理検査による認知プロファイル、脳波や脳磁図における情報処理指標、脳画像による構造や機能、結合性の評価、炎症や免疫、代謝に関わる末梢指標、さらにはスマートフォンやウェアラブル機器を用いた睡眠・活動・会話パターンといったデジタル表現型3など、複数の情報を組み合わせて層別化するアプローチが現実的だと考えられています。これらは「統合失調症の有無」を判定するためというより、どのような病態群に近いのか、どの治療戦略が奏功しやすいのかを推定するための手がかりとして用いられるでしょう。

治療の目標そのものも、今後さらに変化していく可能性があります。症状を抑えることは依然として重要ですが、それだけでは不十分であり、生活の質や社会的参加、本人が意味を感じられる生き方を支えることが、より明確に重視されるようになるでしょう。そのためには、薬物療法と心理社会的介入を対立させるのではなく、相補的に組み合わせ、個々の状況に応じて柔軟に調整していく姿勢が求められます。

同時に、こうした未来像は、統合失調症を「理解し尽くされた疾患」に変えることを意味しません。病因から病態、症状、治療反応に至る因果的連結は、今後も完全には解明されない可能性があります。その不確実性を前提としたうえで、患者一人ひとりの語りや体験に耳を傾け、仮説を修正し続ける姿勢こそが、現実的で誠実な医療のあり方だと言えるでしょう。

統合失調症の理解と治療の未来は、診断名や理論の洗練だけでなく、「目の前の人をどう見るか」という問いと切り離すことはできません。ラベルに還元するのではなく、その人がどのような世界を生きており、何に困り、何を大切にしているのかを丁寧に捉えること。その積み重ねの先にこそ、多様な症候群としての統合失調症と向き合う、新しい実践のかたちが見えてくるはずです。

【参考リンク】

精神疾患である統合失調症とは? – 新潟大学脳研究所
https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/column/000121.html

統合失調症の1/3則について
WHO (1979). Schizophrenia: An International Follow-up Study.
Jablensky et al. (1992). Schizophrenia: manifestations, incidence and course in different cultures. Psychological Medicine.
Harding CM et al. (1987). The Vermont longitudinal study of persons with severe mental illness. American Journal of Psychiatry.

イエール大医学部
World Schizophrenia Day: Understanding Psychosis and How to Help

統合失調症 – 脳科学辞典

WHO (世界保健機関)
ICD-11 6A20 Schizophrenia

Policy brief: Helping people with severe mental disorders live longer and healthier lives – WHO
https://www.who.int/publications/i/item/WHO-MSD-MER-17.7

NIMH (アメリカ)
Schizophrenia – Statistics

生理学的兆候について
統合失調症急性期入院患者の好中球/リンパ球比と血清蛋白量の前向き研究—経時的変化,精神症状との関連,数量的診断について精神医学 66 (6), 849-859, 2024

一般向け解説
Schizophrenia: A landmark discovery – DW.com

FRSの査読つきレビュー
Schneider’s first-rank symptoms have neither diagnostic value for schizophrenia nor higher clinical validity than other delusions and hallucinations in psychotic disorders – Psychol Med. 2023. doi: 10.1017/S0033291720003293

統合失調症薬物治療ガイドライン 2022, ⽇本神経精神薬理学会 & ⽇本臨床精神神経薬理学会, 2022 (2023改訂).
https://www.jsnp-org.jp/csrinfo/img/togo_guideline2022_0817.pdf

日本精神神経学会
https://www.jspn.or.jp/

日本統合失調症学会
https://jssr.info

【参考文献】

統合失調症日本統合失調症学会監修, 医学書院, 2013. PDF: 統合失調症の基礎知識 ─ 診断と治療についての説明用資料

松本 和紀, 心理的側面からみたpsychosis, 予防精神医学, 2020, 5 巻, 1 号, p. 26-32, 公開日 2021/12/01, https://doi.org/10.24591/jseip.5.1_26

American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed, text revision (DSM-5-TR). 2022.

Diagnostic Criteria – F20.9 Schizophrenia


A. Two (or more) of the following, each present for a significant portion of time during a 1-month period (or less if successfully treated). At least one of these must be (1), (2), or (3):

  1. Delusions.
  2. Hallucinations.
  3. Disorganized speech (e.g., frequent derailment or incoherence).

B. For a significant portion of the time since the onset of the disturbance, level of functioning in one or more major areas, such as work, interpersonal relations, or self-care, is markedly below the level achieved prior to the onset (or when the onset is in childhood or adolescence, there is failure to achieve expected level of interpersonal, academic, or occupational functioning).

C. Continuous signs of the disturbance persist for at least 6 months. This 6-month period must include at least 1 month of symptoms (or less if successfully treated) that meet Criterion A (i.e., active-phase symptoms) and may include periods of prodromal or residual symptoms. During these prodromal or residual periods, the signs of the disturbance may be manifested by only negative symptoms or by two or more symptoms listed in Criterion A present in an attenuated form (e.g., odd beliefs, unusual perceptual experiences).

D. Schizoaffective disorder and depressive or bipolar disorder with psychotic features have been ruled out because either 1) no major depressive or manic episodes have occurred concurrently with the active-phase symptoms, or 2) if mood episodes have occurred during active-phase symptoms, they have been present for a minority of the total duration of the active and residual periods of the illness.

E. The disturbance is not attributable to the physiological effects of a substance (e.g., a drug of abuse, a medication) or another medical condition.

F. If there is a history of autism spectrum disorder or a communication disorder of childhood onset, the additional diagnosis of schizophrenia is made only if prominent delusions or hallucinations, in addition to the other required symptoms of schizophrenia, are also present for at least 1 month (or less if successfully
treated).

[…]

American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed, text revision (DSM-5-TR). 2022. F20.9 Schizophrenia. (excerpt)

早期死亡率に関して
Laursen TM, Nordentoft M, Mortensen PB. Excess early mortality in schizophreniaAnnual Review of Clinical Psychology, 2014;10, 425-438.

ウジェーヌ・ミンコフスキー(Eugène Minkowski, 1885-1972)
『生きられる時間』(1933年)
『精神分裂病』(1927年) ※日本語表記の「精神分裂病」は現在では「統合失調症」に呼称が改められている。

【脚注】

  1. 有病率や生涯発症率など、異なった尺度の統計があり、尺度によって具体的な値は異なる。ここでは、統計によって値が異なり、精度の観点から、おおよその値を代表的に示した。 ↩︎
  2. 統合失調症患者のおおよそ1/3が寛解し、おおよそ1/3が部分的に改善し、おおよそ1/3が長期的な障害が残るという経験則 (統合失調症の1/3ルール、1/3則) があり、これは WHO などにより長期予後研究に裏づけられている。 ↩︎
  3. プライバシーを前提とした最大限の配慮が求められる。 ↩︎

【参考記事】

【編集部後記】

統合失調症がこのように多様な症候群であることから、カルテに単に「統合失調症」と書いたり、「幻覚妄想状態」とだけ書いたり、はたまた (古めかしい言い方ではありますが、例えば) 「無為自閉/荒廃状態」などとのみ書くのがあまり適切でないということは、現場にいる精神科医の多くが感じていることでしょう。現在の診断名は大枠の把握には役に立ちますが、目の前にいる患者が、どのような言葉で語り、あるいは語っていないのかということを、生の言葉で記録することなしに、適切な診療は行えないのではないでしょうか。

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森 祐佳 Solutions Engineer
一般社団法人生活情報基盤研究機構代表理事(AS63806 Menhera®・IPアドレス管理指定事業者/LIR、ITインフラやプロトコルの開発・運用から個人の自由、プライバシー・情報科学・人文学・医学などにアプローチ)。とある会社でソリューションエンジニアの仕事をしています。 テクノロジーと人間の精神の関係を、哲学と実装の両面から探求してきました。 ITエンジニアとしてシステム開発やAI技術に携わる一方で、心の哲学や宇宙論の哲学、倫理学を背景に、テクノロジーが社会や人の意識に与える影響を考察しています。 AIや情報技術がもたらす新しい価値観や課題を、自ら学生時代に東京大学医学図書館に籠って学習した、精神医学や公衆衛生の視点も交えながら分析し、「技術が人の幸福や生き方をどう変えるのか」という問いに向き合うことを大切にしています。 このメディアでは、AIやテックの最前線を紹介するだけでなく、その背後にある哲学的・社会的な意味を掘り下げ、みなさんと一緒に「技術と人間の未来」を模索していきたいと思います。